《【新】アラフォーおっさん異世界へ!! でも時々実家に帰ります》第7話『おっさん、ロロアと出會う』

自分の元を見てうなり聲を上げた敏樹の様子を多不審がったものの、ロロアはとくにそれを追及しなかった。

「お食事はどうしますか?」

「ん? そういや酒しか飲んでないなぁ」

ろくに食事も取らず、度數の高い酒を飲んでいた敏樹だったが、全く酔う気配がなかった。

実は酒酔い狀態というのはバッドステータスに相當するので、〈無病息災〉により無効化されているのである。

特に酒好きではない敏樹にとって、いくら飲んでも酔わないというのは案外メリットであった。

「簡単なものでよければ用意しますけど?」

「じゃあお願いしましょかね」

ロロアの手を煩わせるのもどうかと思わないでもないが、せっかくなのでこちらの世界の料理を味わってみたいと思い、お願いすることにした。

「ちょっと待っててくださいね」

そう言い殘し、ロロアはテントを出た。

たしかテントの近くに小さなかまどがあったはずで、おそらくそこで簡単な料理をするのだろう。

「殘りを溫め直したもので申し訳ありませんが」

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と、ロロアが木製のトレイに載せて運んできたのは、小さな土鍋のようなものだった。

フタを開けると、そこには茶いお粥かゆのようなものがっていた。

見た目はいまいちだが、鼻をつく香りは悪くない。

「これは?」

「お粥です」

どうやら見た目通りお粥らしい。土鍋の他には陶の小瓶と、水の満たされたコップ、木製のスプーンがのっていた。

まずは水を飲む。

味っ!!」

ただの水だというのに、まろやかな口當たりの、そしてさっぱりとした越しの、なんとも言えない飲み心地だった。

「ふふ。集落のみなさんが魔法で作った水ですから」

と言ったロロアはし誇らしげであった。

続けて、お粥を口にした。玄米粥のようである。

ドロドロにらかくなった米の食と、プチプチとした玄米特有の食とが混ざっており、舌りは悪くない。

塩がしっかりと利いているが、塩以外の風味も、どことなく馴染みのあるものだった。しの苦味とクセのある味だが、味は上々だ。

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「これも、味いですね」

「よかった……。この集落でちゃんと食事をするのは私だけだから」

先ほどからロロアの口調がし気安いのは、敬語をあまり習得できていないからである。

人によっては無禮にじるかもしれないが、敏樹にしてみれば距離が近づいたようで、居心地は格段に良くなった。

先ほどから気になる言葉がちらほらでているが、敏樹は先に食事を済ませることにして、今度は陶の小瓶を手に取った。

小瓶には木製の栓で閉じられている。

「これは?」

「ゴブリンソースです。味を整えるのに使ってください」

小瓶の栓を取って匂いを嗅いでみる。

「醤油……?」

ほのかに漂う香りは醤油のそれに近いが、それ以外にもしクセのある匂いが混じっている。

として好まれるオークと違い、ゴブリンのは臭みがある上にいので、一般的には乾燥させた上で砕し、料や飼料にされることが多い。

はなおのこと食えたものではなく、食中毒の原因ともなるが、同じく乾燥させて砕することで、害獣よけの薬剤となる。

その臓の中で最も毒や臭いが強いのが肝臓なのだが、その肝臓を1年ほど食塩に漬け込み、塩を取り除いて麹こうじに漬け込むことで解毒し、出來上がった肝臓の漬を丁寧に濾してペーストにしたものをゴブリンペーストという。

