《ステータス、SSSじゃなきゃダメですか?》第五十一話
「……ヴェルゼル様。その言葉の意味、お分かりになられていますか?」
斬鬼の口調は変わらず丁寧だが、その語気は荒々しい。先程までの軽い脅しではなく、既に刀の鯉口は切られている。最早下手な事を言ったなら、すぐにでも斬って捨てようという勢だった。
倉を摑まれたヴィルヘルムは、しかしじる事なくヴェルゼルを見據え続ける。
「當たり前だろ?  魔王に反旗を翻し、その座をオレのとする。魔人族として至極普通の事だ。そして、オレにはそうするだけの資格がある」
「力だけで統治する時代は終わったのです。現狀の混沌とした魔界を統べ、尚且つヒトの世界へ進出出來るような方が、初めて魔王として君臨出來る。力だけで決まるならば、今頃ヴィルヘルム様が魔王とり代わっている事でしょう」
「(いや、なれないよ?  何でそう思っちゃったの?  そんなこと出來るなら猟師なんてやってないよ?)」
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ヴィルヘルムの異論はさておき、実際スキルを発した彼であればまず正面から戦って負けはない。それこそ魔王ですらも、ステータスの暴力で圧倒する事が出來るだろう。
だが考えてもみてしい。もし彼が次なる魔王として君臨した場合を。まず手始めに外、政。國家として重要な屋臺骨が即座にボロボロになる。なにせ知識が無い以前に、コミュニケーションが出來ないのだ。指示を出す事すらままならないだろう。
恐らく部下には斬鬼がいる故、彼の働きで悲慘な事にはならないかもしれない。だがその場合事務仕事の全てを彼が一手に引きける事になる為、ヴィルヘルムが魔王である必要が全くと言って良いほど無くなる。
おまけに、誰も気付いていないが彼自そもそも人間だ。魔王になる打診があったとして、彼はそれを決してけることはないだろう。勿論権力への畏怖だとかそういうものではなく、ただの保である。
彼は強者であるが、王者たるに無い。斬鬼もそれを薄々じ取ってはいた。それでも彼に仕える続ける理由は……言わずとも明白だろう。
「へぇ?  隨分と主様びいきするじゃねぇか。そんならし試してみよう……ぜ!!」
──ゴッッッ!!!!
「なっ!?」
言うが早いか摑んだぐらをそのまま振り回し、ヴィルヘルムの事を投げ飛ばす。斬鬼が慌てて止めようとするも遅く、ヴィルヘルムは石壁へと叩き付けられる。
ヴェルゼルにとっては何気ない作だが、その勢いはヴィルヘルムという重石を持ってなお音速にも迫る。それだけの速度で叩き付けられたのであれば、當然人間も、そして壁の方も耐えられない。
勢いのままヴィルヘルムのは壁を貫き、大を開けながらも更に止まる事は無い。一つ、二つ、三つ。幾枚もの壁をクッションにしながら、土煙を上げて漸く止まった。
「オイオイ、ちょっと弛んでるんじゃねーか?  不意を突かれたからって吹っ飛び過ぎだろ。もうしれろよ」
ヒラヒラと手を振り、嘲るように言い放つヴェルゼル。何の抵抗もなかった事に心では疑問を抱えていたが、そんな事はおくびにも出さない。あくまで優位に立つため、表面上は余裕を保つ。
「……なんだ、誰も敵討ちにこねェのか? おいおい、意外と忠誠心ってやつも甘ェもんなんだなァ。主様がやられたって言うのに」
「……勘違いしないで頂きたいが、私が手を出さないのは忠誠心の欠如故では無い。ごく単純な理由だ」
「あ? ンだよそりゃ──」
ザリ、と砂を踏みしめる音がする。発生源は砂煙の向こう。
「……なるほど、そりゃ一発で終わる訳ねェよなァ!?」
先手必勝。人影に向けて思い切り拳を振るうが、その一撃は掌で容易くけ止められる。竜としての膂力を存分に生かし引き抜こうとするが、駄目。引き抜くどころか、ピクリともきはしない。萬力の如き竜の力が、まるで赤子の様だ。
