どちらを選ぶかなんて、わかりきった話だったんです。

王家に伝わるとかいう寶石で飾られた剣を彼の手に握らせると、迷いなく前へと進み、それを振り上げました。

殺意の向かう先は、彼の王子様。

つまるところ、剣を手にしたのはお姫様で。

2人は元々、とても仲睦まじい人同士でした。

「どうして……君が、こんなことを……！」

「だって、あなたよりも、ご主人様の指の方がずうっと私の事を気持ちよくしてくれるんですもの！」

お姫様は頬を赤らめながら、可らしく「えいっ」と掛け聲をかけて刃を王子様の首に振り下ろします。

すると王子様は稽なほどに絶した表のまま、大量のを流し死んでしまいました。

カラン、とお姫様の手からり落ちた剣が地面に當たり、乾いた音を響かせます。

そして彼はこちらに振り向くと、おそらく王子様にも向けたことが無いであろう満面の笑みを浮かべて、私のに飛び込んできます。

なんていじらしいのでしょう。

出會ってまだほんの數日しか経っていませんが、私は確かに、彼のことを心の底からしていました。

この抱擁も、耳元で囁くの言葉にも、一片たりとも噓偽りは含まれていないのです。

「ご主人様、これでいいのですよね。私はようやく、ご主人様のになれるのですよね？」

「ええ、一緒に行きましょう。人間ではたどり著けない場所に」

「っあ……んああぁぁぁああっ！」

牙を沈ませて、快楽の海に溺れさせて。

さようなら人類、こんにちは人外。

甘くとろけるような赤い赤い人間を吸い上げて、そして私はお姫様に化生の素を注いでいく。

奪われ與えられ作り変える彼が、人では到底與えられない多幸に包まれているように、を嚥下する私の方も人のではじられない悅楽を味わう。

誰が損をしていると言うのでしょう。

ただげられるだけだった、無力で無能な私は、人を捨てることでようやく誰かを幸せにして、そして自分も幸せになることが出來た。

誰もが同じ。

人の世界では、誰かのが生まれた瞬間、どこかで憎しみが生まれる。

誰かの幸福は誰かの不幸で、プラスマイナスゼロで均衡が保たれている。

なんて不平等なバランス。なんて理不盡な世界。

つまり、爭いは絶えないのです。

だから私はこの一件を人間のせいだと斷ずるつもりはありませんが――しかし、ひとつの事実として、原因が彼らにあることは否めません。

あとしだけ、全ての人類が、他人をせたのなら。

ええ、わかっているんですよ、世界の仕組みがそうさせない、人間とはと影の一括りで、爭いの絶えない世界になるよう作られているのだと。

ですが、もしそれが葉っていたのならば。

私が両親にされ、いじめもけず、學校の屋上から飛び降りなかったのなら。

半吸鬼いまのわたしが、生まれることもなかったのです。

◇◇◇

果て疲れ、意識を失った姫をベッドに寢かせると、私は部屋を出ました。

「お疲れ様、お姉さまっ！」

「長かったねえ、あの子結構素質あるんじゃない？」

すると、エリスとみゃー姉が私を待ちけていました。

2人のは若干汗ばんでおり、甘い香りが濃く匂ってきます。

私を待ってたのかと思いきや、どうやら2人で楽しんでたみたいですね。

「お姫様として生きてきた分、抑圧されていたんでしょうね。でももう大丈夫、彼は自由に生きていけますよ」

「そうだよね、縛る國も、も、何も殘ってないんだもん。それどころか、他の人間すら殘ってないのかも」

全員、というわけには行かないかもしれませんが、國の制圧はこれで最後。

先程のお姫様の吸をもって、この世界は全て、半吸鬼デミヴァンプに支配されることとなったのです。

「でもちーちゃん、これからどうするの？　もう、他の國に攻め込んだりしなくていいんだよね？」

「みゃー姉、別に私の目的は國を滅ぼすことじゃないですよ。確かに1つの目標ではありましたが、全ての人間が半吸鬼デミヴァンプになったのならそれはそれで、エリスやみゃー姉たちとひたすらにし合えばいいだけですから」