そのゴブリンペーストを湯で溶かせばゴブリンソースになる。

非常にクセの強い調味料だが、この世界では一般的に好まれるものだ。

ゴブリンソースを垂らして一口食べてみた敏樹の想としては、苦味と臭みのある醤油といったところか。

ロロアが作った玄米粥には既にゴブリンソースがっていたが、さらに追加することでより味が濃くなり、深みが出たようにじた。

ただ塩辛いだけでなく、苦味があるおかげで飽きずに食べることが出來た。

「ごちそうさまでした」

ロロアはコップだけを殘し、他の食類を持って一旦テントの外に出たあと、水差しを持って再びテントに戻ってきた。

そして敏樹のすぐ近くにかがみ、空になったコップに水を注ぐと、し離れた場所に座り直した。

「あ、どうも。ロロアさん、ご飯は?」

「私はもう済ませました。あと、私のことはロロアと呼び捨てにしてください。トシキさんはお客人なのですから、敬語なども不要です」

「あ、はい、ロロア、ね」

敏樹はし姿勢を正してロロアに向き直る。

「ねぇ、ロロア。いくつか聞きたいことがあるんだけど」

「なんでしょう?」

敏樹は水のったコップを掲げた。

「これ。さっきロロアは“集落のみなさんが魔法で作った水”って言ったよね?」

「はい」

「じゃあさ、ロロアは作れないの?」

敏樹の言葉に、ロロアはし顔を逸らした。表が見えないのを、敏樹はしもどかしくじた。

「私は……水人のみなさんと違って獣人ですから……」

この世界には二足歩行で、ある程度の知や社會を持った人型の存在が何種かいる。

大別すると、ゴブリンやコボルト、オークのような『魔』、ヒトやエルフ、ドワーフ、獣人といった『人間』、そしてこの集落にいる水人のような『人』の3種となる。

それらの違いだが、に魔石を持っているのが『魔』、何も持っていないのが『人間』、そして石というものを持っているのが『人』である。

人は、『地』『水』『火』『風』各屬を司る霊に近い存在であり、獣人の祖と言われている。

「なるほど。じゃあこの集落に人間は……」

「私だけです」

「だから食事をするのがロロアだけなんだ」

に魔石を持つ魔と、石を持つ人は、空間にある魔力をその核となる石が取り込み、生命活に必要なエネルギーに変換するので、食事は不要である。

ただ、娯楽としての飲食を楽しむことはあり、グロウら水人にとってのどぶろくがそれに當たる。

また、この世界における獣人だが、『獣の因子を持ち、かつに魔石や石を持たない者』というのがその定義となる。

そしてここでいう『獣』は『人間以外の生』であり、それには哺類だけに限らず、鳥類や爬蟲類、魚類から蟲に至るまですべてが『獣』として扱われる。

人はどの種族も獣の因子を持っている。

そしてその人と人がわり、人のが薄まることで生まれたのが獣人だと言われている。

実際ロロアの母はこの集落に生まれた人であり、父はたまたまここを訪れたヒトの冒険家だった。

人として獣の因子が強く出るかどうか、例えば敏樹が最初に出會った2人の門番のように、より蜥蜴に近い姿になるか、人に近い姿になるかは運によるところが大きいらしい。

獣の因子が強く出ている者同士がわったほうが、より強い因子を持つ子が生まれやすいということはもちろんあるが、絶対ではない。

そして、人にとっては獣の因子が強く出るほど、気高く、強く、しいと言われる。

ロロアの母はどちらかと言うと人に近い姿だったようで、そうするとどうしても集落で侮られることが多くなる。

そんな中、ロロアの父であるヒトの冒険家と出會い、に落ち、ふたりは駆け落ち同然で集落から姿を消した。

それから數年後のある日、瀕死の父親が集落を訪れ、グロウに生まれたばかりのロロアを預けて事切れた。

人として獣の因子が弱かった母と、獣の因子を一切持たないヒトの冒険家であった父の間から生まれたロロアは、石を持たない獣人としてこの世に生をけた。

以來およそ40年の歳月を、腫れのように扱われならこの集落で過ごしてきたらしい。

話し相手に飢えていたのか、最初は遠慮がちに話していたロロアだったが、相槌を打ちながら導してやると、々と話してくれた。

敏樹は今でこそあまり人と関わることのない在宅業務を行っているが、高卒から実家に帰るまでの十數年の間、フリーターや派遣として職を転々としており、サポートセンターや営業なども経験していたので、コミュニケーション能力はそれなりにあるのだった。

「いけない。もうこんなに真っ暗……。ごめんなさい、私ばかり話して」

ロロアの家を訪れた時はまだテントの隙間から見える外の様子は夕暮れ時という頃合いだったが、今や完全に夜が更けてしまっている。

「いやいや、楽しかったよ」

「あの、すぐにお休みの準備をしますね。えっと、寢は私のを――」

「あ、大丈夫。あるから」

敏樹は〈格納庫ハンガー〉から寢袋を取り出した。

「すごい。【収納】ですか?」

「まぁ、ね。ロロアは魔は使えないの?」

「魔は、人の技ですから……」

才能と努力で使えるようになる魔法と異なり、魔は正式な手順を経て習得する必要がある。

そういった施設や道がない場所では、魔を覚えることは出來ないのである。

「私たちも、魔が使えれば……」

そのつぶやきには悔しさと、恨みのようなものが含まれているようにじた敏樹だったが、深くは追求しなかった。

「あの、なんだったら俺、外にテント立てるけど?」

し重くなった空気を変えようと、敏樹は意識的に明るい聲を出した。

「そんな!! 長に怒られます」

「いや、でも、ねぇ……?」

「やはり、私のような醜いと同じ場所で、というのは嫌でしょうか? なら私が外で――」

「あー!! 違う違う!! そんなんじゃないって。その、あれだよ。俺、男だよ?」

「それがなにか?」

「……襲っちゃうかも?」

「ふふ……。私のような者を襲っていただけるのでしたら、喜んでれますよ」

冗談とも本気とも取れないロロアの口調に、敏樹は言葉をつまらせた。

「ごめんなさい。冗談です。でも萬が一のことがあっても私は気にしませんし、長も……、私ならそうなってもいいという判斷を下したから、トシキさんをここによこしたんだと思います」

「あ、いや、うん。なんか、その……ごめん」

「いえ、気にしないでください」

結局2人は何事もなく朝を迎えた。

大下敏樹、40歳。

実はというか、やはりというか、彼は草食系であった。

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