《異世界で鬼になったので”魅了”での子を墮とし、國を滅ぼします ~洗脳と吸に変えられていく乙たち~》Ex6-1 退魔の姉と無能な妹

薄暗い部屋に、カタカタとキーボードを打ち込む音が響いている。

音の主であるは、気のない赤いどてらを羽織り、貓背で並ぶ3つのディスプレイとにらめっこしていた。

長いぼさっとした黒髪に、度の高い黒縁の眼鏡、そして時折れる「にひひ」という笑い聲。

「みんながこうもあたしの思い通りにいてくれると、そりゃまあ楽しいよね。にひっ」

がそんな不気味な獨り言を呟いていると、コンコンとドアをノックする音が響いた。

その音とほぼ同時に、返事を聞くまでもなく誰かが部屋にってくる。

さっきまで上機嫌だったは、骨に「はぁ」とため息をつくと、相も変わらず不法侵してくる自分の姉を睨みつけた。

「お姉さあ……ノックと同時にってきたら意味ないって何回言えばわかるわけ?」

「いいじゃない別に、姉妹なんだから」

「親しき仲にも禮儀ありって知らない?」

「よそはよそ、うちはうちよ。で、首尾はどうなのよ、扇里」

妹――白金しらがね扇里せんりの抗議など歯牙にもかけず、姉である巫里みさとはふてぶてしく問うた。

頼みごとがある、と珍しくしおらしく言ってきたので、いざ引きけたらこれだ。

巫里は外では明るく優しい人格者で通っていたが、妹の扇里は”それは違う”と斷言する。

「暴君だねえ、なんでうちの姉はこんな風に育っちゃったんだか」

「いいから早く教えなさい! 吸鬼の噂はちゃんと広がってるの?」

「広がってるよ、ありとあらゆる掲示板やSNSを使い、場所に合わせて食いつきやすい文章を作り出し、そしてタイミングを見計らって書き込む! こんな蕓當、あたしの頭脳がなきゃ実現不可能ですなあ」

大量殺人が吸鬼の仕業だ、などという世迷い言は普通の方法なら誰も信じないだろう。

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それが例え噂や都市伝説レベルだったとしても、だ。

しかし、多人數を裝って近い時間のうちにあらゆる場所で報の拡散を行えば、多は信じる人間も出てくる。

あとはその人間にさらに噂を信じ込ませ、新たな報拡散源とするのだ。

それを繰り返すことで、扇里は個人の力のみで、吸鬼の噂を広めることに功させていた。

「はいはい、すごいすごい。で、ちゃんと足跡は消してる?」

しかし機械に弱い巫里は、何がすごいのかよくわからなかったので適當に流しておいた。

もちろん扇里は不満げに口を尖らせる。

「もっと褒めろよう、大変だったんだからね?」

「偉いわねえ、よしよし」

そう言いながら、からかうように扇里の頭をでる巫里。

もちろんその手はすぐさま振り払われた。

「知識の無い人間ほど高度な技を蔑ないがしろにするんだよね、まったく。ま、足がつかないように海外のサーバ経由してやってるよ。でも、そこまでする必要あんの? 仮にお姉の言う通り、今回の事件の犯人が吸鬼だったとしてさ、ネットを駆使する吸鬼とか聞いたこと無いんだけど」

