《められていた僕はクラスごと転移した異世界で最強の能力を手にれたので復讐することにした》53・覚悟と信念
足が進む。嫌いだったこの場所も、清々しい気分でいられる。
軽い足取りで向かうは鉄格子の扉によって閉じられた地下室。
未來の絶を叩きつけ、心をへし折られたが、馴染の激勵によって再び前に進むことを決めた。
「大丈夫かい?」
心配しているウルドが後ろから聲をかけた。
それに対し、薫はいつになく自信に溢れ強気な瞳をぶつける。昨日の間に逞しくなった薫の眼を見て、自分の行いが野暮であると自覚する。
度が高く蒸し暑い地下室の鉄格子の前、一度立ち止まり、心を落ち著けて扉を開く。そして、立ち塞がる部屋の悪夢に宣戦布告とばかりに言い放つ。
「さて、捲土重來と行きますか」
扉が開かれる音は地下室に響き渡る。昨日の薫なら、この時點で怨嗟の嗚咽が鼓を揺らしていた。
だが今は違う。力強い言葉が、勵ましの言葉が今も囁かれているように聞こえてくる。
もう怖くない。たとえ大切な人が目の前で殺されようとももうじない。
それは絶対にあり得ない。何故なら薫がそうさせないから。
「…………え?」
だが、薫を招いたのは待ち構えていた景とはかけ離れていた。
漆黒に包まれた空間は、澄み切った空とそよ風が草木を揺らす丘の上に変わっていた。
空気が味しく、眩暈とした視界には一面の緑が目を癒す。
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「どういうこと?」
手で日差しを遮ると、丘の頂上にある一本の大樹が確認できた。
橫の広がりが大きい広葉樹だ。そのあたりは日差しが遮られ日になっている。その日には異様な存在を際立たせるティーテーブル。
薫は丘を登り始める。特に理由はないが、何故か足が引き寄せられていた。そして、テーブルのある場所まで行くと、途轍もなく凄まじいマナの気配をじた。
しかし、嫌なじはしない。細胞の一つ一つが踴りだしそうな、愉快で活発なマナだった。
薫は傍にある大樹に手を當てる。見たじ相當の年月が経っているようだが、手からじるのとても生き生きとした生気をじ、マナもそこから出ているのだとじ取れた。
瞳を閉じ、でその力をじていると、
「あーそーぼー!」
「うわぁ!?」
突然背後から勢いよく抱き著かれ、大樹にをぶつけそうになる。
制を整え、振り返って聲と當たりの主を確認する。
白い髪に顔で金の瞳を宿した。長は百二十センチくらいか、彼の頭が臍當たりにある。白いワンピースがき回る彼に合わせ、風に揺らされている。
「君は?」
「アテネだよ!」
アテネ。走り回るは元気にそう名乗った。
薫が思い浮かべるのは知恵や蕓、戦略を司る守護神。凄いのだろうけど、自分の周りを走り回る彼は、神というより、ただの元気なの子だ。
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そして、薫の袖を引き、先ほど同様遊ぼと強請る彼に、薫は一度アテネを落ち著かせる。
「ちょ、ちょっと待って。その前に幾つか質問していいかな?」
「質問? いいよー」
首を傾げクエスチョンマークを頭上に浮かべると、それを吹き飛ばす勢いで質問を許した。
そんな彼にらしく思いつつ、疲れをじそうになって苦笑いを浮かべた。
ちょっと待ってと、アテネは純白の椅子に座り、テーブルに手を添えるとティーセットと茶菓子が現れた。大気を集めて作り上げたように見えたその菓子をつまむに、薫は「それで」と話を切り出して、
「ここはどこなんだい?」
「ここ? ここは〖丘上の神殿パルテノン〗だよ」
「〖丘上の神殿パルテノン〗……あんまり神殿ってじしないけど」
薫が思い浮かべる神殿はたくさんの石柱が屋を支えているタイプの神殿だ。それにパルテノン神殿と言えば尚更そちらを思い浮かべる。
だがここは、丘の上という點では適しているが、神殿というにはかけ離れている。
イメージとの相違に歯さをじるが、それについてアテネから説明がった。
「まーここは玄関だから。本殿は『聖域』にあるよ。多分カオルの思い浮かべたじのやつ」
「『聖域』って、いやそれよりなんで僕の名前を?」
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二つの疑問が浮き出るが、薫は思わず名乗っていないのにアテネが名前を呼んだことに反応してしまった。薫の反的な質問にアテネは逆に首を傾げながら、
