《異世界で吸鬼になったので”魅了”での子を墮とし、國を滅ぼします ~洗脳と吸に変えられていく乙たち~》41 死してもなお、死なない想い
キシリーは隠行を得意とする。
元々そういった目的で育てられた子供であり、雇い主がうっかり滅ぼされたりしなければ、今でもの當たらない場所で人殺しを続けているはずだった。
だが彼らはリリィ率いる兵たちによって天誅を下され、キシリーは孤獨になった。
そんな彼を処斷せずに、”一緒に國のために戦わないか”といだたしのは、他でもないリリィだ。
リリィはどうしようもなくお人好しで、見ているこっちが不安になるほど無理をしていて、きっと本來なら騎士団長なんかになれるじゃない。
だからこそ、キシリーは思った。
この人のそばに居て、影から支えてあげたい、と。
――今すぐリリィに伝えなければ。
だから、ナルキールの死を目撃した彼は、すぐさまいた。
怪しいとは思っていたのだ。
しか居ない補充兵たち、明らかに異常なアーシェラとラライラライの接近、そしてこの城に漂う異様な雰囲気。
だが、確信に至る材料をまだ得られていなかった。
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リリィの部屋に行くと言っておきながら、まだ実行出來ていないのは、そんな理由があったからだ。
しかし、自分の目で真実を見た以上は、もう躊躇っている暇はない。
小さく細いは、音もなく城を疾走する。
常人ならば視界に捉えることすら困難なスピードで瞬く間に駆け抜けたキシリーは――
「どうしたんだ、そんな慌てて」
直前で、一番見つかりたくない人間に見つかってしまった。
すでに敵の手に墮ちていると思われる、アーシェラとラライラライだ。
無視して通り過ぎようとも思ったが、それは出來ない。
なぜなら、すでに彼の両手足は、”影”としか形容しようのない、黒く不定形の、溫度のない何かに捕らわれて居たからだ。
「ちょうどキシリーを探していたところでしたのよ」
失敗した。
もっと早くにくべきだった。
自分の思い切りの悪さを、キシリーは強く後悔する。
仮に、敵が何らかの手段で自分たちを洗脳する手段を持っているのだとしたら、ここでやるべきことは1つ。
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自分なら抗える、という自惚れは捨てる。
舌を噛み切って、自殺するのだ。
「んぐごっ!?」
だが、キシリーがくよりも前に、口に例の黒い塊が押し込まれた。
「命を末にしちゃ駄目だぞ、キシリー。何も取って食おうってわけじゃないんだ、あたいたちはただ、わかりあいたい・・・・・・・だけなんだからさ」
「そうですよ。それに……キシリーには、わたくしの”お母様”になっていただかなければなりません」
もはや會話が通じるとは思えない。
なんとしても逃げなければならないのだが――全を拘束されたキシリーは、すでにあらゆる手段を封じられている。
今は耐えるしか無い、必ずチャンスはあるはずだ、そう信じて。
「じゃあ行こうか、あたいの部屋に」
キシリーは影に手足を縛られたまま、アーシェラの部屋へと連れて行かれる。
結局、リリィに城で起きている危機が伝わることは無かった。
◇◇◇
一方その頃、何も知らないリリィは、食堂で黒幕である千草と向き合っていた。
會話の容はもちろん、カミラに関する思い出話だ。
「そして私たちは最後に本気でぶつかり合って、決著を付けた」
「何かを賭けたりしなかったんですか?」
「”負けたら、騎士団長を諦めろ”と要求されたよ、挑発的にね」
「団長様は、言葉通りの意味だと思いましたか?」
「ああ思っていたな、あの時はな」
何度も話してきて、千草はわかったことがる。
基本的に、リリィはとても鈍い。
先程の言い振りからして、おそらく今はカミラの意図に気づいているのだろう。
だが正直、これで騎士団長を名乗るには、々厳しい程度には察力が低すぎると思う。
