《悪役令嬢のままでいなさい!》☆7 買い格が表れる

休み時間になると、希未はふらりと教室を出ていった。相方の私は、詮索すれば良からぬことになる予がしたので――1人ですっかりインクの切れたボールペンを調達しに購買へ出かけた。

別の棟まで赴くのは面倒だけれど、私はノートの構にはちょっとこだわる人間だった。まあ、世の中には雑な記でも高偏差値を叩きだす人種がいることは分かってはいるのだけど。……誰のことかって云えば私の隣の席の奴だったりする。

あれ、空っぽのレジ。倉庫の方にでも行ったのかな、おばちゃん。

購買も晝時ならにぎわうけれど、流石に休み時間には誰もいない。

私は店の赤ボールペンを一本手に取った。それだけじゃ、手間がもったいないのでレモンのグミも買っていくことにしよう。この銘柄は甘酸っぱくて味しいのだ。

そうして、レジの前で會計を待っていると、視界に人影が橫ぎった。

店にってきたのは、やたらガタイのいい男子生徒だった――。

スラックスのポケットに片手を突っ込んで待つヴィジュアル系の男が居た。くしゃくしゃにセットされた、燃えるような赤。彫りの深く吊り目な顔立ちをしていて、前髪は左下がり斜めに切られていた。

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ミントガムと消しゴムをチョイスした彼は、空っぽのレジに視線をとめると、息を吐き出した。ぼきぼき、と首を鳴らすと、日本文化に則って私の後ろにポジションを落著けた。

心臓がばくばく鳴る。

私はこの男を知っていた。攻略キャラの一人、八手鋼――見て分かる通り、鬼である。最近は白波さんによく話しかけているらしい。

沈黙が店を支配する。背後をとられた形になった私は、ひたすら視線を床に向けた。

おばちゃんの帰還は々遅かった。「ごめんねえ、待たしちゃって」と青いエプロン姿で言われたので、いいえ、大丈夫です。と首をぶんぶん振った。救世主に文句なんか言わない。

お會計を終えて、素早く立ち去ろうとした私を、おばちゃんが引き留める。

「次の子の會計が終わったら二人になんかあげるから、ね。みんなには緒よ」と言い出したのだ。善意の言葉を斷り切れず、泣く泣くその場に殘る。

――216円ね。と言われた八手先輩は、スラックスのポケットに手を突っ込んだ。

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ぱちぱち。

彼が瞬きをする。もう一回、制服のポケットを総ざらいはたいた先輩は、ちらりと私を見、壁掛け時計に視線を移し、レジに並ぶ三桁を眺めた後に、再び私を見た。

「――すまん。見ず知らずの人間に頼むことじゃあないと思うんだが」

世のもだえしそうな低くセクシーな聲だった。聲優さんのギャラ、けっこう高かったんだろうな。

「財布を忘れたので、建て替えてもらえないだろうか」

できればでいいんだが、と上級生に頭を軽く下げられて斷り切れる人間はいるだろうか。なくとも、外面のいい私には無理だ。ことに、相手は鬼である。

命に比べれば安いものだと思おう。味を占められるような金額ではない。

快く1000円札を提供し、小銭をけ取った私に八手先輩は名前とクラスを尋ねてきた。びびりながらも返答すると彼は真顔で言った。

「……この恩義は、必ず返す」

赤鬼が、216円で鶴になった。

ちなみに、おばちゃんは懐から取り出したハッカ飴を二粒くれた。

「じゃあ、いこうか!」

どこにだ。

晝休みになるなり、がたんと椅子から立ち上がった希未は、白波さんの腕を確保して引きずって行った。彼は不安そうな顔をしたが、抵抗はしなかった。

押しに弱いから、男に追っかけまわされたんだろうなあ、と事を察したところで、鳥羽君が私に聲をかけた。

「俺は、今日はラーメンにするわ」

なんなの、まるで一緒に食べるような一言は。

「お前もたまには學食にしてみろよ、意外にクオリティ高いから」

ふふん、私は悪役よ。これ以上慣れ合う気はないわ。

母さん特製のお弁當がった巾著を持ち上げて口端を上げると、優雅に教室の機の上で広げた。それを見て、鳥羽君は深く息を吐き出した。

相手に學食に行く気がないことを悟った彼は、「ひねくれた奴だな」と私にとっての褒め言葉を捧げると財布を持ってクラスを出て行った。廊下で他の男子が聲を掛けている。そつのない奴だ――黒いポニーテールが硝子の向こうで翻った。