「……それもそっか」

やることが終わったのなら、教會で暮らしていた頃と同じような生活に戻ればいいのです。

狹い閉じられた空間で、好きな人と好きなだけわる。

誰にも邪魔されず、何のしがらみもない。

これ以上に幸せなことが、他にあるでしょうか。

「そう言いながらもお姉さま、確かレイアに何か頼んでなかったっけ？」

「ああ、あれは――」

そろそろ完する頃合いでしょうか。

一度王都に戻って、狀況を報告してもらってもいいかもしれませんね。

◇◇◇

王都に戻った私たちは、まず思い出を手繰るように、廃棄街へと向いました。

レイアの用事も急ぎというわけではありませんから、時間の余裕はまだまだあります。

「なんか懐かしいや、まだ何年も経ったわけじゃないのにね」

みゃー姉は気を利かせて私とエリスを2人きりにしてくれました。

もちろん向かう先は、彼がかつて暮らしていた廃材の城の一室です。

「思えば、ここから始まったんでしたね。最初はまさか、本當に全ての人類を変えられるとは思っていませんでしたが」

「私も、そんな大事に巻き込まれるとは思ってなかった。でも良かったな、お姉さまに出會えてなかったら、私はずっとここで燻ってるだけだったろうから」

崩れかけの建の中を歩きつつ、私たちはそんな會話をしていました。

そしてようやく部屋の前にたどり著くと、暗くて狹くてじめじめとした部屋の中に足を踏みれます。

「ずっとこんな檻の中で生きていかなきゃいけなかったと思うと、お姉さまに出會えてなかった未來なんて想像したくもないな」

「想像する必要なんてありませんよ。今こうして、エリスは私の隣に居るんですから。それが変わることなんて、未來永劫ありえません」

「ん、ありがと」

はにかみながら言うエリスを見ていると、おしさが溢れて、無ににれたくなってしまいます。

私は指先同士をれ合わせ、彼の反応を見ました。

するとれ合った直後、あちらから積極的に私の手に指を絡ませてきます。

しっかりと握りあった手を見て、いまさらながらし気恥ずかしくなった私たちは、互いに微笑み合い。

そしてひとしきり笑うと――自然と、を寄せていきます。

軽くれ合わせるだけのキスを、二度、三度。

もどかしく、じれったいくすぐったさがを包みます。

四度目のキスはし深めに、舌の先をれ合わせながら、を濡らしていきます。

五度目の口づけの前には、こつんと額を合わせて一言だけ言葉をわして。

「エリス、しています」

「私も、誰よりもお姉さまのことをしてる」

他の人よりもし特別な言葉を、あなたに。

そして今度こそを重ねて、舌をエリスの中へとり込ませる。

他人のが自分のの中にってくるということ。

他人の一部が自分の中をかきまぜるということ。

心だけでは、言葉だけでは得られない、深い深い一。

プラトニックラブなんて私は信じない。

本當のは同士のわりの先にあるはずだと思うんです、だから私たちはをするし、貪にを求め合う。

◇◇◇

廃棄街から出た私たちは、教會に立ち寄り、そこで暮らすナナリーやミリィ、レリィ、アイたちと挨拶・・をしました。

他にも、街でツガイとして仲睦まじく暮らすリリーナとリーザの親子と再會し、城ではすっかりを改造してのわりにはまり込んでしまったアーシェラとラライラライ、そしてキシリーの3人においをけたり。

また、その3人に巻き込まれる形でマニアックなプレイに興じる桜奈と冬花と遭遇したりと、ほんの數十分ほどの出來事だというのにやたら濃かったような気がします。

「実際、私たちとちーちゃんのも他人からみたらそんなもんなんじゃない？」

そうなんでしょうか。

まあ、みゃー姉が言うならそうなんでしょう。

ちなみに、リリィとサーラは城にはいません。

別の國の片田舎で、二人きりでひっそりと暮らしているそうです。

……それはさておき。

私たちが城にやってきた目的は、レイアと話をするため。

使い慣れた研究室があった方がいい、ということで、彼もまた王城に殘って暮らしていました。

彼の自室のドアをノックすると、「はーい、いいよって」と同居するリーナの聲が聞こえてきます。

聲に従って中にり――そこで私たちが見たのは、ベッドの縁に2人、肩を寄せ合いながら座る、お腹を大きく膨らましたリーナとレイアの姿。

「あれ、チグサ様たちだったんだね」

「アーシェラあたりが……また注文しにきたのかと思ってた。確か、どこかの國を、陥としに行ったって、聞いてたけど……帰ってきてたんだ」

「例の魔法がそろそろ完したんじゃないかと思って、様子を見に來たんです。それにしても、隨分を大きくなりましたね。予定日まではまだ時間があったはずでは？」

「人間の胎児より長が早いみたいなんだ、ボクたちも予想外でびっくりしてた所だよ」

2人は、お互いの子供を孕んでいました。

基本的に吸鬼という種族は生行を行いません。

人間を吸鬼化させることで、數を増やしていくからです。

ですがじきに世界から人間が消えることは予想できていましたから、その対策の1つとして、レイアが考案したものでした。

もっとも、2人がお互いの子供をしがったから、という理由の方が大きいような気がしないでもないですが。

「そのじゃ、研究するのも難しそうね」

エリスの言葉を、レイアは首を橫に振って否定した。

「そっちはそっちで、ちゃんと進めてるから」

「レイアにとって魔法の研究は趣味みたいなものだからね、むしろやってないと落ち著かないみたいだよ」

「なら、実はもう完してたり？」

みゃー姉の問いかけに、レイアは今度は首を縦に振って肯定する。

「いつでも発出來るけど……どうするの、チグサ様」

「行き來はいつでも出來るんですよね」

「門を開いて繋ぐ形だから……ただ通り抜けるだけで、どちらからでも移は出來るようにはしてるよ。それに、今の私の魔力なら、恒久的に開いたままの門も……構築、できると思う」

