《やっと封印が解けた大魔神は、正を隠さずに凡人たちに力の差を見せつけます ~目覚めた世界はザコしかいない~》幕間 人間界と魔界
「ふう……」
ナイゼルは背もたれに寄りかかり、大きく息を吐いた。
王の私室。
絢爛豪華けんらんごうかな寶石があちこちに並べられ、ナイゼルの趣味をふんだんに施したこの部屋には、誰一人としてれない。
――たったひとりの神を除いては。
「おや。お疲れかな」
言いながら、創造神ストレイムは遠隔魔法を解除した。
と同時に、彼の両手に瞬いていたほのかな輝きが薄れていく。
さっきは彼の力を借りてルハネスの演説を盜聴し、していたわけだ。
ナイゼルは隣の創造神を橫目で見ると、もう一度息をついた。
「さすがに驚いたよ。次期魔王がルハネスであろうことは予想してたけど、まさか、あれほどのやり手だったとは」
「ふふ、同だね。あえて実力を隠してたんだろう」
「……ふぅ。まったく前途多難だよ」
「なにを言う。あなたはこの狀況すら楽しんでいるのでは?」
「ふふ。なんのことだか」
ナイゼルはふっと笑い、靜かに両目を閉じた。
かつてクローディア國の王――エルノスと、表向きは友好関係を築きながらも対立していた父。
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そんな親を蹴落とし、ナイゼルは政界に躍り出た。
正直、退屈にすぎた。
あまりにも簡単に、思い通りになってしまう世界。
自分の地位が生まれながらにして恵まれていたこともあるだろうが、それにしてもつまらなかった。
世界は、こんなにも単純に手にってしまう。
金も、も、すべてのも。
だが――ここにきて、そんなナイゼルの予想を裏切ってくれる人が現れた。
ルハネス・アルゼイド。
そしてシュン。
「どんな結末になるかわからないけど……一杯やらせてもらうよ」
久方ぶりに本の笑みを滲ませながら、ナイゼルはひとり、呟くのだった。
★
――魔王城。
そこが、ルイス・アルゼイドの新たな住居となった。
今日こんにちまで住んでいた豪邸は、別荘という名目で殘してある。とにもかくにも、ルイスの実家は急遽きゅうきょ変わることとなったのだ。
「…………」
ルイスの私室として、いくつかの部屋が分け與えられた。大きな書棚に、レース付きのベッド、その他もろもろの贅ぜいを凝らした調度品……
名門貴族の出自だし、このくらいの贅沢ではなんとも思わない。でもなんとなく居心地が悪かった。ここは魔王城の一角であり、いまや父は魔王。そして自分は《魔王の息子》なのだ。
「…………」
ルイスは無言でベッドに腰を下ろした。らかなが返ってくるが、やはり気持ちが良いとは思えなかった。
――まさか父上が、魔王になるなんて……
たしかに違和はあった。
家の外では彼の態度がまったく違うのだ。
なんというか、外では意図的に自分を無能に見せているような……あえて大人しくしているような……そんな印象があった。本當は仕事ができるはずなのに、なぜかそれを隠している節があったのだ。
なのに今日、急に自分の素を世間に知らしめた――
いったいなぜ。
父はなにを考えているのか。
しかも先制攻撃なんて……
魔王となり、大出世したことは嬉しいけれど、同時に謎が沢山あった。
そんなふうに思考に耽っているときだった。
「ルイスよ、いるか。私だ」
「あ……」
父、ルハネス・アルゼイドが扉の向こうでノックしてきた。
ルイスは慌てて立ち上がると、こほんと咳払いをした。
「ええ。父上、どうぞおりください」
「うむ」
ルハネスはゆっくりと扉を開けた。
茶髪と白髪が混ざったような長髪に、深い皺の刻まれた顔が圧巻の風格を醸し出している。両の瞳は息子のルイスですら怖じ気付くような、すさまじい迫力を放っていた。
ルハネスは部屋を見渡しながら、後ろ手に扉を閉めた。
「どうだ。魔の憧れの地――魔王城の居心地は」
「ええ。圧巻、だと思います」
ルイスの辿々しい返事に、ルハネスはその心意まで読みとったのか、薄い笑みを浮かべるだけだった。
「私はな、ルイス。神をも手に取る予定なのだよ」
「か、神……?」
ルイスは眉をひそめた。
なんのことだかわからない。
「ふふ、わからないか。ならばルイスよ。魔王として、おまえにしだけ教育をつけてやろう」
ルハネスは壁にもたれかかると、腕を組み、目線だけをルイスに向けた。
「結果としてシュン國王に阻まれたが、ルイスよ。おまえなら、あのとき首都に先制攻撃を仕掛けたか?」
「え……?」
ルイスは目をぱちくりさせた。
數秒考え込んでから、小さく息を吐き、小さな聲で答える。
「……しなかったと思います。たとえ首都にダメージを與えられても、人間軍と魔軍では力の差がありますから、いまの段階では勝てないかと」
「ふふ。模範解答だな」
ルハネスは口の端をつり上げ、深い年を刻ませた。
「――だが、それではこれからの時代に対抗できない。大事なのは革命意識なのだよ」
「え……?」
「おまえの言う通りだ。現在の戦力では我々は勝てまい。だが、たとえニルヴァ市の民を犠牲にしてでも、我々は首都を壊滅させるべきであった。――結果として、私が討たれることになろうともね」
ルイスは大きく目を見開いた。
國民を犠牲にすると言ったこともそうだが、父はいま、自分自すら死んでも構わないと言ってのけたのだ。
「魔王という地位は歴史をかすための《記號》だ。そのためならば私は自すらも駒として扱う。神を討つためならば、ルイスよ、おまえとて奴隷のように使い捨てることもありうる」
「…………っ!?」
あまりにも過激な発言に、ルイスは激しくいでしまった。
父は――ルハネス・アルゼイドは、世界をボードゲームのように例えた。
すべての要素は駒。
それを扱うルハネス自もひとつの駒でしかないと……そう言ってのけたのだ。
「ルイスよ。いまのおまえは《魔王の息子》という駒だ。私に捨てられたくなければ、その駒らしい行を取ることだ。わかるか?」
「す、捨てられる……俺が……?」
「そうだ。これから世界は激する。魔王の息子だからといってうつつを抜かしていると、の保証はせんぞ」
「……わかりました」
父の圧倒的なる風格に當てられ、ルイスは黙って頷くしかなかった。
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