《ステータス、SSSじゃなきゃダメですか?》第四話

「ヴィルヘルム様、到著いたしました。エピフ山の麓村、エピフニス村です」

  斬鬼の恭しい聲に目を見開き、ヴィルヘルムは顔を上げる。

  座っていた狀態で俯きながら寢ていた為か、回した首がゴキゴキと音を立てている。寢違えた訳ではないだろうが、しだけ首筋に痛みが走った。

  結局魔王の命令を無視する訳にもいかず、ヴィルヘルムはエピフ山周辺の調査へと向かうことになった。補助役として斬鬼が同行し、バックアップとしてアルミサエルの支援。そして手薄になるヴィルヘルムらの居城周辺の警備についてはヴェルゼルとノーチラスの部隊が共同で行う事になった。

  そこまで手間をかけるなら自分では無く適當な人員を割け、と思ったヴィルヘルムであったが、殘念ながら事は既に斷れる段階にない。一切の比喩抜きに、魔王の命令は絶対なのである。

  仕方なく彼は、久々の休暇だと自を納得させる事にした。実際部下無し休み無しで働かされていた覚しかない彼からすれば、今回の任務は一種の旅のような気分でもあった。勇者の捜索という一點を除けば、だが。

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  あれよあれよという間に外堀が埋められ、気付けばやった覚えのない下準備まで完了している事実。魔法陣によってアルミサエルの居城まで転移し、こうして馬車に揺られながら居眠りをするまで一日も経ってはいなかった。

  馬車の磨りガラスから覗く長閑な景。付近に勇者が潛んでいるとは思えない、実に平和な村である。自分もこんな村に住んで、平和に奧さんとか子供とか作るべきだったとしばかりの諦念が彼の頭を過ぎった。

  とはいえ、彼も側から見れば魔族では隨一のを侍らせ、貴族か何かが乗るような馬車で村へと乗りれているのだ。本人の心中がどうあれ、羨まれる立場である事は確かだろう。

  馬車を降りると、山特有の清涼な空気がヴィルヘルムを迎えれた。久々の清々しい覚だと、深呼吸をして肺一杯に取り込む。

「側から見れば何の変哲も無いただの村ですが……本當にこんなところに勇者共がいるのでしょうか?  奴らの事ですから、既に何か問題を起こしていてもおかしくありませんが」

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  事実、勇者として魔王領に足を踏みれてくる者にはプラス方面にしろマイナス方面にしろ、どこか神が破綻している者が多い。

  それもそのはず、敵陣の真っ只中に人數で突撃するなど、常人の神では行えない。勿論大軍を率いて正面から當たる者などまともな者もいるが、それでも人數で攻めてくる者が後を絶たないのは勇者という英雄と名譽に目が眩んでいるからだろう。

  過去にも幾度か裏に防衛ラインが突破された事はあるが、そのいずれも何処かで問題を起こした事により発覚している。つまり勇者というのは、一種の破綻者なのだ。

  その割に、このエピフニス村は平和そのものである。話を聞かねば分からないが、とても問題が起きているようには見えない。

「馬車を止める必要もあります故、私はこのまま宿へと向かいます。ヴィルヘルム様はどう致しますか?」

「……先に行っていろ」

  ヴィルヘルムからすれば初の休暇。そんな至福の時間まで仕事に吸い取られては敵わないと部下である斬鬼を先に行かせる。幾ら人だろうと、今の彼には仕事の象徴にしか見えていないのだ。

「了解しました。私は後ほど合流いたしますので、ヴィルヘルム様においては暫しごゆるりとして頂けると……こちら、當面の資金でございます。ご自由にお使い下さい」

  斬鬼から小さな袋包をけ取る。ずっしりとした重量は、確かな金の重みをヴィルヘルムにじさせた。

  因みに給金に関しては、月に一度魔王から手渡しでけ取っている。使う機會もあまり無い為、殆ど彼の引き出しの中に死蔵されているが。

  とはいえ、任務に関しての給金は終わった後に支払われる仕組みである。そして、斬鬼がヴィルヘルムの部屋に勝手にるという事は決してあり得ない。

  つまり、彼が差し出したこの金は、紛れも無く彼の所持金なのである。

  ろくにコミュニケーションも取れないダメ夫と、別れられずに貢ぐ妻。事実を知ればそんな景が目に浮かぶ事だろう。

  馬車を駆って村の中心へと向かう斬鬼。その後ろ姿を見送りながら、ヴィルヘルムは袋の中をこっそり確認する。

「……一杯ってるな」

  僅かに差し込む日のに照らされ、キラリと輝く黃金の金貨。そこらの一般人なら一年は生活出來そうな金額を前に、思わずヴィルヘルムは聲をらした。

◆◇◆

  村、と名前には付いているが、規模としてはそこそこ大きい村である。エピフ山という過酷な環境の元にあるためか、周囲はしっかりとした石造りの壁に囲まれ、衛兵も警備に付いている。

