《められていた僕はクラスごと転移した異世界で最強の能力を手にれたので復讐することにした》52・『ーー』が足りない
目が覚めるとそこは眼に馴染み始めていた天井だった。
ふかふかのベッドがを優しく包み込み、窓からしこむ日差しが細胞に活力を與えていく。
を起こす。全が打ち付けられたかのように鈍い痛みを訴えて、呼吸をすれば切れたがを染み渡らせる。
部屋の中は町の喧騒が煩く聞こえ、その中に紛れて一際目立って聞こえてくるのだ。
――薫に私たちは救えない
思わず耳を塞いだ。眷屬たちの騒ぎ聲は聞こえなくとも、この場にいないはずの彼の聲だけ、鼓に染み付き言い続ける。
みんなと一緒に元の世界に帰るのが薫の目標だ。だが、それを目指せばみんなが死ぬ。
みんなを守らなければならない。だが、薫にその力はない。
人を守るには人を殺さなければならない。だが、その覚悟はない。
薫がやりたいことは決まって矛盾する問題が生じる。
一どうすればいいのか。薫は答えを導き出せるほど冷靜ではない。
「目が覚めたようだねカオル君」
考えがまとまらず気が滅っているところにウルドが様子を見に部屋にってきた。
ウルドの溫かい瞳に見つめられ、し呼吸が安定するのをじた。
ウルドは部屋にアにある椅子に腰を掛けた。そして、慈の眼で薫を見守ると、
「び聲が聞こえたからすぐに向かってみれば…………なんで一人であの場所に」
ウルドの糾弾に薫は表を隠すように小刻みに震える手で顔を覆う。そして、掠れ震える聲で一言。
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「すいません……でした」
謝辭を述べる薫の瞳は明らかに現実を見ておらず、ウルドに追及する気を失わせる。
代わりにウルドは両目を閉じ、獨り言のように呟いた。
「あの場所は過去のトラウマ、もしくは未來の投影が見せつけられる。そして、回數を重ねるごとに當人の神を破壊する。君の今の狀態から、次の失敗は自傷行為に走りかねない」
つまり次が最後ということ。
そして、薫が見たあの景はその夢ではなく現実で薫に襲い掛かるということ。
「僕は……みんなを守れない……」
薫が呟いた。切れたで聲はないが、ウルドにはやけに響く。耳にではなく心に。
ウルドはゆっくりと立ち上がり言い殘すように、
「逃げるのも、諦めるのも一つの手だ。君を責める権利は誰もない」
逃げてしまったら全員死んでしまう。友人も親友も馴染も、大切な人すべてが自分の前からいなくなってしまう。未來に、運命に抗うことが自分にはできない。
否、まだ一つだけ方法がある。もし、あの世界が薫の意志も踏まえた上で映し出しているのなら。
「後、君に客人だ。おそらく今最も君が會いたがっている人だ」
「僕が……最も會いたい人」
退室するウルドの大きな背中を見送って、代わりにってきた。
最後に見たのは、腹部を貫かれてを吹き出し、生気のない瞳で見つめ怨念の言葉を囁いていた姿。
だが、目前の彼はいつも通りの明るい笑顔で薫に言う。
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「やっほー薫。元気だった?」
「ハハハ、元気……じゃないかな」
憔悴しきり彼の顔を見るだけであの世界の姿を思い出して吐きそうになるが、それでも笑顔を作って掠れた聲で返答する。
そんな薫に、彼は笑顔のままウルドが腰かけていた椅子に座ると、
「そっか」
一言言って黙ってしまう。
沈黙が続く數分。彼とこれほどの時間何も言わず一緒にいたことはない。いつも彼は明るく話を振ってくるのに、今日に限って何を話せばいいか迷っているようだ。
「……、治したげる」
