とある開拓村からある噂が広まった。

魔が跳梁跋扈する魔の森にはある男が住んでいる、と。

人間が支配しているある王國では、先祖代々からの悲願があった。この世界のいたる場所に棲んでいる魔たち。その魔が生息する場所においても殊更危険な魔の森、それを支配下に置くことだ。

群れを作らないものの個での戦闘能力と個數が凄まじいキラーウルフ、巨大な群れを作り獲をなぶり殺しにするキラーエイプ、闇から闇へき回り暗殺者の如く殺しまわるキラーバット。そしてそれらを支配するこの世で最強と言っても過言ではない魔、ドラゴン。

そのような危険な魔が生息する魔の森は、常にこの世界のあらゆる生たちを脅威に曬してきたが、同時に恵みも與えてきた。

生存競爭に敗れた魔は極稀に魔の森から外へと出向き、近場にいる生に甚大な被害を與える。だがその個を倒すことが出來れば被害を優に超える利益が齎されることとなる。

萬病に効く薬の材料、強靭なになれる薬の材料、英雄が使うに相応しい武の素材、そのようなが手にるのならば村の一つや二つが消えてしまっても問題が無いと王族らが考える程にはその利益は巨大であったため、多くの開拓村が森のすぐそばに作られ、そしてそのほとんどが消えていった。

當然、それらの素材を手にれることは巨萬の富を得ることに等しく、一獲千金を夢見る冒険者達は無謀にも魔の森へと魔を狩りに行くのであった。

魔の森にいる魔はそのどれもがまともに戦えば死を覚悟すべき危険な魔であり、仮にそれらを狩るとすれば念りな罠ととびきりの幸運が必要となる。

それでも死地へと向かう冒険者が後を絶たないのは、富だけならず、素材を國へ獻上すれば騎士の地位が約束され、その勇気と知恵が稱えられ、英雄への一歩を踏み出せるからでもあった。

そして國が何としてもこの森を支配し、それらの素材を湯水の如く使いたいと考えるのも當然であった。また、魔の森はあまりにも広大で、あらゆる國の國境と接していることもその一因である。

もし魔の森を支配することが出來れば、希な素材が山の如く手にり、そして魔の森を通り他の國を奇襲することが容易となるのだ。

即ち魔の森を支配することは世界を支配することに等しく、王國のみならず、この世界にある全ての國の悲願であると言っても差し支えなかったのだ。

そしてそんな王國のある開拓村では最近妙なこととなっている。

ベテランの冒険者は開拓村には訪れず、別の場所で他の仕事を行うことがほとんどだ。夢から醒め、そこそこの生活が出來ればよいとある種の妥協をした彼らからすれば魔の森へと向かうことなど無謀以外の何でもない。

そして夢を見て冒険者となった若者達や、夢を捨てきれなかったベテランの冒険者は『自分こそは』と開拓村を訪れ、そしてその命を捨てていった。

だが、最近は妙なことに冒険者たちがその命を長らえることが多くなったのだ。

無論それまでも魔の森から無事帰還出來た冒険者たちはそれなりにいた。曰く、幸か不幸か魔と出くわさなかった。曰く、幸運にも魔から逃げ出すことが出來た。曰く、直前になって恐ろしくなり引き返してきた。

そしてそれらに混じって次のような証言が最近では聞かれるようになったのだ。曰く、ある男に助けられた、と。

不幸にも魔と出くわしてしまいその命を散らそうとしたその時、自分と魔の間にある一人の男が現れて『俺が足止めしている間に逃げろ』と告げたのだという。

恐怖でかぬ足に活をれ、這う這うのでその場から逃げ出した彼らにその男の姿を覚える余裕などない。故に、その男は山のような巨であった、その男は驚くほどに小柄であった、その男は今にも死にそうな老人であった、その男は我が子ほどの歳であった、等々様々な証言が飛びっていた。

しかし彼らはその男に命を助けられたと口を揃えており、そのような存在が森にいることはほとんど確証が持たれていた。そしてそれに尾ひれがつき、森には男が住んでいると噂されることとなったのだ。

その噂を確かめるべく、とある冒険者たちがその村を訪れた。