  以前に魔人族が競爭社會である事は説明したが、それはあくまで社會のシステムについての話である。當然個人差はあり、爭いを好まない魔人も當然存在する。

  その為、基本的なところを見れば、魔人の生活は普通の人類の生活とほぼ変わらないのである。

「お、そこの兄ちゃん!  何があったか分からんが、隨分シケた面してんねぇ!  ウチの串焼きでも食ってったらどうだい?」

  道を歩いていると、唐突にダミ聲で呼び掛けられるヴィルヘルム。チラリと振り向くと、屋臺を構えた一人の中年らしき男がニヤリと笑っていた。

  のぼりを見るに、どうやらウサピルという魔の串焼きを売っているようだ。タレの焼ける匂いが辺りに立ち込めており、朝から何も食べていないヴィルヘルムの鼻腔を強く刺激した。

  自然と足は屋臺の方へと向けられる。隨分繁盛しているのか、橫に設置されたゴミ箱には幾本もの串と紙包みが捨てられていた。

「らっしゃい!  ウチはタレ一本しか無いけどどうする?」

「……これで買えるだけ頼む」

  どうするも何も選択肢が無いじゃないか、という文句はおくびにも出さず、包みから金貨を一枚取り出し店主へと差し出すヴィルヘルム。

「お、兄ちゃん面つらの割に気前がいいね!  すぐ焼き上げるからちょっと待ってな!」

  歯に著せぬ言いが特徴なのか、それとも無意識なのか、さり気なくヴィルヘルムの事をバカにしていく店主。ここに斬鬼がいたとすれば、彼は今頃三枚に下されていた事だろう。

  腕は確かなようで、てきぱきと淀みない手つきでを並べ、次々とヴィルヘルムの目の前で焼いていく。

  とタレが焼ける匂いが、彼の空きっ腹を刺激する。グウ、と腹が鳴る音はが焼き上がる音にかき消された。

「はいよ、ウサピルの串焼き二十五本!  熱いうちに食ってくれよ!」

  差し出された五つの紙袋。どうにかこうにか苦戦しながらも全てけ取り、橫に備え付けられていたテーブルへと移する。

  

  どうやら紙袋一つにつき五本ずつっているようだ。早速食べておこうと、串焼きを試しに一本手に取った。

  テラテラとした輝きと芳醇な香りを放つタレ。それが顔ほどもある長さの串に刺さった五つのにかかり、実に魅力的な輝きを放っている。

  一口、かぶり付く。

「……味い」

  予想に違わぬ旨味。じゅわりと広がったと、プリプリとしたの食。例えるなら鶏が一番高いだろうか、とこれまで食べてきた料理のことを振り返る。

  タレの風味もまた良い。丁度いい塩気と甘味のさじ加減が、の旨さをまた引き立てている。

  それでいて全くしつこさは無い。も巨大で食べ応えがある事を考えると、なかなか良い買いをしたようだ。

  だが、とヴィルヘルムは考える。

「……多いな……」

  一本でもかなりのボリュームだというのに、それがあと二十四本。いくら腹が減っているとはいえ、大食漢というには程遠いヴィルヘルムにはとても食べ切れる分量では無い。

  実は金貨を出して焼いてもらっている最中、『あれ?  これ多過ぎね?』などと考えていたヴィルヘルム。だが既に焼いてしまっているという負い目と今更言い出せないという後ろめたさが発した結果、それを口に出せなかったのだ。

  遠慮した結果割りを食う。無口な男にはよくある事である。

  とりあえず食ってから考えるかと再び串焼きに手をつけていくヴィルヘルム。

  むしゃむしゃと食べ進めて三本目に手をつけた時、腰元の辺りにドスンと軽い衝撃が伝わった。

「……む?」

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