《やっと封印が解けた大魔神は、正を隠さずに凡人たちに力の差を見せつけます ~目覚めた世界はザコしかいない~》予想外すぎるっての

「えっ……!」

コトネがいっぱいに目を見開く。

「い、いま、なんて言った……!?」

悲壯漂うその様子に、僕はなんの言葉をかけることもできなかった。

――ニルヴァ市。

このままルハネスが引く意志を見せないのであれば、コトネの故郷を破壊すると……ナイゼルはそう言ったのだ。

「なんで……ひどい……ひどすぎるよ……」

両目を押さえ、涙聲をあげるコトネ。ロニンもかける言葉が見つからないらしく、沈鬱な表で黙りこくっている。

そう、たしかにひどい。

殘酷に過ぎる。

だが、これは戦爭だ。

魔王ワイズが失蹤し、魔界が低迷している最中に、出來る限りの《攻め》を行う……戦略としてはなにも間違っていない。

だが、泣きじゃくるコトネにそんなことを言えるはずもなく。

僕は靜かに立ち上がり、ロニンを見下ろした。

「……僕が行こう。ロニン、君はコトネを守っててくれないかい」

「え……」

コトネの故郷が危機に曬されているのであれば、なにがなんでも死守せねばなるまい。彼の両親に恩返しもできていないのだ。

ロニンはすべてを察したらしく、力強く頷いた。

「わかりました。ただし、無茶はしないでくだ――」

《フフフ、ワハハハハハ!》

ロニンの言葉に被さるように、ルハネスの笑聲が響きわたった。

《ナイゼル殿よ。ひとつ問いましょう。――なぜ私がこのタイミングで先制攻撃の表明をしたか、おわかりになりますかな?》

《ん……?》

《あなたがたに生じた僅わずかな隙。そのタイミングを見計らい、鋭部隊を送らせていただきました。いまごろ到著しているはずでしょう。――あなたがたの首都にね》 

「…………!?」

これにはさすがに僕も足を止めてしまった。

あまりに予想外だった。

新魔王はナイゼルの行を先読みしていたのだ。

人間が地方都市を人質に取るのであれば、こちら側は首都を人質にする。 

生命の重さはもちろん平等だが、地方都市と首都では、破壊された場合のダメージが違う。

《…………》

ナイゼルはしばらく黙りこくっていた。いまのルハネスの聲明が虛言でないのか、裏を取っているのだろうと思われた。

ややあって、ナイゼルの重たい聲が響き渡る。

《……なるほど。さすが新魔王に就任されただけのことはあります。私でさえ気づかない切り札を使ったようですね》

《フフ、それはまあ軍事機としておきましょう》

ルハネスは笑ってけ流した。

《では、どうされますかな? ナイゼル殿に任せますが》

《…………》

僕は思わずごくりと唾を呑んだ。

いま両者の間では、すさまじいまでの心理戦が繰り広げられている。

いまルハネスがナイゼルに選択権を與えたのは、《メンツ》を守ってあげるためだろう。

ここでルハネスがそのまま攻撃を開始してしまえば、ナイゼルは躍起になって反撃してくる。そうなると、戦力的に不利な魔界にとって痛手である。 

一方でナイゼルは首都を失いたくない。また人間界でもこの會話が広められているのだろうから、この戦爭を認めれば、首都の攻撃を認めたことになり――支持率は大幅に下がる。

まさにそれらのことを、國王たちはめまぐるしく考えているに違いなかった。

「…………」 

僕はごくりと唾を飲む。

まるで展開が読めなかった。

今後、いったいどんなふうに勢が揺らいでいくのか。これは本當に、いますぐに戦爭発せんそうぼっぱつさえありえる……

しばらくの間、ナイゼルもルハネスも一言も発さなかった。重厚すぎる沈黙が、両者の間で流れている。

すると、またもや予想だにしない出來事が起こった。

《おーおー、なにやら並々ならない狀態みてぇだな》 

突如、聞き慣れない男の聲が僕の耳朶じだを刺激した。ナイゼルともルハネスとも違う、新たな登場人の聲。

「えっ……!」

ロニンがかっと目を見開く。

「こ、この聲って……! まさか……」

「し、知ってるのかい?」

「はい。なんの用事かと思ったら、まさかお兄ちゃん……!」

ロニンの呟きに被せるようにして、新たな登場人は聲を発した。

《おっと申し遅れました。私の名はシュン。クローディア大陸におけるシュロン國の王を務めております。どうかお二方、私の話を聞いてくれませんかね》

《な、なんと、シュン殿?》

ナイゼルの驚いたような聲。

だがすぐに落ち著きを取り戻したのはさすがの一言だろう。

《なるほど。さすがに驚きましたが……セレスティア様と関わりのあるあなた様の発言には無視できない影響力がありましょう。ルハネス殿、そちらはどうかな?》 

《我々も同じですよ。シュロン國の妃はかのロニン様だと聞きます。シュン殿、あなたのお言葉、謹んで拝聴いたします》   

《ははっ、謝します》 

いかにも若そうな男の聲は、この場にふさわしくない軽さだった。

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