「念のためよ、扇里が危険に巻き込まれないようにね」

「お姉……」

何だかんだで自分を心配する姉に激する扇里。

だが、そんなも長持ちはしない。

「そんなに心配なら、最初からあたしを使わなければいいだけなんじゃないの?」

「……」

鋭い指摘に、黙り込む巫里。

はしばらく考え込むような仕草を見せたかと思うと、

「……ふふふっ」

おもむろに笑いだした。

「ふふふっ、ふふっ、ふふふふふっ」

わざとらしい笑いを続け、扇里の背中をぽんぽんと叩くと、そのまま部屋から出ていく。

どうやら言い返す言葉が見つからなかったので、誤魔化そうとしているらしい。

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「ふふふふふ……」

そして部屋から出て、遠ざかっていく姉の笑い聲。

そんな彼の後ろ姿を見ながら、扇里は頭を抱えて大きく息を吐いた。

姉の傍若無人な振る舞いな今に始まった話ではない、怒るだけ無駄だということは扇里が一番理解している。

諦めるしか無いのだ。

「ま、あたしも楽しくないわけじゃないから良いんですけどねー」

扇里はそう言って、またディスプレイとのにらめっこを再會する。

その後、トイレに行こうと彼が部屋を出ようとすると、ドアの外にジュースが一本置いてあった。

どうやら巫里なりのねぎらいらしい。

「これだけで喜んじゃうんだから私もちょろいよね」と扇里は苦笑いを浮かべた。

◇◇◇

扇里と巫里は、同じ高校に通う二年生だ。

しかし、運部に所屬する巫里は朝練習で早くに家をでるので、2人が一緒に登校することはない。

準備を終えた扇里は、いつもギリギリの時間までアニメを見るかゲームをやってから、家を出る。

閑靜な住宅街にある2階建ての一軒家。

は毎朝、登校時に我が家を見上げながら、「あたしにはこんな家は建てらんないだろうな」などと自的なことを考えながら駅へ向かう。

その途中、歩く彼に徐行で近づく一臺のパトカーの姿があった。

車の窓が開くと、人懐こい笑みを浮かべた婦警の上半が姿を現す。

「よっ、今日も気だるそうにしてんね扇里ちゃん」

「香菜さん……お勤めご苦労さま。ふぁーあ……」

「大きいあくび。寢不足はの天敵だぞ?」

「大丈夫だって、あたしまだ若いから」

「若い頃の無茶が大人になってから來るんだって、何事も早いうちが肝心だって言うでしょ」

「確かに、香菜さんちょっと來てるよね」

扇里が言うと、香菜は表そのままに、目つきだけ変えた。

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「……撃つよ?」

およそ現役警察とは思えないセリフである、上司が居たら即懲戒ではなかろうか。

「あはははっ、ナイス警ジョーク。ところで香菜さん、例の殺人事件はどうなってるの?」

「ん? あー、あの男ばっかり死んでるやつね。捜査報は言えないけど、大テレビで報じられてる通りよ」

「つまり何もわかっていないと」

「わかってないわけじゃないのよ、わかってるけど理解できないの。犯人は被害者に近づいたあと、素手で上半と下半をねじ切って、その場で姿を消しました、ってどうやったらそんなことになるのよ」

