《ステータス、SSSじゃなきゃダメですか?》第四十七話

  崩壊した皇國の城、その一角。いくつかの死が転がるその場所で、一つの人影が蠢く。

  砕けた大理石の破片を避け、時には崩しつつ、何かを探すようにゴソゴソとき回る。バラバラになった死には目もくれず、夜闇の中紛れるように行していた。

  一つの巨大な瓦礫をかした時、人影のきはピクリと止まる。まるで重さをじさせないきで瓦礫を橫に寄せると、人影は徐に座り込んだ。

「……」

  その視線の先にあるのは、一人の男。煤だらけになり、蒼白な顔をしたまま倒れ込んでいる。きは──無い。彼の死にを見て、影はそっと眉を顰める。

  しばしの沈黙。影はゆっくりき出すと、男の懐に手をばす。

「……ああ、久し振り」

  ピクリ、と影のきが止まる。

「……サカグチ様。生きておられたのですね」

「なんとか、ね。でもダメだ。さっきから頑張ってるけど、指の一本もかせやしない」

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  男──サカグチは、にこやかに影へと話しかけてみせる。だがその聲に力は無く、言葉の端々から弱々しさが読み取れる程衰弱している。

「前にもこんな事あったよな……俺がクラスメイトの謀に巻き込まれて、ズタボロにされて森へ放り出された時……。あの時は本當に死ぬかと思った。ハハッ、死にかけてる今の俺が言える事じゃ無いか」

「……無駄口は避けた方が宜しいかと。ります」

「まあいいじゃないか。どうせ俺はもう助からない。最期に話す相手が居るってだけ、無駄にはなりゃしないさ。それに──そっちの方が好都合だろう?」

「っ!!」

  息を呑む気配が伝わったのか、サカグチは力無く苦笑する。

「ああいや、別に責めてる訳じゃ無い。元々拾われた命だからな……あんな裏切りを一回経験してるから、そういった利用しようとする相手には敏だったんだ」

「……ならば、分かっていてこの様な道を?」

「まあね。でも後悔はしてない。俺の様な弱者がこの世界で生きるには、必死に虛勢を張って、襲われない様に見せかけの力を誇示するしか無かったんだ」

  ゆっくりと腕をかし、自らの懐を指差すサカグチ。その指先は覚束ないが、なくとも迷いは見えなかった。

「これ、取り出してくれないか?  どうなってるか自分じゃ見れないんだ」

「……ええ」

  砂埃とで汚れた元を、影は靜かに弄る。その手つきにはなるだけ相手を傷付けないようにしようという気遣いが見て取れた。

  するり、と取り出されたのは、一つの水晶球。鈍い輝きを放つそれには、一筋の罅が真っ直ぐにっている。

「辛うじて最後に『リバース』のスキルが発したみたいだけど……スキル・シールが壊れた狀況じゃ大した効果は無かったみたいだ。おかげでこのザマだよ」

  サカグチは本來、何のスキルも持たない無能であった。異界の地から勇者として強制的に召喚され、皇國の旗として利用される所を無能という理由だけで迫害され、そして殺されかける。

  その窮地を救ったのが、影の主が持ってきたスキル・シールであった。特定のスキルを封じ込め、誰にでも使用可能にするアイテム。この中に封じ込められていた『スナッチャー』を使って、サカグチは自らを追いやったクラスメイトに一人一人復讐。全員分のスキルを奪った後、この國全を乗っ取り、都合の良いように記憶を改変したのである。

  だが、その奪ったスキルの數々も、元を辿れば『スナッチャー』があってこその。スキル・シールがヴィルヘルムの一撃によって破壊され、その機能を為さなくなった時點で喰らったスキルは総じて使用不能になった。

  辛うじて発した起死回生のスキルも発は不完全であり、々が命を繋ぎ止める程度の力しか発揮できなかった。そして、その効果も今盡きようとしている。

「まさか、魔王軍の天魔將軍とやらがあんなに強いなんて……初見の時はオーラも雰囲気もじなかったから、完全に油斷してたよ。ああ、やっちまったなぁ」

「計畫にる前、ある程度は計畫してやったと思うが?」

「もうちょっと、もうちょっとだったのに……クソ、やっぱクソだよこんな世界」

  最早意識も朦朧としているのか、け答えもハッキリとしたものにはならない。どこか的の外れた答えをうわ言のように繰り返し始めるその様を見て、影は諦めたように首を振る。

「……は既に限界の様ですね。私の力ではこの傷を癒す事は出來ません。気の毒ではありますが……」

「なんでなんだろうなぁ……」

  ポツリ、とサカグチが靜かに呟く。

「なんでこんな目に合わなくちゃならないんだろうなぁ……ついこの間まで普通に學校に行って、普通に友達と話して、普通に家に帰って……何の変哲も無い暮らしをしてたのになぁ……。なぁ、俺が何をしたってんだ?  何か悪いことしたって言うのか? 何なんだよホントに、畜生……」

「……」

「オマケに飛ばされた異世界じゃロクな目に合わないし、摑みかけた夢も手から溢れて、終いにゃボロボロになって野垂れ死に……。ハハ、ホントに意味ねぇな俺の人生」

「……弱さは罪です。だからこそ、この世界では力を得なければなりません」

  ですが、と影は言葉を続ける。一つ一つ噛みしめるように。

「弱さが罪にはならない世界……なくとも、私はそれをしいと思います。話に聞いた、貴方がたの世界の様な」

「…………」

  サカグチはそれきり口を閉じると、一切の言葉を発さなくなる。最早話す事も辛いのか、既に呼吸も淺い。

  影は彼の様子から限界を悟ると、スキル・シールを持ったまま立ち上がる。

(……骸でなければ回収してあげたかったのですが……こうなってしまった以上、回収する事にもリスクがあります。殘念ですが……)

  だが、そんな影の背中に唐突に聲が掛かった。

「……せめて最期くらい、無駄死ににはさせないでくれよ」

  サカグチの靜かな、しかし悲痛な聲。最早屆いているかは分からないが、それでも影は振り向く。

「……ああ。私達の使命に掛けても、貴方の働きは無駄にはしないと誓おう」

◆◇◆

  マギルス皇國の王城を抜け、闇夜の中を影は進む。人目を偲ぶ様に隠れ進み、とある民家のると、その手の上に魔法陣を出現させる。

「……こちら皇國班。シールの回収には功。ですが、対象の確保には失敗致しました。ええ……」

  魔力通信。遠く離れた場所と信を行う技であり、理論だけは確立されているが、それは到底個人で行える方法では無い。それこそ魔王でも無ければ。

  だが、現に影はそれを功させ、何処かと通信を行えている。それは技量が魔王程ということを伝えているのか、あるいは。

「……分かっています。ええ、この程度で目的を見失いはしません。寧ろ一層、果たさねばならないという気持ちが強まりました」

  月の輝きが遍く世界に降り注ぐ。それは影すらも例外ではなく、フードの元を掻い潛り、僅かに影の顔が照らされる。

「──全ての魔人族に死を。それが私の変わらぬみです」

  その顔は、かつてマギルス皇國へと向かっていたヴィルヘルムらを襲い、そして目の前で自ら命を絶ったの暗殺者に良く似ていた。

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