《悪役令嬢は麗しの貴公子》10. 來たる嵐の知らせ

 2人目の攻略対象者であるクランと対面してから2日後、早速彼から手紙が屆いた。

 容としては、今日は楽しかったからまた遊ぼうな、的な當たり障りない単純なものであった。その為、私からも謝の手紙を送り、更にそれに返信が屆くということを何度か重ねた。

 ーーー余談ですが。ニコがクランから手紙が屆く度、嬉嬉として暖爐で燃やしている姿に姉あにとしての注ぎ方を間違えたと後悔したことはニコにはである。

 

 そんな手紙のやり取りを數週間続けていたある日のこと。今となっては習慣となりつつあるクランから屆いた手紙を読んでいると、ニコが忌々し気に眉を顰めて手紙を覗き込んできた。

 「またあの人から屆いたんですか」

 「うん、もうすぐ建國記念日でしょう?そこで私とニコがデビューする予定だと伝えたら、『先輩としてリードしてやる』って」

 「それはまた隨分と傲慢ないですね」

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 呆れたように手紙に視線を落としたニコを見つつ、私も手紙の容にクスクスと笑ってしまった。

 クランらしい、世辭や下心が全くない事が明白に分かる文面は彼の格をそのまま語っていた。

 クランは私と歳は1つしか違わないが、私と違って彼はを張って言える次期侯爵家の跡取り息子。その為、早いうちから人脈を築く目的もあり、8歳の時には既に社界デビューを果たしている。

 私達姉弟きょうだいもデビューに備えて準備に余念はないが、漠然とした不安があるのは事実。

 だから、初めて行く知らない場所に顔見知りがいるというのは心強かった。

 ニコも憎まれ口を言いつつ、なからず肩の荷は下りていることだろう。

 2人で仲良くクランからの手紙を見ていれば、茶葉のいい香りと共にマーサが現れ、お茶を私達の目の前にあるテーブルに音もなく置いた。

 それにいつものようにお禮を言おうとして顔を上げた、その時ーーーー

 「失禮致します、坊っちゃま方。旦那様より言付けを預かって參りました」

 

 執事長セリンが神妙な面持ちでやや急ぐように部屋へとってきた。

 いつもの穏やかな雰囲気とはかけ離れた彼の様子に何か重大な事があったのだと瞬時に察した。

 それはニコも同じようで、私とニコが佇まいを正し、執事長に向き直るのはほぼ同時だった。

 「何かあった?」

 「はい。先程、旦那様の所に前ルビリアン公爵様より書狀が屆きまして。近々こちらへ訪問される、と」

 執事長の眉間の皺が深くなる中、私とニコは揃って目を見開いた。

 前ルビリアン公爵と言えば、私にとっては実の、ニコにとっては義理の祖父母にあたり、私の母を神的に苦しめ死に追いやった張本人達だ。

 私は生まれてから1度も會ったことがなかった(恐らくお父様が意図的に會わせないようにしていた)が、何故今になって。

 

 何も言わない私達を前に、執事長は言葉を続けた。

 「既に王都へられたそうで、明日にでもこちらにお著きになるでしょう」

 なんだそれは。いくらなんでも唐突すぎやしないか。

 「それで…、父上は何と?」

 が乾いていくのをじながらそう問うと、執事長は両目を伏せた。

 「坊っちゃま方の初社界デビュタント前ではありますが、ロザリー坊っちゃまが正式な跡継ぎとなることをお伝えするそうです。また、前公爵夫妻様は観も兼ねて數日當家に宿泊なさるゆえ相がないように、と」

 

 観ってなんだ観って。暇か。

 そんなどうでもいいツッコミを心でしつつ、私は口をへの字に曲げた。それを執事長とそばで話を聞いていたマーサ、その場にいる使用人達も私の反応に共するような目を向けた。

 ーーーーーーー唯一、ニコを除いて。

 それもそのはず。

 執事長を含め、我が家に仕えている古參の使用人は前當主のことを私よりもよく知っている。悪い意味で。

 と言うのも、彼らから聞いた話によると祖父はお父様と同じく財務長をしていたのだが、厳格でとても疑り深く、寡黙で何を考えているか判らない人だという。

 また、祖母も見目は良いが自分を派手に著飾るのが好きで、貴族としてのプライドが高く常に他者を見下す格だったという。には特にあたりがキツかったとか。

 私が言うのもどうかと思うけど、そんな祖父母の元に生まれてよくお父様の格がひん曲がらなかったな…。

 私は改めてお父様を尊敬した。

 そんな訳で、前公爵夫妻を苦手としている使用人もいるのだ。かく言う私も実際會ったことは無いが、お母様の一件と使用人達からの話を聞いて既に彼らへの印象はどん底だった。

 そんな彼らが明日から我が家で數日過ごすという事実に、私は知らずため息をついていた。

 「兄上、前公爵夫妻様は一どのような方々なのですか?」

 いつの間にかどんよりとした空気になっていた中、今の狀況をイマイチ分かっていないニコが戸いがちに尋ねてきた。

 「私も直接會ったことはないから、正確なことは……」

 歯切れ悪く曖昧に微笑む私にニコは小首を傾げた。

 ニコは私のお母様が亡くなったことは知っていても、その元兇が祖父母であることは説明されていない。それに、私がお父様や使用人達から聞いた祖父母の格からいって、直系ではないニコの存在を彼らは好ましく思わないだろう。

 さて、なんと説明するべきか。

 ニコから疑問の目を向けられるも曖昧に微笑んで唸っている私に助け舟を出したのは執事長だった。

 「ニコラス坊っちゃま。前公爵夫妻様のことを知りたいのでしたら、旦那様にお聞きするのが確実かと」

 執事長からの助言に、ニコはチラリと私の様子を窺ってから頷いた。

 その日の夕方。

 王宮から帰ってきたお父様を出迎えて開口一番に祖父母のことを尋ねたニコに対し、お父様は盛大に頬を引き攣らせたのだった。

 そして、義理とはいえ自分の祖父母のことを聞かされたニコもまた、頬を引き攣らせて絶句したのだった。

 多分、ニコは我が家へ來る前のように蔑みと侮辱、そして嫌悪のこもった目で見られるだろう。私も振る舞い次第ではどうなるか分からない。

 明日からどのように振舞おうか考えて、ふと窓の外に視線を向ける。空は星一つなく暗闇に覆われ、怖いくらいに靜寂が満ちている。

 ーーーーーーー嵐の前の靜けさが、そこにはあった。

 本日もありがとうございました(´˘`*)

 次回もお楽しみに。

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