《ステータス、SSSじゃなきゃダメですか?》第十三話

「アンタ達……一何やってんのよ!?  こんな所で剣を抜くなんて、何考えてるの!?」

「ああ?  チッ、アンリか……相変わらずギャーギャーうるせぇな。勇者としての務めを果たしてやろうっつってんだよ」

「ふざけないで!  子供を人質に取ってまで目的を果たそうなんて、勇者はそんな外道な存在じゃ無い!」

  アンリと勇者が言い爭いを始める。いや、アンリが一方的にがなり立てているようなものか。肝心の勇者は全く真面目に聞く気配はなく、退屈そうな顔で聞き流している。

「テメェが勇者を語るなよ。今は俺が勇者、そしてお仕事は魔族を殺す事。それ以上でもそれ以下でもねぇ」

「……何を言っても無駄みたいね」

  手に持った杖を勇者へと向ける。魔力が充填され、既にいつでも呪文を放てる狀態で。

  だが、それを向けられた所で勇者の態度が崩れる事は無かった。

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「おっと、やる気か?  無理無理、テメェじゃ俺を殺せねぇよ」

「っ、この!」

  のまま振るわれた杖先から、一條の閃びる。並みの人間であれば、當たればごと蒸発してしまうであろう一撃だ。

  だが、勇者はそれを意にも解さない。何気なく聖剣を振っただけで、その閃は無にも搔き消える。

「だからぁ……無駄なんだって!」

  無造作に放った返しの一撃が、衝撃波を伴ってアンリへと迫る。

「『完全防護プロテクション』……キャア!?」

  魔法陣が彼を守るように展開されるも、その一撃を打ち消すまでには至らない。暫しの拮抗の後、ガラスのような音を立てて陣は々に砕けた。

  勢いに負け餅をつくアンリ。渾の魔力を込めた防護陣が、勇者の無造作な一撃に負ける。この事が両者の実力差を如実に証明していた。

「良いか?  そもそもお前のステータスランクは所詮SS。一方勇者たる俺のステータスランクはSSSだ。そして、聖剣を使えばSSSのステータスがさらにブーストされる。この事実、頭のいいお前なら分かるよな?」

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  蹲ったまま、拳を靜かに握り締める。

  認めたくない。認めたくは無いが、既にアンリの頭では理解してしまっていた。

  自と勇者の間には隔絶された実力が存在する。そして、ステータスランクが一つでも違えば、その相手には決して勝てないということを。

  幾ら魔導を極めようと。幾らスキルを達させようと。相手がSSSというその理由だけで、アンリは敗北してしまう。

  足掻いて藻搔いて、反吐の出るような努力をして、それでも人類を救いたいと願い志願した勇者としての責務。だがそこで突き付けられたのは純然たる実力差と、理想をことごとく打ち砕く現実だった。

「この場で俺と対等に戦えるのは、々刀を持ったそこのくらいだろうよ!  他のやつはどいつもこいつもステータスがクソ雑魚……ん?」

  と、そこで勇者がヴィルヘルムを見やる。彼は未だ狀況が飲み込めず、ミミを腕の中に抱えたまま立ち盡くしていた。

「ハハハハハ!!!!  おい、冗談だろ?  お前ステータスランクがEって!  しかもマイナス付きとか、面白過ぎて腹が捩れるんだけど!!?  今時赤ちゃんでももうしマシなステータスしてるって!」

  鑑定魔法を発させた狀態でヴィルヘルムを見た勇者は、腹を抱えながら大笑いする。些か場の雰囲気には合っていないが、全てのステータスがオール1、そして総合ランクは勿論E −。史上稀に見る程の低ステータスともなれば、その反応も仕方がないと言える。

  だが、敬する主人を笑われたとなれば斬鬼は黙っていられない。一切の警告無しに、鋭く居合を放つ。

  斬撃は衝撃波となり、勇者の四肢を切り裂こうと高速で迫った。

「だーかーらー、甘ぇって」

  だが、勇者は意識外の攻撃にも完璧に対応してみせる。振り向きざまに斬撃を打ち消すと、魔力で弾を編み出。斬鬼は危なげなく避けてみせたが、それでも勇者の実力の高さは伺えた。