「それで団長様は勝利して、カミラさんとは別離したんですね」
千草はその後、カミラが吸鬼となってリリィに會いに來たことを知っている。
だからあえて、白々しくそう言った。
彼から言葉を引き出そうとしたのだ。
「いや……違う。話にはまだ続きがある。それも、つい最近のな」
「カミラさんが會いに來られた、ってことですか?」
「ああ、會いに來たよ。人間を辭めて、な」
「人間を辭めて、って一……」
「吸鬼になっていたんだよ、そして、よりにもよって姫を仲間に変えようとしていた」
「そんな……!?」
千草は大げさに驚いてみせた。
だがそれが演技であることに、リリィはやはり気づいていない。
「つまり、団長様はそれに気づいて、吸鬼になってしまったカミラさんを退治したんですか!?」
「違うな。あいつは自ら私の前に姿を現したんだよ、そして許可を求めてきた」
「何の、ですか?」
「姫を吸鬼に変えて、しがらみから解放してもいいか、と。もちろん斷った、そして私はカミラを斬った」
「抵抗は、しなかったんですか? 吸鬼は高い能力を持っていると聞いたことがあります」
「いっそ抵抗してくれれば良かったんだがな」
リリィの表には悔しさが滲んでいる。
友人を自らの手で殺してしまった、その悔いが。
「なぜかはわからないが、無防備だったよ。あのまま黙って姫を吸鬼にしていれば、死ぬことも無かっただろうに。私が許可など出すと思っていたのか?」
「出して、しかったんじゃないでしょうか」
「……無茶な願だ」
きっとカミラは、それを知った上でリリィと再會したのだろう。
それに、しは”嬉しい”とも思っていたかもしれない。
久々に見た誰よりも大事な友人が、変わっていなかったのだから。
「例えば救いたい誰かが居たとして、それが自分には不可能だと知ってしまった時、きっと多くの人は諦めると思うんです」
「どうしたんだ、急に」
「カミラさんの気持ちの話です。そこで諦めないのは、よほどその人が好きでないと無理ですよね」
「まあ、不可能はどうあがいところで不可能だからな」
「それでも……と、カミラさんには、そうしてまでも助けたい人が居たんじゃないでしょうか。例えば、人間である限りは、絶対に解けることのない呪いにかかった人、とか」
「……」
リリィは口を一文字に結んで、唾を飲み込んだ。
脈する。
反応はない。沈黙は続く。だから千草は続けざまに言った。
「たぶん、カミラさんはリリィ・クリアライツという人間が好きだったんですよ。自分を捨ててでも救いたいと思うぐらいに」
「それが……それが、本當に事実だったとして。ならばなぜ、あいつは姫に手を出した!?」
「共鳴したんじゃないですか。きっとカミラさんと姫様って、同じ気持ちを抱いてると思いますから」
「それで、仲間にしようと?」
「あるいは、懐かしさに駆られて、姫様の知らない団長様との思い出話をしていただけかもしれませんよ、姫様ってそういうの聞きたがりそうじゃないですか」
リリィは目を見開き、息を呑んだ。
考えもしなかった、とでも言うように。
だが可能としては十分あり得る。
とは言え――城に忍び込み、サーラに近づいた吸鬼を処分する。
その行自は、騎士団長としては正しいはずだ。
それでもリリィが葛藤しているのは、彼にとってカミラという存在が、騎士団長という地位と天秤にかけられるほど、重要だということだろう。
「確かに、だとしたら、カミラが抵抗しなかったのにも辻褄が合う。ならば……彼を斬り捨ててしまった私は……どうしたら、いい? ただ、再會しに來ただけの大事な人を、殺してしまった私は……!」
「そう自分を責める必要は無いと思いますよ。最終的な目的は、おそらく団長様を吸鬼にして、この窮屈な國から連れ出すことだったんでしょうから」
「だが、あの時點では何もしていなかったッ!」
「もうカミラさんはこの世に居ませんよ、そればかりはどうしようもありません。どんなに悔やんで、んだ所で、命は戻らないんです」
