「あ、あぶなかった……」

ゴブリンが繰り出した槍は腹を覆っていたフライパンに弾き返され、敏樹はフライパンを押し込まれるような衝撃はけたものの、怪我らしい怪我はなかった。

「うおりゃああ!!」

木の棒を槍のように繰り出したもののはじき返されてしまい、思わず仰け反ったゴブリンに対し、敏樹はトンガを突き出す。

「ゴギョエェッ!!」

両手でしっかりと構えた狀態から繰り出されたトンガだが、柄角（柄と刃の角）が鋭角になっているため、し飛び出るような形になっている柄の先端がゴブリンの左目頭と鼻の間に直撃した。

痛みのせいかゴブリンは木の棒を手放し、繰り出されたトンガの勢いをけて後ろにのけぞった。

その様子を確認した敏樹だったが、視界の端でもう一匹のゴブリンが矢を放つ姿を捉えていた。

「おわっ!?」

飛んでくる矢に対して咄嗟にがかず、敏樹はをめてトンガを構えたが、放たれた矢は途中から不自然に軌道を変え、近くの木に當たってカランと落ちた。

それもまた矢と呼ぶには末なで、比較的まっすぐな木の枝の先端を雑にとがらせただけという代であった。

「くそっ……こんなもんが……」

矢というのはわずかにゆがんでいるだけでまっすぐ飛ばないである。

木の枝にしてはまっすぐなであっても、矢としてみればそれは歪みすぎであり、そんなが當たってしまうというのは不運としか言い様がないだろう。

放たれた直後は間違いなく敏樹に向かっていた木の棒が、途中から不自然に軌道を変えて外れたのを見る限り、この矢を対象に當てるのはかなり困難なはずである。

「ゴギョォッゴギョギョォ!!」

トンガの柄でで顔を突かれたゴブリンは、顔を押さえてのたうち回っていた。

喚きながら転げ回り、起き上がる気配のないことからそれなりのダメージをを與えることができたのだろう。

それほど膂力のない敏樹であるから、いわゆる火事場の馬鹿力のようなものが発揮されたのかもしれない。

さらに弓を持つゴブリンがたどたどしく矢をつがえようとしているのを確認した敏樹は、２匹のゴブリンに背を向けて走り出した。

「うぐぅ、背中痛い……」

背中にけた矢傷を気にしながらも、敏樹は全速力で走り続けた。

とにかく遠くへ、あのゴブリンどもから逃げるために……!!

それからどれくらいのあいだ走り続けただろうか。

途中、何度かゴブリンが出現したが、トンガを突き出して押し倒し、その脇を駆け抜けた。

刃の腹が外側に向いているのが功を奏したのか、勢いに任せて押しのけるという行為にトンガの形狀は最適だった。

「あれ、ここは……」

闇雲に走っているつもりだったが、どうやら敏樹は無意識のうちに安全な場所を求めていたのかも知れない。

視線の先には、先ほどタブレットＰＣで見たがあった。

＊＊＊＊＊＊＊＊＊＊

「ふぃー……」

敏樹はけない聲を上げながら、倒れ込むようにへとった。

の中には適度に枯れ葉が積み上がっており、しらかい地面へうつ伏せに倒れる。

「んんー……！」

そしてをばしながらごろりと仰向けに転がると、背中がチクりと痛んだ。

「あ、矢傷！」

痛んだ場所は先ほどゴブリンの矢をけたところだった。

しかし仰向けになった時點でその矢が引っかかることもなかったので、ここまで來るに抜け落ちたのだろう。

鏃やじりもないような木の棒を削っただけの矢なので、すぐに抜けてもおかしくはない。

「でも、傷が……」

そう思って敏樹はジャージとＴシャツをぎ、矢傷の辺りをってみた。

「いてっ……でも、大したことないな」

ってみたでは、それほど深い傷ではなさそうである。

しかし、矢はかなり深々と刺さってたように思えるのだが……。

そのとき、グゥと腹がなる。

「あ……。腹が、減った……」

〈格納庫〉にスティックタイプの攜行食がっていたので、敏樹はそれを貪るように食べた。

それらは１本でそれなりの栄養とカロリーを摂取できるものであり、人男であれば５本も食べれば満腹になる代であるが、敏樹はそれを二十本近く食べた。

「げふっ……」

さらにミネラルウォーターを取り出した敏樹は、ペットボトル１本を一気に飲み干した。

「うわぁ、ジャージボロボロだな」

腹が満たされ、ひと息ついたところで先ほどぎ捨てたジャージが目にった。

〈格納庫〉に著替えがないかどうかを確認したところ、下著は數セット用意されているようだった。

「下著だけ著替えてもなぁ…………あっ、そうだ！」

そこで敏樹は〈格納庫〉の機能を思い出す。

『調整』『修繕』『分解』『再構築』といった機能を使えば、この汚れたジャージをなんとかできるのではないかと、敏樹はジャージをいで下著姿となり、〈格納庫〉へいだジャージを収めた。

「えーっと、綺麗に洗浄するには……『調整』？　いや、とジャージを『分解』すればいいのか？　…………おぉっ!!」

敏樹はジャージに染みこんだをジャージから取り除くべく『分解』機能を使ってみた。使うといっても、軽く念じただけであり、その方法は自然と理解できたのだが、その結果、繊維の奧までしみこんでいたが、分子レベルで取り除かれるのがわかった。

