《められていた僕はクラスごと転移した異世界で最強の能力を手にれたので復讐することにした》63・贖罪
「お願い? お前が、俺に?」
意味が分からない。彼の言の意図が、どれほど思考を巡らせても理解が出來ない。
思考が停止し、膠著してしまった優希に対して、彼は頭を下げ続ける。
戦闘意など一切ない、本心から懇願の姿勢を見せる花江。
「翠人達を見逃して……許してほしいの」
「許す?」
「死んだという報を流してまであなたが私達に接する理由。仕返しなんて甘いものじゃない……復讐なんでしょ」
「分かってんじゃん。で、そこまで分かっていて、お前は何してんだ?」
今彼の目の前にいるのは、復讐心に囚われて、友を殺そうとしている、つまりは敵だ。
そんな相手に彼は頭を下げている。油斷をうためのものではない。武である弓を地面に置いて、それを取る素振りすら見せず、両手は腰に添えられている。
「翠人があんなことをしたのは……私が原因なの」
「お前が?」
彼はゆっくりと頭を上げる。
優希と目を合わせることは無く、彼の瞳が映すのは、優希が知りえない鬼一との過去。
「私と翠人が初めて出會ったのは中學の頃……」
震える聲で彼は語る。
彼が中學の頃、父親のギャンブル癖が原因で母親は家を出ていき、殘された彼は毎日のように父親の家庭暴力に耐えながら生活していた。
制服の下に抱える痣の數々。その部分が悲鳴を上げているのにも鈍くなってきた頃。
彼は屋上で風にあたる。でじる風のは冷たく、閉塞的な世界から解放されるような気分を彼は味わう。
空を近くにじ、あと一歩前に踏み出せば、この世界から解放される。
『…………死ぬ勇気なんてないくせに』
自嘲気に笑う彼。
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屋上のフェンスを乗り越えて、彼はパラペットを歩き回る。
『おい、そんなところにいると危ないぞ』
彼が自分の世界に浸っていると、背後から聲が聞こえ、驚きのあまり心臓の高鳴りをじて、反的に振り返る。
短い髪が僅かに風に揺られ、學ラン姿だが、竹刀袋を肩にかける年。學年章は同い年の一年。
『誰?』
『俺か? 俺は三組の鬼一翠人きいちあきと。お前は?』
『私は……花江哀はなえあい。二組……』
『そんで、こんなところで何してんの?』
鬼一は今にも自殺をしそうなを前に、取りすことなく疑問をぶつける。
彼は鬼一を前に再び閉塞した世界に引き戻されて、フェンスに摑まり鬼一を若干睨むようにしながら、
『結構余裕だね。私がどんな狀況なのか分かる?』
扉を開けて、屋上の景を視界にれた途端、フェンスの向こう側で立っていると、自殺しようとしているのかと最初に想像しても不思議ではない。そうでなくても危険なことに変わりはなく、焦りや揺といった反応ぐらい示してもいいのだが、彼は至って冷靜に彼がなぜそこにいるのかを追及している。
花江がフェンス越しに鬼一を睨む。
普段この屋上は誰も使うことは無い。晝間なので特に景がいいという訳でもなく、掃除もされていないここの床は汚い為こんなところで寢る人などおらず、立地的に風が強いのもあり環境はあまり良くない。
この場所だけが、一人で過ごせる場所、何にも縛られず、生きているとじられる場所だったのに。
鬼一の存在が、心の奧底で邪魔にじている自分がいる。
花江が機嫌を悪くしながら訪ねると、鬼一は彼の表にあまり反応を示さないまま、
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『いやさ、最初は焦ったんだけど、そこに立つ前にフェンス乗り越える過程を想像するとなんか落ち著いたっていうか……』
彼がフェンスの向こうで立っている絵はなかなかなものだが、その狀態になる前に彼は自分の長よりも高いフェンスを乗り越えたことになる。風の強さからしてスカートはれまくっていただろう。
鬼一の言葉に花江は思わず表を緩めた。
『フフ、そうだね』
『わざわざそこに行くってことは飛び降り自殺でもすんのか?』
『それが出來たら楽なんだけどね……私にそんな勇気も覚悟もない』
『んじゃなんで、そんなところにいんだよ? 飛び降りる気ないならフェンス越える必要ないだろ。景もさほど変わんねぇし』
