《職業通りの世界》第78話 漸くの再會

「考えても仕方ない。取り敢えず試していないやり方で壁を壊してみるか」

 無限収納から真っ黒な刀を取り出して構える。左手を開いて前に突き出し、親指と人差し指の間に刀の背を置き、刀を持っている右手は柄頭付近にして、腰をしだけ落とす。

 いわゆる牙突と呼ばれる構え方で、一點のみに集中した剣技だ。力より速度を優先とした構えだが、あいにくこれ以外一點に集中した剣技を知らない。

「とっとと壊れーー」

 勢いよく地面を蹴ったのは良いのだが、そろそろ突き刺そうと思っていたタイミングで壁がグニャリと曲がり、1秒もしないうちに元の付があった空間に戻ってしまった。

「はぁ!?ちょっ!!」

 當然急に変わるなんて知るはずもなく、右手の勢いを止められず壁に風を開けてしまった。バコォンと外でくり抜いたように飛んだ壁の破片が地面に當たる音が聞こえた。

 外からざわざわと人が集まってきたらしく、聲が聞こえてきた。

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「壁を壊されるとは思いませんでした。後ほど請求書をお渡しします」

 壁にを開けてしまった事に軽いショックをけているところに、容赦ない事務的な聲が聞こえて後ろへ振り返ると、付にいる無表にメサ、そして怪我がすっかり無くなっている巧と口に手を當てて驚いているお嬢様が居た。

「ありゃりゃ。これは弁償しない…ーーっと」

 お嬢様は何か言っていたみたいだが、そんな事はどうでも良かった。俺はお嬢様の姿が目に映った瞬間に駆け出してお嬢様を抱き締めていた。

 特有のらかな、その中にお嬢様特有の筋さがらしさをじさせる程度くらいあり、特有の甘い匂いではあるが、しフローラルさがあるお嬢様特有の匂い。

 間違いない。俺が今抱き締めているのはお嬢様だ。俺が守らなくてはならない、仕えたいほどの人格者であるお嬢様だ。いつもいつも皆を照らす太であるお嬢様だ。

「……お嬢様っ、申し訳ございません。自分がっ、迎えにあがれなくて……」

「良いよ。こっちこそごめんね?早く帰れなくて…」

 し上ずった聲になってしまった俺に何も言わず、抱き締め返してくれるお嬢様がこれ以上無いほどおしい。……だが、俺は執事。それを忘れてはいけない。

 し名殘惜しいが、お嬢様から手を離して向き合う。お嬢様の表は普段通りで、何かがあったようには見えない。

「それで、どうされていたのですか?」

「あっ!それなんだけどー!」

 お嬢様は嫌な人の悪口を言うように、さっきより聲量を上げて経緯を話してくれた。

 いきなり変な空間に連れ去られて眷屬とかいうよく分からないものに勧された事、眷屬になるまで帰さないと言った事、そして何か用事が出來たようで急に帰されて今に至ると。

「ますますミスラとかいう奴が嫌いになりました。ちょっと一発ぶん毆りたいのでそのよく分からない空間に案してもらえますか?」

「申し訳ありませんが、そのような騒な事を仰っている方に會わせる訳にはいきません」

 ついつい怒りが抑えきれなくなって付の人に渉したが、取り合ってくれなかった。全くっ!本當にあのは嫌いだ!!

 イライラしながらお嬢様の下に戻る。もちろん、お嬢様の機嫌を損ねる訳にはいかないので、一歩進む毎に心を落ち著かせ、お嬢様の傍に著いた頃には平常心を取り戻しておいた。

「さて、もうこんなところには用はありませんので次の目的地へと向かいましょうか」

「そ、そうだね。そろそろガレトさんに著いた報告もしないとね」

 お嬢様の納得も得たので、出口へと向かう。その途中に付の人に治療費の事や請求書の事を言われるかと思ったが、付の人は無表でただ立ち盡くしているだけだった。まあ、金を払わなくていいのならそれに越した事はないのだが。

 執事である俺が扉を開いてお嬢様をお通しする。當然外は壁にが開いた事を聞きつけた人たちが集まってきていた。だが、まだそんなに人は居ない。今なら抜け出せるな。

「ちょっと!何壁に開けてるの!?あの男の治療は済んだの!?」

 馬車の縦席でメイカがギャンギャン騒いでいる。どうやら壁にを開けた時に刀を見られたみたいだ。々知りたがっているようだが、この狀況から抜け出したいのは一緒らしく、既に馬をゆっくりと歩かせて出る準備をしてくれている。

「お嬢様っ!今は速やかにおりください!」

「うんっ!」

「俺もいるんだぞ~」

 馬車の後ろの扉は俺が開けて順にお嬢様、巧、メサと乗る。馬車が既にゆっくりといているのでもう乗らないといけない。巧たちに急かされながらも足をかけて乗り込もうした。

「っ!!」

 だが、急にを突くかのような強い殺気をじ取り背後を見渡してしまう。それらしい人は見つからず、片足だけが地面を蹴って何とか馬車から離れずにいるが、そろそろ乗らないとメイカに迷をかけてしまうな。

 もう既に殺気はじられないので馬車に乗り込む。後ろ手に扉を念のため素早く閉めておいた。

「おいっ!何でさっさと乗らなかったんだ?」

 巧が焦った様子を殘したまま聞いてくる。殺気について話せば良かったが、お嬢様に聞かれて変な心配をかけたくなかったので俺は目眩がしたと返すだけにした……。

「それで、今度は文送屋とやらに行けば良いのね?」

「うんっ!よろしくね」

 お嬢様がメイカに次の目的地を指示しているのを見つつ、かなり忘れていた副騎士団長の事を思い出す。

『いいかっ、俺はこれでも忙しい!《ナサーハ》に著いたら連絡しろっ。すぐに向かう』

 あの副騎士団長様は文送屋という、文面を互いの裝置で送りあって連絡する場所に行けと言われていた。言ってしまえばメールしろ、みたいなものだろう。

「それにしても、文送屋ってどんなところなんだろうね!」

「大きくて綺麗な石とタイプライターのようながある裝置があるはずです」

「なんでそんなの知ってるの!?」

 「城で見たからです」と返すとお嬢様は納得したような表になる。城の殆どを無斷で探索した俺も大概だが、お嬢様はもっと城の事を知っておくべきだと思う。信用出來る場所なのかも判斷出來ていたのか?

 …まあ、一國の中心たる建だ。お嬢様は知らなくていいようなものは山ほど見かけた。どこの國でも、世界でも闇はあるものだ。

「はぁ~あ。あんな奴と今から一緒なのかよ~」

 巧は正直で、馬車の中でゴロゴロ転がりながら嫌そうに愚癡を溢す。この馬車に乗っている全員の総意だが、堂々と口に出來るのはこいつの良いところでもあるかもしれない。

「まあまあ、そんな事言わないで。これも任務なんだからね」

「つまり、任務だからと割り切らないと無理だと言いたい訳ですな!」

 巧は変な口調だが、核心は突いていたらしくお嬢様は冷や汗をかきつつ否定している。それを見てメサもクスクスと笑い、メイカも上がった口角は橫から見えるほどだ。

 帰ってきた景が何とも懐かしい。たった數十分から數時間の間しか離れていないのに。いや、かえって不確かな時間ほど長くじるのかもしれない。

 今回の任務はかなり危険だ。なのに、こんなにが無くて良いのだろうか?…いや、こんなじがお嬢様がいる俺たちだと思う………。

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