《【新】アラフォーおっさん異世界へ!! でも時々実家に帰ります》第3話『おっさん、いきなり飛ばされる』
「大下さん……? 大下さーん?」
ずいぶん間抜けな表で町田を見つめる敏樹に聲をかけながら、彼は彼の目の前でひらひらと手を振った。
「はっ!? あ、ああ……すいません」
「ああ、いえいえ。大丈夫ですか?」
「ええ、まぁ……」
「よかったです……。大下さん、急にぽかんとして黙っちゃうんですもん。びっくりしましたよ」
「すいません、ご心配おかけして……。で、改めて確認ですが、異世界……?」
「はい、異世界」
「15億円で、異世界……?」
「はい。そうですね」
真顔で淡々と答える町田をしばらく見つめたあと、敏樹は軽くうつむき、自の額に手を當てた。
「あの、すいません……。俺、馬鹿になったんでしょうか?」
「どうしたんです、急に?」
「いや、なんというか、全然理解できないんですよ……。その、異世界、といわれても何が何だか……」
「あははー。そりゃ私の説明が足りないからでしょうねー」
「だったらちゃんと説明しろよっ!!」
「ちょっとー、急に怒鳴んないでくださいよー。びっくりするじゃないですかぁ」
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といいつつも、一切怯えた様子のない町田である。
「そもそも、大下さんがちゃんとメールを読まないのが悪いんですよー?」
そして悪びれる様子もなく、口をとがらせる始末である。
「あんなクソ怪しいメール、誰が読むかよっ!!」
「あははー、ですよねー」
町田はその怒鳴り聲をさらりとかわすように答えたあと、表を改めて敏樹に向き直った。
「では、あらためて説明させていただきますね。あの15億円の権利には、お金だけでなく異世界行きの権利も含まれております」
「いや、だから。その異世界ってのが意味わかんないんだって!!」
「へぇ、ほんとに意味わかんないです……?」
「う……」
町田から疑うような視線を向けられ、敏樹は思わず言葉を詰まらせた。
彼はオタクというほどファンタジー世界に造詣が深い訳ではないが、それでもアニメや漫畫、ライトノベルなどでそれなりに流行っている“異世界もの”と呼ばれるいくつかの作品を知っていた。
“異世界もの”とは現代日本に住む一般人が、突然剣と魔法のファンタジー世界に連れて行かれるというものである。
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それは例えば異世界の魔法使いに召喚されるというものであったり、事故や事件で死んだと思えば前世の記憶を持ったまま異なる世界の住人として生まれ変わっていたり、何の前れもなくいきなり見たこともない場所にいたり、等々……。
しがない在宅ワーカーとしてあまり張り合いのない人生を歩んでいる敏樹にとって、そういった異世界への憧れは決して弱いものではなかった。
人は誰しも“ここではないどこか”に憧れているのだ。
事実、先ほどからとぼけてはいるものの、敏樹のは高鳴りっぱなしであり――、
「ま、なにをどう取り繕っても、口元が緩みっぱなしで説得力ゼロです」
「おぅふ……」
と、町田に指摘され、顔が熱くなるのをじる敏樹であった。
町田はそんな敏樹を一瞥すると、またグラスをあおって甘酒を飲み干した。
「大下さん、おかわり」
「あ、はいはい」
トクトクと甘酒がグラスに注がれる。
「さて、異世界への造詣もそれなりにお持ちのようですし、長々と説明するのもあれなんで、実踐といきましょうかね」
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すると町田の手にはいつの間に取り出されたのか、タブレットPCが持たれてた。
畫面サイズ7インチ程度の、ほどよい大きさのものである。
「えーっと、まずは難易度設定から……っと」
町田はなにやらぶつぶつとつぶやきながら、タブレットを作し始めた。
「さて大下さん。まずは難易度設定なんですが、パラダイス、ベリーイージー、イージー、ノーマル、ハード、ベリーハード、ナイトメアの七段階から選択できますけど、どれにします?」
「ちょっと!? いきなり難易度設定とかいわれてもいみわかんないんですけどっ!! っていうか、異世界の説明もっと詳しくっ!!」
「まぁまぁ。案ずるより産むが易しってやつですよ。説明するのめんど――、いや、言葉で説明するより実際に験したほうが、ねぇ?」
「いや、いま明らかに“説明するのめんどくさい”って言おうとしたよね?」
「まぁまぁ落ち著いて落ち著いて。興味ありますよね、異世界?」
「あ……、いや、まぁ……」
「とりあえず難易度の説明しますねー。難易度によってポイントレートが変わりますのでそのあたりを加味してご検討くださいね」
「いや、だから、もうちょっと詳しい説明をですねぇ……」
敏樹が何を言ったところで聞く耳を持たないとばかりに、町田は難易度の説明を始めた。
かなり重要な部分であると直的に悟った敏樹は、言いたいことをひとまず棚上げし、町田の説明に耳を傾けることにした。
【Paradise/パラダイス】
ポイントレート:1000分の1
王家に連なる貴族のイケメン三男に転生します。ただ生きているだけであらゆるジャンルのに囲まれる極楽ハーレムを形できる夢のような人生を送れます。
【Very Easy/ベリーイージー】
ポイントレート:100分の1
上級役人の父を持つ雰囲気イケメン次男に転生します。優秀で兄弟の強い兄を補佐するだけの簡単な人生。上級役人や名士の令嬢を中心としたハーレムを形できますよ。
【Easy/イージー】
ポイントレート:10分の1
そこそこ裕福な名士のフツメン長男に転生します。家を継いで政に勵むもよし。優秀な弟に跡継ぎを譲り気ままに生きるもよし。富裕層の平民を中心としたハーレムを形できます。
【Normal/ノーマル】
ポイントレート:1倍
豪商の奉公人として基礎知識を持った狀態で転移します。大らかでらしい當主の娘を止めれば、あとは奉公人や庶民のハーレムも夢じゃないですよ!!