今更になって贖罪の方法を探そうとするリリィを、千草は冷たく突き放した。
カミラは自分の中に居る、だがもうカミラという個人がこの世に存在することはない。
千草は千草である。
それを知っているからこそ、不要な期待は抱かせない。
「……救われないな」
「どちらがですか?」
その問いを聞いたリリィは、愚問だ、と鼻で笑った。
「ここで私などと言えるほど図太い神経は持ち合わせていないよ。そんなことが出來るのなら、きっと私は、カミラを殺したりはしなかった」
「でも、団長様も救われませんよね。カミラさんを斬るという選択は、結局のところお互いを不幸にしただけです」
「その選択をしたのは私だよ」
「いいえ、騎士団長という地位です。きっと団長様が団長様でなく、リリィ・クリアライツという1人の人間だったのなら、最初から選択肢にもあがらなかったでしょう」
「つまり、私は存在しない名譽のために、存在するを斬り捨てたわけか。愚かだな。無力で、無能で、無恥だ。何が出來るのだろう、こんな、こんな私に」
「まだ団長様は愚か者などでは無いと思います。だって、誰にだって失敗はありますから。本當の愚か者とは――それを過ちと知りながら、同じ過ちを何度も繰り返す人間のことでは無いでしょうか」
導するつもりはなかった。
結果的に、それは千草の利益に繋がる行為ではあるのだが、だがカミラを継ぐ者として言わないわけにはいかない。
自分の中に宿る彼の衝がそうさせる。
「今の団長様が救いたいと思う人、誰かいませんか?」
「今の、私に……」
脳裏に浮かぶサーラの姿。
だが、彼は姫だ。
自分は騎士だ。
染み付いた、”呪い”が、彼を離してくれない。
「ひとつ、団長様にお伝えしておきたいことがあります」
「なんだ?」
「カミラさんはきっと、団長様のことを恨んだりはしていないと思いますよ。あなたの前に姿を表した時點で、きっと自分が斬られる覚悟はしていたはずです」
「なぜそう言い切れる」
「だって、誰よりも団長様のことを知っていた人なんでしょう? だったら、吸鬼になった自分が目の前に現れたらどうするか、それぐらい予測できるはずじゃないですか」
「死ぬために、私の前に現れたというのか……?」
「再會出來たのなら、死んでもいいと思っていたんでしょう」
「……馬鹿だな。はは、大馬鹿者だ。そこまで私のことを想っているのなら……なぜ、人間だった頃にもっと素直にならなかったんだ……!」
崩れ落ちるリリィ。
彼の気持ちが、千草には痛いほど伝わってきた。
だが、カミラは馬鹿ではない。
死ぬことはわかっていた。
それでもそこで無駄死にするほど、無計畫でもないのである。
――だからこそ彼は、あらかじめ準備しておいたのだ。
死んだあと、それでも諦めたくない自分の想いを途切れさせないために。
例え――自分が意識を失い、カミラという名が消えて無くなったとしても。
廃棄街のゴミ捨て場には、よく死が転がっている。
死は無念を抱いているほど良い、だったらあの場所・・・・ほど打ってつけの場所はない。
そして、依代は、強いであればあるほど良い。
説得程度で揺るがない虛勢を打ち砕くには、”力”が必要だから。
「せっかく、あの3人の閉じた世界にはが溢れていたのに。あとしだけ世界中の人間が優しくなれたら、あとしだけみんながみんなを好きになれたら、きっと――私の出番なんて無かったんでしょうね」
リリィに聞こえない程度の音量で、千草は呟いた。
そして改めて思う。
例えば、風岡彩路。
あるいは、サーラの父親、この國の王。
彼らのように自分を有能だと勘違いしている無能こそが、數多の人間を不幸にしていくのだと。
そして、彼らの被害を最も大きくけるのは、リリィのように馬鹿正直な善人ばかりなのである。
愚直すぎる彼らを救うには、やはり――カミラと、そしてもう一人の彼・・が選んだ方法以外は存在しないのだろう。
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