《ステータス、SSSじゃなきゃダメですか?》第二十四話

  《暴》と謳われるヴェルゼルといえど、躙は行えどもいたぶるというのは趣味では無い。その為、男達との爭いは數刻も経たないうちに終わりを迎えた。

  男達の骸に背を向けると、彼はスキルを解除して元の姿に戻る。深々と殘った爪痕だけが、その暴を証明していた。

「……腹が立つか?」

「!?」

  アンリの目の前まで辿り著いた時、ヴェルゼルはボソリと彼に呟く。

「惚けんなよ、お前だってあいつらと同じニンゲンだ。同族を無殘に殺されて腹が立たない訳がねェ」

「……」

「ムカつくだろ?  イラつくだろ?  それでいい、その衝をそのままオレにぶつけてみろ。のまま爭うのが一番パワーが出る。お前は仮にもSSランク、それなら後先考えず力を振るえば、SSSへと屆く足掛かりになるかもしれねェからな」

  挑発を繰り返すヴェルゼルだが、要するに彼は不完全燃焼なのだ。久々に力を発揮できるかと思えば、相手は箸にも棒にもかからないような只の雑用係。と闘爭を好む彼からしてみれば、この幕引きは余りに酷いものだった。

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  故に、彼らよりも格上と見たアンリを挑発する事で、この煮え切らないを払拭しようという算段だった。

「……ええ、確かに正直貴方のやり方は好ましくない。無駄に相手を嬲って、挑発を繰り返す。ヴィルヘルムとは大違い」

「へっ、ならーー」

「ーーでも、だとしても貴方とは戦わない」

  だが、アンリはヴェルゼルの挑発にもじず、毅然とした態度で反駁する。

「……確かに彼等は同じ人間だったけど、だからといって私たちを罠に嵌めようとしたのは事実。オマケに殺しに來たんだから、向こうだって殺されるっていうのは當然の事よ。共も同も、あまつさえ敵討ちなんてする気にもならないわ」

「オイオイ何言ってんだよ?  魔人がニンゲンを殺したんだぜ?  普通はそれだけで戦爭だろうが、何カッコつけてんだよ」

「格好なんて付けてないわよ。常識の間に、魔人も人間も関係無い」

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  ヴィルヘルムらと接している中、一つだけ彼が出せた答えがこれだった。

  自が道を見失った時、そっと手を差しべてくれたヴィルヘルム。小憎らしいが、子供然とした態度を取るミミ。狂信度合いにはほとほと困らせられるが、それでも何処か気に掛けてくれる斬鬼。

  その姿はそれまで伝え聞いていた、を爭うような邪悪な種族とはとても思えず、そういう意味で言えば寧ろかつての勇者がそれに當て嵌まっていた。

  その他にも中途で立ち寄ったヴィルヘルム領の都市、アガレスタ。あの地におけるヴィルヘルムの扱いは、正に理想の為政者と稱するのが最も正しかった。では暴力で圧政を敷いているのかと思えば、それも違うという。ともすれば自國の王でさえ、あれ程までに慕われてはいない。

  結局、種族で一括りにして考えることの馬鹿馬鹿しさを、事ここに至ってアンリは漸く學ぶことができたのだった。だが、それは固定観念に縛られていた彼にとって、それは大きな一歩でもあった。

「だったら良いぜ……嫌でも戦う理由を付けてやるよ!」

  だが、闘爭に飢えている今のヴェルゼルにその言葉は屆かない。中に流れる竜のが、彼の思考をより兇暴な方向へと駆り立てているのだから。

  に濡れた鉤爪が、今度はアンリに向かって振り上げられる。

(やられるーー!!)

