ゲルムの天恵は遠く離れた薫にまで屆く。

轟音と衝撃、風。

鼓を刺激し、をでて、髪を揺らす。

「なんだ今の……」

「ゲルムの野郎、派手にやりやがって。どうするよ、あの嬢ちゃんヤバいぜ。助けに行かなくてもいいのか？」

「その方がいい……っていう訳でもないみたいだね」

薫が思わず笑みを零すのは、天高く舞う大男を見たからだ。

衝撃が屆いた時はどうなるかと思ったが、その心配もないようで思わず気を緩める。

「それにしてもマリン達はあんなところで戦っていたのか。やっぱりマリンと合流する作戦はしなくて正解だったね。さてっと」

薫は振り返り、負かせた男に問いかけた。

「そういえば名前をまだ聞いていなかったね」

「……シュレイドだ。で、殺さないのは何か聞きたいからじゃないのか？」

「そんなつもりは……いや、ついでだし聞かせてもらうよ。何故姫を？」

シュレイドは瞳を閉じる。

額から流れる汗は、記憶を想起した結果だ。

表から恐怖や畏怖の念が滲み出ていた。

「俺達は元々、クラリスの拐ではなく、雲上街でテロを起こす予定だった。ゲルムの跳躍力と筋力は封魄石を使っても有効なんだ。だから庸人街と雲上街を隔てる壁も優に超えられる」

庸人街と雲上街を隔てる壁は二十メートル程の高さ。

これを超えられ、尚且つあの男。クラリスを攫ったのはゲルムであると確信できた。

「計畫の最終確認の時だ。俺達の所に一人のが現れた」

「？」

「あぁ。見た目は七、八歳位のガキだ。顔が悪く、息切れや咳が目立つ、いかにも病弱そうなガキ……當然、俺達は作戦を聞かれた可能のあるガキを殺そうとした」

その時、シュレイドの顔は恐怖で歪められた。

記憶であるはずの景が、今にも鮮明に焼き付けられているようで。

シュレイドの表から、どれほどの恐怖を味わったのか、追験した気分になるのは難しいことではなかった。

「俺達の構人數は四六人。その天恵使いは四人。ある一人を除いて他の全員が相手にしても、ガキ一人に敵わなかった」

「……こんなこと言いたくないけど、封魄石で恵を使えなくすれば良かったんじゃないかな？　例えそのがすごく強い天恵、素質、神を持っていたとしても封魄石の前では無意味なわけだし」

「勿論そうした。だが、アイツはそんなのじゃ止められなかった。あのガキが使っているのは恵でも素質でも神でもねぇ。もっと別の何か……」

その時薫は一つの可能が脳裏に浮かんでいた。

マナを使わず、高い戦闘能力を得る。つまり、権能の可能。

薫は思わず、右手の甲を見る。今は何もないが、確かにこの手にアテネともう一度會える為の許可証が刻まれている。

「完全敗北した俺達は言われるがままにガキの作戦に乗った。と言っても奴は作戦の全ではなく、次の指令、次の指令と段階ごとに命令してたから何が目的かは知らん」

「その子供、し気になるね」

「カオル、大変だ！」

薫が考え込んでいると、思考を阻害する一聲。

視線を移すとそこには傷だらけでがまだ滴るウィリアムが走って來ていた。

「ウィリアム！？　その傷大丈夫？」

「オレは問題ない。ブラウンとウルドも今のところ無事だ。それより姫様が消えた！」

「消えた？」

「倉庫にいた男と戦闘になってね。その間に連れ去られたみたいだ。警戒はしていた。だが、オレの警戒を潛り抜けて攫ったみたいだ」

薫はそのままシュレイドを見る。

シュレイドは観念したように溜息を吐き、

「おそらくそれはガントロイトだ。組織の中で一番厄介な天恵を持つ。と言っても噂でしか聞かないがな」

「それはどういう……」

「會ったことがねぇんだ。ガントロイトについて知っているのはリーダーだけ。ま、リーダーが言うにはガントロイトは純粋な戦闘能力に関しては大したことはねぇが、敵には回したくない相手だと言っていた」

「天恵の能力は？　そのガントロイトという奴は何処にいる？」

ウィリアムが問い詰めると、シュレイドは面倒くさそうに口を開き、

「だから、奴の報は俺もほとんど知らねぇつってんだろ。ただ何度か奴の天恵を見たことがある。一つは敵対組織との抗爭してた時だ。俺達は不利な戦況の中何とか堪えていたが、それも限界だった。勝利は不可能、撤退出來れば十分なくらいだった。ガントロイトが來るまでは」

