《異世界で吸鬼になったので”魅了”での子を墮とし、國を滅ぼします ~洗脳と吸に変えられていく乙たち~》49 ミサンドリズム・ハッピーエンド
サーラを斬り殺した。
自分を慕っていた彼を、自分も慕っていた彼を、正しくない行いを取ったから、という正當の塊のような理由で。
喪失は無かった、むしろ達がリリィを包んでいた。
死は殘っていない、影に飲まれてしまった。
吸鬼が回収したのだろう。
何に使うつもりかは知らないが――リリィにとってはどうでもいい、あれはただの塊なのだから。
ああ、これでまだ、リリィは騎士団長で居られる。
もう守るべき相手も國もどこにも存在しないが、彼は自らの存在価値を維持できている。
気づけば夜は過ぎ、朝日が上っていた。
視線が大地とほぼ同じ高さにある。
遙か彼方に地平線が見える。
広がる視界の中に、生命の姿は1つもない。
十時間近くもの間、自分がグラヴァード跡地で何をしていたのか、なぜ橫たわっているのか、記憶は曖昧だったが、些細な事である。
立ち上がり、何度か手の甲で目を拭い、に付いた砂を叩き落とす、彼は歩きだした。
人間が、正しく人間として生きられる場所を探して。
◇◇◇
ひとまず目指す先は、隣國であるサヴァッドだ。
この國はもう吸鬼に支配されてしまったが、あそこならばまだ、無事かもしれない。
侵略を企てていた國の騎士団長を、そう簡単にけれてくれるとは思えないが、いざとなればひっそりと國境を抜ければいい。
1人だけならどうとでもなる。
そう考え、移を始めてからおよそ5時間。
荒野を抜け、原に差し掛かる。
水が底をついた。
胃袋が空腹を訴えている。
孤獨が心をしずつすり減らしていく。
ああ、もし隣に、まだサーラが居たのなら……ふいに彼の笑顔が蘇り、リリィは強くを締め付けられた。
――考えるな、考えるな、考えるな。
従うべき価値観はすでにに染み付いている、思考の結果導き出される答えなど所詮個人の傷でしかない。
正しさは、直が知っている。
だから――考えるな。
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ぶつぶつと呪詛のように「考えるな」と呟きながら、彼は進んでいく。
さらに2時間後。
そこでリリィは、1人になってから初めて、前方からやってくる他人と遭遇した。
男だ。
彼はこちらの顔を見た途端、驚き、大きな聲で彼の名を呼んだ。
「リリィ様ッ! リリィ様ではないですか!」
そう言いながら、駆け寄ってくる男。
はっきりと名前は思い出せなかったが、リリィは彼の顔に見覚えが合った。
「確かお前は、以前グラヴァードで見かけた……」
「覚えててくださったんですね! そうです、諜報部隊のウィルです。なんて偶然だ、まさかこんな場所で騎士団長様に會えるだなんて! もう誰も生き殘ってないんじゃないかと思ってましたよ!」
おそらくこの男は、グラヴァードから逃げてきたのだろう。
ひょっとすると、唯一の生き殘りなのかもしれない。
原はグラヴァードからかなり離れた場所にある、ここで出會えたのは奇跡と言ってもいい。
「リリィ様は、お1人ですか?」
その問いに、リリィはし間を開けてから答えた。
「……ああ。そちらも1人か?」
「ええ、どうにか奴らの攻撃を掻い潛って出したのですが、自分以外は誰も」
「吸鬼だな」
「ご存知でしたか。いや……あなたが王都を出てこんな場所で1人になっているということは――」
「察しが良いな。その通りだ、王都もすでに陥落している。だから私は、こうして無事な場所を探してさまよっているというわけだ」
男は悔しそうにを噛み、目を閉じた。
気持ちはわかる。
彼もまた、國のためにを捧げてきた兵の1人である。
それが化に乗っ取られたとあれば悔しかろう。
だが、今は傷に浸っている暇などない。
「グラヴァードを襲撃した吸鬼は、どれぐらいの規模だ?」
「1人ですよ」
「な……たった1人の手で、あの巨大な町を消し去ったのか!?」
「その通りです。姿は黒髪の人なでしたが、ありゃ化ですよ。確か――自分のことをチグサだとか、グラスだとか名乗ってましたが」
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「グラスに……チグサ」
チグサは、確かサーラが言っていた、召喚直後に死んだの名前だったはずだ。
それが、なぜグラスと名乗るのか。
「ああ、そうか、そういうことか――」
なぜグラスを見た時、リリィは懐かしさをじてしまったのか。
それはおそらく、彼の中にあるカミラの殘り香のようなものを、無意識のうちに察知していたからかもしれない。
そしてまたチグサも――自分の中にあるカミラに導かれて、リリィに近づいた。
「つまり、全ての元兇はとっくに私の前に姿を表してたわけか……ははっ、自分の無能さが嫌になって來るな」
「リリィ様?」
「いや、なんでもない、ただの獨り言だ。ところで、お前はこれからどうするつもりだ?」
「リリィ様と同じです、ひとまず人間が生きている場所を探そうと思います。そちらはどうするのです?」
「サヴァッドに向かう」
