「ＭＰがない……」

一応〈消費魔力軽減〉で、ＭＰ消費はある程度押さえているのだが、下級攻撃魔２回と中級攻撃魔１回で８割を消費してしまうというのは中々に辛いものがある。

この世界においては、魔士でもない一般人であっても、この十倍ほどは魔力を有しているらしい。

これは魔力のない世界で生まれ育ち、元ののまま転移したことによる弊害だろう。

ただ、魔力は消費すればするほど、回復時には最大保有量が増加する。

長速度や長限界に個人差はあるものの、敏樹の魔力量は著実に増えていた。

なにせここに來た當初は、下級攻撃魔２回で８割以上消費していたのだから。

〈保有魔力長促進〉〈保有魔力長限界突破〉を習得しているので、いずれ魔力量は増えていくはずである。

通常であれば消費した魔力というのはゆっくり休んで回復させるものであり、休息の狀態や保有魔力量、回復速度など狀況の差や個人差はあるものの、一晩はぐっすりと眠らなければ回復は難しいようである。

しかし敏樹には〈無病息災〉があり、そのおかげでおよそ１分に１パーセントのペースでＭＰが回復していた。

このペースは保有魔力の絶対値が増加しても変わらないことが判明している。

しかし、いくらすぐに回復、あるいは長するからと言って、今の魔力量では不便すぎるのだが、そのあたりの対策にもれはない。

「やっぱ１００パーセント以上は増えんね」

ここ最近の行だが、一番近い集落を目指して森を進み、転移拠點を設定したら一度転移でへ戻る。

丸１日経ったあと、新たに設定した拠點へと転移して丸１日かけて先に進み、次の転移拠點を設定してへ戻る、というのを繰り返していた。

〈拠點転移〉は一度使うと２４時間のインターバルが必要になるので、最新の転移拠點を出発したら２４時間はに帰れないということになる。

〈無病息災〉を持つ敏樹にとって、２４時間ぶっ通しで行するということは、不可能ではないものの気分的にしんどくなるのは避けられない。

なので、適宜『報閲覧』で比較的安全な場所を探してはこまめに休息を取り、無理のないペースで進んでいるのだった。

一応自前の魔力を消費すれば１日２回以上〈拠點転移〉を使用できるのだが、現在の敏樹の魔力量だと、１００パーセントであってもせいぜい１００メートル先に転移するのが一杯であった。

話は戻るが、自のＭＰが１００パーセントに達し、當たり前であるがそれ以上増えないことを確認した敏樹は、〈格納庫ハンガー〉からゴブリンの魔石を取り出した。

それは荒く削り出さ親指の先程度のくすんだ小石のようなものだった。

魔石を握った狀態で敏樹が何かを念じると、魔石が淡くり、その後砂のようにボロボロと崩れ去る。タブレットＰＣを取り出した敏樹は、ＭＰが反映されるバッテリー殘量が２００を超えていることを確認した。

