実力を証明するための決闘は薫の勝利で終わった。

終わると呆気ないもので、観衆の騎士や衛兵達は結果を見るや否や解散し、それぞれの持ち場へと戻った。

ウィリアムは薫達の所に歩いていき、

「お疲れ様。二人ともいい戦いだった。ティファもこれで納得したかい？」

「はい。彼の実力は認めます。出過ぎた言をお許しください」

落ち込んだ表のまま、ティファはウィリアムに頭を下げる。

そんな彼に、ウィリアムはそっと頭をでて、誰にも聞こえないように彼の耳に顔を寄せると、

「ありがとう」

たった一言囁かれる。

その後文字に、ティファの心臓は高鳴り気分は高揚する。

顔を赤く火照らせて、頭部にじる溫かく優しいを記憶に刻み付ける。

「さてとカオル、この後時間あるかな？」

「別に構わないけど」

「それじゃしいいかな。見せたいものがあるんだ」

「見せたいもの？」

「ついてくれば分かるよ」

ウィリアムは出口へ歩いていき、薫も後を追おうと足を進めようとしたその時、

「ちょっと待ってください」

ティファの聲が、薫とウィリアムのきを靜止させる。

振り向いて視界にったティファの姿は、どこか腑に落ちないと言った表で。

「一つ……聞いてもいいですか？」

「……何かな」

ティファが抱く疑問。

練度的にはティファが上。戦闘の資質などは薫が上だろうが、まだそれを発揮できる実力とは思えない。

それなのに、ティファは薫に一撃も與えることが出來なかった。

「どうして、私の攻撃が避けれたのですか？」

勘が鋭いといったじではない。最早あれは後ろに眼があるか、未來予知と言ってもいいくらいだ。

完全に見切られて、死角からの攻撃が意味をなさなかった。

彼の疑問に、薫は教えてあげようと言葉を選ぶ。

薫と共に視界にるウィリアムの表は笑みを刻んでいて、ティファが抱く疑問の答えを知っているようだ。

「何故って、見えなかったから」

「…………？」

薫の言葉を理解しようと、決闘の記憶を回顧するティファ。

そんな彼の記憶を開設するように薫が続ける。

「一つ、【神速】で消えて姿が見ないということは僕の死角にいるということ。二つ、君の攻撃は純粋で分かり易い。三つ、君は集中していなかった。最後にこれが初戦と言うこと」

ヒントを上げるように述べる薫。

彼は薫の言葉を自分の記憶に反映させて理解しようと試みた。

まず一つ、彼は【神速】で姿を消したはいいものの、毎回背後や頭上からの攻撃になる。

弓兵と違い姿を消すことが出來ない槍兵が姿を消すとなれば死角にいるか、障害に隠れるかの二択。この場所で隠れるような場所が無いことから彼の行は前者。つまり、視野の広い薫にとって場所の推測は容易。

次に攻撃の単調さ。

彼の槍は、とても綺麗で丁寧だ。まさに見本のような槍。故に知識として知っていれば攻撃を読みやすい。

そこまで理解はした。だが、また疑問が浮き出る。

場所の推測が出來たとして、何故ティファの攻撃を見切ることが出來たのか。

薫が反応した時は、まだティファを視認出來ていない。

彼がどんな攻撃をするのか、薫には判斷できないはず。

その答えが三つ目、集中力を欠いていたことに繋がるのだろうか。

最後の初戦だったからという意味とは。

ティファの思考が止まるのをじたウィリアムは答え合わせと口を開く。

「ティファ。君の攻撃が彼に見切られたんじゃない。君が彼の思い通りに攻撃していたんだ」

「思い……通り？」

「君の攻撃は見本のように丁寧だ。最初の數手でそれをじた薫は、攻撃の導を試みた」

わざと隙を作り、言、行、呼吸のリズム。いくつもの要素を巧みにり、彼に自分の思うような攻撃を仕向けさせた。人心掌握は戦闘でも有効だ。ウルドに摺りこまれたこの技はまだまだ未だが、この時この狀況なら通用する。

相手は基本を極めた相手。

トリッキーなきをする相手よりもきを理解しやすく通用しやすい。

加えて彼は、薫に苛立ちを覚え、細かいところまで注意出來ていなかった。薫が言に似合わない余裕な笑みを刻んだのは、いわば挑発。冷靜さを欠くための作戦。

しかし、実戦経験は彼の方が上だ。薫が生み出した隙は大雑把で分かり易い。

隙が生まれたと確信が持てるほどに。普通ならそこで警戒する。だが、彼はそれをしなかった。それは薫が戦闘慣れしていないと判斷していたからだ。

平和な世界で過ごしていた彼が、この短期間で剣を完璧にれるわけがない。

生まれた隙は、彼の経験不足が如実に現れた結果だと、彼はそう思い込んでいた。

だから、あからさまなトラップにも迷うことなく突っ込んだ。

「とまぁそんなじかな。僕の実力を見誤った油斷と淺い読み、君の複雑なに阻害されたきのキレ。この二つが、攻撃導にハマった主な要因かな。だから、今からもう一度君と勝負をした場合、確実に僕は負ける」