久しぶりに一人の晝食になる。クラスの子がひそひそ話しをしながら、私に視線を集め、スマホと互に見比べている。……ご飯のおかずには味しいですか、そーですか。

……中學の頃には、こういうことも珍しくはなかったな。となんだか懐かしくなった。私はけっこう薄な人間で、希未と出會うまでは友達なんてものと縁がなかったのだ。

いや、誰かと遊んだこともあったような気がするのだけど、こうして忘れる程度の友関係が果たして健全な友といえるのかどうか。

「お、手の込んだ弁當だな」

黙々と箸を進める私の手元を覗き込んで、うちのクラスの擔任が言う。スーツの元で、【柳原】と書かれたネームプレートが反していた。

最初、雪男(イエティとは別である)のアヤカシである柳原先生が一年次にクラスの教壇に立っていたのを見た時は、軽く絶したものだが、二年になった今ではとっくに覚が麻痺して慣れてしまった。

溫厚でちょっといい加減な、雪男の柳原さんがクラスの窓際で煙草吸っている風景は、もう私の日常になっている。これで、いーのだろうかと思わなくもないけど。

「先生、半分くらい食べ終えてますけど」

私がつっけんどんに返すと、國語擔當の柳原教諭はを舐めた。

「いやいや、オレ久しぶりに飾り切りなんて見たよ。なんてったっけ、この重箱によくってる人參さ」

「ねじり梅のことですか?」

「そうそう!これが日常の弁當にってるってだけですごいわ。どうやって作るんだ?こりゃ」

素の薄い髪をかき混ぜ、彼は唸った。私は嘆息する。

「型抜きしてからペティナイフで細工するんですよ」

「ほう。さては月之宮も作ったことあるのか?」

「正月に手伝いで。母はけっこう用に作りますね」

私の人參は全部ミックスベジタブルに進化した。

「さては、お袋さんの手作りだな?この果報者め。先生なんか、三食惣菜だぞ!

――見よ、我が手元に君臨するこの固まりをっ」

箱だった。厚紙に包まれたパッケージ。中はショートブレッドにも似た食、どうやらこれはチーズ風味。

「惣菜じゃないじゃないですか」

というか、どう見てもカロリー○イト。

「最近、冷蔵庫を買い替えたからな。

これ、ドラッグストアでまとめ買いするとちょっと安くなるんだ」

「先生の健康と家計事がヤバいことだけは分かりました」

雪男さんの家電事も。どんだけいい冷蔵庫にこだわったんだろう、この人。

「早くしっかり者のお嫁さんを見つけてください」

できれば、平穏無事に。

私がそう言うと、彼はしばし沈黙する。まるで、タブーにれてしまったかのような。

高校教諭、柳原政雪は憂い気な表を浮かべ、腕組みをした。

よれっとしたスーツのポケットから煙草の箱を取り出し、一本抜き取る。そしてオイルライターで點火するとに咥えた。灰の長めの前髪をさらりと左手で払い、し暗い眼差しでこちらを見る。

ダークな気のある姿にぞくりとした。

そうだった。このアヤカシは、だらしない恰好をしているけれど造形は整っているんだった。衆目を集めないのはこの服裝スタイルで、欺かれているだけで。

教室でお喋りをしている生徒を眺めながら、彼は深く白い煙を吐き出した。

「紫の上ってなんで上手く育たないんだろうなあ……」

「通報していいですか」

やっぱり、そのうち警察に嫁ぐ方が似合ってるかもしれない。

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