《悪役令嬢は麗しの貴公子》58. 王冠をする

 後宮區畫にある溫室にて。

 「ミルクやお砂糖は?」

 手れの行き屆いた花々と芳しい紅茶の香りがり混ざる中、小さながふわりと微笑んだ。

 「結構です。お気遣い痛みります、王殿下」

 そう言ってカップをソーサーの上に戻すのと、王殿下と呼んだが手に持つカップに角砂糖をれたのはほぼ同時だった。

 

 ……

 あの後、私は見ず知らずの青年に拐されてガラス張りの溫室に連れてこられた。

 真夜中だと言うのに、何故かそこには第一王であるエリザベスが従者の一人も付けず、夜著にカーディガンを羽織ったラフな格好で待ち構えていたのだ。

 青年は私から手を離すと、次の瞬間にはエリザベスの後ろに立っていた。そのまま彼の護衛に徹するつもりらしい。

 何が何だか分かっていない私は、エリザベスに促されるままに溫室に設置されているソファに腰掛けた。

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 そして、混している私の前にティーカップが靜かに置かれる。

 手ずから紅茶を淹れ、向かいに座ったエリザベスは毒味の意味も込めて直ぐに私に用意したものと同じカップへと口付けた。

 「西方産の茶葉を使ったものよ。どうぞ召し上がって?」

 

 こちらの気を知ってか知らずか、王は品の良い微笑を浮かべて紅茶を勧めてきた。

 引きつった笑顔のままお禮を言って一口ふくむと、し渋みのきいた味が口に広がった。

 「味しいでしょう?」

 「とても。茶菓子と相が良さそうですね」

 私の回答に満足したらしいエリザベスは、嬉しそうに瞳を細めて手に持ったカップをテーブルに置いた。

 次いで王は、私に深々と頭を下げる。ぎょっと目をむく私を余所にエリザベスは言葉を紡いだ。

 「いきなりの事で驚いたでしょう。こちらの対応はそれだけ非禮なものでした。話をする前にまず、その事についてお詫びするわ。本當にごめんなさい」

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 「頭をお上げください殿下。王族の命に従うのは、王國民として當然のことでございます」

 口では模範解答を言いつつ、心ではラッキーだと口端を上げた。

 いくら王族とはいえ、ルールを無視していい権限なんてない。

 むしろ手本となるべき立場にいながらルール破りをしたのだ。その相手が己より分の低い者であったとしても謝罪するのは當然の行いと言える。

 故に、王の行いは正しい。

 あとは私がこの件について言及しなければ平和的解決となる…、が。

 「では、今回のことは」

 「ーーーただ」

 「……ただ?」

 エリザベスは一度表を緩めたが、再び口を開いた私に僅かに眉をひそめた。

 「ただ、殿下が仰ったように私達が今こうして一緒にいることを知る者がどれだけいるか私には見當もつきません。ですので、この場で起きた全ては殿下の責とさせて頂きたいのです。それをもって、殿下からの謝罪をれましょう」

 こちらは脅され、拐されただ。

 いくら自分より年下のが相手とはいえ、彼もまた王族の一人。謝罪してきたということは、己に非があることをきちんと理解している証拠だ。

 だとすれば、これくらいの要求はして然るべきだろう。

 「ふふ、流石はルビリアン公爵家。

 ーーーいいわ。今宵、この場の全ては私がけ持ちましょう」

 

 「差し出がましいお願いを聞いて下さり、ありがとうございます」

 再び頭を下げれば、エリザベスは微笑を浮かべて首を振った。

 「いいのよ。それに、そういう貴方だからこそ、私は貴方をここに呼んだんだもの」

 

 引っかかりのある言い方に首を傾げる。

 王は私の何を知っているのだろうか。

 「殿下。此度は何故、私をここに呼んだのでしょうか」

 意を決して聞くと、エリザベスは待ってましたとばかりに足を組んでパチン、と指を鳴らした。

 剎那、王の背後にいた青年が目にも止まらぬ速さでき出す。

 「いっ…な、何を!?」

 気づけば、瞬きをした間に私は青年に後ろから拘束されていた。

 どういうことか、とエリザベスに目で訴えかけるが王は微笑を崩さない。

 「…今度はなんの真似ですか、殿下」

 「重ね重ねごめんなさいね。こうでもしないと貴方、逃げそうだったから」

 舌のも乾かぬに、エリザベスは悪びれもせずコロコロと楽しそうに笑う。

 睨むようにエリザベスを見上げれば、王もまた私を見つめ返して黒い笑みを浮かべた。

 「ねぇロザリー様。私、夢があるの」

 「……夢?」

 「私ね、王様になりたいの」

 『王様』とはつまり、彼王になりたいということだろうか。

 驚く私にエリザベスは笑みを更に深める。

 「貴方は兄様と親しいんでしょう? なら、あの人が王に相応しくないことくらい気づいているんじゃなくって?」

 「それは國王陛下がお決めになることで私が判斷することでは…」

 「私が貴方に求めているのはそんなつまらない建前なんかじゃないの」

 私の言葉を遮ったエリザベスは、テーブルの向こうから顔だけをグッと近づけてくる。

 國王やアルバートと同じ深海の瞳は、彼らと違って冷たいを宿していた。

 「疑問に思ったことはない? どうして生まれた順番や別で王位継承者が決まるのか」

 

