《ステータス、SSSじゃなきゃダメですか?》第十一話
「ああん?  なんだ、スルトかよ……こいつなんなん?  ぶち殺していい奴?」
地に倒れ伏したミミを見ながら、先程まで男達を殺していた時とは打って変わって、勇者である男は興味なさげに呟く。
  剣を肩に擔ぎながら耳を穿る彼に対し、禿頭の男――スルトは冷靜に語る。
「いえ、恐らく彼は魔王達の偵でしょう。當面は人質としての価値がある筈です」
「はーかったりぃ。んな事どうでもいいから殺しゃいいだろ」
「っ……」
  勇者とは思えない程の非な発言。スルトは小さく歯噛みする。
  勿論、彼が偵だとした場合、人質として役に立つ可能はかなり低いだろう。そういった裏仕事を行う者は、大抵の場合使い捨て。無事帰れれば良し、捕まったなら無関係と言い張り見捨てる。それが普通の対応だ。
  だが、彼にはこの子を処斷するという事が出來なかった。
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  そこには子供に対して非になりきれない甘さ、そして自の人間を保ちたいという保。様々ながりれて、彼の頭を駆け巡る。
  だが、その中でも最も大きかったのは、かの勇者への反発だった。
「チッ、お目付役が來るとかいってたから面倒になるとは思ってたが、それにしても邪魔すぎ。なんでこっちのお楽しみまで邪魔されなきゃなんねぇんだよ」
「言葉ですが勇者様、殺を楽しみと呼ぶにはあまりに悪趣味が過ぎます」
「ああ?  魔族共を殺せっつったのはテメェら王國のお偉いさん方じゃねぇか。俺は正確にテメェらの要に応えてやってるだけだぞ?  それの何が悪い?」
  勇者とは狂人のなる者。衆生を救いたいというプラス方面に狂う者が居れば、その逆も然り。
  大した理由もなく、相手が魔人族とみればすぐ様殺す。そんな悪鬼のような男でも、魔王達を打ち倒すには多の役に立つと、見境なく勇者として送り込んでいるのが人間側の現狀だった。
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  そして幸か不幸か、この勇者として選ばれた男はかなりの実力を持っていた。大半の者は道半ばで倒れる所を、彼はその狂ったような神と我流の剣技で生き殘ってきた。そして遂に、前人未到の魔王領まで辿り著くというかつてない偉業を果たして見せたのである。
本人の特さえ抜きにすればまず間違いなく英雄。だが、その実態は只の快楽殺人鬼と変わらなかった。
目付け役として選ばれたスルトは、そういった曲がった事が許せない、おおよそ善人であった。初めのは勇者と共に世界を救うことが出來ると息巻いたものだが、その當の勇者の言を見ているに、自の行いが本當に正しいなのか疑い始めてしまったのである。
だが、いくら疑問を持とうとこれは國王から直々に任された重要な任務。それを中途で投げ出して何処ぞへ行こうというのも彼の自制心が許さず、結局ここまでずるずると來てしまっていた。
「とにかく、この場でこれ以上の殺は看過できません。既に偵も差し向けられているのです。下手をすれば私たちの事が誰かにバレてしまうという危険も――」
「――生憎だが、貴様らの事は既に知っている」
ふと、頭上から聲が掛かる。ゾクと背筋が凍り付くような、底冷えのするの聲。
咄嗟にスルトが仰ぎ見ると、既にナニカが眼前まで迫り――
「ぐ、おおおおおおおお!!!?」
それは、ほぼ偶然であった。條件反的に差させた両腕に、かつてないほどの衝撃が降りかかる。
両腕に著けられたガントレット、そしてその側にある筈の骨までもがミシミシと悲鳴を上げ、その一撃の重さを如実に伝えてくる。
路地の地面をガリガリと削り、スルトの巨が後ずさる。
