窟の部は靜かなものだった。 

魔を恐れてか、獣たちもここにはいない。

僕の足音だけが、氷の張った地面に反響している。どこかで水滴が垂れているらしく、ぽと、ぽとと控えめな音も耳に屆いてくる。見上げれば、大小さまざまな氷柱つららがあちこちに見て取れた。

この靜謐せいひつな空気は、本當に長い間、誰も訪れていないことを直させた。 

そんなことを考えていると。

「ダレダ……ワレのネムリをサマタゲルモノは……？」

重く、唸るような聲。

やや高めのトーンから、やはりであることが推察される。

僕は歩みを止めることなく、目前の空間に向けて言葉を発した。

「大魔神エルガー・ヴィ・アウセレーゼ。名前くらいは聞いたことあるだろう？」

「ダイマジン、ダト……？　フハハハハハハ！」

の聲が弾けたように笑い出す。

「ソンナモノはタダのシンワのハズだ！　カミなど、ソンザイするワケガナイ！」

「…………」

この反応。

どうやら、僕の魔王ワイズに対する宣戦布告を聞いていなかったと見える。たしかに、こんな辺境までは念話を飛ばしていなかったような……

「やれやれ」

と言って僕は肩を竦めた。

「僕もヒトのこと言えないけど……君も、すこしは外に出たほうがいいよ。知らない間に、々と変わってるから」

「ナ、ナンダト……？」

そんなやり取りをしているうちに、開けた場所に出た。

ここが窟の終點らしい。

円形の広間で、床の一面に氷が張られている。

中央部分には高くせり出した巖石があり、冷気に包まれているせいかし輝いているように見えた。

一見して、魔の姿はない。

でも僕にはわかる。空間のある一點に、高度な魔力が圧された場所があるのだ。 

おそらくそこで魔が姿を消しているのだろう。

「いるんだろう？　――氷の魔、リトナ」

「……ホウ、イマのジダイにワレのナをシルモノがイタノカ」

「悪いんだけど、コトネ――いまから連れてくるの子の魔力を上げてほしい。君の得意技だよね？」

リトナ山脈には、伝説の魔剣は存在しない。

だが、自の魔力を限界以上にまで引き上げてくれる魔はいる。

おそらく、そのへんの言い伝えが混じりに混じって、いまのような伝承になったのだろう。

僕だって大魔神だし、自分の力を他人に分け與えることはできる。

だけど、《神の》を持たない一般の魔にそれをすれば、が耐えられない。だからわざわざここまで來たのだ。

「ホホウ」

と魔の聲がした。

「イキナリキテ、ソノカッテなタノミ……。ワレハナ、ワレがミトメタ《ジツリョクシャ》ダケにマリョクをアタエテイルノダヨ！」

「――神級魔法発。そーれ」

「アチ、アチチチチチ！」

僕の手から発せられた悪魔の業火が、目前の誰もいない空間――正確には魔が潛んでいる空間――を丸ごと呑み込んだ。大魔神が発する黒き焔ほのおに、燃やせないものはない。

「どう？　これで納得してくれたかな？」

「バ、バカな、シンキュウマホウなどウソにキマって……」

「続けて神級魔法発。雷よ……」

「ワ、ワワ、ワカッタ！　モウヤメテタモレ！」