「ウギィィィイイ！！」

時期は優希が竜崎達に見捨てられた頃。

帝都西區の門から出て數百メートルの魔境で、魔族の喚がこだまする。

紫のが全を覆い、おは赤く、攻撃的な眼が五人の年を突き刺す。

「ウギィ、ウキィ！」

「だぁあああ、ウロチョロと猿みたいに！」

「落ち著いて和樹。猿みたいって猿でしょあれ。糸出してるけど」

見た目は紫のを纏う猿、だが、猿は指先から糸を放出し、森林という環境を巧みに利用していた。

猿蜘――紫のを持つ猿で、森林の中を鳥のように華麗にく高い機力を持つだけでなく、ゴリラ並みの腕力、さらには人差し指から蜘蛛のように粘著力のある糸を排出する。

その素早く前後左右上下と幅広い移範囲に苛立ちを覚えるショートヘアの年は追村和樹おいむら　かずき。槍を構えて猿蜘へと突き刺すが、中々捉えられず地団太を踏んでいる。

そんな彼を宥めるのはハーフアップの、椎名葵しいな　あおい。右手にはベージュのリコーダーを持っている。革製の防をに著けていることいがい、彼の裝備は確認されない。

「あの猿、さっきから、両手互に、糸出してる、なら――」

眠たそうにショートボブの、田村たむらひまりは、そのおっとりした目で狙いを定める。

弓を弾き矢先で捉えるは、猿蜘が次に糸を出して移するであろう樹。

そして彼の予想通り猿蜘は引き寄せられるかのように糸を出して、

「ウギィァ！？」

突然飛んできた弓を辛うじてかわす。

だが、勢を崩してしまい一瞬だが機力が無くなった。ほんの一瞬だ。しかし、彼らはこの隙を見逃すほど戦闘に関して素人ではない。

「今だちーちゃん、拘束！」

「分かった！　【鎖縛】！」

年の掛け聲に呼応しては杖を構えて恵を発する。

全から淡いがを包む。セミロングの茶じりの黒髪がくたびに揺れく、上垣茅原うえがき　ちはら。

彼から溢れるマナは次第に杖の先端へと移し、茅原が杖を猿蜘に向ける。

すると、猿蜘の周囲、虛空から突然鎖が現れ、猿蜘を縛り上げる。マナで構された鎖は猿蜘を縛り上げ、きを完全に封じ込めた。

「和樹！」

「おう！　今なら俺でも――おらぁ！」

年の合図はタイミングといい人選いい的確で、一切のズレや食い違いもなく和樹は合図を出した年の思うように、踏み込んで槍を投擲する。

勢いよくらりの先端は猿蜘のを貫いて、

「キィ！！」

＊＊＊＊＊＊＊＊＊＊＊＊＊＊＊＊＊＊＊＊

「いやぁ、疲れた疲れた。今回俺が一番頑張ったよな。いやー俺マジ頑張ったわぁ」

「はいはい和樹は頑張った頑張った」

「なんだよその適當な扱い」

魔境からの帰り道、先頭を歩くは自稱ＭＶＰの和樹。一仕事終えたかのように肩を鳴らして歩き呟く和樹の言葉を葵はこちらも疲れているのか軽くあしらう。そして、追い込むようにひまりは団子を食べて、

「でも実際、和樹はやけくそに槍突いてただけ。薫の指示が無かったら、ただの役立たず」

「……ひまりはもうしオブラートに包むことを覚えようか。薫もなんか言ってくれよ。俺そんなに役立たずだったか？」

縋るように和樹は最後尾を歩く年に目を向ける。

爽やかなショートヘアはそよ風でなびき、防も何もつけていない青シャツから見えるはとても引き締まっている。黒いズボンをブーツインさせて、軽い足取りで皆の後に続いていた年、相沢薫あいざわ　かおる。

突然話を振られて耳をこする程度にしか話を聞いていなかった薫はキョトンとしたまま、

「え、あぁ、和樹は頑張ってたよ」

「なんか覇気のない返事だな。まぁいいや、実際薫の掛け聲があるだけでだいぶ変わってくるしなぁ」

「急になんだよ。僕は何もしてないよ」

自嘲気に笑う薫に、し前を歩いていた茅原は薫の橫に移し彼に歩幅を合わせる。茅原の眼の高さに薫の肩が足のきに合わせてく。

彼は薫の眼を見つめて、

「もう、薫はすぐに何もしてないって言うんだから。私たちのリーダーなんだからもっとしっかり、和樹ぐらい無駄に自信満々でもいいんだよ」

「あれ、なんか俺が悪く言われてる気がするんだが」

「気にしたら、負け。茅原は、薫以外は、結構毒吐く」

薫に救いを求めた結果、まわりまわって軽くディスられた和樹。ひまりは興味なさそうに呟いて、団子を頬張る。

薫は話を切るように手を叩いて、

「さぁ、誰が活躍したとかは置いといて、早く町に戻ろう。海斗が店を抑えてるみたいだから」

「そうだね。藤枝君も待ってることだし、早くもどろっか」

そんな話をしているうちに、薫達は帝都へと戻っていた。薫達が拠點にしているのは帝都の西區。

商業が盛んな西區ではが揃えやすい。最低限の裝備しかもらえない『始まりの町』で長居するよりはこちらで活した方がいいと考えた薫達は、誰よりも早く帝都へと向かっていた。