花江はフェンスにしっかりと摑まり、視線を鬼一とは反対の方向、運場と晝間だけあって賑やかな町の景。
『そっち側じゃダメなの』
『そっち側?』
『そう。この場所は私の見ている世界と同じ。や環境に閉じ込められて息苦しい。最初はこのフェンスすら乗り越える勇気なんてなかったけど、乗り越えた時の解放は忘れられない。けど、乗り越えた先は崖っぷちで、恐くて私はせっかく乗り越えた壁の中に戻ろうとする』
彼は自分の弱さを自覚している。家庭環境の影響で學校でも笑わない彼の周りに寄り付く人はいない。最初は話しかけてくれる生徒もいたが、無口で不想な彼に想をつかされて、今では立派なぼっちだ。その上、子グループの一部では口や嫌がらせにも合っている。
どこにも居場所が無く、逃げ場が無いこの世界は、鳥籠のようにじられて。
そんな彼は鳥籠の外を憧れた。自由に大空を舞う鳥に、彼は憧れたのだ。
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だから、彼はフェンスを乗り越えた。自分に翼が無いのは自覚している。フェンスを乗り越えたところで今の生活が変わるわけでもない。
それでも彼は一歩でも籠の外側に出ていきたかった。
しかし、理想の前に現実が立ちふさがる。
翼のない彼にとって籠の外の世界は狹く、そこからさらに一歩を踏み出すことが出來ない。
それどころか、この場所に立っているのが恐くて恐くて、自分から抜け出したかった鳥籠の中に戻ろうとしてしまう。
『だから私はここじゃなきゃダメなの。今はまだここから踏み出す勇気はないけど、その心を手にしたら、私はここから自由に――』
『う~ん』
彼の言葉を塞ぐように鬼一は唸る。
腕を組み、難しい顔をして、頭を掻くと絞り出すように言葉をかける。
『難しいことはよく分からんし、花江が何を悩んでんのかも知らねぇけどさ、結局のところそれってお前の言う自由なのか?』
『どういうこと?』
花江の表が再びくなる。折角自分なりに出そうとした答えを否定された気がして、彼のが防衛反応を起こした。
そんな彼の鋭い視線をけながらも、鬼一は脳で言葉を選び、自分が何を言いたいのかを必死に考えて、
『なんつーかさ、それって結局自己満足なんじゃねぇかって思ってさ』
『自己満足……人の気も知らないで好き勝手言うのね』
『俺あんまりほんとか読まねぇからさ、さっきの話も正直理解出來てんのかも微妙なんだけど、要するに俺が今立っている場所が今のお前の環境で、お前が今立っている場所の先がお前の憧れる自由って言いたいんだろ?』
彼には死ぬことが自由になる唯一の手だと答えを出している。
だから彼はその自由を得るための覚悟を持つために、今こうして立っている。
それは自己満足だと、目の前の年は言い放つ。フェンスを摑む力が強くなり、腹の底が熱くなる。それは彼の言葉を認めている自分がいるからなのだろうか。
『そりゃそこから飛び降りれたら自由になるだろさ。でもその自由は飛び降りてから地面に落ちるまでの數秒だけだろ。そこから先は永遠の眠りにつくとか、あの世に行くとか、生まれ変わるとか、いろいろ思いつくのはあるけど、どれも花江哀として得る自由じゃないだろ』
死後の過程は想像つかないが、どれも自然の摂理に従ったもので、結局彼はり人形であることは変わらない。
彼が最後に得るのは、自由を得る勇気を持てたという自己満足のみ。結局のところ、彼のやり方では自由を得ることは出來ないのだ。
『……』
反論の言葉が思いつかない。今まで自分が認めたくなかったことを言われて、彼のは揺さぶられてれる。
『まぁ、自由とか勇気とか、そんな哲學的なことはよく分からんけど、自由を求めて移するんじゃなくてさ、今いる場所で自由を作るのが本當の自由なんじゃねぇの・なんか自分で言ってて意味わかんなくなってきたけど』
花江が自覚したくなかったことをあっさりと言うくせに、自信は無さげで勝手に混している鬼一いていると、今抱いているを理解するのも馬鹿らしくなって、
『フフフ……そう、かもしれないわね』
『分かったらこっちにこいよ。そこに立ってられっとこっちも練習できねぇから』
