《職業通りの世界》第69話 それぞれの意思
「カトラちゃん……」
 お嬢様もカトラを見て、何と言ったらいいか分からず口を噤つぐむ。俺もお嬢様と同じで、何て説明したら良いか分からないが、噓を言っても意味が無いのは分かっている。
「そうだ、俺たちは任務へ行く。お前を置いて、な」
「ちょっと!陸人!」
 噓偽りなく言った俺に、お嬢様が怒ったように俺を見てくるが、すぐに偽りを言っても意味が無い事に気付いたのか、顔を俯かせた。
「……どうして?」
「そりゃ、それが俺たちの仕事だからだ」
 もっとも、本來の仕事はお嬢様の仕える事であって、任務をやっているのもお嬢様の助けになるためだけだが。
「…私を置いて、どこかに行かないよね?」
 分かりの良いカトラにしては、か細い聲。どうやら年相応の不安はあるみたいだ。
 俺は立ち上がり、カトラの頭の上に軽く手を置く。……昔、あの屋敷に來たばかりなのに訓練ばかりしていた俺に、紅葉さんがたまにしてくれたように。
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「ああ。お前の親父さんとの約束を違えるつもりは無い。気を図って、お前を《リオヌス》に返して、パン屋さんの下で下積みでもさせてやる」
「……うん…」
 カトラはゆっくりと頷いて、駆け足で城へと戻って行った。途中で振り返って手を振る様子はただの子供に見えて、思わず笑みがこぼれた。
「ジー」
「何ですか…?聲に出てしまってますよ?」
「…べっつにぃ」
 俺を下から見上げていたお嬢様はし拗ねた様子で立ち上がり、背を向けた。
 一何がお嬢様の機嫌を損ねたのか、考えようとした時、急に俺の側頭部めがけての回し蹴りが來た。それを左腕を立てて防ぐ。
「やっぱり……手加減してたんじゃん」
「いえ…そんなつもりは」
 今の回し蹴りが俺の実力を計るためのものだとは、お嬢様の口から言われるまでは全く気付かなかった。
 確かに俺は手加減をしたつもりは無い。ただ、それはお嬢様・・・相手だと認識している狀態で、だ。もちろん、お嬢様相手と見ず知らずの相手だと、自然ときも差が出るものだ。それをお嬢様は言っているのかもしれない。
「……私、この世界に來て、だんだん怖くなって來たんだ」
「…怖いとは?もちろん、自分が命を賭してでもお嬢様をお守りする所存です。…自分では不安ですか?」
「そうじゃない」
 お嬢様は首を橫に振りつつ、を俺の正面に向けて不安そうな様子を隠そうともしない表で、引きつったような笑みを浮かべた。
「日に日に命の重みが麻痺していっているのが怖いの」
「…………」
 どんな不安も大丈夫だと、言って差し上げようとしていた俺は何も言えなかった。何せ、そればっかりは俺が幾ら頑張っても止める事が出來ないからだ。
 この世界で生き抜くにはそういった非さがどうしても必要だからだ。
 ここは治安が良くて、絶対的な力を持っている法がある日本では無い。
 ちょっとしたルールしかなく、それも簡単に破れてしまえるものではっきり言って、道端で人を殺しても、逃げ切れば罪にはならないようなもの。
 だから、非さが必要だ。だから、俺は何も言う事が出來ない。俺にはお嬢様という何よりも優先すべきものが明確になっているが、お嬢様にはそれが無い。そんな狀態で命の重みを考えない奴は、余程の戦闘狂か、あるいは現実から目を背けている馬鹿か、……サイコパスぐらいだ。
「…………ゴメンね。こんな事言われても困るだけだよね」
 お嬢様はぼそりと呟いた後、気分をれ替えるかのように両頬を叩いた。つい前までの暗い表からいつもの明るい表になった。…長年一緒に居るからこそ分かる、微かなの震えは明らかに無理をしている時に出るものだ。