【Hard/ハード】
ポイントレート:10倍
著の著のまま辺境の都市に転移します。習得スキルで人生が大きく変する冒険モードです。冒険者として名を馳せ、ハーレムパーティーを作るもよし、商人として名を上げ、奴隷ハーレムを作るもよしという、ザ・異世界転移です。
【Very Hard/ベリーハード】
ポイントレート:100倍
人里離れた僻地に転移します。スキルと行の選択次第で開始早々に詰むことも? ハーレムが出來るかどうかはあなたの努力次第!!
【Nightmare/ナイトメア】
ポイントレート:1000倍
魔がはびこる魔境に転移します。ハーレム? 生きて人里に出られればラッキーですよ。
「いや、なんでハーレム基準?」
「あれ、興味ないです、ハーレム?」
「い、いや……、なくはないですけど……」
「まぁ、大下さんはどちらかというと俺Tueee!!系のバトルもののほうが好みでしたっけね」
「な、なぜそれを……?」
「なんででしょうねー?」
と、口元を押さえからかうような笑みを浮かべる町田に対し、敏樹は顔を真っ赤にしながらもさして文句も言えず、ただ目を逸らすばかりである。
「とりあえず私的におすすめなのはハードなんですけどねー。多過酷ですけど選択の幅が一番広いですし」
町田が真面目に話し始めたことでし落ち著きを取り戻した敏樹は、軽く咳払いをしたあと、町田に問いかけることにした。
いろいろと疑問の盡きない狀況ではあるが、とりあえず重要と思われるところを訊いておいたほうがいいだろう。
「えーっとですね。ポイントレートってなんです?」
「そのまんまですね。現在大下さんは15億ポイントを所持しています。ノーマルで始めるとそのまま15億ポイントを使えますが、例えば私おすすめのハードを選べば150億ポイントからスタートできます」
「……すいません、そのポイントの相場がよくわからないんですが、そもそも15億ポイントって多いんですか? ないんですか?」
15億といわれれば膨大な數値のように思え、実際日本円にすれば一生遊んで暮らせる額といっても過言ではないほどの大金である。
しかし1円と1ドルでは全く価値が異なるのと同様に、ここでいう1ポイントがどの程度の価値なのかで15億ポイントというのが反則チート級に多いものなのか、それとも通常の域をしないものなのかが変わってくるのだ。
「そうですねぇ。ポイントというのは異世界人の方にのみ利用可能なシステムなのでなんともいえないんですが、現地の方の才能なんかをポイント換算した場合、天才と呼ばれる人で初期値が百萬ポイントぐらいですかね。一般的には數千~數萬ポイントぐらいでしょうか」
「いや、チートじゃん!!」
「はい、チートです」
敏樹にの驚きに対し、町田はあいかわらず淡々と答える。
「あくまで初期値が、ですけどね。生まれてから先の人生でいろいろな努力や経験で得られるものをポイント換算した場合、一般的な生涯獲得ポイントは1~3億ぐらいでしょうか。まれに英雄など波瀾萬丈な人生を歩んだり、何らかの幸運に恵まれたりすると、百億ぐらい稼ぐ人もいますね」
「うわぁ……、なんだか生涯収みたいですねぇ……。ってか、やっぱ15億ってチートですね。普通の人が一生かけて獲得するポイントをいきなりポンともらってもいいものなんでしょうか?」
すると町田は、不思議なものを見るような視線を敏樹に向けた。
「あのね大下さん」
「……はい」
「この世界で、何の前れもなくいきなり15億円という大金を手にれることって、普通にあります?」
「……いえ、ないです」
「ですよね? いまそれくらい異常なことが起こってるんです。なので、あんまり細かいこと気にしちゃいけませんよ?」
異常事態が発生しているのだから深く考えるなというのはなんとも暴な意見だと思ったが、といって“意味わからんのでやっぱりなかったことにしてください!!”といえる勇気もない敏樹である。
いいたいことは山ほどあるが、ここはぐっとこらえることにした。
もうし町田の説明を聞いた上で、どうしても異世界行きに踏み出せないとしても、15億円というお金は手元に殘るらしいので、多の不満や矛盾に目をつむることぐらいどうってことないだろう。
