《ステータス、SSSじゃなきゃダメですか?》第三十四話
「到著だ、我が従僕供よ。ここが我らの住居である……仮の、だがな」
  片目を覆いながら、くつくつと唸りとも取れない笑い聲を上げるイシュタム。瞳が妖しく輝いている様には中々雰囲気が出ているが、それを白晝街中でやっているというのがなんとも締まらない。
  彼が示した家は、なくとも以前の家と比べれば遙かに豪奢であった。一般的な平屋ではなく、珍しい二階建て。外壁や屋に傷は無く、新品同様と言えるほどしい。建てられてからもあまり年月が過ぎていないというのがはっきりと見てとれた。
「……って、新居に衝撃をけて流しちゃったけど誰が従僕よ。私はあんたの姉だし、ヴィルヘルムに至っては初対面じゃない」
「我は実力ある者を好む。そこに年齢や知己の違いは無い」
「その上から目線はどっから來てるのよ……悪いわねヴィルヘルム。妹の我儘に付き合わせちゃって」
  アンリの謝罪に鷹揚に手を振る事で、気にしていないという意思を伝えるヴィルヘルム。
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  実際の所、彼はイシュタムの態度に対して寧ろ好ましいとまでじていた。まともに自分に応対してくれる相手が數える程しかいない現狀を省みると、彼のようにある種ブレない態度で接してくれるのは貴重な験であったからだ。
  すわ第二の友人か、と既にアンリを第一の友人としてカウントしつつも、若干浮き足立った思考をするヴィルヘルム。イシュタムは言うまでもなく変人の部類にるが、殘念さで言えば彼もまた十二分に殘念であった。
「エレシュは?  あの子も一緒に引っ越したの?」
「ああ、相変わらずの本の蟲を貫き通している様だ。全く、我の祭儀場を日當たりが無いからという理由で書庫にするなどと……」
  ブツブツと不満を呟く様子を見ると、どうにも普段からそのエレシュというに対して不満が溜まっている様だ。
「まあとにかくるといい。こんな所で立ち話もなんだからな」
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  まさに勝手知ったるという風に振る舞うイシュタム。だが、余裕そうな表で手にかけた門扉、その鍵を開くのに若干手間取った所を見ると、やはり慣れきってはいないようだ。
  ちょっとした庭を抜け、高級あふれる扉を開くと、そこには簡素ながらも広々としたエントランスが広がっていた。
  多くの裝は木製だが、全てが艶のある黒檀で仕上がっており、一般の木材のような貧乏臭さは伺えない。良くある様な高級品のいやらしい輝きは無く、目にも優しい上品なしさとして仕上がっている。
  家や調度品はきっちりと合いが統一されているため、見た瞬間非常にスッキリとした印象をける事だろう。もしかしたら配置も計算されているのか、玄関から見た際に丁度シンメトリー(左右対稱)となるのがまた良い。
  そして極め付けは、壁面の燭臺にフワフワと浮かぶり輝く球だ。それを見た瞬間、アンリは隠す事なく驚きの聲を上げた。
「噓、あれ『源球ブライト』じゃない!?  ようやく研究が終わった位だから、まだかなりの高値の筈なんだけど!?」
「ああ、あれなら初めから付いていた。それ程までに珍しいか?」
「當たり前じゃない……あれ一個作るのにどんだけコスト掛かってると思ってるのよ」
  輝きの魔法を封じ込め、長期間輝く様に調整されたマジックアイテム。作するには魔法が使える人材と、さらにその魔法を封じ込める為の専用容が必要になり、相応のコストが必要となる為、現狀では金持ちの嗜好品としての意味合い以上のものを持たないとされている。
  アンリもかつて研究職に就いていた際、開発の様子を覗いたことがある。完すればかなりの収益が見込める商品として開発が進められていたが、上司からを叩かれているのか全員憔悴したような表で作業に取り組んでいたのが記憶に新しい。
  技が一般化されたという話も聞かない為、そんな代がとても裕福とは言えない自らの実家に備え付けられていたというのが、アンリにとっては衝撃的であった。
「この家に我らは一銭も払っていない。あれよあれよという間に手続きが進められ、気付けば前の家には家一つ無くなっていた……何か手掛かりの一つでもと、たまに戻ってもそれきりだ」
  口調こそ仰々しいが、そこに込められた言葉は全て本心からのものなのだろう。表からは若干の寂しさと虛しさが見て取れる。
  彼がヴィルヘルム達と鉢合わせしたのも、丁度彼が元実家へと顔見せに足を運んでいたタイミングとぶつかったからである。完全に偶然ではあったが、都合のいい偶然でもあった。
  ……イシュタムが屋に立っていた理由?  それは至極単純。本人に聞けば滔々と様々な理由を仰々しい言い方で連ねるだろうが、端的に言ってしまえば『カッコいいから』である。語中の、夜屋上を駆けるシーンに影響でもされたのだろう。