自分が攻撃していると思っていたのが、攻撃するように仕向けられていたなんて思いもしない。

それも主な要因が全部自分が原因。自分の未さに腹が立つ。

「それに、この技はあくまで予知しているかのような堂々とした振る舞いが求められる。迷いを見せたら逆に付け込まれるから。だから、この決闘には有効になるわけ」

「どういうことですか？」

「つまり、実戦じゃないということ。これが実踐だった場合失敗したら終わりだけど、今回の場合、攻撃導に挑戦して失敗したとしても、寸止めで終わって死ぬことは無い。だから思い切った行がとれた」

本當に、この決闘だからこそ薫は勝てたということ。

しかし、その狀況に合った戦略がとれる彼の実力は本た。

そこは認め、自分も見習わなければならない。

「どう？　納得はいった？」

「はい……自分の不甲斐なさに苛立ちを覚えるくらいには。……これからよろしくお願いします。カオル」

彼は不機嫌そうに右手を差し出した。

さっきは薫が出した手を無視していたのに、今回は彼から。

しは親になれたかな。

「よろしくティファ」

嬉しさで表を緩めながら、薫はしっかりと彼の握手に答えた。

＊＊＊＊＊＊＊＊＊＊＊＊＊＊＊＊＊＊＊＊

ウィリアムの隣を薫は歩く。

途中、城の使用人達が笑顔で挨拶していて、若いメイド達にはウィリアムが通り過ぎた後、何やら楽しそうに會話が弾む。

相変わらずの人気をじながら、薫はウィリアムの言葉に耳を傾けた。

「そういえば、姫様様には返事したのかい？　今回だけじゃなく彼の騎士として仕える気なんだろ？」

「いや、返事はまだなんだ。あの後一度も姫様とは謁見していないからね。返事は建國祭が終わってからしようと思う。今は姫様も忙しいだろうから」

廊下を歩いていると、ウィリアムの腳はとある扉の前で靜止する。

重厚溢れる扉は、まるで誰かを投獄しているようにじられる。

「ここは……」

「今から目にする景は絶対に口外しないでほしい。この部屋の存在を知っているのは陛下とオレ、後は宮廷眷屬だけだからね」

「そんなものを僕なんかに教えていいんですか？」

この先に一何があるのか。勿論口外する気など一切ないが、それでもを抱え込める自信があるかと言えば不安だ。

薫が自信なさげに言うと、ウィリアムは逆に得意げな笑みを刻んで、

「君にはこれから々と助けてもらう場面があるだろうからね。報を共有しておいて問題はない」

ウィリアムは扉に手をかざす。

ウィリアムのマナが扉に注がれて、ガチャリと何かが解錠した音が響く。

「この扉は普通に開けても何もない部屋に繋がるけど、認められた者がマナを當てるとの部屋に繋がる。いわばマナが鍵みたいなものだよ」

説明を加えて、ウィリアムは扉を押した。

重々しい音を響かせながら開く扉が、の部屋を覗かせる、

steam

「さぁ早くって。誰かに見られると面倒だ」

急かされて、薫は部屋の中を確認するよりも先に足を進めた。

薫が室した瞬間、ウィリアムは扉を閉める。外のが収束していき、窓のない部屋は暗然とした空間が出來上がっていた。

「…………これはッ！？」

薫から驚嘆の聲がれる。

暗然とした空間を、瑠璃のが淡く照らす。

この部屋がどれほどの広さ何か、裝はどんなじなのか、この量では分からない。

故に、その源が眼に焼き付く。瑠璃の淡いを放つ正八面の結晶。

倒れないように臺座に乗せられているそれは、薫の言葉は思わずれた聲を最後に奪われる。

「姫様様の為にも君には……この國の闇を知ってもらいたい」

「この國……闇……」

ウィリアムはる結晶にれながら中を覗き込む。

視界にはその結晶に納めたまま薫は耳を傾けた。低い、怒りをじさせるその聲は、普段のウィリアムからは想像がつかなくて。

「エンドラの殺戮兵事件は知ってるかい？」

「まぁ、噂と公表されている歴史程度には……」

「ここに眠るのは、その事件がきっかけで目覚めた初代勇者――――ライン・アルテミスの死」

目前に結晶の中で眠るの正に、息を呑んだことすら自覚できないほどの衝撃。

何故、そんなものがここに眠るのか。

「エンドラの町で復活を遂げたライン・アルテミス。しかし、理を失った彼はただの殺戮兵へと化してしまった。ただしそれは不完全な蘇生。活時間は極めて短く、そのは滅んだ……」