シュレイドは幾つか見た記憶を掘り起こす。

その時のことは印象に強く、今でも鮮明に覚えている。

シュレイドだけでなく、ゲルムさえも苦戦を強いられていた時。

「俺達は疲弊している上に、敵は數十人と殘っていた。ただ、リーダーはそんな狀況でも何処か余裕を持っていたんだ。その時リーダーは唐突に言ったんだ。『ガントロイト、破だ』ってな」

「破？」

「あぁ、破だ。その瞬間、敵の一人が発した。側から膨張するようにだ。が飛び散り、ぶことすら、何が起こったのかも分からないままそいつは死んだ」

「敵を破させる天恵か。普通に考えれば何らかの準備がいるはずだろうが、それが分からない限り迂闊に行できないな」

「その力が発したら一瞬で死んじゃうからね」

天恵は能力が強ければ強いほど弱點や條件が厳しくなる。

シュレイドの【死の選択トートヴァール】は、分、空間接続、恵使用不可の三種類の能力があるが、質問の答えによって変わるので、自分で能力を選ぶことが出來ない。

ウィリアムの【神威】は相手の意識を奪う、行不能にするという力だが、自分と相手に練度に大きな差が開いていないと効果は無い。天恵発後でもシュレイドやゲルムがまともに行出來ているのはそのせいだ。

薫の【絶対的優先権アブソリュートプライオリティ】も、自分がしいもの、んだものは薫が最優先される能力だが、使用狀況が限られてきたり、マナの吸収は薫の魄籠のマナが枯渇していないと使えない。

「そうだ。だが、それだけじゃない。奴の能力は一つじゃないんだ」

シュレイドの言葉に、二人は耳を疑う。

「俺が見た限りでも二つ。一つはさっき言った破の能力。もう一つは瞬間移、他の連中から聞いた話じゃ、武召喚、創造……ま、どれも噂でしかないが、俺と同様、他の連中は確かにその目で確認している。それも、自分の正は現さずにだ」

「その力なら魔導士の【創】とか【標転】とかじゃないの？」

「それは俺も考えた。だが、魔導士の恵はどれも準備が必要だ。【創】は材料が、【標転】はマーキングが必要なようにな。奴はその工程を必要としない。神出鬼沒、無から有を生する」

「ウィリアム、一人の人間が複數の天恵を所持することってあり得るの？」

「あり得ない……と、完全に否定できる訳ではないけど、なくともオレは聴いたこと無いな」

ウィリアムですら前例、類例のない事実がシュレイドから語られる。

もしそれが本當なら非常に危険だ。シュレイドだけでなく他の人にも能力を見せているということは、なくとも天恵発に必要な條件がガントロイトにとっては取るに足らないということ。

「瞬間移か……姫様を攫ったのがその力なら、オレも証言者の一人ってことになるね。もしどこにでも瞬時に移できるとすれば姫様がどこにいるかも……」

「いや、今なら易者で探し出せるかもしれない」

ウィリアムが暗澹とした表を浮かべる中、薫だけは一筋の可能をじていた。

「そのガントロイトって人が天恵を使って姫を攫ったのなら、なくともその時は封魄石が無かったことになる。ウィリアムの戦闘中に封魄石を移させて天恵を使ったのなら、今はガントロイトと姫のマナは知できる」

「だが、移先の近くに封魄石を置いておけば、今頃マナは消されている。そうなったら知は不可能だ」

封魄石の周辺はマナが一切使えない。例えば【標転】でマーキングしている場所に封魄石を置いていたとすれば、マーキングしている場所には行けず、封魄石の効果範囲外で、マーキング地點に近い場所に移する。

だとしても、一歩前に歩けば封魄石の範囲だ。そうなれば易者で知することが出來ない。

「それもどうだろう。もしシュレイドの言っていることが本當ならガントロイトは弾戦よりも恵を主に戦う。そんな人が自分の戦闘手段を無くすようなことするかな。それに姫の命が目的なら瞬間移で近づいた時に手にかけてる。拐したということはまだ姫の柄は必要なんだ」

「一人となった今、尚更恵はを守る手段となっているわけか。もしそうならガントロイトは相當な手練れと言うことになるな。姫様の練度でも護衛にいるのはあの伝説の超級魔族の死貓――フォルテだ。アイツが何もしないということはガントロイトの強さはフォルテ以上と言うこと。フォルテの腸は煮えくり返ってるだろうけど、下手に刺激しない方が良いからね」