「あれれーウルから聞いてないの? アテネは一部始終見てたよ。カオルが泣いていた時もの子と抱き合ってた時も」
言われて思い出す馴染の抱擁に照れと気恥ずかしさをじて赤くなる。
一旦昨日の事は忘れようと顔を振って、
「君は何者なんだい?」
「アテネはアテネ。ただの神だよ。ここは『聖域のり口』。正確にはその一つなんだけど。ウルから話聞いてない?」
「ウルってウルドさん? 確かに『聖域のり口』という風には聞いたけど、それって例えなんじゃないの? 當人によって呼び方が変わるって」
「そうなの! 『悪夢の間』とか『冥界の狹間』とか酷いよー。あれはただ単にアテネに會う資格がなかっただけなのにさ」
頬を膨らませてご立腹な様子のアテネ。その様子すらもらしく思いながら、現狀と彼の存在について黙考する。
いくつかの呼び名の中でここは『聖域のり口』というのが公認らしく、そこにいるは神。
信じがたいが、ここは『聖域』の玄関で、彼は神、つまりはエンスベルと同じ存在であるらしい。
『聖域』の存在は知っていたが、まさかこんなにも速く踏みれるとは思いもしなかった。それに、神の存在はエンスベルしか認知していなかった為、他の神という存在に驚きを隠せないでいる。
「〖丘上の神殿パルテノン〗は『聖域』につながるアテネの私有空間なの。カオルはここにる資格を得たんだよ」
「資格? 何も持ってないけど」
「〖丘上の神殿パルテノン〗はアテネの従者、つまりは神使になり得る可能を持った人のみることが許されるんだよ。許されない場合はその人にとって最悪の景を刻みつける」
「最悪の景……あれは、本當に起こることなの?」
「未來が見えたのなら起こる確率が高いよ。けど、カオルがここにいるってことはその未來に立ち向かう覚悟を持ったんだよねー」
「つまり、ここに來る條件ってのは……」
「心の強い人、意思の強い人、揺らがない信念と覚悟を持ち合わせている人」
一つ一つ、菓子を口に運んでは提示する條件。薫の心境の変化によって手にしたそれが資格であると告げられて、
「『聖域』が存在と、君の言葉が全て本當だとして、君は一ここで何をしているの?」
空いていた席に薫も座り、彼が味しそうに食べているクッキーを一つ手にとって質問を投げかける。
『聖域』の事や、神についてなどはこの世界では空想のものとして知られ、それが薫の目の前に存在しているのだが、それ程驚くことはない。なにせ、空想と思われていた世界、異世界に薫はいるのだから、ファンタジーの産が存在していたとしても、十分に考えられる。
だから、一々真偽の証明をするよりも、これからの話を進める。
おそらく、薫にとって彼は、今後重要な存在になると、拠はないがじていた。
投げかけられた質問をけると、彼の金の雙眸が薫を捉えて、ニヤリと笑い、
「だ、か、ら、アテネは神使、つまり契約者を探しているのー」
「契約者?」
「あまり詳しくは聖域規定で話せないんだけど、アテネの従者となる人を探しているのー」
「それで、契約者を探してどうするつもり?」
「それは聖域規定で言えないのー。けどけど、これはカオルにとっても良い話なんだよ」
薫の質問に答えることは出來ないアテネは、悪戯っ子のような笑顔で持ちかけた。
當然薫は首を傾げる事しか出來ず、その反応をけ取ってから、
「カオルが見た景はほぼ必ず起こると言ってもいいの」
言われて思い出す『死』の世界。その世界を薫に見せた張本人が実現すると言って、全のが逆立つ覚を覚える。
固めた覚悟が僅かに揺らぎかけ、それでもと再び固める薫に、アテネは「だから」と紡いで、
「アテネと契約しよー。アテネと契約すれば未來を変えるだけの力、権能が手にるの」
「権能……それは、君の優しさなのかな?」
途端に彼から笑顔が消えた。空気が震え、無垢な眼は冷たく、そしてもう一度笑みを浮かべた時は、それはもう子供の笑顔ではなくて、
「殘念だけど、これは契約。相応の対価をカオルから貰うの」
潰されそうな重みを持つ冷たい聲は、薫に冷や汗をかかせるほどの圧力を持っていた。
そして、恐る恐る探るように、
「対価って……」
「ある人は人の一部を、ある人はを、ある人は記憶を払った人もいたの。でもそれは単に差し出せば良いという訳ではないの」
「と、言うと?」
「味しいお菓子にはお金がかかるの。強い権能を得るには、その分の対価を必要とする。それは、量や質で変化するの。けど、何を差し出しても、カオルはカオルでなくなるの」