「じゃあ、難易度はどうします? おすすめのハードでいいですか? いいですね?」
「あ、いや、じゃあベリーハードで」
特にこだわりがあっての発言ではない。ただ、このまま何でもかんでも町田の言い分に流されるというのも癪に障るので、ほんのし抵抗してみただけである。
「おおー、冒険しますねぇ。じゃあスキルもいいのが結構とれますよ……っと。で、ここから……スキル習得っと」
再び町田がタブレットPCの作を始める。
「では大下さん。なにか“こういうスキルがほしい”みたいなのってあります?」
「まぁ、異世界ものの定番スキルといえば…………アイテムボックスとか?」
「アイテムボックスですねー。じゃあ上位スキルの〈格納庫ハンガー〉でもとっておきましょうかね」
といいながら、町田はタブレットPCの畫面をポン、ポン、とタップしていく。
「あ、それから言葉が通じないのは困るので、翻訳スキル的なものも……」
「言語関係ですねー。じゃあ〈言語理解〉で全言語會話読み書き対応っと」
「そうだ。異世界ってモンスター的なものは出ますか?」
「出ますよー。大下さんが行く世界では魔と呼ばれてますねー」
「その、魔と戦闘になることは?」
「もちろんあるでしょうねー」
「だったら、なにか死にづらくなるようなものを……」
「でしたら……、〈無病息災〉いっときますかー。こんなもんでいいです?」
「あ、そうだ、鑑定も!!」
「鑑定? あー、鑑定ですかぁ……。うーん、鑑定…………、じゃあ『報閲覧』の権限をつけておきましょうかねぇ」
続けてタブレットPCを作したあと、町田は敏樹のほうを見てにっこりほほ笑んだ。
「はい、じゃあこれ」
そして手に持ったタブレットPCを敏樹に渡した。
「えっと……」
「インターフェースはこちらの世界のタブレットPCに近いものにしてますからすぐ使えると思います」
「はぁ……」
いきなりタブレットPCを手渡され、訳がわからないという表で間の抜けた返事をした敏樹のことなど無視するように、町田はさらに続けた。
「これ使ってスキルの習得や解除ができますから、試しに使ってみてください。使用期限はそうですねー……、1ヶ月ぐらいですかね」
「……1ヶ月経つとどうなるんです?」
細かい疑問は星の數ほどあるのだが、いくら訊いたところで時間の無駄だろうと判斷した敏樹は、訳がわからないなりにも引き続き必要と思われることだけを訊いておくことにした。
「お返しいただきます」
「……取りに來られる?」
「いえ、ぽわんと消えてなくなると思ってください」
「……よくわかりませんがわかりました」
やれやれと息を吐きながら敏樹は自分でも意味がよくわからない返事をし、タブレットPCをけ取った。
け取ったタブレットPCに目を落とし、そのあと顔を上げると、町田はいままでに見せたことのないような満面の笑みを浮かべていた。
その表に、敏樹は微かなの高鳴りを覚えたが、次に発した町田の言葉により一気にの気が引き、別の意味で鼓が早まることになる。
「それでは早速いってみましょー!!」
「へっ!?」
「〈格納庫〉に役立ちそうなものをいろいろれておきますので適宜使って生き延びてくださいねー」
「ちょ、アンタ一なに言って――!?」
「それでは気をつけていってらっしゃーい」
「いてっ!!」
敏樹は突然に衝撃をけ、思わず聲を上げてしまった。
「え? え?」
そして自分が餅をついたのだと気付くのに十秒ほど要してしまう。
「あれ……? 椅子が……」
先ほどまで座っていた椅子がなくなり、その結果餅をついてしまったらしい。
しかし、なくなったのは椅子だけではない。ダイニングテーブルもなければ先ほどまで話していた町田の姿もない。
それどころか、ここは屋ですらなかった。
著いた手に伝わるはつるつるとしたフローリングのものではなく、雑草が生えた地面のボコボコとしたものであり、辺りを見回して目に映るのは鬱蒼と生い茂る草木ばかりであった。
「うそだろ……?」
どうやら敏樹は見知らぬ森に飛ばされたようだった。
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