彼はそっと薫のに手を添える。魔導士の恵【治癒】によってマナの輝きが手に集まり、薫の潰れたを癒していく。
治療を終えると、薫はをさすりながら、痛みが引いたことを確認して、
「ありがと、ちーちゃん」
「禮なんていいよ。私が薫にしてあげられることなんてこれくらいだし」
落ち込む茅原に薫は慌てて、
「そんなことないよ。僕はちーちゃんに何度も助けられてる。ちーちゃん自気付いてるか分からないけど、僕はこれまで何度も――」
「何もしてないよ」
薫の弁論を遮って茅原は呟く。
俯き、力がる手はスカートを握りしめて皴を作っていた。そんな彼の普段は見せない姿に薫の言葉は途切れてしまう。
「私は何もしてない。薫はいつも私を助けてくれるのに、私は薫を助けたことは一度もない。今だって、薫は私達の為に傷付いているのに、肝心なその傷を私は癒すことが出來ない」
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聲を震わせる彼は過去の記憶を回顧する。思い出すのはの時から自分を助けてくれた薫の姿。まだ小さい彼の背中は、當時の茅原にはとてつもなく大きく頼れる背中に見えていた。
以降、薫は茅原にとってヒーローだった。憧れだった。大好きだった。
だが、この世界に來て思い知らされるのだ。自分は薫にとって枷にしかなっていないことを。
自分が薫の後ろにいる限り、迫りくる障害はすべて薫が対処しなくてはならない。
たとえ薫が限界だったとしても、茅原は助けることが出來ない。
薫が道を作り、その道をたどることは簡単だ。だが、薫が道を作れなくなった時、彼は後ろで待つことしか出來ない。そんな自分がけなくて仕方がない。
「正直、今し嬉しいの」
彼のセリフに薫は首を傾げた。
哀し気な瞳とは裏腹に、彼はし笑っていた。面白いとか楽しいとか、そんなではなく、安心したかのようならかい笑みだ。
「気付いてないかもしれないけど、初めて弱気な姿を見せてくれたんだよ」
「……」
「いつもなら、どんな悩みを抱えても私達は巻き込まないように、一生懸命笑顔振りまいてさ、何事もなかったみたいに解決してるんだもん」
「…………」
「そんな薫が、初めて私に落ち込んだ姿を見せてくれた。今まで頼ってくれなかった薫が、初めて私を頼ってくれるようになった」
「………………」
「私は薫の力になりたい。前に進むのを恐れてるなら背中を押してあげたい、道に迷ってるなら前に立って手を引きたい。一人で行くのが恐いなら隣に立って同じ歩幅で歩きたい」
的に、早口になっていく彼の言葉を、薫は黙って聞いていた。一言一句聞き逃さないよう、すべて鼓に染み渡らせる。彼の顔を見るとあの悪夢が蘇るが、それでも彼から目を離すことが出來ない。
「私を頼って。そりゃ、非力で無力なのは分かってるけど、それでも薫の力になりたいの。ねぇ薫。薫は今、何を抱えているの?」
茅原の言葉に薫の口は開く。だが悩みの言を舌に乗せると、それを吐き出さずに飲み込んで、代わりに吐き出した言葉は、
「……この世界で、一緒に暮らそう」
運命に白旗を上げる言葉だった。
********************
「薫……何言ってるの?」
「元の世界に帰るのは諦めよう。元々可能も低いし、魔族の事も僕らが対処しなくちゃいけないなんて決まりはない。食べや文化の違いも然程じないし、帝都なら落ち著いた暮らしができる」
「薫、本気で言ってる?」
「魔族の事は他の皆に任せてさ、ほら、北區で店でも開いてさ、みんなで一緒に…………ふたりでこの世界で暮らそう」
元の世界に帰るには、この世界での役割を果たす、つまり魔族の親玉を足すのが最有力候補だ。だが、それを果たそうとすれば、待ちけるのはあの悪夢。誰一人守ることが出來ない絶の世界。
