《やっと封印が解けた大魔神は、正を隠さずに凡人たちに力の差を見せつけます ~目覚めた世界はザコしかいない~》なかには骨のある魔もいるもんだ

「ずいぶんと気前がいいね。僕たちまで同行させてくれるなんて」

警備隊本部。

無機質な階段を上りながら、僕はアリオスに話しかけた。窓から差し込むが、やけに眩しい。

「この事件は君たちにも知っておいてほしいからな。……それに」

そこでアリオスは、懐かしむように背後のコトネを見やった。

「どこかで見たことのある顔だと思っていたが……コトネだろう? たしか院していたはずだ」

「え? あ、はい」

急に話題を振られ、コトネは戸ったように頷く。

「あのあとニルヴァ市に手紙を送ってな。エルという年が街を救い、コトネの治療をしたこと、すべて聞かせてもらった。君たちには謝してもしきれない」

なるほど。

この同行は彼なりの恩返しのつもりなのかもしれない。

加えて、コトネのしい容貌は男の劣いやすい。彼が事件に巻き込まれないためにも、事前に報を得ることは重要だ。

「……しかし、コトネはたしか重病で、醫者でも治せないはずだと聞いていたが。エル殿、本當に君が治したのか?」 

「う、うん。まあね」 

僕の覚束ない返事に、アリオスは瞳を閉じる。

「……たしかコトネはニルヴァ窟に花を添えに行っていたらしいな。なんでも大魔神の眠る場所だとか」 

「…………」

「エル。大魔神エルガー・ヴィ・アウセレーゼ。これらの名前がどこか似通っていると思うのは気のせいか?」

「ふう。わかったよ。降參だ」

ため息をつき、僕は両肩をひょいと持ち上げた。

どうやらアリオスは頭も回るようだ。ニルヴァ市の住民たちもやたらアリオスを信頼していたが、それもわかる気がする。

「……でも、あまりみんなに言いふらさないでね? 最悪バレてもいいけど、面倒くさいんだ、々と」

「わかってるさ。私から話すことはない」

まあ、最悪バレてもサイコキネシスがあるんだけどね。

でも面倒なものは面倒だ。

僕はふうとため息をつくと、さっきから気になっていたことを訊ねることにした。

「でも、いいのかい? この事件には匿義務……とやらがあるみたいじゃないか。そんなにホイホイ言いふらしてたら……」

――クビになるよ。

そこまで言おうとしたところで、アリオスが口を開いた。どこか切なげな表を浮かべているように見えるのは、きっと気のせいではないだろう。

「……あくまで私の予想だが、これは上層部の《事なかれ主義》だと思っている」

「ん?」

「エル殿は知らないだろうが……事件が発覚した時點で、すでに二十もの魔が被害をけていた。いま現在においては、ゆうに五十を越えるだろう」

「なっ……」

さすがに驚きをじ得ない。

馬鹿な。

被害者が多いであろうことは察しがついていたが、ここまでとは。

僕が黙り込んでいると、アリオスは諦観を滲ませた笑みを浮かべた。

「驚いただろう? このままでは、警備隊は《無能》の烙印らくいんを押されかねない。魔王様からもひどいバッシングをけるだろう。だから――」

裏に事件を解決し、初めからなにも起きていなかったと……そうなることを狙っている。

「ゆえに、私はこの件でたとえクビになったとしても構わない。その時點で、警備隊はもはや警備隊ではないからな」

なんと義理堅い男なのか。

ニルヴァ市において、彼が異常に信用されていたのは、その魔力、知略だけに限らない。この真っ直ぐな格が、人民の心を捉えたのだろう。

僕が封印されていた十年間、魔たちは愚かになったようにじていたが――それでも、彼のように骨のある魔もいる。

そのことにちょっとだけ安心しながら、僕はアリオスの背後をついていった。

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