《ステータス、SSSじゃなきゃダメですか?》第六話

「さあ観念しなさい!  大人しく私からスったお金返してもらうわよ!」

  に向かって指差すと、大聲で捲したてる。

  時刻は晝過ぎ。人通りもなく無い路地で起こった告発に、衆目は一斉にそちらへと集まり、なんだなんだと軽い騒ぎになり始めた。

  一方の糾弾されたはというと、見えない様にで一つ舌打ち。その後ヴィルヘルムに見せた様な泣き顔を浮かべると、彼の服の裾を摑み、盾にする様隠れてみせる。

「え、えっと……そんな、酷いです。ミミ、何にもしてないのに……」

「ハァ!?  惚けないでよ!  アンタがぶつかって來た直後に私の財布が無くなったんだから、アンタ以外にあり得ないじゃ無い!」

  ローブを開き、中を指差す。恐らくその中に財布を収納していたのだろう。

  開いた隙間からチラリと見える薄いプレートメイル。華奢な見た目とは裏腹に、戦いを生業としている事がわかる。

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  因みに人間の中には冒険者という魔や獣を狩る者達がいるが、魔人達の中にはそういった職に著く者はいない。人よりも個々の戦闘力が高い為、大抵は個人でなんとかなってしまうからだ。

  とはいえ、それで一切の戦闘職に需要が無いのかと言うとそうではない。戦闘能力が無い魔人の為の便利屋の様な職も存在するし、數はないが剣闘士グラディエーターという者も存在する。しかし、それでも戦闘職の需要がない事も確かである。

  故に、がそういった職についているというのはヴィルヘルムからしても意外な事だった。卑下する訳ではないが、やはりそういった野な事には男の方が向いている。

  ……と、そこまで考えた所でヴィルヘルムは周囲の環境を思い出す。よく考えれば魔王麾下、天魔將軍はヴィルヘルムだけを除いて全員であった。部下も勿論、それでいて彼よりも軒並みステータスが高いのだから、別とはかくも當てにならないものである。

  戦闘職は命の危険に隣り合っている分、報酬も往々にして大きい。それが命の価値というには安いが、日々を贅沢に暮らす分には困る事はない。そう考えれば、の財布にはさぞ潤沢に資金が蓄えられていた事だろう。それが奪われたとなれば、ここまで激怒するのも頷ける事だ。

「ミミ、何もしてないです……お姉さんにはぶつかったけど、本當にそれだけなんです」

  因みに結論から言うと、はスっている。ヴィルヘルムの時と同じ手法で、の見事に財布をくすねてみせた。

  彼がゆったりとしたローブを著ており、軽い接には無頓著であった事も起因していただろう。獲としては比較的狙い易い方であった為、不運な事ににロックオンされてしまったのである。

  だがにとって誤算、にとって幸運であったのは、その後すぐに買いをしようと腰元を弄った事だ。

  結果スった事実はすぐ様に知られ、は追い回される事になったのである。

  しかし、こうまで告発され窮地に立たされているというのに、一切演技を崩さないその様はある種尊敬すら覚える。

「そんな言い訳したって無駄よ!  なんなら今すぐ包み剝いで、アンタの荷検分してやりましょうか!?」

「ひっ……ほ、本當に違うんです!  私もこの人にぶつかったけど、何も盜ってません!  信じてくれますよね?」

  信じてくれますよね、の部分で顔を上げ、ヴィルヘルムを見つめる。先程同様に涙を溜めたその相貌は、実に庇護をそそる。このやり方では何度も窮地を乗り越えて來たのだ、今更ヘマをして捕まるわけにはいかないと必死である。

  さて、一方のヴィルヘルムだが、彼は未だに両者の言い分を決めあぐねていた。

(え、誰この人?  この子の保護者?  いや、それにしては隨分不機嫌だなぁ……というかあんまり関わりたくないから、ここで話振らないでしいんだけど)

  というか狀況の把握すらしていなかった。流石は平凡を絵に描いたような一般市民、何も考えていない。

  とはいえ、考えていようと考えていなかろうと無表を貫く鉄面皮は変わらない為、どちらにしても外界への反応は同じなのだが。

  しかし話を振られたとなれば、流れとしてヴィルヘルムに視線が向くのは必然。の訝しげな視線も、自然と彼の方を向く。

  さて、ここで『しめた!』と思ったのが當のである。視線は自分からシフトし、今なら渦中のの事は誰も見ていない、言わば臺風の目の様な狀態。この瞬間であれば、彼は好きに行ができる。

  スリにとって何より重要な事は、盜む事よりバレない事だ。もっと言えば、盜ったタイミングがバレない事である。

  バレなければ糾弾される事も無く、捕まる事もない。何処ぞの誰かが『バレなければ犯罪ではない』と言ったように、スリにとっては発覚しなければ萬事事なきを得るのである。元々スる対象は見知らぬ人、盜る瞬間さえ見られなければ犯人がわかる事はない。

  しかし、今回はそうはいかない。盜られた本人が既に確信してしまっている為、簡単に逃げ切ることが出來ないのだ。

  おまけに用心深い格が災いして、の財布は懐の中。彼の宣言通り包み剝がれてしまえば、の悪行は白日の下に曬されてしまう。それだけは何としてでも避けなければならない。

  いかな実力主義の社會とはいえ、スリを行う事は褒められたものではない。これが相手に襲われた上で、それを返り討ちにして有り金を奪ったのであれば、賞賛こそすれ罰則をける事はないのだが、生憎スリではそうはいかない。

  バレずにやるというのは自に実力がないと公言しているようなであり、魔人族の価値観からすればそれは弱者の行なのだ。

  故に、懐にある財布をどうにかして処理しなければならない。自の潔白を証明するには、持っていないことを証明せねばならないからだ。

  逆に言えば、これはチャンスでもある。ここで持っていないことを証明すればは『ありもしない罪をなすりつけようとした悪人』となり、矛先を変えることが出來る。

  では、一財布をどうすればいいのか。周囲には観衆がおり、如何に視線が逸れていたとしても、派手にけば流石に見咎められる。

  ーーいや、有るではないか。目の前に絶好の隠し場所が。

  の視線が向いたのは、ヴィルヘルムの腰元。そうだ、何だったらこの男に罪をなすりつけてもいい。どちらにせよ矛先は変わるのだ、全く問題はない。

  それでも疑われるのであれば、この男に指示されていたと泣き顔で言えばいい。子供に泣かれる大人、言わずとも印象は最悪になるだろう。その場合はも罪に問われるだろうが、単獨で捕まるより余程マシになるだろう。

  そう判斷したは、こっそりと懐からの財布を取り出す。そして、素早くヴィルヘルムの腰へとーー

「何をしている、小娘」

  がしり、と強い力での手首が摑まれる。

  が慌てて顔を上げると、そこには侮蔑の表を浮かべたーー斬鬼が立っていた。

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