「ぐっ……おおっ!!」
気合一閃。持てる力をすべて使って、相手の攻撃をどうにかけ流す。
攻撃を放ってきた張本人は、くるりと空中で勢を立て直し、勇者たちの前に立ち塞がった。
「貴様らが勇者か。そのような貧相なりでにわかには信じ難いが……まあいい。とにかく死んでもらうとしよう」
  キン、と鯉口を鳴らし、襲撃者ーー斬鬼は無表でそう告げる。
「ぐっ……魔王の刺客!  既に我らの人相は割れていたという事か!」
「フン、どうせ國境を越えられた位で自らが優れていると思い上がっていたんだろう?  その高くびた鼻っ柱、この場で叩き折ってやろう」
「おっと、怖い怖い。折角の人が臺無しじゃ〜ん」
  ヘラヘラと笑う勇者に、斬鬼は鋭い視線を向ける。だが、その底冷えのする視線をけても、彼は一切その表を変えない。
「なあなあスルト、こいつ魔王のお仲間なんだろ?  だったらやる事なんて一つじゃん」
「やる事?  一何を……!?」
  倒れ伏したミミの首っこを摑み、高く持ち上げる勇者。その小さい頭に聖剣を向け、下卑た笑みをその顔に浮かべる。
「こいつの命が惜しけりゃ今すぐ降參しろ、って話だ!」
「そ、そんな!?」
「ああ?  まさか止めろなんて言わねぇよなスルト?  人質にするってのはテメェが言い出した事だ」
「ぐっ……」
  しでもの命を延命させようとした行いが、まさか最悪の形で帰って來てしまうとは。心でスルトは、自の行いに頭を抱える。
  だが、こうなったら相手も躊躇するのは事実。後は芋蔓式に魔王まで引っ張れば、勇者の慘劇も一旦は終わりを見せるだろうーー
「フン、だからどうしたと言うのだ」
「なっ!?」
「……キヒッ」
  だが、斬鬼は人質が通じるような甘い相手ではなかった。
  それは彼に仲間意識が無いという事ではない。コミュニケーションは(橫柄ながらも)しっかりと取り、力のある味方であればその背を預けたりもする。
  だが、問題はその思考回路だった。ヴィルヘルムに忠誠を誓った以上、目的達のためならば命を惜しまないのは當然。そんな彼の考え方を、當然の如くミミにも押し付けているだけだ。
  そして、ミミが意識を失う間際に放った思考は、最後に発した魔法によってしっかりと斬鬼の元まで屆いていた。
  それをけ取った事で、彼は既にミミの生死を問おうとはしていなかった。ただ彼の最後の任務を果たさせる為に、後詰めとして出て來たのである。
  彼にとって、その思考は何よりも論理的だった。だが、それを側から見た者にとっては別。
(クッ……やはり魔族は魔族!  仲間意識など欠片も無い、非道の連中だったか!)
  心で靜かに歯噛みするスルト。だが、彼の側にも人間代表として殘な勇者がいる事を忘れてはならない。彼が魔族に対して思っている事は、魔族が人間に対して思っていることと同じなのである。
「オーケーオーケー、そんじゃあこいつのはどうなってもいいって訳?  何だったら俺が好き勝手に弄んじゃうけど?」
「……何処までも下卑ているな。貴様は我が主の目にれる必要も無い。この場で斬り捨ててくれる」
「ケケケッ!!  良いぜ、その強気な面が泣き顔に変わる瞬間が最高に楽しいんだ!」
  そして勇者は、聖剣を持つ手に力をれーー
「……危ね」
「グフッ!!??」
  ーードゴオオオオオオオオオオオ!!!!
  突如現れた人影が、クレーターを作りながら勇者を吹き飛ばす。
  衝撃で宙を舞うミミのを、人影はフワリとけ止める。その轟音で目を覚ましたのか、彼はその苦しげに閉じられていた目をゆっくりと開く。
「「……ヴィルヘルム様?」」
  斬鬼とミミの聲が、ステレオのように重なった。
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