《職業通りの世界》第55話 將來の夢

 次の街である《ニースベル》へと向かう道中はそれはもう、靜かなものだった。何せ、娘さんが一向に心を開こうとするどころか、ずっとうずくまって黙り込んでいる始末だ。事を知っている事もあり、迂闊に喋る事も出來ない今、こんな雰囲気になるのも仕方なかった。

 ただ1人を除いては。

「朱音さん!私、チェスなるものをしてみたいです!」

 全く空気を読まないリーナにお嬢様が付き合い、それにメサとメイカが混ざったりして何とか雰囲気が楽しいものになってきた。今回ほどリーナを連れて來て良かったと思う日はないだろう。

「……………」

 だが、いつまで経ってもだんまりしているこいつをどうにかしないといけないのは変わらない。……晝飯の時でも聲をかけるか。

 晝飯は一応出したのだが食は無いようで、手を付けずにただ座り込んでいる。俺らが食べている場所から離れているのは、気を遣っているのか、それとも俺たちの近くに居たく無いのか。

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 どっちにせよ、そろそろ食事を摂らないと今後の長に影響してくるかもしれない。い頃の食事は大切だからな。

 俺は勝手に娘さんの隣に腰を下ろす。ドカッと音が出るように座ったので、俺が座ったのは分かっただろう。……沈黙を守っているという事は話したく無いって事か。

 々聞きたい事はあるが、まずは名前からだな。

「お前の名前は?」

「………………」

 答えない。名前が無いって訳じゃないだろうし、ただ俺と話したくないだけか?だが、こっちも引くわけにはいかないんでね。

「お前の名前は?名前は個人の証明だ。名前がある事で、自分は何者であるかを示し、家名により、出を明かす。そうやって互いを知る一歩を踏み出すんだ。………お前の名前は?」

「………カトラ・ヴィールヌ」

 やっと口を開いてくれたのだが、この世界の家名はどっちだ?日本と同じかどうかは確実じゃないしなぁ。

「……俺は異世界から來たから家名がどっちか分からないんだ。良かったら…教えてくれるかな?」

「……カトラが名前で、ヴィールヌが家名……」

 俺が異世界から來たという事を聞いても、対してじていない。俺とお嬢様の容姿から察していたのか、それとも主人が言っていたのかもしれない。

「カトラ、俺の名前は陸人。家名は館山って言うんだが……この世界では家名なんてどうでも良い。陸人と呼んでくれ」

「…………………」

 俺の名前を聞いても沈黙。まあ、これは妥當な反応だな。俺に対して興味がないだろうし。

「……何でリクトさんは…執事の服を著てるの?」

 ここで意外だったのは、カトラから話しかけて來た事だ。てっきり、俺と出來る限り話したくないと思っていたのだが、しは心を開いてくれたのか?なら、この機を逃す訳にはいかないな。

「それは俺の職業が執事だからだ。前の世界でも執事だったからな。俺にはうってつけな職業だ」

「………自分がんでいる職業になれるなんて…ズルイ……」

 職業の事を言うのは悪かったようで、顔を膝に埋める前に、涙を浮かべているのが見えた。どうやら、職業が王妃だったせいで追われていたのは、予想通りだったみたいだ。

 って、そんな事を考えている場合じゃない。早く何とかしないと、せっかく開きかけた心の扉がまた閉まってしまう。

「……カトラは何の職業に就きたかったんだ?」

「……………え?」

 んなご機嫌取りのレパートリーを考えている最中だったのに、俺は自然と聞いていた。

 ……今思い返してみれば、自分がんでいた職業に就いた奴はあんまり見ていない。どちらかと言うと、言われたからやっているような奴がほとんどだ。もしかして、この世界では將來なりたい職業を考える事をしなかったのでは?

「……そんな事をしても良いの?どうせ、判斷機で決められちゃうのに……」

 ちょうど考えついていた通りで、カトラはあり得ないと思いながら、でも、し前向きなじが見えるのはもう既に考えついているのかもしれない。

「何が悪いんだ?自分がなりたい職業を夢見て、勉強したり、努力するのは當たり前だろう。いいか、俺の前の世界では全ての人が職業を自分で選択し、それに向けて努力をして就くのがほとんどだ。この世界のように、機械で判斷されたからその道に進む事が決定され、それと同時に保証されたこの世界は………」

 一方的に話していて気付かなかったのだが、カトラは顔を上げて泣いていた。だが、裏切られたとかではなく、そんな可能がある、そんな世界があるという事実を知った喜びが伴っていた。

「……凄い。みんながなりたい職業を目指して努力する世界。こんな、機械で判斷され、効率的に國を回すようになっているこの世界よりも………生き生きしてそう……!」

 夢語を聞かされているような顔をしているカトラだが、今の話でそこまで読み、この世界のカラクリを同時に認識したその頭脳は天才としか言いようが無い。

 やはり、機械での判斷は正しかった。この子は正しい方へ人を導く職に向いているだろう。

 だが、なりたくも無い職業に就く事がまかり通るこの世界では、機械の事実は絶対の筈だ。それをどうにかして覆らせないとカトラはなりたい職業に就けないな。

「……で、カトラは何の職業に就きたいんだ?」

「……………パン屋さん」

 再度聞くと、し躊躇ったが恥ずかしそうに、教えてくれた。なるほど、パン屋か。向こうでは年相応の將來の夢だな。

「………お父さんはね、焼きたてのパンが大好きだったんだ。…お母さんも好きで、たまに焼いてくれたんだ……。不恰好で、フワフワとは程遠かったパンをっ…………」

 呟くうちにまた涙が出てきてしまったカトラを俺に寄せる。カトラの頭が俺の腕に當たる。それに気付いたカトラは俺の腕に目を當てて押し殺すように泣き出した。

 よく泣くこの子は天才であっても、間違い無くい子供には違いない。

 ………あのクソ親どものクソ合に気付かなかった時の俺も、こんな風によく泣いて、クソ野郎に蹴られ、毆られ、クソビッチには首を絞められ、時には風呂場で顔を沈められて溺れそうにもなった。

 ……別にもう気にしては無いが、あの頃には力が無かったが、今の俺には力がある。し気にかけた子を笑えるようにはしたいな。

 正直、この世界の常識がいまいちピンと來ていないが、だからこそ出來る事もあるだろう。幸いな事に、この世界の住人がメサ、メイカ、リーナ、そしてカトラもいる。あんまりにも外れた事をする前に止めてくれるだろう。

 ………そろそろ出発の準備をしないといけない。カトラには悪いがし離れてもらーー

「……私にはどうしたら良いか分からないけど…私っ、パン屋さんになりたいっ」

「………そうか、なら努力しないとな」

 カトラが前向きな姿勢になったのは微笑ましい。王妃に近い奴がパン屋になるなんて、この世界の住人たちは嗤うだろうが、嗤いたきゃ、嗤えばいい。この世界にも必要無い職業なんて、無いだろうからな。

「よし、そろそろ出発するから馬車に行くぞ」

「………うんっ」

 カトラは俺の後を付いてくる。完全に心の傷が消えたと思っては無いが、心の傷を和らげる薬を塗ったつもりだ。

 ……さて、國王やカレナさんに報告する事が増えたが、やりがいのある目的が出來たな………。

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