 「…王侯貴族間での無駄な爭いを避ける為かと」

 「何故、避ける必要があるの?」

 「は? 」 

 キョトンと目を瞬かせるエリザベスに私も目を丸くする。

 「どうしてそんな顔をするの? 無能が王になったせいで傾國するよりずっとマシではなくって?」

 このは何を言っているのだろうか。

 驚きすぎて言葉を失う。

 王は固まる私の頬に手を添えてクスクスと可笑しそうに嗤った。

 「そうしていると本當に人形みたいね。貴方が実はの子なんじゃないかっていう馬鹿げた噂が出るのも納得だわ」

 真っ直ぐに向けられた視線にぶわりと鳥が立つ。

 私はそれを誤魔化すように首を降ってエリザベスの手を振り払った。

 「殿下は、王になる為に私に協力しろとでも仰るつもりですか」

 「そうよ」

 

 協力というより、これは最早利用する為の脅迫に近い気がするが。

 真顔で頷いたエリザベスの心を読み取ることは出來ない。

 「何故そこまで王にこだわるのですか?」

 

 「兄様アレに國を任せられないと判斷したからよ」

 なんの戸いもなく、王は実の兄であるアルバートをそう切り捨てた。

 私を見つめる深海の瞳に迷いや後悔のはない。

 「民の稅によって何不自由なく生きる代わりにその生涯を民に捧げる。それが、本來の王族の在り方よ。でも、今の兄様はどうかしら?」

 婚約者を決める訳でも國政に攜わっている訳でもない。ただしだけ周りより才を持っているだけのお坊ちゃまで、次期王としての自覚も國民の命を背負う覚悟もない肩書きだけの王子様。

 それはアルバートへの卑下でも批難でもなく、紛れもないただの事実。

 

 「一、どっちが『溫室育ち』なのかしらね…」

 

 皮げに、深窓の姫と噂される王を歪めて呟いた。

 皆が口々に言うエリザベス第一王は、大切にされながらなんの苦労もせず育てられた理想のお姫様だった。

 しかし、目の前のはどうだろうか。

 悠々と生きてきたお姫様にはこんな表きっと出來ない。

 「ねぇロザリー様、貴方は王都の外に出たことはある?」

 ポツリと呟かれたエリザベスの問いに一拍遅れて返事を返す。

 「勿論。これでも公爵家の跡取りなので々と勉強しに」

 

 「そう。では、ボヌス領へは?」

 「ボヌス領、ですか……」

 突然振られた質問に頬が引き攣る。

 ボヌス領は通稱『スラム領』と呼ばれている、貴族はおろか平民でさえ目を背けている王國の汚點。

 「実際に行ったことはありませんが、知識としてなら知っています。

 先王時代に起きた戦爭の跡地で、王都から一番離れていたこともあり戦後の復舊が遅れ続け、見放された地となった所ですよね」

 その見放された地に行き場のない者達が集まってスラム街のようになった。

 しかし何故、今そんな話を…と目で訴える私に気付いてか、王は目を伏せて靜かに話し始めた。

 「…7歳の時よ、ボヌス領のことを知ったのは。

 家庭教師からけた歴史の授業でその名が出てきたけど、何故か彼らは皆ボヌス領の詳細を話したがらなかった。どうしてか知りたくて、一度だけ城を抜け出して見に行ったことがあるの」

 「殿下が!? まさか、お一人で…!」

 「まさか。さすがに影達にはついてきてもらったわ」

 焦る私に苦笑した王は、傍に控えている私を拐した青年を指してそう言った。

 『影』とは、その名の通り影ながら王族を守り敵を排除するスペシャリスト集団である。

 エリザベスの発言に安堵したが、それでも治安の悪い場所に一國のい王が自ら出向くなど危険でしかない。

 そんな私の心を察してか、王は自嘲気味を微笑んだ。

 「危険だってことは承知の上だった。それでもこの目で見ておくべきだと思ったの。

 誰もが目を逸らし、忘れ去ろうとしている過去のを。

 だって、私はリリークラント王國第一王エリザベスだもの」

 真っ直ぐに私を見つめるの顔は、お姫様ではなく第一王としてこの國の未來を見據えたものだった。

 長いので一度區切ります。

 中途半端ですみません。

 本日もありがとうございました(´˘`*)

 次回もお楽しみに。

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