《俺が斬ったの、隣國の王様らしい……》ボレリア帝國
☆☆☆
「…………」
俺は今、誠心誠意……心の底からシンセスティア・ローズ・キャメロットに対して解決方法その1――土下座・・・を実行していた。
頬を流れる汗と、降り注ぐ謎の沈黙。フィーラは俺の後ろで口笛を吹いているが……おい、元兇はお前だぞ?
シンセスティアは頭を地面にり付けている俺を、それはそれは愉快そうな恍惚とした眼差しで見つめている。に指を當て、好を見下ろす瞳は野獣そのもの。所詮は小たる俺では、こんな兇暴な食に太刀打ちなんて出來ない。
「さぁ!わたくしに対しての今までの無禮を謝罪なさい!さぁ……さぁ!」
「す……すみません……」
「お許し下さいはどうしたのかしら?」
「すみませんでしたぁ……お許し下さいぃ」
「おーほっほっほっほ!おーほっほっほっ!げほっ!?」
バカか……。
地面と睨めっこしながらいつも通りむせ返るシンセスティアを嘲笑ってみる。あまりにも可笑しいので、ついつい肩が震えたのを見たのか……シンセスティアが憤慨し、調子に乗って俺の頭を踏みつけようとしてきたのでヒラリと躱して立ち上がる。
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わされたシンセスティアは、思わずバランスを崩して――俺に憑れかかるように倒れこんできた。
俺はついつい反的にシンセスティアの肩を抱き、そのを支えてやる。細く……しかし、よく鍛えているなと思わせるほどに引き締まったをしていた。
「大丈夫か?」
俺が彼の顔を覗き込みながら問い掛けると、暫くシンセスティアは呆けた後に……口をパクパクさせてみるみるに顔を真っ赤に染め上げていく。
「な……なな!?」
フィーラは俺の後ろでこの景を目の當たりにし、そんな聲を上げていた。
「ちょ……こ、このド平民!わ、わたくしにらないで!」
「倒れこんできたのはお前なんだけどな……」
なんなら倒れるシンセスティアを、逆に勢いつけて地面に叩きつけてやればよかったとでもいうのだろうか。
フィーラはフィーラで、ギャーギャーと騒ぎ立てる。
「ちょっとシンセスティアちゃん!?そんなに私のリューズくんと引っ付かないで!」
「おいちょっと待て。俺はお前のものになってないんだが」
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「勘違いしないでくださいまし!わたくしはこの男に襲われそうになっただけよ!つまり……そう!強!強魔!」
助けてやっただけなのに何て言われようだろうか。しかも、フィーラもシンセスティアも人の話を聞きやがらない。
俺を挾み、ギャーギャー言い爭う二人のに嘆息し……俺はひっそりとその場から離れた。今はこのどもから離れよう……ミラの件は、多分フィーラが何とかしてくれるだろうし、シンセスティアからして見ても唯一俺を揺することができるネタだ。
おいそれと他人に言うこともあるまい。
俺は二人を差し置いて、本當は観客席で試合を見たいがそこにいると再び二人に見つかった時に面倒くさい気がした。だから、観客席には行かずにアリーナを出てやり過ごすことにする。
5回戦もルーレット対戦相手が決定される。その時にアリーナにまたれば問題ないだろう……と、そこまで考えたところで件のテキラファミリーのボス――ミラが俺を後ろから追ってきたようで、走ってこっちに向かってくるのが見えた。
「おーい!どうしたんだ?こっちに向かってるのが見えたから追いかけてきたんだけど……」
「あぉ……ちょっとお前絡みで面倒なことになってな」
「は?どういうことだ?」
俺はここまでの経緯を一通りミラに説明する。ミラはあっちゃ〜と額に手を當てて、口を開いた。
「あのお姫様め……後を付けられてる気がしたからそいつが諜報員だったか……?撒いたと思ったんだけど……」
「お前がボスがどうかは、ファミリー連中見てれば分かるだろ」
俺は一人考察し、反省するミラに言った。実際、ミラが原因でバレたとは考えにくい。ミラはこの國の裏社會を牛耳る若きボス――テキラファミリーの頭だ。そんなが、たかだか諜報員程度・・に尾行されたくらいでボロは出すまい。
おそらくファミリーの誰かかられてしまったのだろう。
「ミスったな……すまないね。リューズ……」
しゅんっと肩を落としているミラは、いつもの元気がない。俺は別に気にするなという意味合いを込めて肩をポンポンと叩いてやる。
「大丈夫だ。俺が犬のように言いなりになって、馬車馬のようになるだけだからな」
「全然大丈夫じゃねぇじゃん!?……ほ、本當にごめん。アタシ、リューズの足手まといにだけはなりたくなかったのに……っ」
ミラは思わずといった風に瞳に涙を一杯に溜め、今にも泣き出してしまいそうになっていた。それを見せまいと、大きなツバの帽子をいで、それで顔を覆い隠す。彼の綺麗に手れされたエメラルドの髪がわになる。
気にするなと伝えたつもりだったが……余計に心配させてしまったようだ。またも俺は紳士的対応ができなかったらしい。やはり、俺には向いていないのだろうか。