「は『修繕』で…………おっし!!」

次に『修繕』機能を使ってジャージに開いたの修復を試みたところ、ったようなあともなく完全には塞がった。

「じゃあ靴下も？」

こちらに飛ばされてしばらくは靴を履かずに走ったせいで、最初に履いてた靴下にはいくつものが開いていた。

今度は『調整』を使ってみたところ、靴下についていた泥や汗の汚れが綺麗にとれたのがわかった。

どうやら『調整』には洗浄効果もあるらしい。

綺麗になった靴下のを『修繕』で塞いでみる。

「おおっ…………あれ？」

しかし、一部のは塞がったが、完全には修復されなかった。

「そっか……欠損」

『修繕』であっても欠損の再生はできないとあった。

ジャージのようにただが開いただけであれば問題ないのだろうが、靴下は地面とこすれて一部すり切れ、欠損したものと思われる。

「まぁ、しょうがないか……。ふぅ……」

敏樹は大きく息を吐いた。

そしてそれが疲れからくるもであることを悟る。

〈格納庫〉の機能を使うと、力か何かを消費するのかもしれない。

「そのへんも確認しなきゃならんのだろうけど……、も洗いたいよなぁ」

ジャージは〈格納庫〉の中で綺麗になったし、まだ著ているまみれの下著類や靴も同じく綺麗にできるのだが、のほうはどうにもならない。

走り回って汗まみれの泥まみれであり、矢をけた背中はまみれだろう。

「水……使うのはなぁ……」

おそらく町田が用意してくれたと思われるペットボトルりのミネラルウォーターだが、それも殘り21本となっていた。

この先水がすぐに手にるかどうかわからない以上、安易に飲用可能な水を消費するわけにはいかない。

「どっかに水場……、あ、『報閲覧』!!」

薄暗いの中を見回していると、すぐ足下に転がっていたタブレットPCを、敏樹は発見することが出來た。

さっそく『報閲覧』を起し、“綺麗な水のあるところ”で検索をかけると、の最奧部に水が湧き出ていることが示される。

改めて確認したこのだが、り口は最も高いところで１５０センチ程度、幅は２メートル程度のいびつな楕円系で、中にるとしだけ広くなっており、敏樹が立ち上がってし余裕があるので一番高いところで１８０センチほどはあるだろうか。

幅のほうはそれほど広くなっておらず、奧に行くほど狹くなり、天井部分も徐々に低くなっていった。

奧行きは５メートルもなく、最奧部は敏樹が腰を曲げればたどり著ける程度の広さで行き止まりになっている。

そしてその行き止まりの壁に、天井部分からちょろちょろと水が流れ落ちているのだった。

「この水は……大丈夫なのか？」

なんといってもここは異世界である。ただの水に見えてなにやらとてつもない猛毒が含まれて以とも限らないのだ。

「……そっか、こういうときも『報閲覧』だ」

敏樹はタブレットPCにて再び『報閲覧』を起し、カメラモードに切り替えた。

「……で？　どうすりゃいいんだい？　“この水は無害なのかい？”とでも訊けば――って、やっぱそれでいいのか」

これまでの作経験から、このタブレットPCが敏樹の思考をある程度読み取れることはわかっているのでとりあえず呼びかけてみたら、案の定答えてくれたようである。

《森の湧き水：ヒトに対する有害質極小。接、飲用に問題なし》

さらに詳しく調べようと思えばミネラルの含有量や度なども確認できるようだが、とりあえず日本人である敏樹にとってなじみの深い水であることだけは理解できた。

「しかしまぁ都合よく安全な場所と水場があったもんだ」

スタート地點から一時間以の場所にこのような都合のいい場所があったことに意図的なものをじざるを得ない敏樹だったが、だからといってなんの説明もなく異世界に飛ばされたことや、危険な目に遭ったことに対する不満が消えるわけではない。

もし町田に再會することがあったらとにかく文句を言ってやろうと思いつつ、敏樹は下著や靴をいで〈格納庫〉にれ、代わりにタオルを取り出す。

そしてタオルを湧き水に浸して濡らし、ゴシゴシとをこすっていった。

「あれ、そういや背中全然痛くないな」

先ほどから特に気にせず全を洗っていたのだが、そういえば背中をこすったときに痛みらしい痛みはなかった。

試しにってみたところ、なくとも傷らしい傷のはない。

「スキルのおかげかな？」

これも足の裏の傷が治ったように、背中の傷も治ってしまったのだろう。

何度か〈格納庫〉のタオルと換したり、『調整』機能で洗浄しながら全を拭い、汗や泥、の跡を洗い流すことができた。

最後に乾いたタオルで全の水気を拭き取り、〈格納庫〉から『調整』『修繕』済みの下著類とジャージをとりだした。

「……マジで塞がってんな」

矢傷によりが空いていた部分をみてみたが、ジャージもＴシャツも綺麗にが塞がっていた。

〈格納庫〉にブルーシートと寢袋がっていることを確認した敏樹は、水場をし離れたの中央あたりにシートを敷き、その上に寢袋を置いた。

再度足の裏をタオルで拭って綺麗にし、ブルーシートの上を歩いて寢袋の上に寢転がった。

「疲れた……」

そうつぶやいた敏樹であったが、実のところ的な疲労はそれほどなく、神的な部分も意外と平靜であった。

それでもの芯のほうにある疲れのようなものをなんとなくじでいた敏樹は、そのまま目を閉じ眠りにつくのだった。