「――九尾、なにを企んでいるんだ」

ヒトは寢靜まり、草花も息を潛める深夜に、話したいことがあると彼を呼び出した一人の妖鬼は、がらんどうの校――とある教室で靜かに詰問した。

呼び出しをけ、一冊の本のページをゆるりめくっていた彼、東雲椿は黒板の前の教卓に座し腳を組んで鬼を待っていた。その景は、人外の端整な容貌も相まって一枚の名畫のようになっていた。

待ち人が來たときには約束の時間からは大分過ぎていたが、気に留めた様子もない。この會をけたのも、ただ斷る理由がなかったという、それだけで承知しただけなのだから。

「僕の次に長命なお前なら、正は言わなくても気づくとは思っていたけどね。八手。々、予想よりも遅かったかな」

まあ、本能だけで避けている瀬川や鳥羽よりはマシだけど。と鬼の問いかけに答えた狐は、未だ本を読んでいる。同胞への誠意の欠片もない。

「……なぜ、月之宮に介した。彼は俺の恩人でな。白波とつるんでいるというから調べてみたのだが、席替えの件はお前の仕業だろう」

低い聲で云った鬼に、東雲椿は「さて、ね」と返す。彼が早々に魂膽を自白するような男ではないと知っている八手鋼は、更に言葉を続ける。

「俺たちにも似たような蕓はあるが、お前と違って相応の対価を払っていることだ」

「だから？」

狐はまたしても、曖昧な単語しか返答しない。

「柳原や鳥羽、瀬川なんぞは、學校に潛り込むのに半分は妖力が削がれている。俺は無駄に長生きしているから負荷が軽くなっているだけだ。ヒトを殺すのは楽だが、未來軸のアカシックレコードは上書きするほど難易度が上昇し、加えてアヤカシの殘留意識核に消滅のリスクを伴う」

八手鋼は、東雲椿を睨み據え、彼に斷言した。

「――だがお前だけは労を要しても、消えることだけはないのだろうな」

狐は、口端を愉快そうにつりあげる。その反応を見て、八手は自分の推測が正しかったことを悟った。

「……神墮ちが、白波と月之宮に何の用だ。お前には、無用の長だろうが」

八手の言葉に、九尾の狐は笑い聲を上げた。

「はは、実に酷い言いぐさだ！僕ほどにあふれた男はいないってのに」

私立慶水高校生徒會長の言葉に、八手は渋面を浮かべる。

「九尾の些細な悪戯のせいで、なくとも五人の運命軸が滅茶苦茶になってるってのに、か」

「おいおい、僕を愉快犯扱いするなよ」

それ以外になにがあるというんだ。と八手が言うと、東雲はようやく本を閉じた。

今宵の月は、やけに冴え冴えと白い郭を空に映している。それを教室からの硝子ごしに見やり、狐は鬼と、暗がりの中にようやく対峙した。

「お前は何がしくて、こんなところに居座ってるんだ」

恐らく、答えは返ってこないに違いない。彼らは同じ匂いに集い、異なる目的でこの學校にいるのだ。……だが、八手鋼は瞠目する。狐がいつにない表を見せたからだ。

１つだけ開け放たれた窓から、夜風が室に吹き込む。東雲椿の金の髪が風に舞い、さらさらと真珠のようにが散った。

靜かな笑みを浮かべた狐のどこか虛ろなブルーの瞳は、そっと細められた。

そうして一言を、口にした彼は、八手の錯覚だったのだろうか。

――――奪われたものを、返してしいだけさ、と。

そう云った東雲椿が、どうしようもなく寂しそうに見えたのだ。