「隣國に? まあ確かに、この國よりは安全かもしれませんが」
「が、どうした?」
男は躊躇しながらも、その言葉を口にした。
「どこへ逃げたって、一緒ではないのでしょうか。グラヴァードが滅びてから、自分は周辺の町を回りましたが、どこもすでに陥落していました」
「だからサヴァッドに向かうと言っているんだ」
「軍事力において、我が國に勝る國家は他に存在しません。だと言うのに、サヴァッドが無事であるという確証がどこにあるというのです?」
「弱音を吐くな、それでも軍人か!? 確かに今回は敗北した、だがその原因は、最初から敵が側に潛んでいたからだ。だが今は違う、脅威の存在も、そしてその力も把握できている。ならば、國をあげて対策さえできれば勝機はあるはずだ!」
「無理です、無理なんですよリリィ様! 自分は見ました、黒い塊が全てを飲み込んで溶かしてくのを! あれは、國どころか世界中の人間が力を合わせたってどうにかなるもんじゃない!」
「ならばどうする、諦めるのか!?」
リリィは男のぐらを摑み、発破をかけた。
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軍人ならば、國のために命を捧げると決めた男ならば、これで起するはずだ――と勝手な決めつけをして。
だが、男の表は変わらない。
瞳の奧に宿った諦観は、すでに手遅れなレベルにまで脳にを張っていた。
「自分は……それが、最善だと思っています」
「阿呆か貴様はぁッ!」
「あんなのの相手なんて、もう二度としたくない! 連中の目が屆かない場所まで逃げて、ひっそり生きるのが一番ですよ!」
「けない――威厳を捨てた敗者の生き様など、人間として死んだも同然ではないか!」
「だからなんだって言うんです!? 人間として死んだ、でも自分は生きている! それじゃあ駄目なんですか!? 痛いのも苦しいのも嫌だ、楽になりたい、そんなの誰だって、普通なら・・・・そう願うでしょう!」
「違うッ! そんなものは、間違っている・・・・・・!」
許せなかった。
この男は、吸鬼に支配される間違った世界を許容すると言っている。
そんなものはもはや人間とは呼べない、奴らの協力者である。同類である。
ならば――どうするのか。
貴重なグラヴァードの生き殘りだ、諜報部隊の所屬ということは使いみちもあるだろう。
だが、だから何だというのか。
リリィは罪を犯したサーラを殺した。
リリィは間違っているからサーラを殺した。
姫を、この國を維持するために必要だった姫を、誰よりも自分を大事にしてくれた姫を、自分にとっても大事だったはずのサーラを。
彼を――殺したというのに、なぜ間違っているこの男を生かしておく必要があるのか。
直的な正義が囁く。
間違っているのなら、処斷するのが道理だ、と。
「リリィ様……? ま、待ってください、どうして剣を抜くんです!?」
「どうして? 愚問だな、お前は間違っている、正しくない。だから裁かねばならない」
「そんなっ、その程度の理由で!?」
サーラやカミラも同じ気持ちだったのだろう。
”そんな”、”その程度の”理由で、なぜ自分を殺し、使命に殉じようとするのか。
誰にもわかるまい。
「その程度? いいや違うな、生きていく上でこれが最も重要な要素だよ。私はい頃から、周囲の人間にそう教えられて育ってきた」
その人生を歩んできた彼以外には。
「ぎゃっ……あ、ぁ……」
リリィは容赦なく剣を振るい、男を斬り殺した。
部から首にかけて、深い一文字に傷が結ばれ、多量のが吹き出す。
男はしの間だけ、地面に倒れもがき苦しんでいたが、出量が多すぎる、もはや助かるまい。
芋蟲のように苦しむ彼を見下し、軽蔑しているうちに、それはかなくなった。
さらに死を強めに蹴って反応を確認。
死んだふりの可能は無さそうだ。
重寶部隊ならそう言った小賢しい手を使ってくる可能も考えられたが。
安心したリリィは、そのまま彼をぬかるんだ泥に蹴落とした。
◇◇◇
地を抜け、森を通り、草原に出る。
國境はそこにあった。
本來ならば兵が守っているはずの場所なのだが、不思議と人っ子一人見當たらない。
騎士団長ほどの地位の人間が無斷で國境をまたいだとなれば、本來は國問題に発展するほどの大事なのだが。
リリィは國境地帯の狀況を見て「はっ」と自嘲ぎみに笑うと、堂々とサヴァッドに足を踏みれた。
そこからほど近くに、最初の町がある。
國境付近の基地に配屬されている兵たちがよく利用するからか、田舎町にしては珍しく娯楽が溢れている。
しかし村には兵はおろか、住民すら居なかった。
いや――ひょっとすると、兵はどこかに居るのかもしれない。
リリィの鼻は、微かに香るの匂いを嗅ぎ取っていた。
もっとも、どうせ見つかったとしても悪趣味なオブジェにされているとか、碌な狀態ではないだろう。
そんな予がしたので、リリィは特に村を探索したりはしなかった。
放置されていた部屋のベッドを借りて、一晩を過ごす。
翌朝、次の町へと向かった。
その町では、住民が誰も居ないなどという事態に見舞われることは無かった。
生には事欠かない。
