《ステータス、SSSじゃなきゃダメですか?》第二話

  彼らの居城から魔王の本丸までは、およそ徒歩で四日は掛かる距離がある。しかし魔王特製の転移用魔法陣を使用すれば、時間にして二秒も掛からない。

  陣の上に立って數秒。一際強いが二人を包み込むと、次の瞬間には全く別の空間に立っていた。彼らが現れた瞬間、その空間にいた者達が一斉にそちらを向く。

「お待ちしておりました、ヴィルヘルム様に斬鬼様。魔王様より案をするよう仰せつかった、メイドのセリーヌで座います。ご用命の際は何なりとお申し付けください」

  恭しく一禮をして二人を出迎えたのは、魔王城において全てのメイドを統括する黒髪の、セリーヌである。

  魔族らしさでも追求したのか真っ黒く、そして禍々しく改造されたメイド服にを包んでいるが、そのから溢れる気品や雰囲気といったもの迄は誤魔化せない。所作の一つ一つに、そういったが滲み出ているのだ。

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  とはいえ、そんな彼も勿論只の人間では無い。病的なまでに白い、そしてれれば分かる事だが驚く程に冷たい溫。彼は特殊な不死アンデッド、『キョンシー』の一族である。

  ちなみにヴィルヘルムは初めて目にした時、『自分以外にも人間がいた!』と心で大喜びした挙句、結果違うと分かって肩を落とした過去がある。

「隨分先客がいるな。我々が一番最後だったか?」

  腰元の柄を弄りながら、斬鬼がセリーヌに問いかける。

  ちなみに、本來彼の口調はこちらの方が素だ。ヴィルヘルムと知り合ったばかりの時もこの様な武人然とした口調であり、今も彼や立場が上の相手と話す時以外はこの話し方になる事が多い。むしろ彼の事を知る人がヴィルヘルムへの態度を見れば、あいつは誰だと驚くことになるだろう。

「いえ。天魔將軍であらせられる《渇》のノーチラス様が未だお見えになられていません」

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「む……まあ彼の方は戦闘狂バトルジャンキーとして高名だからな。きっと他に夢中になる事があるのだろう」

「にっへっへ……どーん!!!」

  瞬間、背後からとてつもない殺気をじたヴィルヘルム。振り返ると同時に自でスキルが発し、予に備える。

  ドム、と腰元に激しい衝撃。だがスキルのおで彼本に大したダメージは無く、僅かにを揺らしただけで飛び込んできた何かをけ止めることに功した。

「おおっ!?  完全に不意打ちが決まったと思ったのに、やっぱヴィルはすっごいねー!」

「……ああ(っぶねー!!  まじっぶねー!!!  直前でスキル発して良かったー!!)」

  飛び込んできたのは頭からぴょこんと貓の様な耳を生やした一人の。あどけない表をしているが、彼こそが天魔將軍が一人、《渇》のノーチラスである。

  鉄錆の様な赤髪に、日に焼けた小麥。そして最も特徴的なのがユラユラと揺れる縞模様の尾。見かけだけならばただの可らしいだが、その小さい軀にめられた戦闘力は計り知れない。

  隠から直接戦闘まで何でもござれ、そのステータスは勿論SSS。タックルをけた際にヴィルヘルムがスキルを使っていなければ、彼のはしめやかに散し、無念の仏していた事だろう。

  自の反神経とスキルに謝するヴィルヘルム。そんな彼の心中など知らず、ノーチラスは抱きついたまま顔面をヴィルヘルムの腹にりつけ始める。

「すんすん、うーん……仄かに知らない人の香りがする。勇者とやりあってきたの?」

「の、ノーチラス様……ええ、ヴィルヘルム様の手にかかれば鎧袖一でございました。それはそれとして、余り抱きつくのはやめて頂けると……」

「えーやだよ。ヴィルったらいつも食べちゃいたいくらい良い匂いがするんだから」

  ちなみに彼は気付いていないが、ここで言う『良い匂い』とは被捕食者が醸し出す匂いの事である。細やかな違いに鈍なノーチラスが、その事実に気付く日は永遠に來ないだろうが。

「そうだ、何だったらザンキちゃんも抱きついてみる?  やってみると案外気持ちいいよー」

「なっ、私がヴィルヘルム様に……そんな、失禮な事を…………でも……」

  なる葛藤に悩みながらもチラチラとヴィルヘルムの顔を伺う斬鬼。自がダダれである。

  だが、そういったアピールを無表で気付かないふりをするのはヴィルヘルムの得意分野だ。いや、寧ろ骨なアピールをされても一切それに気付かないのがヴィルヘルムという存在である。

