《ステータス、SSSじゃなきゃダメですか?》第四十三話

  網に殘像が映る程の速度。その腳は大地を踏みしめる衝撃で、一瞬にして彼我の距離をめる。

「なっ!?」

  サカグチの表から一気に余裕が消える。驚きの中でも咄嗟に魔力障壁を展開出來たのは、不幸中の幸いと言うべきだろうか。

  障壁に叩きつけられる拳。何の変哲も無いその一撃は、しかし大きく罅を作る。

(ウソだろ!?  今俺が作れる中で最大の度があるんだぞ!!)

  二撃目は、無い。油斷していた所に放たれた背筋の凍るような一撃を見て、彼の焦りは更に深まる。

「っ、『パワー・ウィップ』!!」

  自の所持しているスキルの中から、咄嗟に出の早いものを選択する。空気を圧して鞭のようなものを生み出す、汎用の高いスキルだ。

  不可視の衝撃はヴィルヘルムの半に激しく衝突し、空気を割る轟音を立てながら彼を吹き飛ばさんとする。

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  ヒュゴッ、という背筋の凍るような音。常人ならば骨が砕け散ってもおかしく無い一撃だが、ヴィルヘルムは僅かによろめくだけ。たたらを踏みその場に留まると、続いてサカグチの事を睨み付ける。

「ヒッ……!?」

  思わず肺かられ出た空気が、甲高い音を立てて悲鳴となる。後方にステップして大きく距離を取ると、ヒビのった魔力障壁を修復した。

  その頰に刺す赤みはヴィルヘルムへの怒りか、あるいはけない自分への不甲斐なさか。苛立ちを込めて彼の事を見據えるが、どうにも子供の癇癪という印象が拭えない。

……ちなみにヴィルヘルム自は、特に睨んだつもりは無い。ただ舞い散る砂埃から目を守ろうとしただけだ。結果として、目つきの悪さが誤解を生んだだけである。

「(……あり得ない。ヴィルヘルム様の一撃を防げるほど、奴は強くは無かったはずだ)」

今の一瞬の攻防を見て、斬鬼は歯噛みする。これまで幾度も彼の戦いを目の當たりにしていた彼は、彼の力がこの程度のではないと確信していた為だ。あの程度の魔力障壁であれば、拳の一撃で々に砕け散っていてもおかしくは無い筈。むしろその方が自然ですらある。

それが為されないというのであれば、導き出される答えは一つ。全員が油斷していたあの瞬間、強制転移の魔法陣に何らかの細工を仕掛けられていた。斬鬼らもまんまとトラップに引っかかってしまったのだ。これしか考えられない。

つまりは自の油斷が招いてしまった窮地。増長するのが吸王としてのとはいえ、それを仕方ないと許容できるほどヴィルヘルムへの敬は淺くなかった。

だが、行不能になった今の彼に戦力としての価値は無い。下手に目立って人質となってしまえばヴィルヘルムの戦いにも影響が出るだろう。今にも何かに當たり散らしたくなる衝をグッと堪え、自らの主を靜かに見守る。

「(……お、このぐらいなら力加減が効くな)」

と、周囲の人が必死に思考を巡らせている中、當のヴィルヘルムは相も変わらず呑気な事を考えていた。

  そもそも、ヴィルヘルムは弱化した訳ではない。いや、普段の戦い方から見て、現在はある意味弱化していると言ってもおかしくは無いが、それは彼による意図的なであった。

  彼が『ジャイアント・キリング』を使った対象は、誰であろうあのイシュタムである。目の前にいるサカグチでは無く、正真正銘普通のであるアンリの妹。

  いくら相手と比較して能力を上昇させようと、その元となった能力が低ければ発的な力は出ない。故に、ヴィルヘルムのステータスは『國の中でも有數の強さ』程度に収まっているのである。

  別にスキルの使用に制限がある訳でも無し、であれば再度サカグチに対して使えばすぐ様有利に持ち込めるというのが道理だろう。

  だが、ヴィルヘルムにとってはそうでは無かった。寧ろこの狀況──加減が効くというこれまでに無い経験が、積極的にこの狀態で戦わせようとしていたのだ。

「(これならワンパンで終わらせる事もない……ひいては斬鬼に勘違いされる事もない!!  一石二鳥じゃひゃっほー!!)」

  実は普段からかに、相手をワンパンで瀕死に追いやってしまう事を気に病んでいたヴィルヘルム。

  どれだけ強い力を振るおうと、それを扱うが追いついてくるとは限らない。力に溺れる者がいれば、力に怯える者もまた存在する。どちらかと言えば彼は後者の方であり、故に『誤って殺してしまう』という事が起こり得ないこの狀況は、彼には喜びを持って迎えれられる事実であった。

  グイ、と口角が僅かに上がる。気兼ねなく力を出せる喜びが、鉄面皮から僅かにれ出ていた。だが、そんな彼のなどいざ知らず。その表け取り方は人により様々だ。

  例えば、それを向けられたサカグチ。戦闘中にも関わらず、笑顔は元々威嚇の為の表だったという無駄な知識が頭を過る。いや、意図的に思い出したとでも言うべきか。背筋を走る悪寒を無駄な思考で誤魔化そうとするも、本能的な恐怖を殺しきる事は出來ない。

  圧倒的優位に立っていた場面から、ヴィルヘルムが出てきただけでこうまで引きずり降ろされるとは、彼自も夢にも思っていなかっただろう。

  故に、彼は安易にこう考えてしまった。『ならば、切り札を切ってしまおう』と。

  確かに、強敵に対して出し惜しみをするのは愚か者のやる事だろう。切り札の応酬など所詮はフィクションの産に過ぎず、それが有効に働く場面などそう有りはしない。

  だが、僅かに窮地に追いやられた場面で使おうと判斷するその考え。そしてすぐに揺らぐその神。こうなった時點で、彼のは知れるというもの。強大な力を持つには、余りに過ぎた人間であった。

「……『フルメタル・シールド』!」

  更にスキルを発し、障壁を多重展開するサカグチ。守りにる理由が分からないヴィルヘルムはそれに疑問を覚えつつも、取り敢えずとばかりに一歩踏み込む。

  しかし、その位はサカグチ側も予測済み。彼のニヤリとした笑顔は、間にってきたアンリによって遮られた。

「っ!?」

  魔力障壁どころか、ガードの一切も無し。両腕を広げた無防備な狀態で割りこんだ彼に、さしものヴィルヘルムもたたらを踏む。

  なぜ彼が。そんな思考が頭によぎるが、それを深く考える暇はない。いくら彼が実力者とはいえ、今のヴィルヘルムの拳に耐えられる程強固ではないのだ。咄嗟に振り上げた拳を慌てて留め、彼をグイと押し退ける。

  だが、それでは遅い。押し退けた先にいたサカグチは既に手の平をヴィルヘルムに向け、スキル発前の燐を迸らせている。

  障壁は萬全。勢は不完全。あと一歩が──屆かない。

「……っ」

「俺の勝ちだ!!  『スナッチャー』!!」

  しくも禍々しい、白の閃。それはやがて広間を埋め盡くし──そして、確かにその使命を果たした。

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