薫があの部屋にるときは、まだ元の世界に帰ることを目指していた。
その結果があの悪夢なら、薫自が戦いから離れることで、茅原達を爭いごとから離れさせれば、あの絶を味わわなくても済むのではないだろうか。
この世界で暮らすことを選び、ウルドの言うの香りが漂う世界に踏み込まなければ、大切なは失わなくて済むのではないだろうか。
「薫……なんでそんなこと言うの? ここに來た時決めたじゃん。元の世界に帰ろうって。それでいてこの世界も救おうって」
「世界を救う……はっ、大事な馴染一人救えないで何が世界だよ」
自分自を鼻で笑う薫の姿は、今まで見てきた薫の姿とはかけ離れていて全のが粟立つ。
だが、茅原もここで食い下がる程、薫の助けになりたいという思いは弱くない。
「薫なら出來るよ。ううん、みんなで力を合わせたら、この世界を救うことだって元の世界に帰ることだって出來る。みんなが薫の力を必要としてる。だから、薫も私を、私達を必要としてよ……一人で苦しむ姿を見てると寂しいよ。哀しいよ」
「ダメだ。僕がみんなを必要とすればみんなが死ぬ。僕が戦火に向かえば、ちーちゃん達が死ぬ」
薫が戦いに向かえば、茅原達は嫌でもついてくるだろう。勿論、足手まといという考えは一切ない。だが、死ぬのだ。この世界では當たり前のように人が死ぬ。
そもそも最初の考え方が甘かったのだ。この世界に來て、特別な力を與えられて、それがあたかも自分の力だと錯覚して、強くなったと思い込んで。
だが、薫はあの地下室で『死』を経験した。思い返せば、今日まで全員無事でいられたのはただ運が良かっただけかもしれない。もし、一つでも行や選択を間違えていたらと思うとぞっとする。
「死なないよ。私はこうして生きてるし、これからも――――」
「死ぬんだよ!!」
茅原の必死の言葉を、薫は部屋中に響く怒號で斷ち切る。
大喝一聲する姿を初めて見てをすくめる茅原。いつもの薫は怒ることはあっても決して聲は上げない。いつも冷靜で、飄々としていて、こんな風に力任せにぶことなどなかった。
「死ぬんだよ。ここはドラマや漫畫のようなフィクションの世界じゃない。助けが來るまでのを待ってくれるほど敵は甘くないし、戦いになればいつ誰が死んでもおかしくないんだよ」
もう今の薫は茅原を見ていない。見ているのはに染まった馴染の死だ。正直、彼が生きているビジョンが浮かばない。薫が選んだ道だって、本當に安全かどうかなんてわからない。
運命論に従って、結局は彼を救えないかもしれない。でも、薫に殘された可能は、自分ごと安全な場所で過ごすことだけだ。
「僕にみんなは守れない。みんなは救えない。僕に、みんなの死を踏み越える勇気はないんだよ。僕にはみんなを守れるほどの力は……持ってないんだよ」
薫は縋るような瞳を茅原に向ける。彼なら理解してくれる。こんなけない自分でもけれてくれる。そう考えているような、とても哀れで目も當てられない姿だった。
「ちーちゃん……僕と一緒に逃げよう。ちーちゃん、僕の傍にいてくれ。僕と一緒に、逃げ――――」
答えを急かすように早口で言葉を紡ぐ薫に、彼を一番理解するは、言葉ではなく、力強い抱擁で応えた。
「ちぃ、ちゃん?」
突然のことに、薫の目を丸くする。
彼は薫が落ち著いたのを全でじると、
「どう?」
「どうって……」
「溫かい?」
言われて初めて意識する。服越しに伝わる溫、耳元で一定のリズムを刻む吐息、細い腕は薫のを力強く抱きしめて、彼の鼓は自分の心臓が奏でていると錯覚してしまう。
茅原の抱擁に、居心地の良さをじて、
「うん……溫かい」
「私の鼓が聞こえる? 今、すっごくドキドキしてるんだよ」
