腰元にぶつかって來るという事は、なくとも子供並の長であるという事。串焼きを口に含みながら、背後を振り向き眼下を見やる。

  彼の腰に抱きついていたのは、未だ年端もいかない齢と見られるだった。髪はボサボサにびきっており、服裝も余り綺麗とは呼べない。

だが、こういったが見た目通りの年齢ではないという事例は多々存在する。的に言えばヴィルヘルムの上司とか。故に、彼は一切の油斷なくの事を見た。

が上を見上げると、丁度下を覗き込んでいたヴィルヘルムと目線がぶつかる。

「……あ、その、えっと……」

だがの涙目を見た途端、自分は何をやっているんだと思い返すヴィルヘルム。見た目を相手に泣かせている大の男など、事案以外の何でもない。

「……」

「……え、くれる、の？」

どうしようもなく進退窮まった結果、の口元に無言で串焼きを差し出す男。これはこれであまり宜しくない絵面であるが、それでもは涙を引っ込める。

差し出された狀態のまま、串の先から一口噛り付く。口の周りにタレが付著することにも構わず、ムシャムシャと食べ進める。

「……おいしい」

どうやら機嫌は直ったようだ、とをでおろすヴィルヘルム。こんなところで事案により衛兵にしょっ引かれて、部下に迎えに來てもらうなどと言う醜態を曬す訳には行かない。

もしそうなった時のことを考えると、彼の背中に冷や汗と悪寒が走る。最も、今の斬鬼の忠誠心があれば、原因であると衛兵を全員皆殺しにする位は軽く行うのだが。

  さて、一方の。ヴィルヘルムからは『誤って転んでしまったのだろう』と認識されているが、この辺りは足場も悪くなく、道幅も広い。そんな場所でピンポイントにヴィルヘルムの近くで彼に向かって転ぶなど、そうそうある話では無い。

  では、転んだ訳では無いのなら一何故このような事をしたのか。その答えは、を頬張るの頭の中にあった。

（……うわー！  お金持ってそうなお上りさんだったから財布イケるかなって思ったけど、これ絶対関わったらやばい奴だー！  うわー！）

  ……そう。彼はヴィルヘルムの財布を狙った、紛れも無いスリだったのである。

  確かにヴィルヘルムはこの村に初めて來たばかり。お金の使い方も荒く、屋臺で一度に金貨一枚を使うなど、惜しげも無く自が金持ちであることを曬していた。

  オマケに大抵の金持ちは付けている従者が一人もいない。普段からスリを生業にしているとして、ヴィルヘルムは格好の標的に見えた事だろう。外の報酬が見込めたは、いつもの手で彼の財布を狙いに行った。

  まずはさり気なく、転んだで勢い良く相手のにぶつかる。どんな相手だろうと、重心の低い位置から不意を打たれればしくらいはそこでたたらを踏む。

  まずはそれが一タイミング目。大抵の人は腰元に財布やら小銭れがある為、その瞬間に奪い去る。そこで一つ謝って、その場から逃れる事が出來ればミッションコンプリートだ。

  それでも上手くいかなかった場合はスッパリと諦め、次の獲を探す。スリには手際の良さとスピード、あと々の運が必要になるのだ。

  さて、ではヴィルヘルムはどうだったのかというと、これは見事に失敗していた。

  そもそもケチのつけ始めはぶつかった時點から始まっていた。大小はあれどぶつかられればバランスを崩すというのに、ヴィルヘルムにはそれが無かったのである。

  これは別に彼の幹が素晴らしいという話ではなく、単にスキルが発していたというだけの事である。無意識下であろうと、彼の《ジャイアント・キリング》は瑕疵無く発する。スキルにも部下にも頼りっぱなしの人生、果たして彼はそれでいいのだろうか。

  そして第二の誤算が、彼がそもそも財布を腰に仕舞う男では無かったという事。使った財布は懐の中へ、これでは狙うべき標的が存在しない。運を味方につけられなかったは、結果何の収穫も得られなかったのである。

  さて、それでは彼のスリ理論に則のっとれば既にこの場から離れていなければおかしい。だというのに、彼はどうして大人しく串焼きを頬張っているのだろうか。

  これは一重に、ヴィルヘルムの鉄面皮が影響していた。

  先程ヴィルヘルムは自の無表が怖がられて泣かれたと考えていたが、それは當たらずとも遠からずといった考え方である。

  スリをするようなが、今更大の男の怒気に恐れるような神を持っているはずが無い。寧ろ振り返って舌を出し、足早に去っていくだろう。

  だが、一切のを廃したようなヴィルヘルムの視線に貫かれて、何も思わない者はそういない。人はを読み取れればそれに応じた対応が取れるが、何も読み取れない時は勝手に自の想像を以ってそれを補完してしまう事が多いのである。

  の無い瞳に思わず恐怖をじてしまったは、そこで咄嗟に謝る事を躊躇してしまう。結果、同を引くための手段として泣き真似をしてしまったのである。

その後の経緯は知っての通り、まんまと引っかかったヴィルヘルムは餌付けという手法を取るのだが、それすらも完璧な無表。誤魔化せたのかどうかも判斷できなかったは、そのまま演技を続ける羽目になった。

（こ、ここからどうしよ……もう一回チャレンジ？　いやいや無理でしょ、この人からかっぱらったのバレたら地の果てまで追ってきそうだし）

の憂慮は正解である。ただし、その場合追ってくるのはヴィルヘルムではなく斬鬼だが。

一方困っているのはヴィルヘルムも同じ。ひとまず泣かせることだけは阻止したものの、素も分からないが自の串を頬張っているという珍妙な景にすがない。見知らぬ子供にすぐさま対応出來る程のコミュ力は彼にはなかった。

（ど、どうする？　そもそもこの子どこから來たんだ？　親はどこなんだ？　こういう時マジでどうすればいいんだ？　クソ、不自由になるからって斬鬼置いてくるんじゃなかった！）

後悔先に立たずとはよく言ったものである。

さて、傍から見れば微笑ましいが、本人たちの心中はフルスロットルで回転中というこの狀況。そんな彼らの只中に、この狀況を打開する救世主は現れるのだろうか。

「はぁ……はぁ……ようやく見つけたわよこのガキンチョ！　もう逃がさないんだから！」

現れた。

驚いて振り向いた二人が見たのは、息を荒げて肩を上下させる、ゆったりとした黒のローブをに纏った一人の。彼の姿を見たは、その顔を苦々しく歪めた。