  咄嗟にそう思ったアンリは、慌てて手を前に構えるが、先程の慘狀を見るにこれも効果が無い可能が高い。次に降りかかる痛みに耐える為、反的に目を瞑る。

  ーーだが、幸いにも彼の予測した未來にはならなかった。

  目の前で響く派手な金屬音。それからいつまでたっても訪れない衝激を不審に思い、アンリは恐る恐る目を開ける。

  するとそこには、太刀で鉤爪をけ止める斬鬼の姿があった。

「……ッ、流石にお戯れが過ぎるのでは?  此奴も仮とはいえヴィルヘルム様の臣下、ここで命を無斷で持っていかれるのは心しませんね」

「おいおい、オレを諌めようってか?  鬼化ヴァンピールも出來てないお前には荷が重いと思うがな?」

  ヴェルゼルの言葉通り、け止める太刀はその重さを支え切れていないのか微かに震え、斬鬼自もこれまでに見た事が無いほど苦悶の表を浮かべている。

  いくら天魔將軍に迫る実力があるとはいえ、それもあくまで迫・る・程度。真の実力も出せない狀態では、所詮彼達に圧倒される程のステータスでしかない。

「そも、この場においてヴェルゼル様のお眼鏡に葉うお方など一人しかおりません。お気付きでしょう?」

「……ああ?  なんだ、主君を売ろうってか?」

「いいえ。さすればしは頭を冷やして頂けるかと」

  暗にヴィルヘルムの方が強いと言い切った斬鬼。暫し睨み合いが続いた後、先にを上げたのはヴェルゼルの方だった。

「……チッ、興醒めだ」

  スキルを解除し、元の姿へと戻ると、彼は心底つまらなそうな表でその場に座り込む。

  一先ず命の危機は去った、とそっとをなで下ろすアンリ。そんな彼の橫で、斬鬼がボソリと一言。

「……貸しは高くつくぞ」

  ……どうやら面倒事は終わらないようだった。

  さて、そんな一悶著をし離れた場所から傍観していたのがヴィルヘルムとミミである。

(大空いちゃったけどどうすんだろこれ……迂回するしか無いのかなぁ)

  暢気な事を考えるヴィルヘルムと、その隣に立ってあちこちを見渡すミミ。先程まで橫で殺戮が行われていたとは到底思えない景である。

  だが、大した事も考えていないヴィルヘルムとは対照的に、ミミはかに思い悩んでいた。

(うう……一どうしたらヴィルヘルム様のお役に立てるのか……)

  それはあの日彼に臣下だと認められてからずっと考えていた悩み。あの時限りの契約の筈が、誰からも追い出されない為ずるずると著いてきてしまっていたが、それ故に自のステータスすら知らない自分が足手纏いになってしまう事だけは避けたかったのである。

  今回は足を引っ張りこそしなかったが、それでも魔法陣の反応を一切把握出來ていなかった。戦闘面でダメならばそれ以外で、と心で張り切っていた彼だったが、この一件ですっかり自信を失ってしまったのだ。

  自分には何が出來るのか。何をすれば貢獻出來るのか。そんな事を鬱々と考えながら、せめてもの仕事と自分なりに細かく辺りを見張る。

  だが、彼には知る由もない事だが、長い間スリだけで生計を立ててきたその実力は、ステータス以上のを彼にもたらしていた。的に言えばスリを行う際に培ってきた観察眼、そしてそれを気付かせずに行う隠。これらは爭いを至上とする魔人族にとって、なかなかに付ける事が出來ない技である。

  故に、魔人からすれば珍しいそういった技を惜しみなく発揮すれば、彼も十二分にヴィルヘルムへと貢獻する事が出來る筈であった。

「……?」

  そして、一度気を張って辺りを注視していれば、彼にとって細かな変化に気づくというのは容易い事だ。

  砂埃でやや煤けたが、それでも未だ健在の竜車。その付近で不自然な形で石ころが転がる。

  風こそ吹いているが、それでも石が転がるほど強い風量でもなく、そもそも風向きからしてあり得ない。では一何故?

  さらに注意深く見つめると、草が不自然な形で次々と歪んでいく様が彼の瞳に映る。

(ーーまさか!!)

「ヴィルヘルム様!  竜車に何者かが迫っています!!」

  ミミの言葉に全員が指差す方向を向く。

  そしてその言葉を聞いた瞬間ーーヴィルヘルムは一気に駆け出していた。

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