つまり、こちらに戻ってくるのも、あちらに行くのも自由自在ということですか。

なら時間をあける必要もないかもしれませんね。

私としても、あちらの狀況に興味が無いわけでもありませんし。

「なら、すぐにやってしまいましょう。重のレイアに頼むのは忍びないのですが、お願いできますか？」

「もちろん。今の狀態でも、以前の私よりはは軽いぐらいだから」

レイアが立ち上がり、部屋から出ていきます。

私たちは彼についていき、地下にある研究室へと向かいました。

◇◇◇

世界の全ての人類を半吸鬼デミヴァンプに変えて、満足してもよかったのかもしれません。

レイアの研究が進めば、私とエリスや、私とみゃー姉の間に子供を作ることも出來るでしょうし、それを楽しみにして生きるのも素敵な未來なのでしょう。

別に子供を生まない、と言っているわけではありません。

優先順位の問題で、私はレイアに頼んでいたとある魔法の方を、先に片付けてしまいたいと思ったのです。

「始めるよ」

研究室の床には、すでに巨大な魔法陣が描かれていました。

レイアはその中央に立ち、目を閉じて、意識の集中を始めます。

描かれた魔法陣がうっすらとを放ち、満ちていく魔力の量が増えるほどに明るくなっていきました。

やがて陣が部屋全を照らすほどまばゆく輝きを放つと、レイアが発の呪文を告げます。

「ゲート・オープン」

バチバチィッ！

レイアの前方の空間に、人をすっぽりと覆うほどの大きさの雲が生じ、そこに雷が走り、火花を散らします。

やがて雲は空間を歪ませ、破壊していきました。

すると雲の中央に、真っ黒な球が生まれます。

拳大の大きさだったそれはみるみるうちに大きくなり――そして雲と同じぐらいのサイズになると、あれほど激しく荒ぶっていた雲は消え、陣も役目を終えたのかを失いました。

どうやら、魔法は無事発したようです。

それを部屋の端で私たちと一緒に見ていたリーナは、汗を流し呼吸を荒くするレイアに近づき、抱きつきながら言いました。

「おつかれさまっ」

「ん……」

2人は抱き合ったまま、頬をすりあわせています。

依頼主である私がねぎらうつもりだったのですが、すっかりその役目を奪われてしまいました。

手持ち無沙汰になった私は、開いた――もとい門に近づき、”向こう”の様子を観察します。

確かレイアは、被召喚地點の近くに繋げたと言っていたはずですが。

アスファルトの地面に、奧に見えるのはフェンス、そして暗い空。

「これ、うちの學校の屋上だね」

いつの間にか近づいてきたみゃー姉が言いました。

言われてみれば、私が飛び降りた場所にそっくりです。

「これが、お姉さまの住んでた世界……やっぱりこっちとは雰囲気が違うね」

「技の発展度合いが違いますからね。もっとも、あちらには魔法なんてものはありませんが」

元いた世界が、私の手の屆く先にある。

そう思うと、が苦しくなってきます。

この世界にやってきて、私のトラウマのいくつかは解消されましたが、全てが消えたわけではありません。

置き忘れた來たものは、まだあちらの世界に殘っている。

「もう……行くの？」

「ええ、ちょうどあちらも夜できやすい時間ですから」

「そっか……気をつけてね。って、チグサ様には必要のない言葉かも、しれないけど」

「こっちよりよっぽど住み慣れた場所だもんね、ボクはさすがに怖いけど」

「私も怖いですよ。こちらの世界より遙かに殘酷な場所ですから」

みんなにはが足りないんです、だから私のような人間が生まれてしまう。

悲劇は二度も繰り返してはならない。

「だからこそ――だよね？」

みゃー姉の言葉に、私は強い気持ちで頷きます。

見知らぬ世界を救えた私に、故郷の世界を救えないわけがありません。

「はい、行きましょう。あの冷たい世界を、私たちの暖かなで満たすために。みんなが幸せになれる世界を作るために」

私の言葉に、エリスとみゃー姉が「うんっ」と相づちを打ちます。

そして一歩を踏み出し――私は帰ってきたのです。

カミラと出會い、人間をやめたあの日、死を覚悟して訪れたこの場所に。

天上には見慣れた星空が広がっています。

フェンスの向こうには、大嫌いだった街並みが広がっています。

けれどし、昔とは、違う景に見える。

だって今の私には、力と、仲間と、がありますから。

「待っててくださいね。すぐに、私がみんなを救ってみせますから！」

フェンスを飛び越え、影を纏い、夜を駆ける。

その夜、人類の終わりが始まったことを、まだ誰も知らない――