「……よし」

ＭＰのなさを解消するのに〈魔力吸収〉と〈保有魔力限界突破〉というスキルを敏樹は習得していた。

〈魔力吸収〉は文字通り魔力を吸収するスキルだ。

魔石に限らず魔力を宿すものであればあらゆるものから魔力を吸収できるのだが、最も効率がいいのが魔石である。

まだスキルレベルが低いので、生を相手にした場合は抵抗レジストされる恐れもあった。

次に〈保有魔力限界突破〉だが、これは簡単に言えば１００パーセント以上のＭＰを保有できるスキルである。

これらのスキルを使ってＭＰを一時的に増やせば、一応・・すべての魔を使うことが可能というわけだ。

「ゴブリンの魔石以下の魔力……」

魔石の中でも最小の部類にるゴブリンの魔石で１００以上の魔力が回復したことにショックを隠せない敏樹であった。

＊＊＊＊＊＊＊＊＊＊

「せいっ！！　へぁあっー！！」

敏樹は片手斧槍の型を練習していた。

武系スキルの型に関しては、スキルを習得すれば自然と頭の中にってくるので、あとはそれをなぞってになじませていけばいい。

そしてスキルレベルが上がればまた新たな型を覚えるというわけである。

型がすべてというわけではないが、師匠も無しに未知のきを習得できるのはありがたいことである。

ちなみにだが、この世界の住人にはスキルという概念がなく、スキル習得やスキルレベルアップで得られる知識のことを『天啓』と呼んでいた。

スキルの種類や習得方法によっては『祝福』や『加護』と呼ばれることもあるようだ。

「ふぅ……。今日はこんなもんでいいか」

ほどよく汗をかいた敏樹の様子からはちょっとした運のように見えるが、実際は早朝から夕暮れまで、食事以外の休憩を取らずに訓練に勵んでいたのである。

長時間全力で鍛錬に勵んでもオーバーワークにならないのは、やはり〈無病息災〉のおかげであろう。

「もうちょっとしたら寢て、起きれば２４時間ぐらいかな」

先に進んで拠點を設定し、転移でに帰る。

次のスタートはもちろん最新の拠點からだが、その最新の場所へ転移し直すのに２４時間のインターバルが必要になる。

つまり、一度に戻ると２４時間はここで過ごさねばならないのである。

なので、敏樹はその待ち時間を訓練に費やしているのであった。

「さて、腹も減ったしメシにするか」

ジュウジュウと味しそうな音を立てながら、と鉄板の上でが焼けていく。

敏樹はホームセンターで購したカセットコンロの上にフライパンを置き、適當に切り分けたオークのや山菜、きのこ類を焼いていた。

塩コショウを適當に振って味を整え、早速オークを口に運ぶ。

「あっつ……、うまっ」

オークはこちらの世界でも人気のある食らしく、敏樹は高級な豚といったような印象をけていた。

魔とはいえ人型だった存在のを食べるということに、本來であればかなりの忌避を覚えるものであろう。

実際に自分の手で解していれば、まともに食べることは出來なかったかもしれないが、〈格納庫ハンガー〉の機能で解されたオークは、既にブロックと化しており、外見的な印象は豚と大して変わらなかった。

「ふぅ、食った食った」

に戻り寢転がった敏樹は、満足げに腹をポンポンと叩いた。

前回はブルーシートの上に寢袋という末な環境だったが、いまはブルーシートの上に高級マットレスを置いており、寢心地は飛躍的に上昇している。

フライパンや食類は〈格納庫ハンガー〉の機能で新品同様の狀態になるので、あえて洗う必要はない。

「……ってか、食い過ぎた？」

１人バーベキュー狀態だった敏樹は、なんだかんだとを追加していき、最終的には２キログラム以上を平らげていた。

まぁ、いくら食べたところで〈無病息災〉の効果により、胃がもたれることもなければ不健康に太るということもなく、食後すぐに寢転がったところで逆流食道炎になることもないので、特に心配する必要はないのだが。

「さーて、明日も頑張りますかっ！！」

今日も敏樹は森を歩く。

代わり映えのない景が延々と続く中、ひたすら走り、魔を倒し、たまに休憩し、出発から２４時間以上経過したら拠點を更新し、そしてに帰る。

で訓練などをしながら２４時間以上経過したところで、最新の拠點に転移し、また２４時間の行軍。

「なんか……しんどい……」

〈無病息災〉のおかげで的な疲労はないはずであるし、神的なダメージも回復されるはずなのだが、敏樹はの芯に殘る疲労のようなものを拭えずにいた。

おそらくだが、同じような行を１週間ほど続けたことで気が滅っているのだろう。

そして“気が滅る”程度のことを〈無病息災〉は神的ダメージとも狀態異常とも判斷しないものと思われる。

これがさらに続けば何らかの神疾患に至る可能があり、そうなれば〈無病息災〉が発するのかもしれない。

つまり、このまま無理を続ければやがて敏樹の心は折れ、その折れた心を〈無病息災〉が回復し、いまの鬱々とした気分は晴れるのではないか、と予想できるのであった。

しかし、そこでふと思う。

「……無理する必要ある？」

できるだけ早く集落へたどり著くために組んだスケジュールだが、日々のノルマがあるわけでもなく、納期があるわけでもない。

敏樹の脳裏に、ノルマと納期に追われて馬車馬のように働き続けた會社員時代の苦い思い出がよみがえってきた。

「ふぅ……。もう、いいか」

そして敏樹は走るのをやめた。

〈拠點転移〉を発できるかどうかは覚的に分かるようになっている。どうやら今日出発して、ちょうど２４時間が経ったようなので、まずは現在地を拠點として追加した。

「ブフォオオッ！！」

立ち止まった敏樹の背後から、豚のような鳴き聲が聞こえてきた。

振り返った先には、半人半豚の魔であるオークが１匹立っていた。

そのオークは、蔦を使って木の棒に石をくくりつけた末な石斧を手に、口の端からよだれを垂らしながら敏樹を威嚇している。

「ふふ……」

オークを目の前にしてなにやら自嘲気味な笑みを浮かべた敏樹だったが、すぐにカッと目を見開き、ビシッとオークを指さした。

そして高らかに宣言する。

「実家に帰らせていただきます！！」

次の瞬間、敏樹が指さしていた先からオークの姿が消え、馴染みのあるパソコンモニターが視界に飛び込んできた。

「フゴッ！？　ブフォー……」

そして取り殘されたオークは突然目の前の獲が消えたことに、ただひたすら戸うばかりであった。