《俺が斬ったの、隣國の王様らしい……》鬼の片鱗

☆☆☆

テュポドラッグの能力を聞いていなかったが……大凡の想像通り、異常なまでに魔力を増強するようだ。それだけではないようだが、最も厄介なのは魔力の増強にある。

魔力増強剤も違法ドラッグの一種であり、その名前の通り服用者の魔力を増大させる。魔力が増大すると、魔法に割くリソースが増えるわけだから単純に魔法の出力が上がる。

【ブースト】ならより強く、速くなれる。簡単にいえば、そういう効果なのだが……テュポドラッグはその魔力増強剤の上位互換のような代だ。魔力の絶対量の変化が尋常じゃない。

俺の目の前にいる対戦相手は、そもそも大した績を持たない……カスみたいな人間だ。見るべき価値などなく、従って俺から戦う価値もないそういう人だ。

しかし、テュポドラッグの力を……ベルギーニョに俺は押されていた。

「ちぃ……!」

「どうしたどうした平民!!逃げるばかりじゃ勝てないよぉおおおお!?」

う、うぜぇ……。

とりあえず、調子に乗っているベルギーニョに一太刀浴びせようと踏み込み……スパンッと気分の良い音を響かせ、ベルギーニョのから肩までのが裂ける。が、その傷はおよそ數秒の後に完治されてしまった。

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フィーラ並みの回復能力……俺がこいつに手こずっている理由はこれだ。魔力切れまで切り刻むにしても、ベルギーニョはそう簡単に斬らせてくれない。微妙に腕が立つ分、殺さないように手加減・・・しながら斬るのが難しい。

「あははははははっ!君の攻撃なんて効かないんだよぉぉお!?ヘイミン!!」

「調子に乗りやがって……」

ふと、ベルギーニョの振るう雑な剣が俺の眼前まで迫っていた。俺は思わず本気で踏み込み、ベルギーニョのを下半から切り離す一閃を放ってしまった。

「あ……」

やべっと思ったが、直後ベルギーニョのと下半が気の悪い粘著質な音を立てて繋がり、復活する。正直いって、キモっと思ったが死なれるよりはマシかと肩を竦めた。

「ふ……はははははは!どうだ……この力があれば、誰にも負けない……負けないんだ!いひひひっ」

「小みてぇに騒ぐな……斬るぞ」

「やれるものなら……っ!」

俺はベルギーニョが何か言う前に、ベルギーニョの頬の筋を切斷……続けて四肢を切斷、最後にに思 重い蹴りを放つ。

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ズンっと空気が波打ち、ベルギーニョのが吹っ飛ぶ。四肢がなく、の取れないベルギーニョはマトモにアリーナの壁に激突したが、直ぐに何事もなかったかのように俺の前に降り立った。

「……死ね」

ちょっと殺したいくらい鬱陶しい。鬱陶しいレベルだと、フィーラが斷トツだが……こいつはベクトルが違う。

「いひひひひっ」

狂人じみた笑い聲を怪訝に思い、騒がしい観客席の中から數名の生徒たちがベルギーニョを不審に思う。あぁ……本気で切っちゃおうかなぁと俺が悩みだしたところで、観客席にいたフィーラと目があった。

すると、俺の目が自分に向けられていないと知り……俺の視線の先へ目を向けたベルギーニョのまたフィーラを視界に収める。そして、直ぐに俺を見るとその表は怒りの形相に染まっていた。

「フィーラ王……フィーラフィーラフィーラぁあああ!クソっ平民の分際でフィーラ王とぉぉ……このサーディン様の方が絶対にいいに決まってるのにあんのクソアマっ!」

おい……と、俺が呆れた目をフィーラに向けるとフィーラが目を逸らした。この男は、フィーラと何かあったらしい。そして、その件で何かしら俺を恨んでいるようだ。大方、俺がフィーラと親しげにしているからだろうが……あれは俺が付きまとわれているだけだ。むしろ、喜んで差し出す。

「はぁ……よく分からんが、そういうのも纏めて斷ち切ってやるか……」

の関係も、平民も貴族も……俺が斷ち切るべきことに変わりはあまりないはずだ。サーディン・ベルギーニョ……お前は一つ、大きな間違いを犯した。

俺は前にも言った通り、努力を忘れ、怠り、現在に満足し、権力に胡座掻き、無知を恥じない愚かで稽な人間が嫌いだ。そして、サーディン・ベルギーニョは嫉妬か、憎悪か……そういう自分に負け、ドラッグに頼った甘ったれだ。

俺がこの世で最も忌み嫌う人間だ。

☆☆☆

観客席にて、次の4回戦第2試合を控えていたフィーラはやはりというべきか……己を打倒した魔法使い――リューズ・ディアーの試合を見ていた。

績的に見ても圧倒的にリューズに及ばない相手のはずだが、不思議なことにここまで勝ち上がってきている。油斷ならないかと思われたが、戦闘は丸っ切り素人……魔力の出力の高さは褒められるべきだが、おそらくここまで力付くで勝ってきたに過ぎないのだろう。

もしもここまでで、ウィリアムやエリーザのような強敵に當たっていれば確実に負けていたような……そんな相手。しかし、リューズは相手の回復力にし手間取っていたようで、フィーラとしては々失したといったところ……。

