《ステータス、SSSじゃなきゃダメですか?》第二十六話
  襲撃からおよそ二日ほど経った頃。ヴィルヘルム達は遙か広がる草原地帯を抜け、マギルス皇國領へと足を踏みれた。
  殘りの旅路も僅かではあるが、ここで強行軍で本國の首都へと急ぐ必要もないと彼らは野営をすることに決め、現在は焚き火の前でゆったりと暖を取っている頃である。
  ヴェルゼルによって酷使された地龍たちも、夜闇を流れる穏やかな空気に絆されたのかうつらうつらと舟を漕いでいる。バチリ、と焚き火から跳ねた火のが、煌々とした明るさを夜闇に溶かしていった。
「……ちょ、ちょっとくっつき過ぎじゃないのアンタ」
「ほへ?」
  夕食も取り終わった頃、やけにソワソワとしていたアンリが口を開く。彼にしてはどうにも歯切れ悪く、ハッキリとしない態度だが、それも目の前の景からしてみれば仕方のない事と言えた。
  彼の視線の先には、変わらず無表で胡座をかくヴィルヘルム。そして、そのの間にちょこんと鎮座しているミミの姿が。
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  アンリの指摘に対し、コテンと可らしく小首を傾げ、これまたあざとく謎の聲を出すミミ。実態を知らない者が見れば簡単に騙されそうだが、生憎とこの場にいるのは本を理解している者ばかり。彼のぶりっ子演技に騙されるのはいない……
(ちょ、ちょっとホントにくっつき過ぎじゃない?  いや?  べべ、別にだから何だとかそそそういうわけじゃないけどどどど)
  ……いや。約一名ほど、これ以上ないというほどに揺している奴はいた。言うまでもなく、ヴィルヘルムである。
  人とのコミュニケーションに慣れていない者が、子との接に慣れているはずがない。いくら相手が子とはいえ、の上に座られてしまえば揺してしまうのが貞としての哀しきである。
  嫌ならば降ろせばいいものを、揺のあまりカチンコチンに固まっているヴィルヘルムにはその選択が思い浮かばない。なんともけ無いだが、それを鉄面皮が完璧に覆い盡くしているのは彼にとって幸運な事だろう。
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「だからくっつき過ぎだって言ってるのよ!  ヴィルヘルムだって迷するでしょうが!」
「で、でも何も言われてませんし……それにヴィルヘルム様だっての子が嫌いな筈ありません」
(こ、この子はこの子は……おふっ、に頭をられると良い匂いが……)
  ミミとアンリが言い爭っている間、ヴィルヘルムの思考は最高に気持ち悪い領域に達していたが、勿論そんなことはおくびにも出さない。むしろ彼自その心象を溢れさせるものかと必死に顔を作っている為、普段以上に鉄面皮が加速する。
  さて、いくらミミに文句を言おうとも、あくまでヴィルヘルムがかなければアンリの要は通用しない。このパーティーにおいては、基本的に彼が最優先としていているということを、彼はいたく察している。
  翻って見ればかつての勇者パーティーも勇者が中心となっていていた。とはいえ、當時は勇者があれよこれよと指示してきたことに対し、このパーティーではその中心となる人が何も言わないという違いこそあるが。
  さて、そんな中で唯一影響力を持っていると思しき斬鬼。ヴィルヘルムの側近として……というより寧ろ姑の如き執念を持って普段から小言を呟いているのだが、今に限っては何故か何も言ってこない。不審に思ったアンリは彼に水を向ける。
「ちょっと、普段なら真っ先に目くじら立てそうなアンタが今日は隨分と大人しいじゃない」
「……ん、ああ……」
  ちらりとヴィルヘルムの顔を伺う斬鬼。
「ヴィルヘルム様に不平が無いのであれば、私も言うことはない。穏やかでいられる時間を邪魔するなど萬死に値するからな」
「?  アンタらしく無いわね。普段なら目を三角にして怒る場面なのに」
「貴様は私をなんだと思っている……」
  こめかみに手を當て、呆れたように首を振る斬鬼。
「今は細かいことに目くじらを立てている余裕は無い。私とて考えなければならない事は多々あるのだ」
「あ、細かい事に怒ってるっていう自覚はあったのね。考えなきゃいけない事って何よ?」
「……やかましい。ヴィルヘルム様もいらっしゃる以上、不用意に確定していない予測を口にする訳にはいかない」
「あー、ごめんごめんって!」
  図星をつかれたのか、不機嫌そうに顔を背ける斬鬼を、アンリは慌てて宥める。普段とは力関係が逆転した、非常に珍しい景だ。