「名探偵でも呼んできた方がいいんじゃない? 頭脳は大人では子供のやつ」

「アニメの見すぎよ扇里ちゃん、じっちゃんの名に賭ける探偵なんて現実には居ないわ。だからこそ、いっそ犯人は吸鬼でしたって言ってくれた方が気は楽なのよね」

香菜の言葉に、扇里はし上機嫌になった。

警察にも噂は伝わっている。

これだけの報拡散を1人でやってのけたのだ、達だって湧いてくる。

「例の噂のこと?」

「ええ、あながちただの噂でも無いんじゃないかって、そんな話が署でも広がってるわ」

「まさか、証拠でも見つかったの?」

「証拠って言うか……あ、これ口外しないでね、まだ発表されてないことだから」

報は言えないんじゃなかったのか、と扇里は心突っ込みをいれる。

だが貴重な報だ、茶々をれてへそを曲げられるより、素直に聞いておいた方がいい。

「死んだ男の関係者――その人はなんだけどね、現場の近くで倒れてたんだって」

「犯人に襲われたってこと? でも被害者は男ばかりなんじゃなかったっけ」

「それが何で倒れてたのかはわからないそうなの。だけどその首筋に、何かに噛まれたような跡が殘ってたとか」

「まるでを吸われたみたいだ」

「そう。でも被害者はに特に異常はなし、むしろ調子がいいぐらいだって言うし。結局は謎が増えただけなのよね」

「……」

扇里は考え込む。

今まで吸鬼の存在など信じていなかったが、本當にそういった被害者が存在したことを知ると、急に怖くなってくる。

だってわかっているのだ、姉がただ當てずっぽうで吸鬼などと騒いでいるわけではないことを。

にわかには信じがたいかもしれないが、白金家は代々退魔の家系なのだと言う。

魔を退ける力を持ち、そして魔を見抜く目を持っている。

だが、力をけ継ぐことが出來るのは1人だけ。

だから巫里はい頃から幽霊や妖怪と言った不思議なを見てきたし、母も同じだった。

そんな中で、扇里は1人だけ仲間はずれ、何も見えないし何もれられない。

母も姉の方を可がっているように見えたし、実際人から好かれるのはいつも姉の方だった。

そのコンプレックスからか、いつからか扇里はあまり家の外に出なくなったし、オカルトを否定したがるようになっていた。

報系の知識に長けるようになったのも、その影響なのかもしれない。

――とは言え、姉のことが嫌いかと言われればそんなことはなく。

むしろ、姉も母も好きだからこそ、同じ土俵に上がれない自分が嫌だったのだ。

扇里の現狀はさておき、巫里が『奴らのきを抑制するためにも、吸鬼の報を流してしい』と妹に頼んだのは、おそらく実際に吸鬼を見たからなのだろう。

そして、巫里と母は今も、吸鬼を滅するための準備を進めている。

もちろんそんなことを知っているのは、しかいない。

い頃からお世話になった近所のお姉さんである香菜だって、白金家がそんな特殊な家系であることは知らないはずだ。

それに言ったって、信じてもらえるとは思えない。

「扇里ちゃん。何か、心當たりがあるの?」

「……いや、なーんにも。知ってたらとっくに香菜さんに話してるって」

「そっか、じゃあいいんだけどさ」

仕方のないこととは言え、噓をついてしまった扇里はを痛めた。

それを知ってか知らずか、香菜はし心配そうに彼の方を見ている。

「先輩、そろそろ行かないと」

すると助手席に座っていた後輩の婦警が、香菜に聲をかけた。

仕事中なのだ、これ以上駄弁っているわけにもいかない。

それに、扇里とて駅に向かわなければ、そろそろ電車に乗り遅れてしまいそうだ。

「ごめんね扇里ちゃん、登校中なのに話し込んじゃって。今度はプライベートの時に話しましょう」

「家近いんだしさ、たまにはうちに夕ご飯食べに來てもいいんじゃよ?」

「あはは、昔はよく一緒に食べてたもんね。さすがにこの年になると行きづらくってさ。でも、おいがあるなら今度行かせてもらうわ」

「そうしてよ、両親もお姉も喜ぶだろうから。それじゃあまた」

「うん、じゃーね」

香菜は軽く手を振ると、窓を閉めて走り去っていった。

小さくなっていくパトカーを眺めながら、扇里もまた歩き始める。

◇◇◇

「吸鬼、か」

教室にり、席に座るなり扇里はそう呟いた。

「おやおやぁ? 扇里殿もついにオカルトに目覚めたでござるか?」

そこに近づいてきたのは、扇里の友人である紗綾さやだ。

軽く天然パーマのかかった肩までびた黒髪に、厚底の眼鏡、そして頬のソバカス。

口調も合わせて、典型的なオタク子である。

腐ってはいないのが唯一の救いだろうか。

低い長と小的な顔立ちは、メイクさえどうにかなれば悪くない素材なんだけどなあ、と扇里は彼の顔を見るたびに思う。

「違うっての、さーやも知ってんじゃないの? 例の噂」

「それはもちろん、クラスタでもその話題で持ち切りですからな。もっとも、中には報源が胡散臭いと言っている不躾な輩も居るでござるが」

その報源がよもや目の前に居る扇里だとは、紗綾は考えもしないだろう。

「しかし、男だけが死に、が無事となると、その無事なはとっくに吸鬼になっているかもしれないですなあ」

「なんでそうなるの? 男にしか興味が無いから、そいつのを吸って殺しちゃったんじゃない?」

「そう思って調べてみたのでござるが、男の死にそのような痕跡は無いとのこと」

現在、ネットでは被害者に関する、真偽が定かではない様々な報が飛びっている。

被害者の死の狀態なんて、それこそ信憑の低いものの1つなのだが、紗綾はデマをそう簡単に信じるではない。

の言うオカルトクラスタとやらがどこから報を得ているのかはわからないが、これだけ大量に死人が出ているのだ、死の狀態の1つや2つ、れている可能は十分にある。

それに――扇里は先程、香菜からの首に殘った傷跡に関する話を聞いたばかりだ。

を狙う吸鬼と言うと、かの有名なシェリダン・レ・ファニュが著した小説『カーミラ』を想起しますなあ。もっとも、あれの場合は吸われると死ぬ類の吸鬼ではあったでござるが」

