折りたたみテーブルに、ヒヤッとしたパイプ椅子を５つ並べても余剰スペースが余る部室ってなんなんだろう。先住民さんから頂いたお茶菓子のポテトチップスを２袋広げ、私たちは各自腰を落ち著けた。

「この場所、去年卒業した従兄弟から引き継いだんだよ……まあ、部活立ち上げるならそれでもいいんだけど」

一応、貰ってはあったし。とファイリングされていた部活申請書を取り出した彼、夕霧昴君は投げやりにそう言った。

「……ちょっと希未。これ、文蕓部って書いてあるんだけど」

あんた、オカルト研究會って言ってなかった？と私が希未に聞くと、眼前の彼はポテチをつまみながら真顔で言い放った。

「ああ。そいつは先代が文蕓部で創設しようとした時の申請書の余りだから、さ。

……結局、規定の人數が確保できなくて斷念したんだが。オカルトって堂々と書いて進學高校の生徒會と職員室を通過できると思えるのは、ただのバカだろ」

正論である。希未の口端がぴくりといた。

「じゃあ、ここがオカルトの巣だってのは、ただのも葉もない噂ってわけか」

鳥羽君が安心したように言った。まあ、天狗が巣窟に赴くのは、鴨蔥な気分なんだろう。

「文蕓｛ではない（十進法が科學を優遇していることを嘆き、人類の幅広い可能を追求し、支給予算でとある専門書を並べる）｝部だと考えてくれれば大合ってる」

夕霧君は、筆箱のボールペンを探しながら答えた。弁舌が良く回る舌だ。

「そう。通稱は？」

偶発的にやりこめられ、未だ拗ねたままの希未が彼に尋ねた。遠慮なくスナックを口に運んでいる。

「文蕓部、人呼んでオカ研」と未來の部長は即答した。何を分かり切ったことを、という副音聲が多大に含まれた口調だった。

その言葉を聞くなり、鳥羽氏がし青ざめたのを私は見た。

「いつも、こんなに難しい言葉を喋ってるの？」

白波さんの驚いたような眼差しを、彼は黙殺した。そうして、探し當てたノック式ボールペンをテーブルに広げられた申請書の上に転がした。

「ほら。名前、書いてくんだろ。足りない一人分は頑張って探してくれ」

できるもんなら。といった態度を骨に隠そうともせず、書道でもやっていたのかと思うような筆致で、二年Ａクラス、夕霧昴。と一番に記した。

希未はし昔に流行った丸文字。白波さんの大きな字が書かれた後に、私もなるべく丁寧に四角い枠の中に書き込んでいく。１００円ショップでまとめ売りしてそうなペンからは、青みがかった黒のインクの匂いがした。

隣の鳥羽杉也に用紙を渡すと、彼もを引き結び観念して、ボールペンを握り書きなぐった――いつもの悪筆より、わずかに筆圧がぶれていたのに私は気が付いた。

「顧問もいるんじゃない？」

申請書の記が終わったあと、殘った空欄に気が付き私は言った。

「柳原でいいだろ。優等生の月之宮が言い出せば、アイツほいほい記するぜ」

「え？でも、先生は生徒會の擔當しちゃってるよ？」

「いけるいける。生徒會なんざ殆ど會長が仕切ってるって噂だしな。その証拠によくそこら歩き回って一服してるじゃんか」

話し合う白波さんと鳥羽君を一瞥し、夕霧君は息を吐いた。

「……じゃー、そいつも。一杯努力願いますよ、と」

部室の鍵をテーブルに放る。チャリン、と銀が跳ねた。

「施錠して帰ってくれ。こっちにも合鍵あるから、部員間で幾つか複製すりゃいいだろ」

どうせ、置き土産だから未練もない。と言い殘すと、彼はボールペンをポケットに突っ込み、足元に置いてあった鞄とスポーツバッグを持って、さっさとドアを開けた。

「あっ、ちょっと！」

希未の聲も後知らず、出て行った彼の上履きの靴底がれる音が遠ざかっていく。鳥羽君も、スマホで時間を確認して言った。

「けっこーいい時間になってるし、お開きにしようぜ。もうやることもないじゃんか」

それはそーだけど。と希未は渋い顔をしたが、窓から差し込む夕焼けも藍に近づいてきていたので、申請書をクリアファイルに挾んで希未が保管した頃合いで。

今日はここで解散になった。

私は電話で迎えを頼み、希未はアルミフレームの自転車を走らせて帰った。天狗とヒロインは二人、駅に向かって連れだって歩いていく。その後姿の年が、実に似合いであったことを私は認めざるを得なかった。