ただし、その町に男はおらず、すでに殘ったはみな吸鬼になっていたが。
リリィの姿を見ると、決まって彼たちはリリィの方を見て、ひそひそと小さな聲で話す。
「人間だ、人間が居る」
「珍しいわ、どうしましょうか」
「目が怖いから、チグサ様に任せておきましょう」
自分は人間の町に來たはずなのに、まるで異であるかのような扱いをけている。
異は彼たちの方だというのに。
これは、間違っている。
リリィは非常に不愉快な気分になった。
だから手近に居たいの髪を摑むと、路地裏に連れ込み、膝で數度蹴りつけたあと剣で複數回突き刺した。
正義を執行する。
自分の存在意義が満たされたような気がした。
目撃した別の吸鬼が、怯えた表でこちらを見ている。
剣を振るうと、を流しながらあっさりと地面に倒れる。
正義の執行。
お前には生きる価値があるのだと、父親に褒められているような気がした。
しかし、それにしたって不思議なものだ、吸鬼だというのなら、本気で戦えばいい勝負ができそうなものを。
全く戦意を見せない彼たちを、リリィは笑いながら次々と切り捨てていった。
移する。次の町へ。
染み付いた仲間のの匂いをじてか、吸鬼たちに明らかに警戒されている。
だからリリィはを行き止まりまで追い詰めてから、また同じように剣でを裂いた。
の海に倒れる同類を見て、別の吸鬼が、まるで死を見たのように甲高い聲でぶ。
「お前は屋に売ってある塊を見ただけで騒ぐのか? 煩いな、耳障りだし目障りだ」
間違っていたので、そいつも斬った。
また1つ、リリィは正しくなった。
王が、民が、両親が、やはり斬る度に自分を褒めてくれる。
當然のことだ。
だって、彼たちはみな、正しくないのだから。
リリィが正さねば、この世界にはもう、他にすことが出來る者は居ない。
次の町でも斬った。
また斬った。
斬って、斬って、斬って、リリィは正しさを貫き続けたが――ふと気づく。
自分の中に、自分を褒めてくれる誰かの姿はあるが、世界は誰も自分のことを褒めてくれていないことに。
むしろ糾弾され、罵られ、時には爪を向けられ。
”お前は悪魔だ”と、吸鬼ジョークをえながら憎まれる。
妙だ。
なぜ誰も、正しいことをしている自分を賞賛してくれないのだろう。
町から町へと渡り歩き、ようやく首都にたどり著いたのは、サヴァッドにってからさらに2週間ほど経った時のことだった。
服にはがこびりつき、銀に輝いていた剣は脂でくすみ、切れ味が落ちてしまっていた。
それでも、吸鬼を斬るには十分な威力は備えていたが。
どれだけサヴァッドを探しても、結局、人間が人間として生きられる場所は見つからなかった。
そしてこの首都すらも、すでに吸鬼に乗っ取られていた。
至る所でたちが笑っている。
楽しそうに、幸せそうに、談笑し、手をつなぎ、抱き合い、時折ぎながら。
しかし――かつてのリリィのように、立場に縛られているとか、誰かに見下されているとか、本當は泣きたいけどそれすらも許されず、ずっと自分を殺し続けているとか――そんな誰かの姿は、一度だって見かけなかった。
この街の姿は間違っているはずなのに、なぜどこにも、不幸は存在しないのか。
「いや……今更だ。正しさと幸福は同一ではない」
ならば、なぜ人は正しくなければならないのか。
理由はわからなかったが、リリィはそうまれて、そう生きるためだけに生まれてきた。
ならば貫かねばならない。
彼は大通りを抜け、城へ続く階段を登り、仰々しい門を自らの手で押して開く。
そのまま真っすぐ進むと、本來はサヴァッドの王と會うために使われる、謁見の間があった。
リリィは迷いなくその部屋に立ちり、そしてり口で足を止めた。
部屋の奧には絢爛な玉座が置かれていたが、彼の視線は、その前に立つ黒髪のに注がれていた。
「グラス……いや、チグサか」
黒髪を揺らす、蠱的な。
異世界より喚び出された召喚者であり、カミラの力をけ継いだ吸鬼。
「長旅ご苦労さまです、団長様。どうでしたか、國をいでの一人旅は」
「正を知った今、お前に団長様と呼ばれるのは気味が悪いな」
「それではリリィ、と。そしてもう一度聞きます。サーラを殺してまで続けた旅の想は、どうでしたか?」
「最悪だったよ。右を見ても左を見ても化しかいない。冗談のように間違った景が、どこかしこに並んでいた。これをした者も、む者も、けれる者も、みな間違っている」
「間違った景、ですか。団長様らしいですね、だから行く先々で沢山のの子たちを斬ってきたと」
「當然だろう? 吸鬼が人間の町を歩き回っているんだ。魔と出くわしたから斬り殺す、そこに何の間違いがある? 私は正しいさ」
揺るがぬリリィの意思に、千草は大きくため息をついた。
「正直、サーラを斬ったショックでしは変わるんじゃないかと思っていましたが、逆効果だったみたいですね。”後戻りはもうできない”、そんな考えが、あなたの呪いをより強固にしてしまった」
「かもしれないな。今の私には、もう何も怖いものはない。例え相手が誰であろうと、間違っているのなら斬ってみせる。それが騎士団長としての責務だからな」
そう言いながら、リリィは剣を抜いた。
