《ステータス、SSSじゃなきゃダメですか?》第三十七話

「……それで?  話があるとは聞きましたが、こんな所に連れて來られるなんて思っても無かった……ありませんでしたが?」

  パーティーに多くの人員が出払っている為か、やけに人気のないバルコニーで、二人の男が向かい合っている。普通ならば何かいかがわしい事を想像できるシーンの筈だが、の方が明らかに不機嫌そうな顔をしている為、そういった気のある雰囲気になる事はないだろう。

  向かい合った男は困ったように頰を掻くと、場を持たせる為か手に持ったワイングラスを軽く呷あおる。赤いが、彼の口の中へとり込んでいった。

「……ぶどうジュースとは似ても似つかない味ですね。苦いし、酸っぱい。アルコールはまだ自分には早かったみたいだ」

「用がないなら戻らせてしいんだけど……ですけど?  あまり長話は好きではないので」

  ある程度は言葉を繕っているが、纏う雰囲気がそもそも目上の者に対するものではない。そこに込められた思いは苛立ちか、それとも不安か。

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  彼を見て一つ微笑むと、男はワイングラスを欄干の上に置く。

「そう焦らないで下さいよーー先・代・勇・者・様・。貴方も私に対して聞きたい事が々あるんじゃないですか?」

「っ!!」

  男ーーサカグチはアンリが一歩後ずさったのを見て、さらにその笑みを深める。

  アンリは思わず自らの元を探るが、直後にいつもの杖がっていないことに気付く。先ほどの著替えの際、自の服と共に置いて來てしまったのである。を守るものが何一つとして無いと自覚すると、途端に不安が彼を包む。

  対するサカグチは腰元に剣を攜えており、他にも魔的な防護が掛かっているであろう裝飾をにつけている。おまけに唯一優位に立てるはずの報アドバンテージさえも無くなり、アンリは一気に窮地へと立たされた。

  ヴィルヘルムや斬鬼からの支援はめない。とにかく彼が考えるべきは、この場をどうにか切り抜ける事。今更ながらに誰にも伝えず呼び出しに答えた事に後悔の念が浮かんでくる。

「そう、知ってるなら話は早いわ。アンタ、一何をするつもり?  何を企んでるの?」

「企んでるとは心外ですね。私はあくまでこの國に召喚された。勇者として職務を全うする迄です。そこに他意なんてあるはずも無い事は、同じ勇者として分かってもらえるのでは?」

「惚けんな!  私のママは國に連れ去られた。それも大した理由も無く!  これで何も企んでいないなんて言える!?」

  常に笑みを浮かべるサカグチだが、その笑顔がまたアンリにとって機嫌を逆でする要因でもあった。そのどこか見下すような視線をけ、思わず激昂しながら異議を唱える。

「そうお怒りになさらないで……仮にも『魔導の探求者』として名を馳せた方とは思えませんよ?  魔の道を極めるのであれば並大抵ならぬ天賦の才と努力、そして忍耐が必要になると伺います。それに熱くなられては、まともに話す事も出來ませんよ」

「へえ?  ならその魔導の一端、そのけてみる?  溜まった鬱憤を晴らせるほどの的になってくれればいいんだけど」

「おっと、これは怖い。ならば私も正直に話さざるを得ないですね……ならば良いでしょう。ええ、確かに貴方のお母上を捕らえるよう指示を出したのは私です」

「っ!!」

  バチリ、とアンリの右腕に雷が走る。あまりの怒りに、制かられ出した魔力を無意識に魔法として放出してしまったのだ。

  に染み付くほど幾度も繰り返した戦闘魔法、《ピアースボルト》。の速度で駆ける稲妻の槍が敵対者のを穿つ景を、彼は幾度となく見てきた。そして、それを幻視出來る程度には練しているつもりである。

  いつ解き放たれてもおかしくない狀態だが、そんな彼を前にしても一切サカグチは余裕を崩さない。余程己の実力に自信があるのか、それとも。

「……隨分と正直に吐いたわね。おでこっちは、今にも煮えたぎる怒りが発しそうだけど」

「ええ。確たる証拠も摑まれていない以上ここでしらばっくれる事は容易いですが、私もまだるっこしいのは好きじゃない。ここは一度、腹を割って話す必要があると思いましてね」

「話す?  弁明の間違いじゃなくて?」

  狀況だけ見れば、いつでも相手を攻撃できるアンリが有利に見える。どんな手を使おうとも、サカグチがこうとする前にそのを魔法が貫くだろう。

  だが、それだというのに。アンリの背筋には一筋の冷や汗が流れていた。

「そう強がらないで下さいよ。ここで私を殺したとして、その後どうなるか分からない貴方ではないでしょう?  それにーー貴方のお母上が今どうしているのか、気になるでしょう?」

「……くっ!!」

  そう、今のアンリは人質を盾にされている狀態。ここで彼を打ち倒した所で、居場所が摑めていない以上どうする事も出來ない。寧ろ、より狀況が悪くなることすらあり得る。

  故に、彼はこれ以上行を起こすことが出來ない。腕に纏った雷を懸命に抑えつけると、サカグチは満足気に頷く。

「結構。賢い人は好きですよ。そんな貴方には特別に、お母上と會わせてあげましょう」

「な、なんですって?」

  苛立ちから一転、アンリはひどく驚愕する。それもそのはず、連れ去った當人がそれを言うのだ。驚かない筈がない。

  言うなれば拐犯が、なんの見返りも無しに人質を返そうというもの。アンリからすれば願っても無い事だが、それをサカグチが言うという事が更に怪しさを増していた。

  裏がない筈が無い。だが、母親の安否も確認したい。虎らずんば虎子を得ずというが、果たして踏み込んだ後に自分は帰ってくる事が出來るのだろうか。と役割の間で、彼の気持ちは揺れいていた。

「何もそう警戒するものではありませんよ。ええ、すぐに會わせて差し上げます」

「一何を企んで……!?」

  と、次の瞬間。アンリの足から力が抜け、がくりと膝をつく。奇妙なまでのと倦怠を包み、力を込める事すらままならなくなってしまう。

(『魔力欠乏癥』……!?  そんな、いつの間に!)

「隨分と多大な魔力をお持ちのようですね。判斷力を鈍らせられればの字でしたが、まさかここまで酷くなるとは。折角用意した『吸魔の指』と『安息の指』でしたが、どうやらそう手間をかけるまでも無かったようです」

  雷を必死に形しようとするものの、れ出るのは靜電気ほどの微弱な電流のみ。人を貫くどころか、を傷付ける事すらままならない。

  段々と重くなる視界に必死に抗おうとするも、既に指先すらかせない狀況。魔力欠乏癥としては一番重い類の癥狀だと、頭の片隅に蓄えられた報が訴えかけてくる。

「安心してください。約束はきっちりとお守りしますよ……」

  失敗。暗くなる視界の最後に、その二文字がチラついていた。

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