『練習?』
フェンスを乗り越えながら花江は尋ねると、鬼一は袋の中の竹刀を取り出して、
『ここ、俺の特訓場だから。あと、パンツ見えてっぞ』
フェンスを降りた彼はスカートを抑えながら鬼一を睨む。
これが鬼一との出會いだった。
その日から二人は屋上でちょくちょく會うようになった。というよりは、花江が屋上にいると、鬼一が後から來て、竹刀を振るような形だ。
基本的に花江はそれを眺めているだけだったが、間間に話しかける時もあり、周囲の環境は変わらず嫌なものだったが、彼と過ごすこの時間だけは心休まるものがあった。
最初はたわいもない話だったが、次第にお互いによく知るようになっていった。
『そういえば、何故ここで練習を? 剣道場があるでしょ?』
花江の質問に、鬼一は素振りをしながら、
『特に、深い理由は、ねぇよ。ただ、先輩の、知らない、間に、強くなってたら、カッコいいだろ?』
息継ぎの合間に語る鬼一はにやりと笑う。
彼の剣道に賭ける思いはとても強く、彼としても応援したくなるものだった。
そして、二年生となった彼は全國大會男子個人で準決勝出場という好績をたたき出した。
二年になった今でも屋上での関係は続いていた。
彼の剣道への思いは増し、次は優勝と張り切ってその日も竹刀を振っていた。
彼は次第に、汗をかき努力する彼の姿の虜になっていた。
これがなのか、憧れなのか分からなかったが、鬼一が目標に向かいひたすら稽古に勵む姿を見るのが大好きだった。
彼には頑張ってほしい。そう心から願っていたのに。
晝休みの校舎裏。
そこには男子生徒が三人と、一人の子生徒がいた。
校舎の壁に背後を取られ、周りを取り囲む男子生徒によって、その子生徒――花江哀は逃げ場がない。
『先輩が私に何の用ですか』
『いやさぁ、俺の彼があんたに酷い目に遭ったって泣いててさぁ。その仕返し』
一人の男が彼を壁に押しやって距離を詰める。
勿論、花江が誰かを酷い目に遭わせた覚えなどない。だが、どうせいつもの子生徒が嫌がらせで吹き込んだのだろう。
予想のついた彼は、反論すら無意味だと諦めて、
『…………』
口を閉ざした。が宿っておらず、全てを悟り、諦めた瞳。
もともと、彼は死にたいと思っていた。だから、ここで何をされても別に……
『何だこいつ。怖くて聲も出ねぇのか』
男が花江の制服を摑んだその時、
『何してんだお前ら』
『ぐぁが!?』
一人の男子生徒が倒れ込む。
それに反応して、花江に迫る男の手が泊まり、音のする方に目を向けた。
同時に花江も視線を送り、そして驚いた。
この時間、彼は屋上で練習していたはず。
『翠人……』
『ぁあ? なんだテメェ。先輩に手ぇ出すとはいい度じゃねぇか』
『やめて! 彼は関係ないでしょ!』
『はぁあ? 関係ないないだろ。こうして喧嘩売られたんだからよぉ!』
男の手が花江から鬼一にびる。
それも服を摑むものではなく、拳を握り空気をその手に打ち付ける勢いで毆り掛かった。
その時、花江は聲を上げる。それは鬼一がやられるといったものではない。
だが、もう遅い。
『ぐッがぁ!』
男に拳を簡単に躱し、腹に強烈な一撃を叩き込む。
腹部を抑えて蹲る男。それを見たもうひとりも毆り掛かるが、それすらも一蹴。
その後は悲慘だった。諦めが悪いのかプライだが高いのか、先輩の男子生徒三人は何度も鬼一に毆り掛かり、その度にやり返す。
三対一で、鬼一もそれなりにやられるが、それでも引くことは無く、最終的に男子生徒三人が立たなくなるまで続いた。
止めなければと思っていた花江は、ただ見ていることしか出來ず、震える手を抑えて、焦りに焦っていた。
彼の脳裏には、最悪な結果が再生されていたから。
それは現実になった。
次の日から二週間、鬼一は學校に來なかった。
出席停止だ。校での暴力沙汰。お互いに酷い怪我だったが、特に先輩の男子生徒は酷かった。
當然、部活は退部させられ、鬼一のがっこくでの印象はかなり悪くなっていた。
當たり前と言えば當たり前だ。真実はどうであれ、現実は先輩の男子生徒を斷たなくなるまで毆り倒したというのだから。
それから鬼一は変わってしまった。
