《俺が斬ったの、隣國の王様らしい……》盜み聞き
☆☆☆
試合終了後、控え室へ戻ってみると肩で息をしながらも悪漢どもをボッコボコにし終えていたシンセスティアを見つけた。
シンセスティアは死んだ魚のような瞳を俺に向けると、ふんっと鼻を鳴らした。
「……勝ったんでしょうね!?」
「當たり前だ。大丈夫か?」
ゆっくりと歩み寄り、シンセスティアの様子を見てみる。シンセスティアは俺の心配など不要だと言わんばかりにそっぽ向き、腕を組んでいつものように上から目線で俺を突き放す。
「わたくしに近づくんじゃないわよ。このド平民!」
相変わらずなことで……。
俺は肩を竦めていつも通りのシンセスティアに半ば呆れてしまった。毎度のことながら、シンセスティアは何かを恐れるということがどこか希薄だ。果敢なのは良いことだろうし、萬人ウケするだろうけれど……。
俺は疲れているはずなのにそれを押し隠すシンセスティアの頭を鷲摑みにする。無論、シンセスティアは不快そうに顔を歪めて暴れ回るが……俺の握力から逃れるほどの力も魔力も殘っていないようで弱々しい。
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無理してデカイ態度なんて取らなければいいのにな……。そんなことを俺は心で考えた。
シンセスティア・ローズ・キャメロットは、気高くあろうとする。それ故に、平民と貴族という分をはっきりとさせたがる。本心から俺のことをド平民風だと思っていても、嘲笑っているというわけではない。
愚か者は嘲笑っても、分そのものをシンセスティアは笑わない。シンセスティアが貴族然としている、そうあろうとする信念までは知らないし興味もないけれど……こいつもフィーラに似た異常なまでに執著する何か持っているのだろう。
知らんけど。
俺は鷲摑みにしたフィーラに『防魔法』〈回復〉【ヒール】を『付與魔法』〈付與〉【エンチャント・ヒール】と併用して掛ける。
自分以外を対象にして魔法効果を與える場合、併用して『付與魔法』が必要になる。他者回復ができるのは、中級魔法使いからというのが常識だ。
まあ、俺は『防魔法』の〈回復〉の適が最低評価なので雀の涙程度しか回復しないけれど……やらないよりはマシだろう。
俺は確認のために不機嫌そうなシンセスティアに訊ねた。
「楽になったか?」
「ド平民の施しなんていらないわよ!」
あ……そう。
そういうだろうと思っていた。思っていてやったので、もしかしたら俺はマゾなのかもしれないという要らぬ心配をしてしまう。
「じゃあな」
俺は次の試合の見學でもするかと思い立ち、シンセスティアから離れて控え室を出る。
シンセスティアは何やら立ち盡くし、言いたげにしていたが……最終的には何も言わずに控え室を去る俺の背を見送ろうとしていた。
しかし、去り際にシンセスティアは一言だけ……俺に伝える意思はなかったのだろう――弱々しい小さな呟きを俺の耳は拾った。
「……よくやったわ……ド平民」
おい。
☆☆☆
控え室を出ると、通路の壁に背を預け――妙に格好つけた姿が様になっているフィーラが待っていた。
「隨分とお楽しみだったようですねー!」
ニヤニヤと……それ同時にどこか不機嫌という凄く用な表をしているフィーラが開口一言目にそんなことを口にする。
何に対して言っているのか甚だ疑問だが……俺は肩を竦めておいた。肩を竦めれば、大抵のことは有耶無耶に流せる。
フィーラ納得していないようで不満げだが、それ以上追求するつもりもないらしい。ふぅっと息を吐くと、いつもの凜とした表がそこにはあって、フィーラは呆れた雰囲気を漂わせながらこう口に出す。
「…………ドラッグの件は知ってるわ。うち・・の諜報部で調べた結果……教えてしい?」
強調された一言で、アグレシオ公國の諜報部だということは猿でも分かるほど懇切丁寧だ。
元々、フィーラ・ケイネス・アグレシオがこんな腐りきった國に留學してきたこと自が不思議でならない。不思議だが……別に知りたいとは思っていない。
こいつの目的は誰かを殺すことであり、留學はその手段か、過程か……復讐に関係があるかないかなどはこの際、俺からしたらどうでもいい。
俺はもちろん、首を橫に振る。
「うん。分かった。じゃあ、うちの諜報部が調べたリューズくんの経歴・・とかは?」
「おい待て。それは聞き捨てならないぞ……個人報を自分のところの諜報部に調べさせたのか?」
俺は若干焦り、額に脂汗を浮かべる。
フィーラはクスクスと慌てる俺が珍しいのか、楽しそうだ。それは何より……。
「冗談だよ!冗談!私がリューズくんのことで知ってるのは……あのミラっていうの人がテキラファミリーのボス――ミラ・テキラノードっていうことくらいだよ?」
めっちゃ知られたくないこと知ってるじゃねぇか!?
俺はその場で頭を高速フル回転させる。
もしも、俺がファミリーの一員だと勘違いされてみろ。魔法使いになる権利を剝奪される。つまり、合法的な魔法使いになり、國の中樞にり込むことが葉わなくなる。それは非常にマズイ。
解決方法その1
土下座して頼み込む。
い、いやぁ……もはやフィーラは玩を得た子供だ。そんなことをしても無意味に違いない。
解決方法その2
いっそ開き直って全部ぶちまける。
いや、ダメだろそれは。
解決方法その3
口封じする。
一番現実的だが、どうする?理的に口封じするのか、取り引きで口封じするのか……。
「な、なんかすっごく考え込んでるみたいだけど……私、別に誰かに言いふらしたりしないよ?」
「本當か!?」
ガバッと俺はフィーラの両肩を摑み、顔を彼の顔の寸前で近づける。すると、フィーラは顔をみるみるうちにか赤くさせていく。どうしたのだろう。
フィーラは目を俺から逃げるように泳がせ、しどろもどろになりながら答えた。
「う、うんっ!?と、ととと當然!」
「そ、そうか……よかった……」
ホッと俺は一息吐いてフィーラから離れると、フィーラもホッと一息吐いた。
ふぅ……危なかったな。
俺は額の脂汗を拭い……ふと、控え室の扉がちょびっと開いていることに俺は気がついた。そして……じーっと綺麗な碧眼の片目が俺達を見ていることに……ここでようやく気が付いた。
「…………し、シンセスティア?」
「…………あ」
俺が名前を口にすると、フィーラも気が付いて狀況を理解したようである。
シンセスティアはギギッと扉を開けて控え室から出てくると、俺に向かって一言。
「へぇ?ド平民はテキラファミリーと繋がりがあるのねぇ〜?」
「…………」
お、思いっきり聞かれてるじゃねぇか!
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