ギリギリと締め付けられる拳。そしてヴェルゼルに向けられる鋭い視線。意外にも、ヴィルヘルムは珍しく怒っていたのである。
急に呼び出されたと思いきや、何故か倉を摑まれ、挙句の果てにぶん投げられる。咄嗟に《ジャイアント・キリング》を発していたから良かったものの、それが無ければ今頃は壁のシミの一つとなっていた事だろう。おまけに良く分からない事まで滔々と述べられ、最終的には魔王を裏切れだのなんだの。ここまで理由も無く意味不明な事をされれば、いかな善人だろうと怒りもする。
彼の鋭い視線に何を見たか、ヴェルゼルは背筋の奧から寒いものが湧き上がってくるのをじた。が、同時に歓喜も湧き上がる。滅多な事では見れぬ、この男の本気を目に出來るという事実に。
「グッ、オラァ!!」
振り払うように彼の拘束から逃れると、無防備に曝け出されている部分に狙いを定める。、腹、急所。まるでボクシングの打のように、次々と拳をぶつける。
だが、無為。圧倒的な力の前では、竜すらも障害たり得ない。ワン、ツー、ストレート。虛実えた拳も、一撃にダメージが無いのであれば意味がない。
不意を突いた全力のアッパー。顎に一撃を貰えば、どれだけ固い相手でも脳を揺らせるはず──だが、そんな彼の思いは容易く打ち砕かれる。
ペチン、という軽い音を立てて、彼の拳は再びヴィルヘルムの掌にけ止められた。今度の拘束は振り払えるような軽いものではなく、固定されたかのようにピクリともしない。
「クソ、放せコラ!」
「……し、反省しろ」
拳を摑んだまま、ヴィルヘルムは空いた左の拳を顔の橫で握りしめる。そしてゆっくりと引き絞ると、溜め込んだ力を一息に解放し──
『──死』
「(ッッッッッッ!!!!????)」
ブワリ、と猛烈なまでの風圧がヴェルゼルの髪を靡かせる。ヴィルヘルムの拳は、彼の眼前で止められていた。
死ぬかと思った、という言葉は時折軽い表現として使われることが多いだろう。だが、ことヴェルゼルが使うとなると、そのセリフは重大さを増す。彼が死ぬような思いというのであれば、それは死んでいてもおかしくなかったという事と同義だ。この一撃が當たっていれば、なくとも大怪我だけでは済まなかったのである。
本気を出していなかった、というのは言い訳にならない。先程自分が言ったように、油斷をしている方が悪いのだ。萬全の準備をせずに死んだのであれば、それは死んだ人が悪い。竜としての質故か、良くも悪くも野生に近い考えを持つのがヴェルゼルの特徴だった。
「……は、ハハハッ。參ったな……笑いが止まらねぇよ」
背後の壁は、ヴィルヘルムの拳圧に耐えきれなかったのかボロボロに崩壊している。そう、れてもいないのに、圧だけで。
「やっぱりテメェは強ェ。だが、だからこそ倒し甲斐がある。今は無理だが、また強くなって帰って來てやるよ」
「次があるとお思いですか? 魔王様はもとより、あまつさえヴィルヘルム様に手を出したというのに」
「ああ、悪いが嫌でも帰らせてもらうぜ」
次の瞬間、黒い靄が掛かったかと思うと、ヴェルゼルの橫に見たことも無い黒を纏った謎の人が立っていた。
「ヴェルゼル様。お時間です」
「お、出迎えご苦労さん。んじゃお前ら、次は魔王として會うことになるだろうが、それまで達者でな」
「クッ、逃がすか!!」
素早く斬鬼が切りつけるも、すでに二人は黒い靄となって掻き消えた後だった。殘された殘滓は真っ二つにされるも、そこに広がるのはぽっかりとと空いた大だけ。後味の悪さを殘し、暴風のようにヴェルゼルは去っていった。
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