俺は……今度はミラの頭をポンポンでてやる。ミラは普段、裏社會のボスなりの振る舞いをしている。男勝りで、漢気に溢れる姉なボス。それがファミリー連中から慕われるミラ・テキラノードという人だ。
しかし、昔から一緒に育った俺から言わすとそんなのはミラじゃない。
本來のミラは臆病で泣き蟲、歳下の俺の後ろに隠れるのが好きな……寡黙なの子なのだ。今では気丈に振舞っていても、こうして偶にだが昔のミラが表に出てくることがある。
俺は仕方ないなとミラの背に腕を回してやり、その細くるしなやか肢を抱き締める。
ギュッとすると、ミラも俺に甘えるように腕を首の方に回して抱きついてきた。本當に……歳上のお姉さんというよりも、歳下の妹というのが……俺にとってはやはりしっくり來る。
「よーしよし。泣かない泣かない……ミラは強い子優しい子っと……」
「うぐっ……ひっく……ぶえぇぇぇくしょんっ」
ミラは泣き騒ぐと思わせてくしゃみしやがった。
「…………」
チラっとミラが俺のに顔を押し付けている辺りに目を向けると、鼻水に塗れていた。
おい。
ちょっとミラのが當たって役得とか思っていたが、これはお釣りがくるレベルだ。おっと……今のは紳士的じゃなかったな。
暫くそうしてあやしていると、ようやくいつものミラに戻ったのか……俺から離れてスッキリしたような表をしていた。反面、俺は遠い目をしていると思われる。
「いやぁ……ごめんごめん。ちょっと取りした」
「……別にいい。もう大丈夫だな?」
「おうとも!」
それは何より……を張った甲斐があった。
俺は気を取り直し、ミラへこう言った。
「とにかく今回の件はこっちで何とかする……それより、ついでだからミラに言っておく。ウィリアムっていう貴族を東スラムに向かわせた」
「……へぇ」
先程まで鼻水垂らして泣いていたとは思えないほどに、ミラはスッと尖らせた瞳で俺を見る。
「ふぅん?リューズにしては……珍しいな。なんだってあんなところに?」
単なる疑問なのだろう。これに答えてやる必要はないだろうが、俺はミラに対してはそんな適當な対応しないことにしている。
俺は至って真面目な顔で答えた。
「そろそろ味方がしいと思っていたんだ。あそこに行けば、おめでたい考え方も変わるだろうしな」
俺は抱きつかれて著崩れた制服を正しながら言う。
ウィリアムは違法ドラッグが他國から流されて大変だ大変だと……そう騒いでいるが、そんなことよりももっと解決しなければならない大きな問題がある。
他國なんて後でどうとでもなる。そんな輩を相手にするよりも前に、やらなくてはならないことがある。それをウィリアムに親切心・・・で教えてやるために俺は奴をそこに向かわせたのだ。
「地獄の東スラム……ね。わかった。あそこにいるうちのファミリー連中には言っておくよー。頭のおめでたいお坊っちゃんが社會勉強のために來るからお通しするように……ってね」
「あぁ、頼んだ」
ミラはそれを命じるためか、スッとその場から姿を消す。
俺はミラのいなくなった人気のないこの場所で……たしかな気配をじ、ため息を吐きながら聲を掛ける。
「出てこいよ。見ているんだろう?」
俺がそう聲を掛けると、【インビジブル】で姿を消していたのか……數十人ほどの魔法使いたちがいっぺんに現れた。
なんか……さっきも同じように囲まれた気がするなと場違いなことを考えるが、リヒュアの手下どもとは練度が違う。つまり、こいつらは全員正規・・の魔法使いということだ。
「リューズ・ディアーだな?我々と同行してもらおう」
代表の男がそう言う。全く同じ問いをさっきもけたので、どこか凄みが足りない。いや、さっきのよりは凄みがあるんだが……二番手というかなんというか……。
まあ、そんなことよりも……今のはフェルゼンナンテ王國で使われるフェルゼン語だ。しかもかなり流暢なものだったが、獨特な訛りをじた。相當鍛えたのだろうが、小さな息遣いから立ち居振る舞いまで……全て通して見た時にその訛りがどこの國の言葉なのかを、俺に詳らかに教えてくれる。
俺は挨拶代りにこう口にした。
『ハロー、ボレリア帝國の皆さん。言葉は通じているかな?』
『『!?』』
半分は鎌かけだつたが、見事に當たったらしい。彼らはボレリア帝國の魔法使いであり、俺に同行を希している。つまり、ウィリアムが言っていた……俺を狙う輩がだろう。
なんだが、平民である俺がここまで注目されるようになったのはとても喜ばしいのだが……しかし、邪魔されるのは困る。
『まあ、そういうわけで……一生懸命勉強してきたところ悪いがそのおいは斷るぞ。バーイ』
俺はそう言って踵を返し、アリーナへ戻ろうとして……先程俺に話しかけてきた者が俺の足を止めようと口を開いた。
「悪いがそれは無理な相談というものだ。『ボーイ』」
『ボーイ』……ね。
ササッと俺の逃げ道を塞いでくる優秀な魔法使い達に俺は肩を竦め、帰る足を止める。クルリと振り返って、その男と俺は顔を見合わせ……睨みつけた。
「まあ、やるというのなら俺は斷らない。俺は……売られた喧嘩は買う主義なんだ」
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