「さっ、特訓しよ?」
「……ええ、始めましょうか」
 俺は無能な執事だ。悩みの元を取り除く事も出來ず、目を背けるお手伝いしか出來ない。きっと、紅葉さんなら……あるいは奧様なら何か言えたのかもしれない。
「今度はちゃんとしてよねっ」
「ええ、努力します」
 今回の特訓は、まるで沈んだ気持ちを吹き飛ばすかのような豪快さと勢いがあったが、相打ちという形で今日の訓練を終えた。
「お~い!早く飯を作ってくれよ~!!」
 訓練を終え、汗が滴るのをタオルで拭いながらお嬢様と一緒に城へとると、巧が待ち伏せをしていた。どうやら飯を作らせる為に待っていたらしい。
 そういえば晝飯も食べていない。それに気付いたからか、やけに腹が減ってきた。隣をチラリと伺うと、お嬢様もそうだったみたいで、お腹をさり気なくつまんでいた。
「晝はメサさんとメイカちゃんが作ってくれたけどさ~、やっぱりお前の飯がいいよなぁ!」
「やめろ、お前に褒められるのは気持ち悪い」
 反的に出た暴言にも屈せず、鬱陶しく俺の周りで飯を作るように急かしてくる。
「……はぁ、分かったからちょっと待ってろ」
「よっしゃあぁ!!」
 巧があまりにも鬱陶しくて、つい返事をしてしまったので、お嬢様に「先に失禮します」とだけ伝えて調理室へと向かった………。
 陸人を見送り、姿が見えなくなった途端、巧くんは気な雰囲気から冷たい雰囲気を漂い始めた。
「……朱音さん、任務の日程が決まった。明後日から俺たちは《ナサーハ》へと向かう事になった」
「…うん、分かった。ありがとね、教えてくれて」
 私は至って普通な返事をした。なのに、巧くんは勢い良く振り返り、私の肩を強く摑んだ。咄嗟に反応して手を払おうとしたけど、怒ったような、悲しんでいるような表をしていたので、払う事が出來なかった。
「2人の特訓見たんだ。……朱音さんは魔法使いだよね?どうしてーー格闘戦をしていたんだ?あり得ないだろ?魔法使いが接近戦をするなんて……」
 私は何を言っているのか一瞬分からなかった。だって、まるでこの世界の人たち・・・・・・・・のような事を言っていたから。
「……何言ってるの?私たちはこの世界の住人じゃないんだよ?職業なんかに縛られる必要は無いでしょ?」
「……………あ、ああ。そうだよな。悪い、取りした。腹が減って正気じゃなかったみたいだ」
 何か重要な事に気付いたように、本人が言う通り正気に戻った巧くんは、冷や汗を薄っすらと滲ませながら立ち去った。私の肩には巧くんに強く摑まれた事による熱が殘っていた。
ーピコン
『お嬢様、大丈夫ですか?』
 ……え?いきなりどうしたの?
 いきなりスキル意思疎通が発し、陸人の聲が聞こえた。私は巧くんとの事を察されないように取り繕う。
『自分のスキルの中に空間を把握出來るものがあります。お嬢様のの安全を常に確かめて置く為に使っていたら………、巧とやけに接近していたようなので……』
 あ、ああ~。そ…れは、夜ご飯の話をしてたんだよ。巧くんが陸人にいつも作ってもらっている私に冗談で摑みかかって來ただけだよ。
 我ながら上手く取り繕えたと思ったのだけど、陸人は終始疑っているような様子で、數回軽いやり取りをして切られてしまった。
「………職業…ね」
 つい思い出してしまった巧くんの言葉。あれはまるっきりこの世界の人たちの常套句だった。……もしかして…でも、それなら私たちには………。
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 々あって投稿がこんなにも遅れた事に謝罪します。これから多分……マシになると思います。
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