幸いアルカトラに來た時に支給された金額はかなりの高額だったので、いきなり帝都で活するとなっても大した苦はなかった。

一応今のところは順調に進んでいる。

優希達の目標は元の世界に帰ることだ。そのために彼らは魔族を倒して、この世界を救わなければならない。

彼らも魔族を倒せばエンスベルが願いを葉えてくれるという報を得ていた。

というのも薫達にはもう一人仲間がいる。彼は戦闘には參加しないがその分この世界の報を集めていた。

藤枝海斗ふじえだ　かいと。恩恵は易者で、アルカトラに來た時もやけに落ち著いていた人だ。彼はこの世界で薫達が練度上げを行っている間に、この世界について調査していた。當然アルカトラの聖書にも目を通して、元の世界に帰る方法を幾つか予想している。

彼は一応薫の仲間だが、この世界に來てからというのもあまり行を共にすることがない。

もちろん恩恵の役割から戦闘に向かう薫達と報を集める海斗に分かれても不思議ではないが、それだけではなく、この世界では町にいるときでもあまり會うことはない。

會うのは偶に報を伝えてくれる時だけだ。今回のように店で労會に參加するなんてことはまずなかった。

「ここかな」

一枚の紙に記載してある店名と、店の看板に書いてある店名を見比べて、海斗がいる店であることを確認。アンティークドアを押して、店の中に足を運ぶ。

夕暮れ時、扉を開けると茜のが店に差し込む。扉を開けると鈴の音が薫達を出迎え、店員に存在を伝える。

中には五席ほどテーブルがあり、ちらほら人が飲み食いしている。

その中で人席だけ、寂しそうに一人座っている席がある。

し長めの髪に眼鏡をかけた年。黒のブレザーに赤いネクタイ、チェック柄のズボンを履いた年。

薫は見つけるとすぐに彼の元へと足を進める。他の皆も後へと続いて、薫と眼鏡をかけた年と目が合う。

「やぁ海斗、相変わらず制服好きだな」

「久しぶりだな。相変わらず汚れてないな」

海斗が視線をずらした先は、薫が背中に擔ぐ一本の剣。帝都で新調した剣だが、実はまだ一度も使っていない。全く使っていないわけではないが、まだその剣で、いや、アルカトラに來てからというもの一度も魔族を殺めたことがなかった。

練度上げにしても魔族を切ることはなく、すべて気絶で終わらせている。最近に至っては、戦闘にすらまともにっていない。ただ指示を出すだけ。

海斗はその場にいたわけでもないのに、それをすぐに見抜いた。

剣は鞘に納まっているものの、あまりボロボロになっていない柄、他の皆は多汚れているが薫だけは一切汚れていない。あくまでこれだけの報から読み取った推察だが、薫の反応から間違ってはないことを確認する。

「それじゃ、久しぶりに全員集まったということで、乾杯！」

「「「「「乾杯！！」」」」」

和樹の號令で全員グラスを合わせて一気に飲み干す。

次々に並べられる料理に手を出しながら、労及び反省會を始める。まぁ、途中から話はそれて結果的にただ騒ぐだけに変わるのだが。

かれこれ數時間、最終的には周りの客も一緒に騒ぎ通して、落ち著き始めた時間帯、話があると言われて海斗と薫はカウンターに移していた。

「で、何を隠してるんだ？」

唐突に、海斗は問いかける。

眼鏡をかけなおし、グラスを傾ける海斗に、薫は出されている菓子を食べてから、

「何のこと？　僕は別に何も隠し事なんかしてないよ」

「お前は隠し事はしない、というよりは出來ないという方が正しい。上垣から聞いている。最近は剣すら抜いていないらしいな。召喚當初は先陣きって支えていたのに、今では完全に司令塔だな。確かに自分ばかり活躍しては他の奴の腕が落ちるのも分かるが、まだそれほど練度差はないだろう。それがいきなり戦うことを止めている」

海斗がここ最近の薫の変化について思うところを述べると、薫は軽く笑みを刻む。諦めるような笑みを海斗に向けて、

「なぁ、海斗の練度って今どれくらい上がってる？」

「俺のか？　１２００ってところだ。あんまり外に出てないからな。暇なときに恵使ってしずつ上げてるが、それでもしずつびしろが無くなっている」

偶然かそれとも分かっているのか、海斗は話の進みやすいところを踏まえてきた。

練度は上がれば上がる程び率は悪くなる。それがアルカトラに來る前、エンスベルが簡易的に作ったあの世界で説明していたことだ。

薫は首にかけていた眷屬プレートを外して海斗に渡す。

銀に輝くそれは、店の燈を反して、海斗の眼鏡を照らす。

渡された當初から変わらず、恩恵、名前、練度が記載されている。そして、驚いたのは練度の部分、本來なら茅原達と変わらないはず、最近に至っては戦闘していない為、もしかしたら茅原達よりも低い可能すらあった。だが、薫の練度は、

「なるほどな。これが戦闘に參加しなくなった理由か」

４６７０――薫のプレートに刻まれている練度の數値だ。

あとしで５０００、つまり天恵が使えるようになる。

「違和に気付いたのは最近。全然練度のびが変わらないんだ。僕としてはありがたいんだけど、なんかみんなを置いていくような気がして」

「で、自分が次のレベルに進む前に皆を優先的に鍛えてたわけか。みんなに黙っていたのは、その現象を狙って狙われる危険を防ぐためか」

「練度のびが悪くならないってことは、長速度も速い。簡単に力をに著けられる。利用するにしろ排除するにしろ狙われる可能があるからね。なくともこの現象が何か分からない限り皆に知らせようとは思えないな」

「……なぁ、その力について思い當たるところがあるんだが」

「ほんとに！？」

薫の聲に周りが振り向く。

軽く一回咳払いして、

「もっと早く君に相談しとけばよかったな」

「まぁ、俺も詳しいわけでもないからな。それは詳しい奴に話を聞くとしよう。それに丁度彼と合わせる予定だったからな」

「もしかして、今日海斗が労會參加したのってなにかさせる為？」

薫がジト目で返すと、海斗は眼鏡をかけなおし、にやりと笑った。