真面目で努力家だった彼は、周囲の抱く印象通りになってしまった。屋上で過ごす彼は、竹刀を握ることは無く、ただ風にあたっているだけ。それはまるで、昔の自分のように花江はじられて。
『ごめん……』
久しぶりに學校に來た鬼一に、屋上でそう言うと、彼は怒りも、悲しみもない、無の表で、
『別に……俺が勝手にやっただけだから』
この言葉は逆に辛かった。
お前のせいだと、はっきり言ってくれた方が何倍も楽だった。
自分さえいなかったら、早く覚悟を決めて籠の外で一歩を踏み出していたら、鬼一の夢も、目標も閉ざされることはなかったのに。
――私が、彼の人生を奪った。
「翠人があなたに目を付けたのは、竜崎にわれたから。今まで彼は我慢してきた鬱憤をあなたをげることで発散していた。勿論、翠人があなたにしたことは酷いことだと理解してる。けど、彼をあんな風にしたのはこの私。だから……」
――彼を、鬼一翠人を許してほしい。
そう言って彼は再び頭を下げた。
彼があの時、何も言わず傍観者を決めていたのは、酷いことだと、間違っていると解っていたが、自分に止める権利が無いと思っていたから。
彼は元の世界で死ぬつもりだった。だが、現在彼は生きている。それは鬼一の存在が大きいものだ。
たとえ自分がどうなっても、鬼一翠人を助けたい。それが、花江が出來る鬼一への贖罪。
「…………」
最初は何故彼が鬼一の為に頭を下げているのか理解できなかった。どんな話をしても計畫を進めることに変わりはないと。
だが今は違う。彼が命を懸ける理由を知った今、優希は計畫を進めるつもりなどなくなった。
――もっと面白いことを思いついたから。
「っぁ!?」
首が締め付けられ、背中を打ち付けられた衝撃で肺から空気が逃げていく。
足が地面についておらず、呼吸すらままならない狀況。花江は自分の首を摑んで持ち上げる優希の手を摑み、苦しさで閉じていく目をうっすら開けて、優希を見る。
その時視界にった白髪の年は、満面の笑みを浮かべていて。
「分かったよ。アンタの想い、十分に伝わった。あんな話を聞いたら俺が手を出すのもなー」
花江はこの時、妙な安心をじていた。
【次元過インビジブル】はれているものも一緒に発するため、今発しても優希も共に過してしまうため、絞殺しようとしている手から解放されるわけではない。
それでも彼は安心していた。
やっと罪滅ぼしが出來る。自分は死に、鬼一は助かる。恐くないと言えば噓になる。自分にはまだ、籠の外で一歩を踏み出す勇気がないから。だが、それ以上に、この苦しみから解放されるなら――
「ようやく……私は……」
――一歩を踏み出せる。
彼は笑う。苦しさに耐えながらも笑みを浮かべる。
優希のもう片方の手が花江の頭にびる。彼のから力が抜けていき、全てをけれたのだと優希は悟った。
このタイミングしかないだろう。希から絶に叩き落すには。
「俺が鬼一を殺やるんじゃない。お前が……お前自が、アイツを殺せ」
「――――ぃ、やぁ……」
抜け落ちていたの力が再び戻る。
もがき、足掻き、優希の手から解放されようと必死だった。
何をされるか分からない。だが、このままだとまない結末に、最悪な結末になることを、優希の表から、言葉から察したからだ。
花江の頭を優希は摑む。
うすら笑いが、絶に叩き落されて涙する花江の表で更に歪む。
「〖思考命令マインドプログラム〗…………送信アップロード」
「……ぃ……ぁ、やぁ…………」
必死に拒む彼の脳裏に送られる言葉。
それは自分の意志、価値観、思い出までも支配するもので。
…………鬼一翠人を殺せ――。
【書籍化】誰にも愛されないので床を磨いていたらそこが聖域化した令嬢の話【コミカライズ】
両親の愛も、侯爵家の娘としての立場も、神から與えられるスキルも、何も與えられなかったステラ。 ただひとつ、婚約者の存在を心の支えにして耐えていたけれど、ある日全てを持っている“準聖女”の妹に婚約者の心まで持っていかれてしまった。 私の存在は、誰も幸せにしない。 そう思って駆け込んだ修道院で掃除の楽しさに目覚め、埃を落とし、壁や床を磨いたりしていたらいつの間にか“浄化”のスキルを身に付けていた。
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