  斬鬼は始め完全に顔を背け、アンリの事を無視する姿勢を固めていたが、やがて彼の揺さぶり(理)にを上げたのか、鬱陶しそうに手を払うと再度彼の方を向く。
「ええい、喧しいぞ。確証が無い以上下手な事は言えんと……」
「でも、それが起こる可能はあるんでしょ?  ならせめて私たちの間だけでも共有しておかないと、いざという時に備えられないんじゃ無い?」
  得意げにそう話すアンリに対し、苦み走った表を浮かべる斬鬼。なまじ図星を突かれている分、強く反論する事も出來ないのだろう。
  言い訳を探るように視線を巡らせると、やがて諦めたように深い溜息。言いくるめられた苛立ちは手元にあった棒切れを焚火に焚べる事で発散させる。
「……申し訳ありませんヴィルヘルム様。私の淺學な思考でひと時の寛ぎを妨げてしまう事、誠お許し願えませんでしょうか」
  改めて片膝を突くと、深くヴィルヘルムへと禮をする斬鬼。斷る理由も無い(というより予測も付いていない)為、彼は鷹揚に首を縦に降る。
「それでは失禮して……そもそも何故私達があの場で襲撃をけたのか、貴様は予想出來るか」
(こいつの変わりも、ここまで來るといっそ清々しいわね……)
  心でため息をつくも、それを指摘しては話が進まないと察している彼は何も言わない。
「そりゃ何故って……魔人族とマギルス皇國の會談が気にらない勢力がいるからじゃ無いの?」
「そんな事は百も承知だ。赤子でももうしを考えるぞ。要するに私が聞いているのは、どうしてあ・の・場・で襲撃をけたのかという事だ」
「む、ムカつく言い方ね……つまり襲撃をけた事自がおかしいって言いたいの?」
「その通り。このぐらい噛み砕いてやれば貴様にも伝わるか」
  一々逆鱗を逆でするような言葉を選んでいるのは、何もアンリへ敵意を抱いているからではない。至極単純に、彼の事を格下と見ている為だ。
  彼の種族は吸王。強大な力を誇るが、その難點として挙げられるのがナチュラルに他人を見下すという悪癖だ。実力至上主義の魔人族社會でも、それが嫌われ排斥の憂き目に遭ったというのだからその酷さが伝わるだろう。
  オマケにそれを統べる王だというのだから、他人を見下す傾向も一ひとしおである。最も、それに文句をつけて來る輩は、彼手ずから叩きのめして來たのだが。
  しかし、そんな彼に慣れるアンリもアンリである。人間故の環境適応能力の高さと言うべきか、それとも諦めの境地か。何れにしても怖くて何も言えなかったヴィルヘルムとは大違いである。
「件の書は魔王様が手ずからけ取った。そこから我らの手に至るまで、報が洩するような失態は一切犯していない筈だ。だというのに竜車の通過位置までれていたのは……それ以前の何処かに偵が紛れ込んでいたとしか考えられんな」
「そんな……」
「これが一つ目の可能」
  斬鬼はスラリと人差し指をばすと、続いて中指を同じように立てる。
「二つ目として考えられるのはーーそもそもこの會談自、マギルス皇國側が仕組んだ罠だという可能だ」
「そんな……ッ!?」
  告げられた第二の可能に、目を見開いていきり立つアンリ。何せ自の祖國が闇討ちを行うような卑怯な國だと言われたのだ、異を唱えたくなるのも無理はない。
「國同士の重要なやりとりで、そんな契約違反する筈ないじゃない!  そんなことしたら一発で國際社會からの爪弾き者よ!」
「フン、偵が見つかっていない以上、會談の事実を知っているのは我ら魔人族とマギルス皇國だけだ。この狀況ならそう考えるのが自然だろう?」
  ああ、それともーーと、斬鬼は口の端を歪める。
「もしかしたら貴様が偵かもな?  そうすれば全ての説明が付くだろう」
「ッーー」
  暴論とも言えるほどの言い掛かり。何よりアンリの側には常に斬鬼がいたのだから、この論理が通用しない事は彼自が一番分かっているだろう。
  だが、それでも彼のに染み込んだ悪癖が、アンリへの罵倒を止めようとしない。
  激昂したアンリが斬鬼の倉へと摑みかかる。あわや一瞬即発の事態に、さしものヴィルヘルムも止めようとき出す。
「うひ〜、こってり絞られたぜ……ん、なんだ喧嘩か?  いいぜ、そういう荒事はオレの大好だ!  やれやれー!」
  ……が、そこで何処から戻ってきたヴェルゼルの言葉で、一気に場の空気が白けたものになった。
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