《悪役令嬢は麗しの貴公子》*番外編 風にのせて祝福を

 

 薄い雲の隙間かららかいが降り注ぐ晝下がり。

 ルビリアン公爵家が所有している敷地の隅の方に野花の様にひっそりと、けれども凜々しく、十字架が彫られた小さな白い石造りの墓石が永久の沈黙を守っていた。

 「お久しぶりです、お母様」

 久々にそう呼んだ聲に応えてくれる者は當然この場にはいない。その代わりに、風がロザリーの銀糸の様な髪を悪戯に揺らして去っていく。

その場に屈んで、そっと石床に彫られている名前を指でなぞる。

 

 「挨拶に來るのが遅くなってごめんなさい。準備が忙しくて。.........明日、ロンバール學園へ向けて出立するんです」

 そう言って、靜かに手元にあった白いカーネーションの花束を置いた。

 「私は寮にる事になるので、あまりココへは來れません。來年は、義弟のニコも寮にるでしょう」

 ゆっくりと顔を上げて、彫られた十字架を見つめる。しかし十字架は何も言わず、ただこの場の刻を止めて佇んでいる。

 いつまで待とうと、何も言ってはくれない。それは解っている。それでも、ここへ來るとどうしてもあの時のお母様の言葉が蘇る。

 『お父様をお願いね、してるわ...』

 あの時、脳裏に焼き付いたお母様の苦しそうな笑顔はきっと一生忘れることが出來ないだろう。もしかしたら変えられたかもしれない、けれども変えることが出來なかった過去。

 今度こそ、変えることが出來るだろうか。自分の運命に抗うことが出來るだろうか。

 「お母様、私はーーー」

 不安に思う気持ちが聲になって溢れ出る。剎那、一層強い風が吹いて私は危うく後に転けそうになった。

 驚きつつ勢を整えて前を見ると、言わぬ十字架が変わらずこちらを靜観している。

 呆気に取られつつ空を見上げればいつの間にか分厚い雲は姿を消し、し眩しいくらいのが私を照らしていた。

 眩しさに目を細め、再び十字架に向き直る。

 自分以外、誰もここにはいない。故に、誰も何も言葉を発してはいない。理解はしていたが、何故かお母様の聲が聞こえた気がした。

  ーーーしっかりなさい、と叱咤されたような、そんな気がした。

 嗚呼、そうだった。今更何を迷うことがあるだろう。決めたじゃないか、あの時に。

 貴公子の仮面を被ったあの日から覚悟はとうにしていた。

 「兄上ーーー!」

 

 遠くでニコの聲が聞こえる。きっと私を探してくれているんだろう。

 そろそろ行かなくては、とゆっくり立ち上がる。

 「行ってきます、母上」

 力強く微笑んだその姿には、もうあの頃の公爵令嬢の面影はなく、完璧な貴公子のソレへと変わっていた。

心の中でまた來ます、と語りかけてから可い弟の元へ戻るべく墓石へ背を向けて歩き出す。そして、私が再び後ろを振り返ることはなかった。

 そのせいだろうか。

 私の後ろ姿を手を振って見送るように、供えた白いカーネーションの花束が風に揺れていたことには気づかなかった。

 ※注意書き

 白いカーネーションの花言葉は、『あなたへのは生きている』だそうです。

 なんとなく母親のお墓參りを書いてみたくなったのですが、結局ロザリーが1人で喋って終わるだけでした( ̄▽ ̄;)

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