切っ先が、全ての間違いの源である千草に向けられる。
「カミラもさすがに、ここまでの頑固さは想定外だったでしょうね。自分の正しさを評価してくれる誰かが居なくなれば、リリィは呪いから解放される。その見立て自は間違っていなかったのでしょうが――サーラを斬って、それすら糧にしてしまうとは」
「言っておくが、全く悔いては居ないからな」
「噓ばっかりですね。たっぷり10時間もグラヴァードの跡地で倒れ込んで泣いてたじゃないですか」
サーラを殺した後、リリィは靜かにその場から歩き去った。
”正しいことをした”、そう自分に言い聞かせ、何事も無かったかのように誤魔化すつもりだったんだろう。
だが、出來なかった。サーラを殺したという事実は、思っていた以上にリリィの心を打ち砕いていたのだ。
し歩いた所で足を止め、そのつもりなど無かったのに、勝手に頬を伝う涙に気づく。
手で何度拭ってもそいつは流れるのをやめない。
それから、崩れ落ちて膝を盡き、その制すら維持できずに地面に倒れ込み、ひたすら泣いた。
聲をあげ、サーラの名前を呼び、稚児のように泣いた。
「記憶に無いな」
「とても人間らしい表現だったと思いますよ」
「……ふん」
「強がりもここまで行くと病気ですね。私が言葉で何を伝えても無駄でしょうし、前座のお話はここまでにしておいて、本題にりましょう」
千草の言葉に合わせて、彼の後ろからびる影から球が別れ、リリィとの間で靜止する。
地面を黒く染めていただけの影は立的に変形を始め、その中から、まるでから引きずり出されるように1人の男が姿を表した。
「と、父様……?」
それは、リリィの父親である、ブラムス・クリアライツその人であった。
「生きていた……いや、だが影の中から現れたということは、偽か」
「本ですよ。必要だと思ったので生かしておいたんです。まあ、思ったよりも捕まえるのに手こずってしまいましたが」
「當然だ、父様はかつて軍の將だった。いくら吸鬼と言えどそう簡単に捕らえられるものではない!」
「……自慢の父親なんですね」
千草はふと、日本に殘してきた両親のことを思い出した。
父親以外の男と子供を作り、自分を産み落とし、そして何も知らな父親に押し付けたどうしようもない母親。
母への憎しみを、面影があるからという理由で私にぶつけ、そのくせたまに親面する度し難い父親。
自慢出來ることなど何一つ無く、例えそれが虛構だったとしても、自慢のできる親が居るということは、千草にとって羨ましいことだったのだ。
「父様を解放しろ、さもなくば――」
「別に殺すつもりなんてありませんよ。ただ、私はこの男の口から真実を語ってしいだけです」
「真実だと?」
「ええ、國を背負う騎士団長からの尊敬を一にける父親ですから、さぞ素晴らしい行いをとってきたのでしょうね。ほらブラムスさん、娘さんに話してあげてくださいよ、どうやって私たちの手から逃げようとしたのか」
「……っ」
「リリィに正しさを教え込んだあなたが、何をしてきたのか」
ブラムスは頑なに口を開かなかった。
見かねた千草が、足元で影をかし、右足の親指をへし折る。
「ぅ、お……おぉ……!」
「父様ッ! チグサ、貴様あぁぁぁぁっ!」
「落ち著いてください、リリィ。別にこの程度じゃ死にやしませんよ」
千草のその言葉を聞いた途端、頭にが上ったリリィは、急に冷水を浴びせられたかのように萎えていった。
「な……なんだ、今のは……?」
戸うリリィ。
だが千草は特に説明もせずに、ブラムスへの尋問を続ける。
「はっ……はっ……」
「ほら、話さないと、1本ずつ折れていきますよ? 全部折れたら、次は1つずつ千切ってあげます。泣いても喚いても止めません。あなたが、全てを、自分の口で話すまでは」
耳元で囁く。
彼は本気である。
もう一度、彼が逆らってためらうのなら、容赦なく指を折るつもりだ。
「わ、わたし、は……か、飼っていた……子たちを、盾に……して、逃げたんだ……」
「飼っていた、子? 父様、何を言ってるんだ!」
「リリィも知っていますよね、王都の貴族の間で奴隷を飼うのが流行っていたことを。ブラムスさんもあのオークションに頻繁に參加していたらしいんです」
「くっ……だ、だが、それは……あれだ、使用人として使うためで!」
「さあブラムスさん、娘さんはああ言っていますが、あなたは飼っていた子をどうやって使っていたんですか?」
ブラムスの視線が揺れる。
千草の方を見て、あまりに深い、見ているだけで飲み込まれそうな赤い瞳に恐怖し、リリィの方を見る。
だがそちらもそちらで、自分に盲目的な、”正しさ”を期待する視線を向けていて。
耐えきれず、彼はまた目をそらした。
「はい、2本目ですね。いや、面倒なので両足一緒にやっていましょうか」
「ぐっ……あぐうぅぅっ! ひっ、ひゅうぅ……ふぅ、ふっ、ふうぅ……っ」
「父様っ、父様ぁっ!」
「び聲を上げないのは、さすが軍人と言った所でしょうか。ですが、往生際が悪いのはいただけません、早く私の質問に答えてください」
指がなくなれば、次は足を。
足がなくなれば、ふくらはぎ、太もも、そしてへ――千草の容赦ない拷問は、おそらくブラムスを生かしたままどこまでも続くだろう。
