《ステータス、SSSじゃなきゃダメですか?》第三十八話
「彼奴め、一どこに行った……?  既にパーティーすら終わっているぞ!」
  苛立ちを込めつつも、近くで未だ皿と向き合っているヴィルヘルムには聞こえない程度の小聲で斬鬼は呟く。既に挨拶回りも終わり、國王が閉幕の挨拶をしている場面。結局アンリとサカグチは一度として顔すら出さなかった。
「あの、流石に何かあったんじゃないでしょうか……幾ら何でもアンリ様が全部放り出して逃げるとは思えなくて」
「……その位私も理解している。癪ではあるが、奴が與えられた職務を放棄する程義理がない奴だとは思っていない。寧ろそうであればヴィルヘルム様の許から良く追い出せたものを……」
  いかに他人を見下す斬鬼といえども、事実を事実として認めぬ程愚かではない。故に、ここまでの異常事態となれば何らかの出來事が彼のに降りかかっているであろうという事は容易に予測できた。
  おまけに目的のサカグチもおらず、その両人とも勇者として関連があるとなれば、これを懸念せざるを得ない。最悪の場合、既に両者が接している事も想定しなければならないと斬鬼は自に叱咤する。
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「とにかく奴の所在を確認する必要がある。あの老いぼれの挨拶が終わった後のち、ミミは早急にこの王宮を探れ」
「は、はい!」
「危機に陥ったら私がどうにかしてやる。今回ばかりは多のリスクを背負ってでも捜索を優先しろ。私はヴィルヘルム様をお送りしてから……」
  と、ここで斬鬼は口を噤む。一何があったのかとミミは訝しげな顔をするが、その理由は次の瞬間に分かった。
「これはこれは、ヴィルヘルム様にそのお連れ様方。パーティーは楽しんでいただけましたかな?」
  先程まで挨拶に來ていた貴族。そのの一人が笑顔を浮かべながら斬鬼へと話しかけていたのである。
「なんだ貴様は。挨拶回りは既に終わった。大した用向きも無いなら散れ」
  人間に興味がない斬鬼にとって、挨拶の際に名乗られた名前など頭の片隅に止める価値もなかった為、既に忘卻の彼方へ捨て去られている。人が蟲の特徴を見抜けぬ様に、彼もまた『蟲』の特徴など気にも止めないのだ。
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  それでも斬鬼からすれば「応対してやってるだけマシ」なのだから始末に負えない。ヴィルヘルムの為に本人からすればこれでもらかい対応をしてやっているのである。
  これならば寧ろ無視していた方が評価は高くなるだろう。意識してこの扱いならば、る程確かに外は彼に向いていないといえる。
  だが、そんな口さがない言葉を聞いても、當の貴族はニコニコと笑みを浮かべるばかり。溫厚を通り抜けて、最早気味が悪い。
「おやおや、これは手厳しい。そのしい顔に顰め面は似合いませんよ?」
「……用が無いなら散れと言った。それとも、今ここで命を散らすのがおみか?  ならばさっさと言え。遠慮なく八つ裂きにしてやろう」
「ざ、斬鬼様落ち著いて……」
  歯の浮くような臺詞も、ヴィルヘルムから言われないのであればただの雑音。そして耳障りな雑音は、時として聞かされた者の神経を逆でするような苛立ちをじさせる事すらある。
  吸鬼としての筋力ならば、武が無くとも人のを裂く事は可能。やろうと思えば丁寧に三枚に下ろす事も難しくないだろう。
  だが、ここで暴れてしまえば元も子もない。ミミは必死に彼の袖を引き、どうにかこうにか押し留める。
  だが、そんなを知ってか知らずか。男は挑発するような笑みを浮かべたまま、さらに言葉を重ねる。
「ああ、そういえばお連れ様が一人見當たりませんね……。彼は一どちらに?  もしかして、先程ざわめいていたのはそちらの件で?」
「も、申し訳あひ・ませんがアインザック様もこの辺りで退いていただけませんでしょうか?  こちらにもしばかり事があるのです」
  張のあまり若干噛みながらも、場を宥めようとするミミ。場に満ちる斬鬼の殺気に怯えながらも、會場を煙で汚す訳にはいかないとなけなしの勇気を振り絞った結果である。
  ちなみにミミは生來の臆病故か、相手の名前、特徴、家格など初見で覚えられる報は全て覚えている。彼からすれば當たり前の事であるが、それが他者から見た際立派な才能足り得るという事には未だ気付いていない。
