《ステータス、SSSじゃなきゃダメですか?》第二十五話
  走り出したヴィルヘルムはヴェルゼルを対象に《ジャイアント・キリング》を発。一気に上昇したステータスから、超強化をけた腳力が発揮される。
  蹴り出された地は大きく抉れ、次の瞬間には音速を超えた速度へ到達。世界が割れるのではないかと錯覚する程の轟音と共に、彼は一瞬で竜車の元、いやそれすらも勢い余って通過し、その先で反転しながら足で急制を掛ける。
當然、彼の通った後には轟風と衝撃波が吹き荒れ、全てをズタズタに切り裂いていく。地に生えた草はこそぎ刈り取られ、強固な筈の竜車の一部すらも抉り、そして範囲からは離れた筈のアンリ達の元にも、まともに目を開けていられない程の突風が吹き荒れる。
「ひょわぁっ!?」
「す、砂が凄いです……!」
(……ハッ、相変わらず苛烈な奴だぜ)
  ヴィルヘルムの戦闘に慣れていないアンリにミミは悲鳴を上げ、慌てて自の顔に手を翳す。地面は草原だったにもかかわらず、巻き上げられた砂嵐から視界を守る為だ。
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  そしてそんな視界が悪い中でも、彼の事をじっと見據えるヴェルゼル。竜人族特有の金の眼がギラリとり、最悪の視界の中でもしっかりと彼の姿を映し出していた。
  やがて突風が収まり、アンリとミミが目を開けられる位にまで回復した頃。砂嵐の奧からヴィルヘルムの姿が、太のに照らされる。
「ぐ、かはッ、何故……」
「……」
  その手でがっしりと、見知らぬの首筋を鷲摑みにしながら。
  片手だけで摑み上げられたは、極力まで隠れ忍ぶ為か非常に薄い裝をに纏っており、真っ黒な布切れで口元を覆っている。黒の男達と意匠自は似ている為、恐らく彼らと同じ所屬なのだろう。
  浮き上がった足をジタバタとさせるが、幾ら足掻こうとヴィルヘルムの圧倒的なステータスの前には抵抗にすらならない。摑んでいるだけでも相當に圧迫されているのか、その顔は徐々に赤くなり、十分に酸素が行き屆いていない事を如実に伝えている。
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「く、苦しッ……ゲホッ!?」
  だが、彼が至極苦しそうに咳き込む姿を他所に、ヴィルヘルムは橫目で背後の竜車を窺う。
  そう。彼が恐れたのは不審な人がいたことでは無い。誰であろうと竜車へと近づく者がいたということに恐怖したのである。
(あ、跡は殘ってないよな……うん、隠蔽出來てる……筈……)
  彼が胃の容……つまる所、はっきり言ってしまえば吐瀉を吐き捨てたのは、アンリ達から向かって竜車の反対側。誰の視線からも通らない筈の場所である。
  一応地面は土。そして足で彼方此方の土を引っ掛けた事もあって、姿形自はどうにか目立たない程度まで収めることが出來たが、それでも微かな臭いはどうしても殘ってしまう。ステータスの高さが嗅覚に関係あるとは限らないが、それでもヴェルゼルらは人間とは違ったスペックを持つ魔人。人外の嗅覚で発覚してしまうとも知れない。
  よって彼は必死で竜車に近づく人を監視していた訳だが、そんな所に明な不審者が近づいているとあれば焦らない筈がない。結果、慌てた彼は普段からは想像も付かない程の瞬発力を発揮し、これほどの暴挙に出たのである。
  辺りにバレた様子は無いと一息ついたところで、漸く手の中の存在を思い出す。既にの顔は真っ赤に染まり、唯一出している目は虛ろに裏返りかけている。最早白目を向いている狀態だ。
  まさか殺すつもりなど頭無かったヴィルヘルムは、力加減を間違えたかと慌てて手を離す。強力な軛から解放された彼は、そのまま重力に引かれて落下。酷く咳き込みながら、伏せった狀態で苦しげにく。
  やってしまったと思い、罪悪からの側にしゃがむヴィルヘルム。だが、その顔は相変わらずの無表。それに加えて先程まで自を縊り殺そうとしていた訳だから、からすれば何をされるか分かったものではない。
「い、あっ……」
  言葉にならない言語を口から発しながら、しでも必死に距離を取ろうとずるずると座り込んだまま後ずさりする。相手は他ならぬ天魔將軍が一人、どんな奇跡が起ころうと勝てる相手では無い。
  ヴィルヘルムの冷淡な目線が、彼の恐慌狀態をさらに過剰なとしていた。人を人とも思わないような、深い闇を湛えたその眼に、自然と呼吸が早くなる。
  ……最も、ヴィルヘルム自に  そんな意図は一切無いが。本人にしてみればただ相手のことを気遣っているだけである。
  しかし、仮にそれを解説したところで、首を締めてきた相手の文言を信じる程、彼も純樸では無いだろう。寧ろ何の裏があるのかと、より警戒を深めるだけである。
  そうしてずりずりと距離を取っていただが、そのきは背中に何かいものが當てられたことにより制止される。
  恐る恐ると背後を振り返ると、そこにはまさに悪化と表現するに相応しい表を浮かべた斬鬼が。
「何処へ逃げようとしている?  今更逃げ場などある筈が無いだろう」
「く、クソッ!!!!」
  だが、完全に追い詰められた事で、かえって覚悟が決まったのか。は最早隠という當初の目的すらかなぐり捨てて、びを上げながら斬鬼へと躍りかかる。
(フン、危機的狀況に迷ったか――)
  無防備なに向けて、白刃を振り抜く斬鬼。だが、意外なことにその一撃は質なにけ止められることで防がれる。
手甲によるけ流し。萬分の一の確率ではあったが、それでも奇跡は起きるものだ。偶然に翳した腕の上を、剣閃が通り過ぎていく。
そしてに訪れた、千載一遇の反撃の機會。だが、彼の思考は彼我の戦力差を正確に叩き出しており、味方も全滅したこの狀況では、どう足掻こうと敗北という結末以外にあり得ない。
故に、この場で最善の行を結論付けた彼は、靜かに奧歯を噛みしめた。
「……ご、ハッ」
「な、貴様まさか!?」
次の瞬間、口から激しくを吐き出す。
何のことは無い、萬が一に備えて奧歯に仕込んでおいた毒薬を、ここで服用しただけである。
暗部として決して雇用主や任務、そして目的の事を話す訳には行かない。しかし、この戦力差では捕虜となる結末は明白である。故に、報を明け渡すならと先に自の命を絶つ。
ざまぁみろと、ニヤリとした笑みを浮かべた彼は、そのまま地に倒れ伏し、草を赤く濡らしていく。彼の容を一通り調べると、斬鬼はゆっくり首を振った。
「……ダメですね、全のを一気に排出する特殊な魔法薬が使われている。私があの時一撃で意識を落とせていれば……申し訳ありませんヴィルヘルム様」
「ま、暗部としては正しい在り方かもしれねェが……どれにせよ気にらねェ結末だ。糞わりィ」
舌打ちをしながら死に寄ってきたヴェルゼルは、転がった小石を蹴り飛ばすことで不満をわにする。
結局襲撃の理由、指示した者、そして目的。そのどれも理解する事なく、一連の事件は者を失った魔法陣がその効果を失ったことで幕を閉じた。
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