「うん……聞こえる」
「分かる? 私、生きてるんだよ」
「生きてる……」
「うん、生きてる。私は今生きてるし、これからも生きる。絶対に死なないし、薫も死なせない。私だけじゃない、みんなも一緒」
それでも薫は知っている。このまま戦いにを置けば、みんな死んでしまうことを。
だからこそ、彼の言葉はめにしかならない。それでも、薫は彼の溫もりに縋りたい。
信じてもらえるか分からないけれど、薫は茅原を抱きしめて震える聲で、
「死ぬんだ。死ぬかもしれないんじゃない。死んでしまうんだ。未來を見てきたんだ。白い髪の誰かがちーちゃんを、ちーちゃん達を殺してしまう。それで僕に言うんだ。まだ足りないって。僕にはみんなを守る力が足りないんだ。このままだとみんな――」
「薫……」
長広舌をふるう薫は馴染に名前を呼ばれて、無意識に回る舌が止まる。
薫が落ち著きを取り戻すため、數秒間を空けてから、
「薫……未來は変えられるんだよ。確定した未來なんてないんだよ。白い髪の誰かっていうのがだれなのか分からないけど、その人が言うまだ足りないは多分実力じゃないと思う」
「実力じゃない? 現に僕はアイツと戦って、目の前で君を殺されたんだ。僕に力があればそんなことにはならなかった」
「それは今の薫の話でしょ。薫はもっと強くなる。その力が薫にはある。だから、今薫に必要なのはそんなのじゃない」
「そんなのじゃない?」
「今の薫にないのはね、覚悟だよ」
「覚悟……でも、僕に人を殺す覚悟は……」
「そんなんじゃない。人を殺す覚悟なんて必要ない。薫に必要なのは、進む覚悟だよ。未來を否定する覚悟、運命に抗う覚悟」
薫に見せた未來は、殘酷で無で耐え難いものだった。だから薫は、戦うことを止めた。戦いから逃げれば大切な人を失わなくて済むかもしれないから。
だけど、薫が最も守りたいと願う彼は、戦うことを拒む薫を否定する。
――運命に抗えと、そう言うのだ。
「運命が殘酷なら一緒に変えようよ。未來が過酷なら一緒に戦おうよ」
彼の言葉は、薫の見る世界を変えていく。數分前までは、あの地獄の景が投影され、目に見えるものすべてがに染まる。
だが、今は違う。彼の『生』を全でじることが出來る。
「その道は君を失うかもしれない」
「死なないよ。私はずっと薫の傍にいる」
「途中で、今みたいに挫けるかもしれない」
「大丈夫。その時は私が、みんなが薫の支えになる」
「僕に……出來るかな。みんなを守ることも、元の世界に帰ることも」
「出來るよ。薫なら出來る。自分に自信がないだけで薫は凄いんだよ。だから出來る」
理由や拠は必要ない。ただ自分を最も信頼している人が、思い描く自分でありたい。ただそう思った。
「ちーちゃん……勇気がしい。立ち向かう勇気が、前に進む勇気が」
「もう薫は持ってるよ。強くて逞しいものを」
不思議だ。彼の言葉は薫に浸して不安や恐怖を取り除いていく。浄化していく。
落ち著きを取り戻し、抱擁を解除した二人は、ついさっきまでの事を思い出して赤面する。茅原に至っては鼓が周囲の空気を揺らす勢いで高鳴っている。
薫はそんな彼に、力強く心強く逞しい目を向けて、
「僕は戦うよ。みんなを守れるように」
「うん、それでこそ薫だよ」
いつもの自分を取り戻し、茅原はをで下ろす。
いつの間にか、薫を襲っていたものがじなくなっていた。手に殘るの、鼻につく腐臭、鳴りやまない怨嗟の聲。
そのすべてが消えて、心を映し出したように靜かになる。
そんな中、一言、一度だけ殘響のように聞こえてきた。薫がしていた答えが。
――まだ足りない。『覚悟』が足りない。
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