私がその事件を味わったのは、梅雨がそろそろ明けようとしている６月の末のことであった。見上げれば曇り空と気た空気に、天候が悪化していくことを予させるような朝。

昨日は雨が降らなかったので、水気がなく、ぱりっとした傘を片手に、校門をくぐって首を傾げた。

正門から一直線。並木道の向こうの十字路で、やけに大勢の生徒が集まっていたのだ。はて、今日は、何かイベントでもあったろうか？と訝しく思いながらも近づいていくと、その人ごみの中に見慣れた人がいることに気が付いた。

白波さんと、鳥羽君が生徒たちの外れで暗い顔をして立ち盡くしていた。私は、どうやらこの騒の原因を知っている様子の２人に近づき、聲を掛けた。

「おはよう、白波さん。これって何の騒ぎが起きてるの？」

私の挨拶に、白波さんは驚いたようにこちらを見た。そして、ふにゃあ、と悲壯たっぷりの表で私に抱き付いてきた。

「月之宮さん、ま、……ままま、まっ！」

よっぽど揺してるのか、盛大に噛み噛みになりながらも、彼はんだ。

「ま、魔方陣が、ペンキで描かれてるのっ」

……はい？

私の困をよそに、白波さんは続けて言った。

「あそこに、すっごい大きな魔方陣が、登校したらできてたの！」

「……それは、數字をれてくやつじゃなくって？」

パズル的な方かと私が念のために訊ねると、

「そっちじゃないよ！あれは、ぜったい魔法を使った跡だよ」

パニック狀態の白波さんは、ギュウギュウ抱きしめてくる。

彼の抱き枕になりながらも、視線を移すと、鳥羽君が頭を抱えていた。

「月之宮も見てみろ……、迷極まりない代が一夜でできてるから」

彼にくような聲で言われ、白波さんを引きはがして私は人ごみをかき分ける。ちょっと失禮しながら、の真ん中に出てみると、なるほど。とんでもないモノがアスファルトの上にでかでかと人目も法律も気にせず描かれていた。

主な畫材として使用されたのは、赤いペンキのスプレー缶だろう。適當に落書きしたにしては、やけに半徑が均一なしい円陣だった。

二重円の隙間には、【DONOTYOUSEEME】と黒いマジックで描きこまれている。

円には、私には馴染み深い五芒星が堂々配置され、ミミズがのたくったような不気味な紋様がその中央にペイントされていた。五芒星の下、円の縁には碇いかりのようなマークが塗りつぶされている。

その付近には、洗濯がはかどりそうな大きなタライがででん、と隣に據えてあり。並々と澄んだお水がれられていた。

極め付きは、陣の真ん前にちょこんと置かれた、骨付きだ。元は鮮度のよかったであろう生が、ひっくり返されたタッパーの上に乗っかり哀愁を漂わせていた。

「…………、」

この奇妙奇天烈な景に絶句していると、周囲の人々がこちらに気づき、注目していることに気が付いた。痛いほどの視線に顔を逸らす。

途方に暮れて、野次馬から離れて２人の下へ戻ると、鳥羽君が死んだ目で言った。

「……夕霧のやつ、遂に一線越えやがった」

白波さんが、魂が抜けそうな聲を出した。

「せめて……っチョークでやってよお……」

２人の心境は痛いほどよく分かる。なんてことをしてくれたんだ。あの本気で満ち溢れた筆致、どう考えても夕霧昴魔王陛下が一番怪しい。

胃にダメージがかかりそうになりながら、人ごみを眺めると。私は目を見開く。

戸い騒ぐ群衆の中で、１名。愉快そうに口端を釣り上げている男子生徒が混ざっていた。

橫顔しか見えなかったが、フワフワくせっの白っぽい茶髪で、やや背の低い顔の男子。彼の姿に既知を覚え、し思考していると。

すっと振り返った彼と、私は視線がかち合った。こちらに気が付いたのか年はニヤリと嗤って、その場を立ち去った。

「どーしたの？みんな、ここに集まって」

たった今登校してきた希未が、この騒に不思議そうな顔になっていた。

「どうしたも、こうしたもねえ。下手すりゃ、魔王のせいで俺たち問答無用で警察の世話になるぜ、シャレになるレベルじゃねえよ」

常識のあるアヤカシ、鳥羽杉也が吐き捨てる。彼をここまで追い詰める夕霧君の方が余程魔らしい……。でも、あんた、普通に刑務所から強行突破できるんじゃないの。

「相談してくれれば、絶対止めたのに……」

ストレスに弱い白波さんは虛ろに呟く。

「は？夕霧がなにやったってゆーのよ」

事の分かってない希未が、白波さんに促されての中にって。

それからしばらくして「あんのバカ――っ！」と、ドでかい怒聲が響きわたった。

Ｂ組オカルト研究會はお通夜のようにどんより、と教室にり。

ひそひそと噂話が自分たちを取り囲むのに、竦みながら椅子に座ったところで。

ようやく、私は、違和を覚えた先ほどの男子が誰だったかを思い出しての気が引くのをじた。

こちらに意味ありげに嗤った、白茶のくせっをした年は。

私が出會っていなかった最後の攻略対象者ゲームキャラクター――カワウソのアヤカシ、瀬川松葉だったのだ。