「そこまでは歴史書で知っています。僕が知りたいのは、何故滅んだがここにあるかということ……」

薫が尋ねると、ウィリアムは憎悪を込めた嘲笑に近い笑みを刻んで、

「簡単なことだよ。陛下はこの殺戮兵を手にれたかった。折角復活したのに、そのままにしておくのは勿ないってね」

「けどッ！　これは多くの犠牲を生み出した原因。これじゃあエンドラの町人達の処刑が、まるで利用したみたいじゃ――」

「正解だよ」

遮られて、自分の言葉に溶け込むようなウィリアムの臺詞に、薫のは的に溢れる多くの言葉で詰まり、吐き出すことが出來なかった。

「エンドラの町に“冥界の扉”を作らせたのは帝國。暴走は誤算だったようだけど、帝國の目的はあくまでライン・アルテミスのの復活。目的が達された以上、報を持つ者は不要になる」

「まさか……エンドラの人たちは口封じのために濡れを著せられたのか……」

「……そう。當時、まだオレは生まれていないけど、事件に関わっていた元騎士団長から聞いた事実だ。証拠もある。問題はこのをどうするのか」

今はあくまで保存している狀態。はあれど魂は存在しない、ただの塊だ。

それでも、こうして厳重な機事項として保存しているのは、それなりの理由があるから。

「ここからはオレの推測だけど、陛下はこのを支配下に置くつもりではないかと睨んでいる」

「支配下って……どういう……」

「そのままだよ。ライン・アルテミスは歴代勇者の中でも最強。もし彼が自分の思うままにく道となった場合、それは最強のカードとなる」

「けど、そんなことして何になるっていうんだ。陛下はもう大陸を統一し帝國の長。確かに、戦力として最強の彼が味方になれば帝國の防衛線は強くなる。けど、帝國には騎士団も、宮廷眷屬だっている。また暴走するかもしれない危険を背負ってまで蘇生する意味が分からない」

「陛下は権力において貪を極めている。騎士団長から皇帝、皇帝から――神になる」

ウィリアムは天を指さし、力強くそう言った。

神になるというのは、ライン・アルテミスを蘇生し、神――エンスベルを殺して、自分が神になろうとしているのだろうか。

クラリスから聞いた冷徹な人格、人々を自らの野心のために利用するやり方。

これほどまでに人に嫌悪的なイメージを植え付けられたことは無い。

「ウィリアムは……それを知って陛下をどう思いましたか？」

「流石に驚いたよ。でも、立場上オレが謀反を冒すわけにはいかない。騎士の矜持よりも、オレは騎士団の皆や、國民の命を優先する。だから、君に協力してほしい。」

「僕が謀反を？」

「違う、そうじゃない。クラリス姫様は帝國を側から変えようとしている。そして君は彼に選ばれた」

「姫様の傍にお仕えし、彼の意志を尊重する。つまり、彼の理想に手を貸してってことで良いのかな？」

「そうだ。今日君にこの場所を教えたのは、ここで怒りや憎悪、嫌悪といったを飲み込み、かき消してほしかったから。怒りにを任されて反逆でもされたら困るからね」

「……分かったよ。僕も帝國相手にする度は無いし、姫様の理想は好きだ。是非、協力させてもらう」

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扉を開けると溢れるに薫は思わず目を覆う。

すぐさま部屋を出て早急に扉を閉めるウィリアム。薫がもう一度扉を開けた時は、何の変哲もない部屋と化していた。

「では、オレは仕事があるから持ち場に戻るよ。薫は姫様の所に行くんだろ？　部屋の場所は分かるかい？」

「大丈夫。城の地図は海斗に摺りこまれたから」

薫がこめかみを人差し指軽く突いてそう言うと、ウィリアムは笑顔でその場を去った。

さてとと、薫はをばしながらクラリスのいる部屋に向かう。

似たような風景が続く場を歩いて數分、何かが引っかかる。

「…………」

誰とも會わない。

ウィリアムと歩いていた時は、それなりに使用人たちとすれ違っていたが、今は人気が一切ない。

偶然かもしれない。そう思って、薫は辿り著いたクラリスの部屋の扉を叩く。

「姫、逢沢薫です。突然の訪問お許しください。しお話があるのですがよろしいでしょうか……」

…………………

返事がない。不在なのだろうか。

薫はもう一度ノックする。結果は同様無反応。

「失禮します」

薫は鍵のかかっていない扉を開ける。

二度目の景。の子らしい桃の裝、豪奢な家と絨毯やカーテン。

部屋から扉へと吹き抜ける風と――――――――割られた窓。

「姫……」

――――奇妙なまでの靜寂が、薫を迎えれた。