《悪役令嬢は麗しの貴公子》13. デビュタントの夜
 長い髪を切り捨て、貴公子の仮面を被ったあの日からあっという間に時間は過ぎた。
 男の子になる為、そして當主になる為にやらなくてはならないことがあまりにも多くて、無我夢中で今日という日を迎える。
 「二人とも、そんなに気負う必要はないよ。堂々としてなさい」
 王城へ向かう馬車の中、ソワソワしている私達にお父様は軽い調子で言う。
 誰のせいでこんなに張していると思っているのか。建國記念日である今日が近づくにつれて、社界の生々しいやり取りや実際にあった事件について散々教えてきた張本人のくせに。
 反的にムッとした顔になる。ニコも同じことを思ったのだろう、口を尖らせている。 
 「挨拶まわりは父上と一緒でいいんですよね?」
 初社界デビュタントした者、特に家を継ぐ嫡子は必ず國王陛下への謁見と貴族達への挨拶を優先してやらなければならないのがこの國の決まりだ。
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 どんなに高位の貴族でも、上下左右の関係を大切にしなければやっていけないのが貴族社會というものである。
 「あぁ。1番先に國王陛下へ謁見して、それから高位の貴族から順に挨拶していくからはぐれないように気をつけるんだよ」
 ニコと一緒にコクリと頷く。
 「そういえば父上、建國記念日ということは普段の夜會よりたくさんの貴族が登城するということですよね? 僕と兄上の他にも子どもは來るのでしょうか?」
 「そうだね。デビューしてる子達は皆來るだろうね」
 
 「そうですか…」
 ニコは不安に瞳を揺らして俯いてしまう。今ではマシになったとはいえ、やはりまだ自分の出生のことで不安に思うところがあるのだろう。
 私はお父様に一度目配せすると、そっとニコの手に自分の手を置いた。そしてその上にお父様の手が重なる。
 「大丈夫だよ、ニコ。何があっても君の兄は可い弟の味方だから」
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 「お前は公爵家の一員で私の大切な息子だ。を張っていなさい」
 大きく目を見開いたニコは、泣きそうな顔で笑った。その瞳に、もう不安のはない。
 決して強くはない彼の、けれど強くなろうと上を向くその背中を支えるために私も今一度覚悟を決める。
 もう後戻りは出來ない。欺く為の覚悟を。
 「到著致しました」
 
 外から者(我が家の執事)の聲がして、次いで馬車のドアが靜かに開く。
 行きましょう、と言った私の肩にお父様の手が置かれた。どうしたのかとお父様を見れば、複雑そうな表が私に向けられている。ニコが我が家へ來てからはほとんど見せなかった顔だ。
 當主として、父親として私が男の子になることをたくさん悩んでくれたんだろう。口にはしないけど、今もたくさん心配して細かい配慮をしてくれていることもちゃんと知ってる。
 
 「私なら大丈夫ですよ。なんたって父上の息子ですから」
 
 もう守られてばかりの私じゃない。肩に置かれた手を優しくとって、そのままエスコートしながら馬車を降りる。
 
 「それより、公爵家が遅刻するなんて冗談でも笑えません。早く行きましょう」
 お父様の手が震えていたことには気づかないフリをして微笑めば、お父様はありがとうと頭をでてくれた。
 大きな門を潛ると、そこに広がる城の景に圧倒される。おとぎ話の舞臺が目の前にあることに自然と浮き足立ってしまう。
 「兄上、見てください! 天井があんなに高いです! それにとても広い!」
 「うん、どこも凄く綺麗だ。後で探検にいってみようか」
 「行きたいです!」
 2人でイタズラっ子がするようにニヤリと笑い合えば、頭上からため息が降ってきた。
 「言ったそばからお前達は…」
 やれやれと肩を竦めて苦笑したお父様は、著いておいでと手招きする。
 私とニコは、もう一度お互いを見て笑いあってからお父様の元へと向かった。
 
 會場にって間もなく、國王陛下の口上と共に宴が始まった。
 會場は著飾った貴族がごった返していて、お父様とニコとはぐれないようにするので必死だった。
 はじめに國王陛下への謁見をしたが、何故か興味津々といった様子で頭から足までジロジロ見られた。
 なんか怖い。
 陛下の隣にいた王妃様は、そんな陛下に微笑んでいるだけで助け舟を出してくれなかったし、お父様からは何か黒いオーラが出ていたし…
 私は公爵家次期當主としての仮面が剝がれないように表筋に力をれた。
 1時間ほどして漸く一通り挨拶まわりが終わった頃には、私とニコの顔には疲れが滲んでいた。
 
