《ステータス、SSSじゃなきゃダメですか?》第四十一話

(……ここは?)

  まるで羊水を漂う様な、妙な浮遊と暗闇の中から、ヴィルヘルムは目を覚ます。

  自らが転移魔法に巻き込まれたであろう事は、これまでの経験から何となく分かっていた。だが、ここが何処であるのか。あのパーティー會場からどれだけ離れているのか。そればかりはとんと見當がつかない。

  ここにアンリか斬鬼か、はたまたミミがいたのであればしは変わったのかもしれないが、生憎と生活力に関してはほぼ皆無のヴィルヘルムには無理な話だ。

(何で俺こんな目に遭ってんの?  いや、まあ確かに向こうからしてみれば敵組織の幹部だし、都合良い時に罠にかけたいってのは分からなくもないけど……)

  ロクでもない事に巻き込まれるのは最早日常茶飯事、というか元より魔王軍の將軍という立場にいる事自彼にとっては理解出來ない事だらけなので、今更気にする程ではない。だが、それでも突然荒事に放り込まれるのは命に関わるので勘弁してしいもの。

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  幸いにして彼の命を狙おうとする者はここにいない様だが、それでも普段側にいる斬鬼がいないというのは若干心細い。とにもかくにも現狀を確認する為、ヴィルヘルムは辺りを見回した。

(見たじは城下の市街地、か?  夜だから人は全然いないけど、遠くにマギルス皇國の城が見える。俺の記憶違いじゃなければの話だが)

  數のない街燈が照らす中、何処の家も寢靜まっているのか燈りがついているのは數える程しかない。明かりを燈す燃料ともなれば薪か魔道しかないという事も手伝い、普通の庶民は夜には寢靜まるのが通例なのだ。

  とりあえず、城を目指して歩くしかない。斬鬼達ならば萬が一があろうと大丈夫だろうが、それでも心配なものは心配である。ヴィルヘルムはそう考え、遠くに聳え立つ城を眺めた。

「あ、あれ?  貴方は……ああいや、貴様は?」

  と、そんな彼に聲がかかる。急に聲を掛けられた事で張のあまり直しそうになるが、どうにか自然を裝い振り向くことができた。

「ふ、我が同胞として認められた事がそれ程喜ばしかったのか?  夜分に訪れるのはマナーがなっていないが、今の我は機嫌がいい。特に許そう」

「……ああ」

  彼に聲を掛けたのは、晝にも會ったイシュタムだった。一応仮にも知り合いではあった為、ヴィルヘルムは警戒を解く。

  そういえば、と前に立つ屋敷を見てみれば確かに晝に訪れた邸宅だ。夜闇で見辛くはあるが、窓から源球の明かりがれている。

  特に用があった訳ではないが、彼の勘違いを訂正するのも忍びない。ついでに言えば同胞とやらになった覚えもないが、それは言うだけ野暮というものだろう。目の前で得意気にポージングをするイシュタムを見ながら、そう考えた。

「明日の晝ならば我も時間を取ってやろう。貴様がんでいるであろう我が祭壇や経典の數々を見せてやる……ど、どうしてもというのであれば、今から見せる事もやぶさかではない、が……」

「……悪いが、これから城に向かう」

「む、そ、そうか。いや、それはそうだろうな!  我の右腕たる者が何の用もなく夜の中をフラつくなどあるはずが無いからな!  知っていた、ああ知っていたとも!」

  若干期待を込めた視線をチラチラと向けていたイシュタムだったが、その婉曲ないがヴィルヘルムに屆くはずも無く。結局彼は期待などしていなかったと自分に言い訳を重ねながら、恥ずかしさを誤魔化すようにパタパタと長大なローブを揺らす。相手をう事にやけに臆病なのが、ぼっちとしての悲しいである。