彼にはもう、諦める以外の道は殘っていない。
「私は……抱いていた。あの子達を、を、満たすための道として……使っていた」
「だそうですよ、どう思いますかリリィ」
「父様……本當に、言わされているのではないのですか……?」
「事実だ、と私が言っても信用しないでしょう。ですが、心當たりはあるんじゃないですか? ブラムスさんは以前から癖が悪いことで有名だったそうですし」
確かに、リリィにも心當たりはあった。
何度か、彼と母親が喧嘩をしている所を見たことがあったからだ。
だがまさか、屋敷の中に奴隷を買って、あまつさえそのような使い方をしているとは、想像もしていなかった。
「ところでブラムスさん、その奴隷たちの名前を教えてもらってもいいですか?」
「……」
「まだ折られ足りないんですか? ああ、まだ助かってあの子たちと戯れたいと思っているとか? だったら、まずは男から落とすべきでしたね。しずつ、先端から千切っていって、々にするんです」
足元で影が蠢く。
ブラムスはそれを見た瞬間に、ぶように言った。
「リ、リリィだっ! リリィと名付けていた!」
「そうでしたね。知っていましたか? この人、自分が飼った奴隷全員に、リリィと名付けていたんですよ。病的ですよね」
「私の、名前を?」
千草は首を橫に振った。
確かに同じ名前ではあるが、別に娘の名前を取ったわけではない。
「そもそもリリィという名前自は、ブラムスさんの初の相手であり、初験の相手でもあるの名前から取っているそうですよ。ただし、相手には婚約者が居て、しかも悲劇的な死を遂げたので結婚は出來なかったそうですが。そうそうブラムスさん、そのリリィさんはどうして死んだんでしたっけ?」
もはやブラムスは抵抗しなかった。
自らの封印してきた過去を、娘に対して吐き出す。
「脅した……んだ。脅して、抱いた。そうしたら、しばらくして、彼が自殺して」
「それで、自殺したって話を聞いてどう思いました?」
「……嬉しかった。一生、自分だけのものになったと思って、嬉しかったんだ」
「う、噓だ……噓だあぁああァッ!!」
取りすリリィだったが、剣は抜けない。
そういう風に、千草が脳に命令を送っているから。
「要するに、”リリィ”という名前は、ブラムスさんにとって支配の象徴だったんです。例えば、リリィが生まれる前に飼っていた。待の末に死んでしまったそうですが、その名前のリリィだったそうですよ」
「じゃあ私は……父様の、何だったんだ……?」
「何だったんですか、ブラムスさん」
「……そ、それは」
この期に及んで言いよどむブラムス。
「千切りますよ?」
千草は耳元に口を近づけ、そう囁いた。
すると彼の顔はさっと青ざめ、顎がガクガクと震え始める。
もう、逃げ道は殘されていない。袋小路だ。
「私はっ……娘を、リリィのことを……お前の、ことを……だな。都合のいい、道だと思っていたよ。奴隷と……同じ、だ」
ただでさえ味方を失い追い詰められていたリリィの心は、父親の告白によって、壊れようとしていた。
全にヒビがり、あとしの衝撃だけで、々になってしまう。
「私、は。逃げる、時も……吸鬼が、に、ほとんど手を出さないことを、知り。奴隷たちを、盾に、した。逃げ切った、あとは……市民に、紛れ込み、他人を犠牲にして、生き延びた。リリィの名前を使えば……ほとんどの人間は、私に、力を貸してくれた、からな」
「父様は……私に、騎士団長らしく、正しく生きろと言っていたはずです」
「そう、だ」
「守るべき市民を犠牲にして、自分だけが生き殘ることが、正しい行いなのですか?」
「いいや、違うな」
「奴隷を買いあさり、のはけ口にすることが正義なのですか?」
「……違う、な」
「違う、と? 私に、正しく生きることを、あれほど強制しておいて。その代償として、私の人生から、何もかもを奪っておいて……自分は、自分だけは、間違った行いだと知りながら! それでもを満たすために好き放題やって! 私は――あなたのを満たすための道だったとでも言うのですか!?」
「ああ……その通りだよ、リリィ」
リリィは震える歯をカチカチと鳴らし、瞬きもせずに、父親を凝視した。
腕をだらんとぶら下げ、目を閉じる。
天を仰ぎ、力いっぱい歯を食いしばって、両腕に拳を握る。
「う……ううぅ、ぅううぅううううう……!」
それは怒りか、悲しみか。
リリィは猛獣のような長い長い唸り聲を、玉座の間に響かせる。
握りしめた手から、が流れ始めた。
同時に瞳からも涙が溢れ、頬から顎へ、顎から首へと伝い、元に落ちていく。
「ぅううぅ……ぅ、く、ああぁぁぁぁぁああぁぁあああああああああッ!」
うめき聲から、掠れた咆哮への変遷。
のうちに溜まりに溜まったを吐き出すように、出せるだけの聲量でリリィは吠えたが、それでも気持ちの整理が追いつかない。
フラッシュバックする、過去の自分の記憶。
まるで走馬燈のようだ。
存在意義が揺らぐ、自分が死んでゆく、リリィ・クリアライツという人間が崩壊してしまう。
何のための人生だった? 何のために生きてきた? 何のために殺してきた?
