デイビスは店主に言われるがままライオルとジルを叩き起こし、三人で顔を突き合わせて朝食をとっていた。店主が言った通りパンもスープもそれなり程度の味だったがやたらと量が多く、どうやって採算を取っているのか不思議に思わざるを得ない。とはいえこちらはただの客であり、店の経営を心配する側ではない。三人はありがたくその恩恵にあずかって腹を満たすのであった。

「それで、デビーはその男と噂が関係あると思ってるのか？」

嫌味とかではなく、ただ単に気になったライオルがデイビスにそう尋ねた。デイビスは朝食を食べながら店主から聞いた話を二人に聞かせたが、正直デイビス自はその男が噂の男とは思えなかった。

「いや、多良い裝備をしていただけで生き延びられる程魔の森は甘くねぇはずだ。店主には悪いがその男はとっくに死んでるだろ」

首を橫に振りつつ、店主に聞かれないようにデイビスはやや小聲がちにそう答えた。話を聞く限り、その男は腕っぷしが強いようには思えない。腕が立ち、自分達よりも良い裝備をした冒険者でさえ命を落とす魔の森で、そんな男が生き延びられる道理が無いのだ。

「わかんねぇぞ？　案外のらりくらりと生き延びて、今やってるのはおやっさんへの恩返しって事があるかもしれねえじゃねえか」

そんなデイビスの言葉にジルは異議を唱える。まさか、とは思うがその男が死んだのを誰かが確認したのでもない以上、それを完全に否定する言葉は出てこなかった。的な反論が出來ず押し黙るデイビスに、ジルは更に言葉を続けた。

「第一、その男は碌な裝備も著けないで生き延びたんだろ？　だったら裝備の一つや二つを著ければ案外楽に生き延びてるかもしれねえぜ？」

ニヤリと笑いながらジルは冗談めかしてそう言った。しかし、ジルは案外これはあり得るのではないかとも思っていた。

「これ以上この話をしてても無駄だな。それで、どうするんだ」

所詮はただの推論であり、そもそもその男が噂の男と同一人だったからと言って何かがあるわけでもない。それ故ライオルはこの不な議論を打ち切って、今後のことについて切り出す。

行くべきか、行かざるべきか。自分たちが達すべきは噂の真偽を確かめること。そのためには結局その男を自分たちの目で直接確認するしかなく、つまり魔の森で魔と戦ってる最中にその男が現れるのを願うしかない。

森の中でその男を探すという選択肢は最初から無かった。森はあまりにも広大であり、そこから一人の男を探すなど全く以て現実的ではなく、自分たちがその男を見つける前に魔が自分たちを発見するのが先だろう。

「……行くしかねえだろ」

逡巡し、デイビスはそう答えた。この依頼は事実上の王命であり、放棄するわけにもいかない。この村で男につながる確実な報を得られれば森に向かう必要もなかったが、それは甘い想定であったようだ。

デイビスの言葉を聞いてライオルはいつもよりも真面目な顔をし、ジルはいつもと同じような締まりのない顔をしているのであった。

「結局こうするしか無い、ってわけか」

魔の森の非常に淺い場所でデイビスが獨りごちる。あれから散々話し合った結果、作戦は驚くほどに単純なとなった。淺い場所で魔を探し、退路を確保しながらも出來る限り時間を稼いで噂の男が現れるのを待つ。

三人が狙う獲はキラーウルフとなった。キラーエイプは群れを作るため一匹だけを釣り出すということは不可能であり、キラーバットは森の淺い場所ではほとんど目撃されていない。ドラゴンは論外だ。他にも多くの魔が生息していると思われるが、その生態はほとんどわかっておらず、結局キラーウルフに白羽の矢が立ったのだ。

個としての戦闘力は恐ろしいが群れを作らず、そして正面から襲ってくる。キラーバットの戦闘力は高くないが驚くべき隠を有しており、気が付けば村の人間が全て死んでいたということが起こるくらいだ。それに比べれば正面から襲ってくるキラーウルフはまだ対処がしやすい。

罠を使うべきか否かが議論されたが、今回は使わないこととなった。今回の目的は安全に戦いを長引かせることであり、魔の討伐ではない。罠にかかった魔が仲間を呼ばないとも限らないのだ。

斥候に長けたジルが先頭を歩き、その後ろをライオル、デイビスの順についていく。淺い場所とは言え魔の森の中であることに変わりはないため、極めて慎重に歩みを進めた。

それから數日の間、男について報収集をしながら作戦は続けられたが、思うように報は集まらなかった。だがとうとう彼らは格好の獲を見つけることに功した。

濃いのにおいがあたりに充満している。ジルが見つけたその獲は全に傷がっており、見るからに手負いであることがわかる。まだある程度の距離があるというのにここまでにおいが屆くということは相當な深手だろう。

「どうする」

ライオルがそう端的に尋ねた。それに対してデイビスはすぐに答えることが出來なかった。手負いの獣というのは厄介なであり、思わぬ一撃を貰って窮地に陥る可能もある。だが、目の前のキラーウルフは明らかに弱っており、恐らくは縄張り爭いに敗北したものと思われた。これは幸運なことであり、不幸なことでもあった。

もしかすれば自分たちだけで目の前のキラーウルフを討伐できるかもしれない。だが仮に放置すればこのキラーウルフは魔の森から外へと行き、村を襲う可能もあった。

英雄を目指す彼らにとって様々な意味で見逃せぬ獲を前に、デイビスは決斷を下す。

「やるぞ」