  だが、と。ようやく見つけた話が合う(と思われる)相手なのだ。話題をしでも見つけて會話を引き延ばそうと、イシュタムは言葉をさらに続ける。

「まあ、せいぜい気をつけるといい同胞よ。夜は既に我等の支配下に非ず、魑魅魍魎どもが跋扈する。特にこの都では、何か黒いが蠢いている気配がする……」

「……黒い?」

  さて、ある意味ここで奇跡と呼べるのは、普段イシュタムがこうして嘯いている話の容が、ほぼヴィルヘルム達の報と一致していた事だろう。

  裏で何者かが謀を働かせているというのはこれまでの報から確かな事であり、いかにヴィルヘルムがそういった事に関心が無かろうと、話し合いの場で耳にはってくる。

  ヴィルヘルムの頭にっていたのは不確かな報でしか無かったが、逆にその不確かさがイシュタムの言葉に信憑を持たせる要因ともなっていた。

「え?  う、うむ!  その通りだ!  だが恐れる事はない。我の同胞ならば奴らに遅れをとる事は無いだろう!」

  予想外のところに食いつかれた為に、若干しどろもどろになるイシュタム。だが、ある意味狙い通りと言えなくもない展開に慌てて言葉を繕う。

  だが、ヴィルヘルムは最早その言葉も聞いていなかった。一人思考の海に潛っていたからだ。

(……って事はその『黒い』ってのがこれまでの糸を引いてたって事なのか?  あのよく分からない勇者って奴もその一味?  いや、もしかしたらられてるとか。え、じゃあ今の狀況って……実はかなーり不味い?)

  どれだけ獰猛で狡猾な獣も、その四肢を捥がれ退路を潰され、おまけにきも取れなくなればどうしようも出來ない。なくとも、ヴィルヘルムは狩りをする上でその事実は重々把握していた。

  格上の相手を狩らねばならない時は、徹底的に罠に嵌めろ。両親から教わった數ない狩人の知恵だ。ただ、何もそれは狩りに限った話ではない。

  斬鬼がどれほど強力であろうと、事前にそれを対策し、罠を何重にも仕掛け、下準備を念にしておけば。さすれば……。

  頭に浮かぶ嫌な想像。所詮想像と言われてしまえほそれまでだが、どうにもその嫌な予がヴィルヘルムには拭えなかった。

  ……結果の話ではあるが、奇跡的に曲がりくねった思考の先で、結論と現実が漸く邂逅を果たしたのである。勘の悪い彼にとっては実に幸運な事だろう。

  ──ドオォォォォォォォォ!!!!

「っ!」

「ひ、ひょわぁっ!?」

  彼がその結論に行き著いた途端、夜の都に発音が鳴り響く。

  煌々と燃える炎が昏い夜空に照らし出すのは──王城。この國の本丸とも言える、白亜の大城だった。

「え?  噓、お城が……」

「……家に戻れ。今宵は危険だ」

「ふぇ!?  は、はい……」

  険しい目つきで城をひと睨みすると、ヴィルヘルムはバサリと背のマントを翻す。

  考えてみれば彼は未だにパーティー用の服裝であり、晴天の下で見ればしばかり『著られている』が否めない風貌だったが、そこは夜と妄想の魔力の出番。夢に憧憬を抱くイシュタムにとって、彼の後ろ姿はまるで語に描かれる英雄の様だった。

  ぼう、とその背に見惚れていたイシュタムだったが、ふと我に帰ると慌てて家に戻る。律儀に言いつけを守るその様からは、普段の演技は欠片も見當たらない。

(……って、これじゃまるで本當に裏組織が存在するみたいじゃない!?  へ?  私の日常って本當に非日常だったの?  ってことは、実は私も記憶が封じられてるだけで、本當に神の生まれ変わりだったりして……うへ、うへへへへ)

  ……こんな殘念な神がいて溜まるか、というツッコミは野暮なのだろう。なくとも、彼のだらけきった笑みを見ればそんな言葉は出まい。

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