それは薫にとっては最悪の不利益で、彼にとっては隠しておきたい事実だ。だが、アテネはその一切を隠さずに打ち明ける。
「僕が僕でなくなる……」
「そ。でも記憶でも失えば見える世界はぐんと変わるの。いきなり目が見えなくなったら生活の仕方が変わるのと同じなの」
「つまり、権能という力を得る代わりに、僕は人間として、僕を構する何かを失うって事でいいのかな?」
「そうなの。価値観、思想、格……どう変化するかは分からないけど、なくとも薫が守りたい人は守れるよー」
彼は薫のみを葉えようとしている。葉えられる力を與えようとしていて、その対価もしっかり説明している。
だが、アテネのなくともという言葉が引っかかって、
「なくともって?」
「……」
アテネは無言でカップを傾けて、一度間を區切ると、
「誰かを助けるには、時に誰かを犠牲にしなくちゃいけないの。カオルはその犠牲をけれる事になるの」
犠牲の許容。犠牲を失くすではなく、犠牲をなくするという考え方。
それは薫の思想とすれ違うものだ。
それが世界の理だとしても、薫の言っていることが綺麗事だとしても、
「ごめんだけど、君と契約は出來ない」
強く拒絶の言葉を言い放つ事が今の薫には出來た。薫の周りには、仕方がないと切り離せる人はおらず、犠牲をけれる行為は、今の薫を信じて、支えてくれる人を失させてしまうからだ。
「僕は君が提示した最悪の未來を変えるよ。けど、それは神の神使じゃなく、ちーちゃんが凄いと言ってくれた相沢薫として、だ」
強くて勇気を、逞しい覚悟を持った自分。
傍に居たいと言ってもらえた自分。
支えになって上げたいと、心から囁いてもらえた自分。
そんな自分を今は肯定し、これからもそうありたいと思っている。
だからこそ、彼の提案は呑めない。
「…………」
薫の決意にアテナは俯いて、
「ぷっ、アハハハハハハ!」
笑う笑う。その姿は再び無垢な表に戻っていて、彼の哄笑に気取られていた。
そして、お腹を抑えて目に涙を浮かべるほどに笑いきり、落ち著くと片目を瞑り、
「カオルって面白ーい。いいよー。カオルのやりたいようにやってみればいいの。いや、むしろやってほしいの」
その顔からは考えられない嫣然とした表で、
「じゃあカオルがアテネの力を求めるまで、カオルの闘を俯瞰させてもらうの」
彼は立ち上がり、薫の傍に移する。
薫は座り、彼が立っていて、丁度目の高さが合う。
金の雙眸に自分が映されて、吸い込まれそうな圧力をじる。
「カオル、手貸して」
「手? こう?」
言われるがまま、アテナの前に右手を出すと、アテネの小さな手が薫の手をとって、きめ細かいをじて赤面する薫を気にせず、手の甲に何か指でなぞる。
「これは許可証なの。カオルには〖丘上の神殿パルテノン〗の本殿に招待するの」
「本殿にる許可証……」
手の甲に銀を出しながら浮かび上がる紋様は、梟の顔を彷彿とさせるシンプルなデザインで、數秒り輝いた後は、何事もなかったかのように消えていく。
「その許可証は一度きり使用できるの。次來るときはアテネと契約を結ぶときなの」
「君とはまた會いたいけど、そういう事ならもう會いたくないかな」
はしゃぐアテネと苦笑する薫。
そして、そろそろ暇しようと立ち上がって、
「ねぇアテナ……僕はどうやって帰ればいいの?」
「……アテネと遊ぶといいのー!」
絶対噓だなと思いつつ、薫はアテネの無垢な眼で向ける懇願を斷る事が出來なかった。
流石の薫も、三時間も付き合わされる事になるとは思いもしなかった。
********************
瞼を開けると、そこは源がない気た空間だった。
新鮮な空気は再び苔臭さで汚染される。
「……」
「カオル君……」
ウルドの呼び掛けに、薫は意識と現実の時間差に混してしまったが、何故かそれ程機に止める事にじなかった。
そんな事気にならないほどに、薫の心は達や満足に近しい何かで満たされていた。
それは自分の中だけでなく、雰囲気で滲み出ていて、ウルドの顔に笑みが浮かぶ。
「おめでとうカオル君。その様子だと上手くいったんだね」
上手くいったかどうかは分からない。が、なくとも納得のいく結果にはなったと思う。
だからこそ、迷いの無い顔で言う事が出來る。
――薫の覚悟と信念を。
「救ってみせますよ。全て、この手で」
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