「ケッ、下らねェ。ここにはおままごとしに來てるんじゃねぇんだぞ。天魔將軍なら天魔將軍らしく、もっとクールに振る舞えよ」

「あらあら、そう怒ることでもないじゃない。仲よろしきは良き事かな、流を深められるのであれば私は一向に構わないわ」

  奧でヴィルヘルム達に悪態をついた金髪のワイルドなに、優しげな雰囲気を醸し出す茶髪を腰元までばした。殘りの天魔將軍、《暴》のヴェルゼルと《背徳》のアルミサエルである。

  いずれも人に見えるが勿論魔族。ヴィルヘルムの目から自然とが失われていったのも、彼からすれば今では良い思い出だ。

「馴れ合いなんて俺たちの間に必要ねェんだよ。天魔將軍に求められるのは圧倒的な力だ!  クソッタレの勇者共を打ち倒し、無力な人間共をすり潰す。それが天魔將軍の存在意義だろ?」

「あら、それは違うわヴェルゼル。貴のやり方では、全て終わった後に殘るのは焦土だけ。得られるものが何も無いわ。私達がすべき事は魔王様がこの世を統治できる様、全ての人間を貶めて家畜の様にする事よ。その手段として勇者達を皆殺しにするのは有効ではあるけれど……」

「うーん、みんな難しい事考え過ぎじゃない?  ボクはこうしてヴィルヘルムに抱きつけてれば良いやー」

「……(い、胃が痛い……)」

  全員が集まると大抵方向の違いから言い爭いに発展するのだが、その結論がどう足掻いても人類の破滅なのだ。同じ人類としてキリキリと胃が痛むのは仕方のない事である。

  ちなみにストレスの要因として、未だヴィルヘルムが人間だとバレていない事も起因している。魔人族は容姿だけなら人間とそう離れていない為、彼も何らかの魔人であると周囲に思われているのだ。バレてしまえばどうなるか、と肩を震わせた事は一度や二度では無い。

「おい、お前はどうなんだヴィルヘルム!」

「あらあら、結論を委ねるのは余り好きでは無いですが、ここは貴方の意見を聞くのも一興でしょう」

「……(こっちに話振るなってマジで!  あああああストレスが天元突破するぅぅぅぅぅ!!)」

  心はとんでも無いことになっているが、それが外面に現れる事は一切無い。流石の鉄面皮である。

  さて、この問いにどう答えるものかとヴィルヘルムは考える。本來なら無難に収めるべきなのだろうが……いや、どちらかに同意してしまえばそこから話が発展してしまう。この話をこれ以上続けさせない為には、この返答一言で話をぶち壊す必要があるだろう。

  一番空気を凍らす方法として効率的なのは、否定からる事だ。空気が読めず度々雰囲気をぶち壊して來た経験から、ヴィルヘルムはそう考える。こらそこ、虛しいとか言わない。

「……し」

「『死』?  だよな!  やっぱやるべきは殲滅だよな!  やっぱお前分かってんじゃねーか!

「あらあら……まあ確かに、全員滅ぼしてしまえば一切の抵抗は無くなりますからね。非効率的ではありますが」

  やってしまった。

  『知らん』と答えるはずが、ヴィルヘルムの予想以上にすぼみになってしまった為冒頭の『し』のみしか口から出てこなかったのである。普段から聲を出していない代償か、彼の意思が正確に伝わる事はなかった。

  返答が気にったのか、ガシリとヴィルヘルムと肩を組み、ひたすら揺らしてくるヴェルゼル。魔族といってもなのか、どこか良い匂いが漂ってくる。

  ここまで上機嫌の所に今更『勘違いです』などと言ってしまえばどうなるか分かったものでは無い。結局勘違いを治す事なく、ヴィルヘルムはその話を流してしまった。こういった態度が積もり積もって、今の地位になっているという事には気付いていない。

「皆様、ご歓談の所申し訳有りませんが、魔王様がお呼びです。謁見の間まで案致します」

  と、そこでジッと黙っていたセリーヌが口を開く。話題の切れ目を見計らってタイミング良く割り込めるのは、給仕のプロとして為せる技だろう。

  いよいよ魔王と謁見か、と溜息をつくヴィルヘルム。また人類殲滅の方針を決めさせられるのかと思えば、気が重くなるのも仕方のない事であった。

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