「カーミラ……なんか聞いたことあるかも」

「扇里殿の場合は、ゲームのキャラで知ったのでは?」

「言われてみれば、そんな名前の敵キャラが居たような……しかも吸鬼で」

「要は、それの元ネタというわけですな。同であってもひと目で心を奪われてしまうで、ざっくり言うとエロいことをしながらを手篭めにすると。今回の吸鬼が同じような手口でに近づき、仲間に変えているのだとしたら――」

「したら……?」

おどろおどろしい言い方に、扇里はごくりとを鳴らす。

そして紗綾は彼が話に引き込まれたことを確認すると、にやりと笑いながら言った。

同士でいちゃいちゃこらこらする百合百合パラダイスでござるな!」

「……」

沈黙し、白けた顔で紗綾を睨みつける扇里。

「いやあ、一度でいいから拝んでみたいものでござるなあ! 拙者には縁がない話ではござるが、見ておきたい、記憶焼き付けておきたい、あわよくば撮影させて頂きたい!」

「……あんた、そのうちバチあたると思う」

「この程度でバチが當たるようでは、オカルトクラスタは全滅でござるなぁ、ハッハッハ!」

腰に手を當てて笑う紗綾。

しかし――彼に限った話ではなく、他の學生も、扇里自にとっても、自分の関係ない場所で起きている殺人事件など他人事に過ぎないのだ。

”自分は巻き込まれるはずなんてない”、そんな拠のない確信を持って、彼たちは今日も生きている。

そしてきっと明日も明後日も、同じ日々が続くと信じている。

◇◇◇

放課後、紗綾はオカルト研究部、巫里は剣道部なので、いつもなら帰宅部の扇里は1人で帰ることになる。

パソコン研究部にっても良かったが、群れて活するのは柄ではないのだ。

夕暮れの校庭を1人、橫を通り過ぎる仲睦まじい男をほんのり恨めしい目で見ながら歩く。

そして、ちょうど校門に差し掛かった時、

「扇里ー! ちょっと待ってよー!」

自分を呼び止める巫里の聲が聞こえて、彼は立ち止まり振り返った。

校門近くに居ても、離れた剣道場から掛け聲が微かに聞こえている。

練習は休みでは容なのだが、なくとも學校では真面目で通っている巫里がサボりとは珍しい。

「どうしたのお姉、ついに剣道に飽きた? それとも學校で優等生の皮を被るのに疲れたの?」

「あんたねぇ……たまには一緒に帰りたいっていう姉心がわからないわけ?」

「うん、わからん。部活はどうしたん?」

「今日は用事があるって言って休ませてもらったの、例の事件に巻き込まれたに會えることになってね」

合流した2人は、並んで歩きながら話を続けた。

「もしかして、首に傷が殘ってたって人?」

「あれ、扇里もそれ知ってたんだ。そうそう、その人」

扇里は眉をひそめる。

朝、紗綾からあんな話を聞いたばかりなのだ、本當に會っても安全なのだろうか。

「どうしたのよそんな怖い顔して」

「大丈夫なのかな。ちょうど今日、友達と話してたの。吸鬼にを吸われた人間は吸鬼に変えられる、ってさ」

「……意外ねえ、心配してくれてたんだ」

全く意識していなかった。

ということは、つまり本心から姉のことを考えていたということで。

しまった、と言わんばかりに扇里は口を手で覆った。

「あんがとね、扇里っ」

それを知ってか知らずか、巫里は無邪気な笑みを浮かべる。

両手を後ろにやって、覗き込むようにして向けられたその笑顔を見ていると、扇里の顔は一気にかぁっと熱くなった。

思わず目をそらす。

にやけてしまう表を、どうにかして誤魔化さなければ。

「んっふふふ、そういう扇里の顔、久々に見たかも。やっぱ可いよね、私と違ってがあるっていうか」

「無いよ、そんなの」

「あるある。外っ面の話じゃなくってね、扇里の笑顔には他人を心からかすそういう魅力があると思うわ」

お世辭などではない、巫里は本心から言っている。

は――扇里のコンプレックスを知っていた。

力を持たない、だから自分だけ仲間外れなのだと、そうやってい頃から微妙な心の壁を作られてしまっていた。

だが一方で、その力は、巫里にとってもコンプレックスだったのだ。

力さえなければ、本家の面倒な會合に呼ばれることもない。

力さえなければ、子供の頃から大人のような振る舞いを求められることもない。

力さえ無ければ――自分のやりたいことを、やりたいようにできた。

剣道部にれられたのも、それが理由だ。