自分を、仲間を、大事な人を、さんざん切り捨てて、それこそが正しい生き方だと教え込まれて。
なのに、なのに、なのに、それを教え込んだ張本人は誰よりも間違って、そのくせ誰よりもを満たしていた。
なぜ。
なぜ正しい自分が不幸になって、間違った人間が幸福でなければならないのか。
それは――きっと、リリィが信じてきた正しさとは、世間一般で言う清廉さとは、誰にも迷をかけないこと、誰かに盡くすこと――つまり、間違った人間にとって都合のいい存在に過ぎないから。
犠牲者である。
自然発生したのではなく、加害者によって意図的に、不幸になるべく、他者の幸福を満たすためだけに生み出された、糧なのである。
「こ、これでいいんだろう? 私は約束を守った、だから……!」
実の娘が心を砕く目の前で、ブラムスは千草に命乞いを始めた。
失にのめり込むリリィにはその聲は屆いていなかったが、それはむしろ幸運だったのかもしれない。
もし聞いていれば、リリィはもはや二度と戻れないほど、完なきまでに打ちのめされていただろうから。
「最後にもう1つだけ、條件があります」
正直、千草にとってブラムスの命などどうでもいい。
だが、リリィを呪詛から解放するために、必要な儀式はもう一つだけ殘っていた。
「何だ? 何でもやるぞ、だから私の命だけは!」
「だったら、娘さんを私たちに捧げてください、それで最後です。あなたはここから解放されます」
「わかった、勝手にしろ、もうどうでもいい、私さえ生き殘れれば!」
間髪いれずに返事をするブラムス。
彼がそう言った瞬間、リリィのびはぴたりと止まった。
「……だ、そうですよリリィ」
「ぅ、あ……なあ、私は、どうしたらいい? 私はもう、空っぽだ。正しいと信じていたことが間違っていたとわかった今、何を目印に生きていけば、わからない。それを導いてくれるはずだった、カミラも、サーラも――大切な人は、みんな自分の手で殺してしまった」
水面も水底もない水槽の中を、あてもなく浮遊しているような不安が、リリィに押し寄せる。
その弱りっぷりたるや、敵だと決めつけ、剣を向けていた千草に向けてしまうほどだ。
「目指す先がしいと、そう言うことですか」
「ああ……あるのか? 私の、進むべき場所は」
千草の視線が、彼の後ろへと向いた。
すると、リリィの背中に、誰かが抱きつく。
細い腕がお腹のあたりに回されて、顔はのあたりの高さにあるだろうか。
その大きさから察するに、彼が子供であることは、リリィにもすぐにわかった。
「誰……だ?」
今にも消えりそうな聲で呟くと、彼は涙聲で返事をする。
「リリィの、大切な人ですっ!」
それは幾度となく聞いてきた聲で。
けれど、もう二度と、聞けないはずの聲。
「ひめ、さま?」
「むー、そんな呼び方をするリリィは嫌いなのです」
「サーラ……」
「はいっ、サーラですよ。私はここに居るのですっ、リリィを迎えに來たのです!」
「サーラ、サーラ、サーラぁっ!」
リリィは振り返り、強く強くその小さなを抱きしめた。
分かりきっていたことではあるが、彼の目は赤いし、は以前より白いし、抱き心地もし違う。
人間をやめてしまったのだ。
だが、呪いから解き放たれたリリィにとっては些細なことである。
「生きてたんだな、生きていてくれたんだな、サーラ……」
「チグサが急いで回収して、傷を癒やしてくれたのです」
「そうか……はは、死を弄ぶつもりなどと思っていた自分を毆ってやりたい気分だよ。何もかも……本當に愚かだな、私は」
「愚かなどではないのです、リリィが頑張った結果だということは、よく知ってるのです」
「だが、私はサーラを斬ったのだぞ? ああ、まだ謝れていなかったな。すまない、本當にすまない、私の勝手で、サーラを傷つけてしまった」
「謝らなくていい、と言いたい所ですが、痛かったので一応け取っておくのです。でもこれで、本當に貸し借りはゼロなのですよ」
殺されかけた相手だというのに、サーラは本當に彼のことを、一切恨んでいない様子だった。
そのの深さに心打たれ、リリィは彼のに抱きしめられながら、1人涙を流し続ける。
「なあサーラ、こんな私でも、一緒にいてくれるのか?」
「一緒に居たいから、迎えに來たのです。さあリリィ」
サーラの背後から影が一本び、鎌のような形になって彼の手首に傷を付けた。
そして、大量のが溢れ出したその傷口をリリィに見せつける。
「これは……?」
「殘念ですが、魅了している暇はないのです。リリィが魔力のこもったを沢山飲むことで、半吸鬼デミヴァンプになる準備が完了するのです」
迎えに來る――その意味は、リリィも人間をやめるということ。
死ぬほど、殺すほど拒んできたその選択肢を、今のリリィは、あっさりとけれた。
サーラの手首に舌をばし、舐め取り、飲み込んでいく。
とろみのある、鉄臭い味が口の中に一気に広がった。
けれどそれがサーラから流れたものだと思うと、不思議と甘くじられた。
「ふふふ、リリィったら犬みたいなのです」
ぺちゃ、ぴちゃ。
はしたない水音を立てながらを舐めていくリリィを見て、サーラは微笑んだ。
一方でリリィは、自らのに染み込んでいく魔力をじながら、しずつ自分の心が軽くなっていくのをじていた。
手放してしまえばなんてことは無くて、もっと早くに捨てていればと自分を恨む。
だが、そうできないからこそ、こんな場所にまで來てしまったのだ。
だから今は、重荷を捨てられたことを、素直に喜ぼう。
そしてけれよう。
新たな世界を、人でなしになった自分を。
數分間、リリィは一心不にサーラのを飲み続けた。
そうしているうちにリリィのに変化が現れ、へその上に印が浮かび上がる。
それを察したサーラは傷口を塞いだ。
「……もう、終わりなのか?」
足りなさそうに、上目遣いでサーラを見つめるリリィ。