「じゃあこれを誰が用意したっての?  こんな邸宅、ちょっとやそっとの金額じゃとても手が屆かないわよ?」
「む、それはだな……」
  何を答えあぐねているのか、暫しの間瞑目して顎に手を當てるイシュタム。
  コツ、コツ、コツとゆっくりとした足音がホールに三度刻まれると、彼は靜かに口を開いた。
「……我が同胞に聞くといい」
「つまり分からないからエレシュに聞け、と」
  ジットリとした二対の視線を向けられるが、そう何度も引き下がるイシュタムではない。今度は余裕そうな笑みを崩さず、黒髪を掻き上げて見せる。
「フッ……その程度の雑事に手間を割ける程、我は暇ではないという事だ。そういった事は全て同胞が擔當している」
「噓おっしゃい。あんな変な事してる暇あるでしょうに」
「へ、変じゃないもん!  ……ンンッ、仮初とはいえ我も學び舎に通う。ある程度勉學に勵まなければ疑われてしまうだろう?」
「はいはい、つまり宿題があるって事ね。まあ、それなら良いんだけど」
  変と斷じられた事に思わず素が出てしまうイシュタム。やはり演技はあまり得意ではないのか、真っ白な頰にも朱が差している。
「それで、エレシュの部屋は何処なの?  折角だからあの子にも會っておきたいんだけど」
「奴の部屋は二階の右奧だが……今は仕事に出掛けている。鍵も掛かっているから勝手にる事も出來ないぞ。それとも待ってみるか?」
  期待の眼差しを向けられるアンリ。一瞬それも良いかと考えるが、背後に立っていたヴィルヘルム、そして自に課せられた任務について思い出し、その申し出を斷る。
「あーごめん、今日はそこまで時間が無いのよ。一先ず実家の様子が見れただけでしは満足したわ」
「む、そ、そうか……」
  目に見えて若干落ち込むイシュタムだが、こればかりはアンリにどうしようもない事だ。せめてもうし會話を続けようと、目を泳がせて話の種を探す。
  と、丁度背後にいたヴィルヘルムの事を思い出した。有るではないか、丁度いい話の種が。
「そ、そうだ!  まだ正式に紹介して無かったよね?  こちらはヴィルヘルム。無表であんまり喋らないけど、悪い奴じゃないから!」
  それまで気配を殺して立っていた彼の事を、アンリはずずいと前に押しやる。
(ちょっ!?  いきなり初対面の相手と話せって、幾ら何でもハードル高過ぎませんかアンリさん!?)
  混する心を他所に、彼はどうして良いか分からずその場に立ち盡くす。
  いきなり知らない相手を紹介されたイシュタムは目を見開いて驚きをわにするが、暫くするとジッと彼の顔を見つめはじめた。
「……なるほど、邪なる気配をじていたが、それはあくまで我と同じ仮の姿だったか。我すらも欺くその実力に敬意を評して、我が神名を授けるとしよう……その名もイシュタル・ヌアザ!  前世において神を僭稱し、しかし人のに墮とされた古の存在である!」
「(……相変わらず病気の方は治ってないみたいねー)」
  そして何を思ったのか、唐突に自己紹介を始めるイシュタム。誰が聞いても『何を言っているんだコイツ?』という風な容だが、それを聞いたヴィルヘルムは、今までの相手とは全く違った反応をした。
  何度も繰り返すが、彼には著しく対人関係が不足している。おまけに周囲が変人で固められている為、『まとも』なというが今一つ理解出來ないでいた。
  その為、彼の自己紹介に対して「そういうものか」と至極シンプルな思考でけ止めることが出來たのだ。幸いにして(不幸にして?)彼は天魔將軍が一柱。そういったオカルトな話には事欠かないのである。
「……なるほど、な」
「!!」
  理解した、という風に聲を返すヴィルヘルム。本人からすれば完全に理解したつもりなのだが、それは著しく間違っている。
  ここでまた彼とズレた解釈をしてしまったのが當のイシュタムだ。
  彼のこういった思春期的な言の裏には、當然元となる語の存在がある。最近市井で流行っている、冒険譚だ。そこに出てくる主人公のライバル的な存在に一目惚れして、こうした偉そうな言を取っている訳だが、問題はそこに出てくるそのライバルの相棒である。
  なんとその相棒、各種特徴がヴィルヘルムにそっくりなのだ。基本的には無口で無表、謎めいた言が多いが、その端々からライバルの事を思っている事が伺える。読者人気も高いキャラクターとして認知度も高い。
  そして、自の発言に一切怖じしていない點。この時點で彼がとんでもない聖人か、もしくは元ネタを知っているという二択しか、イシュタムの頭の中には無かった。
「(や、やった……!  私、初めて友達が出來そう……!!)」
  そう、イシュタムもまた、ヴィルヘルムと同じ悩みを共有する者だったのである。
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