  

(……チッ、認めたくは無いがかなり実力が高い。全力を出して漸く勝てるかどうか、と言ったところか)

  斬鬼はプライドこそ高いが、それに踴らされて実力を見誤る事はない。その鍛え抜かれた鑑定眼が、勇者の事を強敵だと訴えかけていた。

  自らの実力不足を恥じ、斬鬼は靜かに刀の柄を握り締める。自が負けるのはこの際どうでも良い。だが、それによってヴィルヘルムの手を煩わせてしまう事が何より気にらなかった。

「っ、ヴィルヘルムに手を出さないで!  関係無い人にまで危害を加えるつもり!?」

「ああ?  なんだアンリ、こいつにでも湧いたのか?  それとも惚れたか?」

  ヴィルヘルムを庇うように立ちふさがるアンリ。そんな彼を勇者はせせら嗤い、切っ先を向ける。

「どけよ雑魚。そいつも所詮は魔族、駆除するべき存在だ。邪魔立てするってんならテメェごと斬るぜ?」

「なんとでも言いなさい。私は絶対に退かないから!」

  確かにアンリにとって、ヴィルヘルムは敵である魔族かもしれない。だが、彼と會話していく中で、易々と死んでいい相手だとは到底思えなかったのだ。

  夢を手伝う代わりに、夢を手伝って貰う。先ほどわした言葉が炎となってアンリの心を焚き付ける。ヴィルヘルムと過ごした時間は僅かだったが、それでも彼が再び立ち上がる契機となっていた。

「はっ、泣けるねぇ。なら……その下らねぇ心を抱いたまま死にな」

「勇者様、やり過ぎです!  彼は仲間で……」

「るせぇ!  後続なんぞ呼べば確保出來んだ、こいつ一人居なくても痛手になりゃしねぇよ!」

  スルトの制止も聞かず、勇者は聖剣を振り上げる。

「『バイオレント・スラッシュ』!」

  ダメ押しとばかりに発されるスキル。真っ赤に染まった刀が、アンリの眼前へと迫り來る。

「もう一度……『完全防護プロテクション』!!」

  ひときわ強い輝きを放ち、再び魔法陣が展開される。

  激しく火花を散らし結び合った両者は、しかし今度は一瞬では終わらず、激しい金屬音を響かせ続ける。

「ハ、面白いじゃねぇか!」

「ぐ、うううううううううう!!!」

  押し通ろうとする剣、跳ね返そうとする盾。両者の勢力は一見拮抗しているように見えるが、未だ余裕を保っている勇者に対して、アンリの表は実に苦しげだ。

  奧から絞り出すような悲鳴を上げ、懸命に耐えるアンリ。だが、それを見た勇者はさらに酷薄な笑みを浮かべ、剣を握る手により力を込める。

  徐々に崩れていく勢。力を支えきれなくなっているのか、アンリがしづつ後ずさる。

「おら、イッちまえよ!!」

「っ……!!」

  そして、限界が訪れた。

  亀裂から一気に崩壊が進み、魔法陣が砕け散る。その瞬間を茫洋と見つめながら、アンリは走馬燈の如く世界を眺める。

  スローモーになった世界で、緩やかに迫り來る真っ赤な刃。自分は死ぬのか、と鈍い思考が結論を下す。

(……それは、嫌だな)

  ポスリ、と。

  何か溫かいが、頭にれた気がした。

「……え?」

  いつまで経ってもやってこない痛みに、アンリはゆっくり目を開く。

  気づけば自分のは抱えられ、目の前には何者かの手が寫っている。

  もしや、この人があの一撃を耐えたとでも言うのだろうか。誰も敵うはずのない、あの勇者の一撃を。

「……おいおいおい、何の冗談だよ」

  呆然とした勇者のセリフ。いつも傲岸な態度の彼がそんな聲を出していると、しだけアンリの気分がスッとする。

  ふと、背後を省みる。そこに立っていたのは、自が予想もしていなかった人だった。

「……ヴィルヘル、ム?」

  ステータスランク、最低値のE−。おおよそ誰にも勝てる筈のない、それでいて底の知れない男が、相変わらずの無表で靜かに立っていた。

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