おしさにすぐにでも押し倒したいぐらいだったが、それは後回しだ。
サーラは彼の上著をまくりあげると、腹に浮かんだハートのタトゥーに手をばした。
「あ……あっ、ひゃうぅっ!」
そしてい手にそこをで回されると、可らしい聲で鳴く。
「今のは……一……何だ、知らない覚だ……」
「知らない、ですか。もしかして、リリィは未経験なのですか?」
「それは、その、的な……行為のことか?」
「そうなのです」
「當たり前だろう、正しくない行為だと、母から厳しく躾けられていたからな。だから……自も、したこと、ないぞ」
「……リリィの年で、なのですか?」
「サーラは、あるのか?」
「まあ、リリィのことを考えて、何度も経験はあるのです」
「そうか……私のことを、考えててくれたのか。すまない、私は他人にされることも、他人をすることもよくわからないんだ。サーラには、迷をかけるかもしれない」
年の差から言って、リリィにリードされることばかりを考えてきたサーラだったが、ここにきて考えを改める。
彼はある意味で極端にしているが、その代わりにある意味では極端にいらしい。
「大丈夫なのですよ。教えられる所は教えるですし、わからない所は、2人で手探りして進めばいいのです」
「そうか、2人で……」
「はい、2人でなのです」
そう言って、2人は向き合いながら微笑んだ。
心が通じ合っている、その実がある。
なぜ今まで自分は避けてきたのか、リリィはそう不思議に思ってしまうほど、これまでの人生で一番心地の良い瞬間だった。
そして、サーラがき出す。
リリィの首に顔を埋めようとしているようだ。
彼は自ら首を傾け、が吸いやすいようにそこを差し出した。
「いいぞ、やってくれ」
恐怖はない。
ただ、自分のの中にする誰かの一部がり込んでいく。
その覚に、リリィは陶酔していた。
自然と手はサーラの後頭部に回り、抱きしめる形で、優しく頭をでる。
「う……あぁ、はあぁ……」
大げさにあえぐことは無かったが、頬を紅させ、目を細める彼の表は、誰が見ても幸せそうに見えたに違いない。
実際、本人も、この上ない幸福をじ、溺れていた。
「んあ、あぅ……サーラ、いい……気持ちいいよ、サーラぁ……」
自分が彼を気持ちよくしている。
その実が、サーラの気分も高めていく。
を通り過ぎる熱くとろけるに、徐々に汗ばみ濃くなっていくリリィの匂いも相まって、を吸っているだけで達してしまいそうなほどだ。
「ぁ……あぁ、これが……人間を、やめるって、こと……ん、っふ……間違いな、ものか……はは、ぁっ……こんなに、いい、のに……!」
なんて馬鹿らしい維持を張っていたんだろう。
リリィの記憶が、全て茶番になっていく。
まさしく再誕だ。生まれ変わるのだ。
今度はもう間違えない……いや、正しさとか間違いなんて、もうどうでもいい。
ただ、幸福だけを求めて生きていく。
好きな人と一緒に。
「いく、から……っ、ぅ……あと、すこ、し……で……さ……ら……」
リリィのから力が抜け、ぐったりとサーラにより掛かる。
口を放した彼は、そのを抱きしめながら、お返しと言わんばかりに頭をでた。
そのやり取りを見ながら、千草は新たな仲間の誕生に歓喜していた。
「カミラ、これで満足ですか」
問いかけても返事は無いが、にじわりと広がる溫かいがあった。
「そうですか。自分のが実らなくても構わないなんて、懐が広いんですね、あなたは」
もはやカミラの人格はどこにも殘っていない。
ただの獨り言にすぎないのだが、どこかで彼が笑っている、千草はそんな気がした。
目を閉じ、しばしハッピーエンドに浸っていると――ふと、彼の存在を思い出す。
ブラムスだ。
せっかく見逃してやったというのに、彼はまだ、なぜか酷く怯えた表でサーラとリリィのわりを観察していた。
「なぜ逃げないんですか?」
千草は、座り込んだままの彼に問いかける。
「なぜ、だと? あんな狀態で逃げられるわけがないだろうがっ!」
ブラムスが指差した先には、興味津々で玉座の間の様子を見つめる、半吸鬼のたちの姿があった。
別に彼を殺そうとしているわけではない。
ただ単に、リリィが新しく仲間に加わるよー! とサーラが言いふらした結果、見に來てしまった野次馬たちにすぎない。
しかし人間であり、男たちが殺されていく様を目の前で見てきた彼にとっては、自分を取って食おうとしている化の群れにしか見えないらしかった。
「別に構わず逃げていれば、本當にまだ生き殘れたものを」
「何……?」
「もう手遅れですよ、ブラムスさん。あとは親子水らず、ごゆっくりどうぞ」
「な、何を言っている。親子水らず? まさか……」
サーラの腕の中で、リリィが目を覚ました。
幾多の戦いで傷だらけになっていたは、真珠のようにしくらかになり、そして紅に染まった瞳の奧には、サーラに向ける炎のように滾るが宿っている。
「おはようです、リリィ」
「ああ、最高の目覚めだよ、サーラ」
ようやく同じ場所で生きられるようになった2人は、溢れんばかりの喜びを、キスという形で現化させた。
リリィにとっても、そしてサーラにとっても、紛れもなくファーストキスである。
を寄せ合い重ねるその一連の作はどこかぎこちなかったが、2人が満足ならそれでいいのだろう。
「はふ……いいのですか、今のは実は誓いのキスだったのですよ?」
「永遠の伴か、それも悪くはないな。だが、まずは人にならねば何も始まらないぞ」
「ふふふ、そういうの、意外と気にするタイプなのですね」
「初心者だからな」
「それじゃあ、こっちから行くのです」
サーラにしてみれば、初めての告白ではない。
だが、今まではダメで元々のつもりでやっていた。
今回は違う。
だから、とても新鮮な気分で――まるで初めて彼に好意を伝えた時のような、高揚があった。
「ずっと好きです。きっと永遠に好きなままです。だから、人になってしいのです」