 「お疲れ様、二人とも。し壁際で休んでくるといい」
 お父様は私とニコの頭を一度でると、再びルビリアン公爵家當主の仮面をり付けて群衆の中へと戻っていった。
 ちょうどが乾いていたので、給仕からグラスをけ取って壁際にを潛める。
 會場の中心では既にダンスが始まっており、演奏に合わせて複數の男のペアがれ替わりで踴っていた。
 グラスを傾けながらその様子を眺めていると、周りから無數の視線を浴びていることに気づく。隣にいるニコは、大層うんざりした表でため息をついた。
 「壁のシミにすらさせてもらえないんでしょうか」
 「今日ばかりは仕方ないさ。それより、クランが見當たらないけど來てないのか?」
 「さぁ? 興味無いですけどあの外見ですからすぐ見つかると思いますよ」
 相変わらず冷たい言い方をするが、クランを探すためかキョロキョロと辺りを見回している。
 私も會場に目を向けて、彼のシンボルである赤を探す。途中、近くにいたご令嬢方と目が合ってしまい、無視も良くないなと挨拶がわりに微笑めば顔ごと逸らされてしまった。
 …まぁ、突然知らない異に微笑まれたら驚くか。申し訳ないことをしたな。
 「...無自覚とは、恐ろしいものですね」
 「え、何が?」
 「そういうところですよ、兄上」
 意味がわからない。そう目で訴えれば盛大なため息で返されてしまった。
 なんなんだ、一。
 「おーおー、相変わらず仲がいいなぁ」
 背後から聞こえた呆れた聲に振り返ると、探していた人が人懐こい笑みを浮かべて立っていた。
 「やぁ、クラン。久しぶりだね」
 
 「だな。元気そうじゃねぇか。…………ニコラスも、元気そうだな」
 「あからさまに嫌な顔をしないでくれませんか? 海に突き落としたくなりますから」
 私には笑顔で握手するのにニコにはワザとらしく殘念そうな顔を向ける。ニコもまた、クランに黒い笑顔で毒を吐いた。
 「おいおい、ニコラス。社界であまり素は出さない方がいいぞー?」
 「人のこと言えないでしょう」
 「俺はいいんだよ。誰かさん達と違って注目されてねぇから」
 クランの臺詞に確かに、と苦笑した。
 これまで何一つ公開されなかった公爵家の次期當主と次期補佐が社界デビューした今、取りろうとする貴族は多いだろう。
 公爵家との繋がりは大きな後ろ盾を得た事と同義だ。下位の貴族が必死になるのも仕方がないと言える。
 「だからと言って見世になるつもりはありません」
 「ニコラスは手厳しいなぁ。今日くらい黙って見世になってやれよ。それも高位貴族の義務だぜ」
 クランの最もな意見にニコは不服そうに顔を歪めた。言い返さない辺り、納得したんだろう。
 「クランは踴らないの?」
 「ダンスは苦手なんだよ。ローズこそ、注目の的がいつまでも壁の花でいいのか?」
 
 「殘念だけど、手が塞がっていてね」
 
 そう言って、私はクランに手に持ったグラスを見せる。
 婚約者もいない次期當主の私としては、注目されている中で最初に誰にダンスをえばいいか迷っているのが本音だ。
 相手によっては勘違いされてしまう可能も充分ある。
 私の考えを察したのか肩を竦めて苦笑したクランから、『ならこのまま3人で近況報告でもしようぜ』とわれた。
 その時ーーーー
 ドンッ
 「きゃっ」
 「ゎっ」
 突然後ろから誰かにぶつかられてよろめくが、すぐに勢を立て直して振り返る。
 「……えっ、 ロザリー? 」
 鈴のような小さな呟き聲に思わずが強ばる。
 
 そこには、一番會いたくなかったこの世界の主人公ヒロインの姿があった。
 ☆ついにヒロイン登場! どうなるロザリー!?
 本日もありがとうございました(´˘`*)
 次回もお楽しみに。
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