現代の世には妖怪や怪異の類はほとんど生き殘っていないのに、それでも本家の権威を保つために、退魔の巫は強くなければならない。

そんなものいらないのに。

ただ単に、姉妹として、親子として、普通に生きていきたいだけなのに。

時折気持ちが落ち込むと、母に愚癡を吐き出すことがある。

そんな時、決まって母は言うのだ。

『大人になりなさい、巫里』

つまり、母は巫里のことを子供だとは思っていないのだ。

大事にはしてくれるが、それは本家からそう求められるから。

一方で扇里は、親子としての適切な距離を保てている。

「……そういうの、平気で言えるの卑怯だと思う」

「卑怯なら扇里の可さもそうだからおあいこってことにしておきましょう」

さらに赤くなった扇里の顔を見て、巫里はご機嫌だ。

その後しばらく、溫が元に戻るまで扇里は黙ったままだった。

ようやく落ち著きを取り戻すと、今度は彼の方から話題を切り出す。

「ねえ、お姉ってさ」

「ん?」

「家じゃだらしないし、あんまり格も良くないじゃん?」

「否定はしないであげるわ。でもお姉ちゃん思うわ、もうちょっと言いようがあると思うの」

「あたしが思うに、あっちがお姉の本だと思うんだよね」

「無視するんだ……うん、まあ、そうかもね」

「じゃあさ、もしうちが特別な家とかじゃなかったら、今みたいに外とで自分を使い分けたりせず、ずっとあんな調子だったのかな」

「……」

巫里は、ふいをつかれて聲が出せなかった。

ああ、なんだ、ちょうど同じことを考えていたのか――やはり姉妹なのだな、と痛させられる。

「だとしたら、學校でもぐうたら姉妹として名を馳せてたかもしれないわね」

「にひひっ、家でも2人でこたつに寢転がってかなかったりして」

「ありえるわね。と言うか、今だってお母さんが居ない時はそんなじじゃない」

「言われてみれば……でも、2人一緒にお母さんに怒られるなんてこと、今は経験できないじゃん?」

「そうね……」

母の前において、なくとも巫里は立派な人間で無くてはならないから。

姉妹同時に怒られるなんてことはない。

差は発生する。

同じ人間から生まれ、同じ家で育ってきたはずなのに、どうしようもなく隔絶した差が。

そして、その存在が誰かを幸せにしているかと言われれば、巫里ははっきりと”違う”と言い切れる。

無い方がいいに決まっている。

巫里にとっても、扇里にとっても、母にとっても。

いつも笑っている父は――婿養子だからあまり本家のことに口を挾むことは無かったが、普通の家庭が築けるのなら、それに越したことはないと考えているだろう。

「……お、お姉?」

巫里は、気づけば扇里の手を握っていた。

學校からはそこそこ離れたが、まだ周囲には駅に向かう學生たちがいる。

「そういや、こんなに寒いのに手袋してなかったなと思って」

「じゃあ、出せばいいじゃん」

「嫌だった?」

「いや……別にあたしはどうでもいいけど。お姉がさ、こんなダメな妹と仲が良いとこなんて、見られない方がいいでしょ?」

見られたくない、ではなく、見られない方がいい。

その言葉の違いは、微々たるものだ。

だが――

「周りがどう思おうが、私にとっては自慢の妹だもん。見せびらかしたいし、単純に手を繋ぎたかった。それじゃあだめ?」

「小學生じゃないんだからさ……ったく」

そう言いながら、扇里は姉の手を握り返した。

素直じゃない、でもそういうところが可い、巫里はそう思う。

家族や本家の目がある所では、こうは行かない。

2人は違わなければならないのだ。

正當な力をけ継いだ長の方が優秀でなければ、巫里は努力が足りないと、そして母は育て方が悪いと叱責されてしまう。

それはある意味で、次の方が劣っていなければならない、と言うことでもある。

等しくあってはならない。

誰のために、何のために。

考えても答えは出ない、巫里たちの手が屆かない場所で決められたことなのだ、逆らえばただでは済まないのだろう。

ならせめて、彼らの目が屆かない場所でぐらいは、同じ姉妹として。

そのまま電車に乗って、家の目の前にたどり著くまで、2人は一度も手を離すことは無かった。

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