「ああ、私も好きだよ。今度こそは、自分の手でおしい人を捨てるだなんて馬鹿な真似はしない。永遠に幸せになろう、サーラ」
想いを伝えあったら、あふれる衝を押さえきれない2人は、またを重ねる。
リリィは、決意というか、確信のようなものをじていた。
おそらく、別に頑張る必要もなく、ただ自然に生きているだけでも、んだ幸福は手にる。
きっとそういう世界が、半吸鬼デミヴァンプたちが作り出す世界なのだ。
自分たちは世界で一番幸せものだ。
この瞬間、2人はそう信じ込んで疑うこともしなかったが、たぶん世界中の半吸鬼デミヴァンプたちが同じことを考えている。
があれば影が生まれる。
人の世界はそういう場所だ。
だから人間には出來ない、最初から影である半吸鬼デミヴァンプでなければ、こんな世界は。
「……あ、そういえば」
を離すと、サーラは何かを思い出す。
「アレ・・、どうするのです?」
「ああ、そうか、まだアレ・・が殘っていたんだったな」
アレとは、言うまでもなくブラムスのことである。
彼はリリィの父親ではあるが、生まれ変わった彼にとっては、その辺に転がっているゴミのような存在だ。
だが、彼は彼を憎んでいた。
憎たらしいゴミは、どう処分するべきか。
2人はブラムスに立ち寄ると、座り込む彼を見下ろし、無言で爪をばした。
「リリィひとりじゃなくてもいいのです?」
「楽しみを獨り占めするのはよくない、し合う伴ならなおさらにな」
「わかったのです、なら遠慮なく參加させてもらうのです」
「ま、待て、待ってくれリリィ! 私は父親だぞ! これまでお前を育ててきた、騎士団長として立派に育ててきた――がっ!?」
リリィはまず手始めに、とブラムスの顔を蹴飛ばす。
歯が何本か折れ、彼は顔を押さえながら地面に倒れ、彼を睨みつけた。
「気に食わない目です」とサーラは素早く彼の頭上に移すると、絶妙な力加減で眼球に爪を突き刺す。
「あっ、あぁぁぁああっ!」
恐怖に聲を震わすブラムス。
すると、すぐさまリリィがまた別の場所――頬に爪を指し、そのまま口の方へ向けて引き裂いた。
それ見て笑うサーラ。
片方だけじゃかわいそうだ、ともう片方の頬にを開け、裂き、彼の口を広げていく。
「はっ、はひっ、ひゃめっ、ひゃめへくれえぇェェェッ!」
発音が若干不自由になる彼の発音を聞いて、リリィが笑い聲をあげた。
ブラムスは、2人にとってのおもちゃなのだ。
しかも、傷つければ傷つくほど、自分の憎しみを晴らすことが出來る。
遊ばない手はない。
サーラが影を使い、ブラムスのを地面に磔にする。
リリィが右手の小指を切り落とすと、サーラが左手の小指を切り落とした。
「あっ、やめっ、やめえぇぇぇっ! えげっ、え、ひっ……ひっぐううぅぅぅぅ!」
薬指、中指、人差し指、親指と――千草の拷問を模して、一個ずつ指を潰していく。
そして指が無くなると、手のひらを半分ほど切斷した。
脈を切ると死ぬのが早まってしまいそうなので、ひとまず手で遊ぶのはそこまでにしておく。
次は足だ。
指先は何本か折れて居るのでまず切斷して綺麗にする。
そこから2人は足の橫に座り込み、まるでみじん切りにするように、しずつしずつ足を切りにしていった。
足首からすねを通り過ぎ、ふくらはぎの厚なを楽しみ、そして膝のちょっと片目の骨を切り裂き、ケラケラ笑う。
「ゆるひ、て……ゆるひて、くれ……たのむっ、ぐ、がっ……!」
ふとサーラは千草が言っていた言葉を思い出し、影をった。
元を正せば、全ての原因は彼が男であったことにある。
その象徴を、彼が死ぬ前に処分してしまうことこそ、おそらく最大の罰になるはずだ、と。
サーラは千草から魔力を與えられている。
彼の影はブラムスの間の上で、まるでプロペラのような形になり、猛スピードで回転を始めた。
そしてそのまま落下し、ぶちゅ、ぐちゅ、と凄慘な音を立てながら、を撒き散らし、ミンチにしていく。
「あっ、あぎゃあぁぁぁああっ! はっ、はひゅ、ひぐっ、ぎっああぁぁあ!」
ひときわ大きいび聲に、リリィは晴れやかな気分になった。
だがあまりに痛かったせいか、ブラムスは気絶してしまう。
しかし大した問題ではない、サーラが耳に影をツッコミ脳を撹拌してやると、すぐに目をさました。
だが殘念なことに、それ以降、目に見えて彼の反応は薄らいでしまった。
先程のび聲が最後の燈火だったのだろう。
いつまでも生かしてくのは不快だし、汚いものは汚いので、2人はとっとと彼を殺してしまうことにした。
あえて、リリィは剣を抜く。
この剣は、騎士団長になった時、國から送られた逸品だ。
権威の象徴でもあり、そしてある意味で、リリィを道として育ててきたブラムスの罪の証でもある。
それを2人で持ち、まるでケーキカットでもするように彼のに近づけ――そして、一気に突き立てた。
「ぁぐっ……」
心臓を一突き。
ブラムスは微かなうめき聲を上げ、一瞬だけをくの字に跳ねさせ、絶命した。
リリィは彼が本當に死んだのか確かめるために、何度かを蹴りつけ、顔を踏みにじったが、く様子はない。
「……こんなものか」
あれほど自分を縛り付けてきた父親の死に、リリィはそんな想を抱いた。
そうだ、そんなものでしかない。
目の前にある幸福に比べれば、過去の不幸など、優先順位で言えば遙かに下だ。
「もう、忘れてしまっていいのです」
「ああそうだな。過去よりも、これからはずっと、今のサーラのことだけを考えることにするよ」
そして2人は、三度キスをわす。
もちろん、リリィに比べればサーラは長が低いので、一方が腰をかがめ、一方はつま先立ちをすることになるのだが。
それでも足りない分は、ブラムスの死を踏み臺にすることで補った。
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