「何やってるのよ……リューズくんは」

まだ出會って日の淺いフィーラでは知る由もない。きっとリューズ・ディアーという人を本當に本質的に理解しているのは、この會場に一人しかいない。

リューズの馴染であるミラ・テキラノードだけだ。

「あっちゃ〜ありゃあリューズの奴、相當ブチ切れてるわ〜」

「さっすが姉!兄貴のことなら何でもお見通しってことっすね!」

「「さすがっス!」」

「うっさいよお前たち……まあ、アタシとリューズはそれなりの付き合いだからねぇ……」

はたしてあのサーディン・ベルギーニョという男は、馴染に何をしたら……あれ程怒らせることができるのか。リューズの沸點は別に低くない。むしろ高い方だし、大抵のことには怒らない。ネチネチ言って終わるし、怒鳴るくらいで実はそこまで怒っていないのがリューズ・ディアーだ。

あの男は割と他人に甘い。とんでもなく甘い。

口が悪いし、態度も大きい。正直そんなようには誰も思わないだろうが、いわゆる――この場合だと友達だとか家族だとか――に優しい。

全くの赤の他人には目も向けず、自分のには優しいのだ。実際、ミラやそのファミリーの男どものようなならず者共に、あのリューズが何も言わないのが良い証拠だ。

ならず者……日々を自墮落に過ごし、人を貶める悪黨。それらの存在は、著しく社會の秩序をす輩だ。本來なら、リューズの忌み嫌うような人間だが……一度リューズから認められればそうそう見捨てるような男ではない。

だからミラは、そういうリューズの側面を知っているからこそあれ程イライラしているリューズを見るのが久しぶりで……し呆れていた。

「何もあんな小者相手にキレなくてもいいじゃん……」

そんなミラの呆れ聲もリューズに屆いているはずもなく……リューズは殺さない程度に、本気でベルギーニョを斬ることにした。何も、斬り殺すことだけが戦いに勝利する條件でもない。飽くまでも、戦闘不能に出來ればいいのだから……。

リューズは一息吐いてを落ち著かせてから……スッと両手に握る長刀を上段に構える。リューズの周囲……もっと言えば、アリーナ全がまるでリューズの刀の刀に集まるかのように……周囲だけが暗くなってリューズの長刀だけがくっきりと見える奇妙な景が出來上がる。

それと同時に、會場に未曾有のプレッシャーがかかり、まるで質量を持った殺気の塊がベルギーニョを襲う。

「ひぐうっ!?かっ……!?」

ベルギーニョはそれで直し、かなくなる。観客たちもそれは同様で、あのフィーラでさえも呼吸も忘れてけずにいた。

(うそ……)

これは自分の直し、けなくなっていることに対しての驚愕ではない。フィーラが真に驚いているのは……このけない現象そのものに対してだ。

これほ間違いなく『固有魔法』だ。そしてその発者は紛れもなくリューズ・ディアーであるが……それはおかしい。

『固有魔法』はいくつかの魔法を組み合わせることによって生まれる、魔法使い個人が編み出したオリジナルの魔法だ。その組み合わせという概念から、中級魔法使いでは『固有魔法』を使おうにも、使えるという実用レベルに達さなかった。

しかし……これは間違いなく『固有魔法』だとフィーラは斷定できた。拠もヘッタクレもない、いわゆるの勘だ。

リューズは上段に構えた刀をそのままに、目の前で震える愚かな者に裁きを下すように……靜かに口を開いた。

「【一閃】」

たった一言述べたリューズは、誰の目にも止まらない速さで刀を振り下ろした……そして――リューズが刀を振り下ろした直線上の全てが一刀両斷される。

アリーナの舞臺が一直線に割かれ、リューズの立つ位置から縦に割れる。続いて、観客席を戦闘から守るための結界が意図も簡単に消しとばされると、丁度観客席の境目にあった階段部分が一刀両斷……まるで紙でも切るかのような鮮やかせで、石でできた階段が崩れる。

アリーナの一部……リューズが描いた刀軌跡の延長線上は切り裂かれ、崩壊。真っ二つに両斷される。その破壊力、貫通力は止まることを知らずに尚も進撃し、次々に王都の建を縦に両斷……ズガガガガガガッと音を立てて一瞬にして崩れ去る。

さらに王都からし離れた山も縦に割かれ、吹き飛ぶ。森の木々も綺麗に両斷される。そして、最終的に海まで辿り著いた衝撃は……海を縦に切り裂いてついに停止した。

サーディン・ベルギーニョは、辛うじて腕を切斷されただけで済んだが……本気で殺しにかかっていた場合、問答無用で頭から足のつま先まで一刀両斷されていただろう。

あまりの威力に観客達は聲も出ず、実況も口をあんぐり開けたまま何も喋らない。フィーラも口をパクパクさせたままかず、ただ呆然とリューズを見ていた。

恐らく、これこそがリューズ・ディアーの本気の一端……その片鱗なのだろう。まさに、鬼人に相応しい力の持ち主といえる。

フィーラはし、熱のこもった視線をリューズに向けた。あぁ……強い男に焦がれるのはか……否、これは武人として、また一人のとして、彼に惹かれているのだろう。

「…………」

しかしと、フィーラは考える。この一件で、もしかするとリューズの人気が上がるのではないかと。それは……全くもって大変困る。

「ふ……ふふふ……リューズくん。これは、お婿さんの件、本格的に進める必要があるみたいね……」

もともも自分より強いのだから、興味はあった。が、まさかここまで人知を超えていたとは……もはや、剣聖を超えて剣神ではないこというレベルである。

しかし、そんなフィーラの想とは裏腹に……全てを一刀の下に斬り伏せた男は……自分が犯した慘狀を見つめながら嘆息した。

「我が剣、未だ剣聖に至らず……か」

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