「そうとなれば早く捜索を始めよう。目的が分からない以上一刻を爭うことに変わりはない」

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「ここは……さっきまで倉庫にいたはず」

そこは教會のような場所だった。しかし、教會と言うには酷く汚い。

老朽化した建、壊れた神像、石材で出來た長椅子はボロボロに壊れて、埃臭く太のがいろんな場所かられている。

「ここは西區にあるアリスティア修道院跡だ」

アリスティア修道院。それはクラリスの記憶に僅かだが存在していた。

十年前まで存在していた修道院。孤児を引き取り、周辺住人とも友を広めていたらしい。

だが、アリスティア修道院長が反軍の兵士を助けたことで國家反逆罪の容疑をかけられ、院長含め十五人の修道士が処刑されたそうだ。

椅子に縛られているクラリスの前。崩れた瓦礫に腰かける男。

武らしきものはもっていないが、長い前髪に隠れた眼の鋭さが細胞の一つ一つに突き刺さる。

青い髪は長くれており、服はボロボロの修道服だろうか。

「おれぁはここで育った孤児でな。この服はお世話になった先生のだ。先生は悪い人ではなかった。ただ怪我をしている人を助けただけだ」

その聲は怒りを超えてどこか冷めきった聲だった。

資格試験で出會ったレクラムとは違う。彼が溢れんばかりの憎悪なら、彼は圧された憎悪。

「事実と真実は違う。反軍に所屬している者を助けたのは事実だ。だが、國家反逆罪を企てていた真実は無い」

「…………」

「おかしくないか？　雲上街の連中は汚職、賄賂の事実も真実もあるのに追及されず、俺達力の無きものは一つの事実がを亡ぼす。真実を話す時間すら與えられない」

「……目的はお父様へ復讐することと言うことでしょうか？」

「復讐……いや、し違うな。そのつもりなら既に貴様を殺してその首をグレゴワールに送り付けている」

「では、一あなたは何をしようとしているのですか？」

「もうすぐここに追手が來る。英雄の金獅子と異世界の勇者だ」

クラリスは安心と驚嘆の表に変わる。

ウィリアムと薫が來るのだ。今まさに拘束されているというのに、これほど安心を與える存在そういない。

「おれぁそいつらを殺す」

「一何のために？　あなたの心中はお察しします。いや、私程度では推し量れない程哀しかったでしょう。ですが、その件とあの二人は関係ありません。今ならまだ平穏な生活に戻ることも――ッ！？」

男は突然クラリスの首を摑んだ。

呼吸がれ、打つ経脈が徐々に早さを増していき、クラリスの危機をじたフォルテが、クラリスの魄籠から現れて男に牙をむく。

だが、男はそんなこと一切気にしない。もう片方の手をフォルテに向けると、フォルテの生存本能が行を抑止した。

これ以上近づけば死ぬと。

「いい判斷だ。素晴らしい使い魔を使役しているようだな。さて、おれが金獅子と勇者を殺す理由だが、理由は簡単だ。帝國の戦力を減らす為」

「戦力を減らす？」

男はクラリスから手を離す。

クラリスは呼吸を整えて、男の話に耳を傾けた。

「おれぁ今、反軍の一員でな。あの二人は帝國にとって多大な戦力であり脅威でもある。騎士団、宮廷眷屬、帝國軍。その全てに影響を與える金獅子と、異世界から來たという召喚者の一人。これは復讐ではない。ただ反軍の思想が正しいと思った。だから殺す」

男の冷たく無に近くなった言葉に、クラリスはどう答えていいか分からない。

思想の違い。考えの違い。そこに爭いが起こることは必然。

クラリスの思想はどちらかと言うと反軍側に近いだろう。だが、彼は反軍に加擔しない。力によって手にれた変革は長く続かないから。

部から、力ではなく心で変えていかないと意味がない。

それがクラリス・シルヴェールの覚悟。

「時間だ……おれぁ今からくる奴を殺す。お前は黙ってそこで見ていろ。黒貓もだ。逆らった場合はさっき仕掛けた首の刻印を破する」

クラリスの首にバラの刻印が現れる。

深紅のを輝かせる刻印は、じわじわと熱を伝えて、男の言葉が噓でないというプレッシャーを與えてきた。

「ここまで堂々と待ち構えられているとは、オレも隨分下に見られたね」

「でもそのおかげでここまでこれた。助けに來ましたよ――姫」

男――ガントロイトは早退する敵を睥睨する。

黃金の鬣を靡かせる騎士と、聡明な青年。

金獅子と勇者は、武庫構える。