  だが、そんな仲裁も虛しく、男は特大の弾を落とそうとしていた。
「安心して下さい。彼ならばすぐに見つかる事でしょう。ここで大人しくお待ちになるのが宜しいかと」
「……貴様、一何を」
『それではここで、魔人族からの大使であるヴィルヘルム様に一言頂きたいと思います』
  不穏な空気をじ取った斬鬼が更に男へ詰め寄ろうとすると、唐突に魔法で拡聲された國王の聲が広間に響き渡る。
  來賓からの一言を最後に貰おうという発言。パーティーとしてはごく普通の事と言えるだろうが、そもそもそれはプログラムとして當初の予定から組み込まれているからこその事であって、今回のようにいきなり求められるものではない。
  當然、そんな話など微塵も聞いていなかった斬鬼は怒りの念をわにする。しかし、そこで明確に暴れ出さないだけ吸鬼としてはまだ溫厚だと言えるだろう。
  ここで主君に要らぬ働きをさせるなど、臣下としては三流も三流。代わりに役目を勤めようと、自が壇上に向かう。
「チッ、ヴィルヘルム様のお言葉を予定も無しに賜ろうなど、いくら渉相手とはいえ認められる訳が無いだろう。ここは私が……ヴィルヘルム様?」
  だが、そのきは當のヴィルヘルムに止められていた。
「……求められているのは、俺だ」
  余りにも靜かな一言。しかし、その一言だけで斬鬼を引き止めるには十二分だった。
  主人の意思が伴っているのであれば、彼が口を出す事など無い。斬鬼にとってヴィルヘルムとは、忠誠を超えたを捧ぐべき対象である為だ。
『間違った道を共に歩む』でも無く、『踏み外した道を正す』のでも無く。ただただ『主君の考えであるから正しい』という最早狂信にも似た考え。他の臣下と呼ばれる存在が生溫く思えてくる程の思考。
  だがーー斬鬼は未だ気付いていない。その考えは、理解とは最も遠いであるという事を。
(あ、あっぶねぇー!!  逃げるタイミング見失うトコだったぁー!!)
  ……ヴィルヘルムが一何から逃げたかったのか。それは未だうず高く積まれた皿の上の食材を見れば一目瞭然だろう。
  見れば分かる異常な程の量に、胃もたれするような食品の數々。やっと食べきったかと思えば、わんこそばの如く斬鬼から追加されるお代わりという名の山。フードファイターかと見紛うほどの量を必死に平らげるのは、幾ら料理が味だとしても只の苦行にり果てる。彼が逃げたいと思うのも自然な事だろう。
  ゆっくりと歩を進め、壇上へと向かうヴィルヘルム。貴族や國王など、全員がにこやかな笑顔を浮かべ、彼の事を見つめている。
  一挙一投足を監視されているような居心地の悪さをじながら、彼は壇上へ上がる。スピーチの容など一切考えていないが、取り敢えず挨拶から始めようと魔力拡聲をゆっくりと手にする。
  その、瞬間。
「っ!  ヴィルヘルム様!!」
  彼の足元から広がるように、青の魔法陣が出現した。
「これは……あの時の平原と同じ!?」
「ふっ……ざけるなァァァァァァァァァァァ!!!」
  斬鬼が発的に駆け出すも、魔法陣は既に止められない段階にまでっている。外からの干渉も、からの干渉もけ付けず、これを止めたいのであれば展開された地面ごと破壊しなければならない。
  だが、も飲まず刀も持たない今の彼に、それを行えるだけの力は備わっていなかった。その手は抵抗虛しく魔力障壁に弾かれ、ヴィルヘルムの元まで屆く事は無い。
  そしてーーが止む。
「あ、ああ…………」
  そこにヴィルヘルムの姿は無く、ただ伽藍堂となった舞臺があるだけ。衝撃で全て地面に落ちた華々しい飾り付けを握りしめ、斬鬼は呆然と佇む。
「さてーー私達の余興、楽しんでいただけたかな?」
  國王が、アメジストの瞳を妖しくらせながら嘲笑する。
  それに答える様に、斬鬼は手の中にあった紙の飾りをーーザクリと握・り・裂・い・た・。
  ポタリポタリと流れ落ちる。それは斬鬼の足元に溜まりを作ると、そこから赤・黒・い・刀・が・浮・き・上・が・っ・て・く・る・。
  その柄をしっかりと握り締めると、彼はーー吼えた。
「この…………下等生共がッッッッッッッッ!!!!!  楽に死ねると思うなァ!!!」
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